学位論文要旨



No 122487
著者(漢字) テイ タット ウェイ
著者(英字) Tay Tat Wei
著者(カナ) テイ タット ウェイ
標題(和) In Vivo 及びIn Vitro 実験系におけるMono(2-Ethylhexyl)Phthalateのマウス精巣に対する影響
標題(洋) Effects of Mono(2-Ethylhexyl)Phthalate on Mice Testes In Vivo and In Vitro
報告番号 122487
報告番号 甲22487
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3211号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 九郎丸,正道
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 助教授 大迫,誠一郎
 東京大学 助教授 金井,克晃
内容要旨 要旨を表示する

 Di(2-ethylhexyl)phthalate(DEHP)は、食品包装材、医療器具など、多くのプラスティック製品の可塑剤として広く使用されている。DEHPは、ネズミ類において妊孕性を減少させ、精巣萎縮を誘起する。ネズミ類に経口投与した際、DEHPは非特異的エステラーゼにより消化管において直ちに加水分解され、そのモノエステル代謝物であるMono(2-ethylhexyl)phthalate (MEHP)が産生される。MEHPは、DEHPの毒性作用の活性本体であることが明らかとなっている。これまでの研究から、性成熟前の若い個体が成体に比べMEHP曝露に対して、より感受性が高く、またセルトリ細胞が精巣におけるMEHPの標的細胞であることが知られている。精上皮内に存在する精細胞の消失と精細管腔内における精細胞の出現は、フタル酸を含むいくつかのセルトリ細胞毒性物質投与に際して、しばしば認められる現象である。しかしながら、その具体的なメカニズムについては未だ明らかにされていない。本研究は、MEHP曝露により精巣において生じる諸現象に注目し、その原因究明を試みたものである。

第1章 In Vivo実験系におけるMono(2-ethylhexyl)phthalateのマウス及びラット精巣に対する影響

 21日齢のC57B1/6N雄マウス及び28日齢のSprague Dawley雄ラット精巣に対するMEHPの影響を、光学顕微鏡並びに透過型電子顕微鏡により観察した。マウスにはMEHPを500〜900mg/kg/dayの濃度で3日間連続経口投与し、一方ラットにはMEHPを600〜1000mg/kg/dayの濃度で5日間連続経口投与した。その結果、MEHPは精巣重量を有意に減少させ、またマウスのMEHP700mg/kg投与群及びラットのMEHP800mg/kg投与群では、TUNEL陽性細胞の有意な増加が認められた。より高濃度のMEHP投与群では、マウス、ラットとも変性した精細胞が観察された。セルトリ細胞細胞質の空胞化及び精細胞の精細管腔への脱落も確認された。管腔へ脱落した精細胞は"sloughing"(毒物に誘起された離脱)ないし"shedding"(通常の離脱)により脱落したものと思われた。sloughingによる脱落細胞はネクローシス細胞の、sheddingにより脱落した細胞はアポトーシス細胞の形態を示した。マウスとラットの比較では、MEHPの精巣毒性に対して、マウスがラットに比べ、かなり感受性が低いことが判明した。

第2章 In Vivo及びIn Vitro実験系におけるMono(2-ethylhexyl)phthalate曝露後のマウス精巣での食作用及び細胞死シグナル

 MEHP投与により生じたアポトーシス細胞の除去に際しての食作用の役割および細胞死シグナルについて、In Vivo及びIn Vitro実験系を用いて検討した。材料としては、21日齢のC57B1/6N雄マウスを用いた。まずIn Vivo実験系として、マウスにMEHP 800mg/kgを単回経口投与し、投与後、1,3,5,7及び9日に精巣を採材した。MEHP投与によるアポトーシスに際しての食作用の役割は、アネキシンVを用いて解析した。In Vitro実験系(精巣器官培養系)では、培養したマウス精巣組織に、MEHPを0, 1, ないし100 nmol/mlの濃度で添加し、添加後、1, 3, 6,及び9日後に採材した。細胞死シグナルは、Fas, FasL及びTRAIL抗体を用いて検討した。In Vivo実験系では、MEHP投与マウスはコントロールと比べ、精巣重量の減少及び有意なTUNEL陽性細胞数の増加を示した。しかし、この現象は可逆的であり、TUNEL陽性細胞数は9日後に正常値に回帰した。アネキシンV処理後にMEHPを投与したマウスは、MEHP投与のみのマウスに比べ、有意差のある顕著なTUNEL陽性細胞数の増加を示した。このことは、MEHP投与で傷害されたマウス精巣の死細胞の除去に際して、フォスファチジルセリンを介した食作用が効率的で重要な役割を担うことを明らかに示唆する。In Vitro実験系では、MEHP添加群において、TUNEL陽性細胞数並びにFasL及びTRAILの発現の時間、濃度依存的上昇が認められた。また、連続切片の観察によって、Fas及びFasLの発現部位が互いに近接していることが示された。しかし残念ながら、それらとTUNEL陽性細胞の局在との相関は確認できなかった。精巣におけるTRAILの同定は、MEHP添加により生じる精細胞のアポトーシスにおいて、Fas-FasL系と協調して機能する他の細胞死シグナル経路の存在を示唆する。他の経路の存在は、Fas-FasL発現パターンとTUNEL解析結果の不一致を支持するものである。

第3章 Mono(2-ethylhexyl)phthalateはマウス・セルトリ細胞に異常をもたらす。

 In Vivo実験系、セルトリ細胞初代培養系及び精巣器官培養系を用いて、MEHPがもたらすセルトリ細胞の異常について解析した。材料としては、21日齢のC57B1/6N雄マウスを用いた。In Vivo実験系では、マウスにMEHP 800mg/kgを単回経口投与し、24時間後に採材した。マウス精巣より立ち上げたセルトリ細胞培養系及び精巣器官培養系には、MEHPを0, 1, ないし100 nmol/mlの濃度で添加し、0, 3, 6, 12及び24時間後に採材した。セルトリ細胞における中間径フィラメントの局在変化を調べる目的でビメンチン抗体を使用した。また、前アポトーシスシグナルの発現及びアポトーシス細胞の存在は、アネキシンV-FITC及びTUNEL法により、それぞれ観察した。In Vivo実験の結果、MEHP投与マウスの精巣において、TUNEL陽性細胞の増加とセルトリ細胞内のビメンチンフィラメントの崩壊との間に相関が見られた。MEHP添加セルトリ細胞培養系のトルイジンブルー染色の結果、セルトリ細胞細胞質における空胞の数と大きさの増大が認められた。また、ビメンチン免疫染色の結果、セルトリ細胞培養系及び精巣器官培養系において、MEHP添加による時間、濃度依存的なビメンチン反応の減少が確認された。一部のセルトリ細胞は、アネキシンV-FITC陽性を示したが、残念ながらTUNEL陽性細胞は認められなかった。さらに、Fアクチンの崩壊が、MEHP長期曝露のセルトリ細胞培養系で観察された。

 以上の結果から、MEHPはまず、セルトリ細胞の構造的崩壊(ビメンチンフィラメント減少、空胞形成及びFアクチン崩壊)を誘起する。但し、セルトリ細胞死を招くことはない。次いで、Fas-FasL及びTRAIL細胞死シグナルが発動し、TUNEL陽性細胞の増大がもたらされるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 Di(2-ethylhexyl)phthalate(DEHP)は、食品包装材、医療器具等のプラスティック製品の可塑剤として広く使用されている。DEHPは、ネズミ類において妊孕性を減少させ、精巣萎縮を誘起する。経口投与した際、DEHPはエステラーゼにより消化管において加水分解され、そのモノエステル代謝物であるMono(2-ethylhexyl)phthalate(MEHP)が産生される。MEHPは、DEHPの毒性作用の活性本体である。これまでの研究から、性成熟前の若い個体が成体に比べMEHP曝露に対し、より感受性が高く、またセルトリ細胞が精巣におけるMEHPの標的細胞であることが知られているが、その具体的なメカニズムについては未だ明らかにされていない。本研究は、MEHP曝露により精巣において生じる諸現象に注目し、その原因究明を試みたものである。

 第1章では、21日齢の雄マウス及び28日齢の雄ラット精巣に対するMEHPの影響を、光学顕微鏡並びに透過型電子顕微鏡により観察した。マウスにはMEHPを500〜900mg/k/dayの濃度で3日間連続経口投与し、一方ラットにはMEHPを600〜1000mg/k/dayの濃度で5日間連続経口投与した。その結果、MEHPは精巣重量を有意に減少させ、またマウスのMEHP700mg/kg投与群及びラットのMEHP800mg/kg投与群では、TUNEL陽性細胞の有意な増加が認められた。セルトリ細胞の空胞化及び精細胞の管腔への脱落も確認された。マウスとラットの比較では、MEHPの精巣毒性に対して、マウスがラットに比べ、かなり感受性が低いことを明らかにした。

 第2章では、MEHP投与により生じたアポトーシス細胞の除去に際しての食作用の役割及び細胞死シグナルについて検討した。21日齢雄マウスを材料として用いた。まずIn Vivo実験として、マウスにMEHP 800mg/kgを単回経口投与し、1,3,5,7及び9日後に精巣を採材した。アポトーシスに際しての食作用の役割は、アネキシンVを用いて解析した。In Vitro実験(精巣器官培養系)では、培養した精巣組織に、MEHPを0,1,ないし100 nmol/mlの濃度で添加し、1,3,6,及び9日後に採材した。細胞死シグナルは、Fas,FasL及びTRAIL抗体を用いて検討した。In Vivo実験では、MEHP投与マウスは対照群と比べ、精巣重量の減少及び有意なTUNEL陽性細胞数の増加を示した。アネキシンV処理後にMEHPを投与したマウスは、MEHP投与のみのマウスに比べ、有意差のある顕著なTUNEL陽性細胞数の増加を示した。このことは、MEHP投与で傷害されたマウス精巣の死細胞除去に際して、フォスファチジルセリンを介しリンを介した食作用が重要な役割を担うことを示唆する。In Vitro実験では、MEHP添加群においてTUNEL陽性細胞数並びにFasL及びTRAILの発現の時間、濃度依存的上昇が認められた。精巣におけるTRAILの同定は、MEHP添加により生じる精細胞のアポトーシスにおいて、Fas-FasL系と協調して機能する別の細胞死シグナル経路の存在を示した。

 第3章では、In Vivo実験系、セルトリ細胞初代培養系及び精巣器官培養系を用いて、MEHPによるセルトリ細胞の異常について解析した。21日齢雄マウスを材料として用いた。In Vivo実験では、マウスにMEHP 800mg/kgを単回経口投与し、24時間後に採材した。マウス精巣より立ち上げたセルトリ細胞培養系及び精巣器官培養系には、MEHPを0,1,ないし100 nmol/mlの濃度で添加し、0,3,6,12及び24時間後に採材した。セルトリ細胞におけるビメンチンの局在変化は抗体を用いて調べた。また、前アポトーシスシグナルの発現及びアポトーシス細胞の存在は、アネキシンV-FITC及びTUNEL法により、それぞれ観察した。In Vivo実験の結果、MEHP投与マウスの精巣において、TUNEL陽性細胞の増加とセルトリ細胞のビメンチン崩壊との間に相関が見られた。MEHP添加セルトリ細胞培養系では、セルトリ細胞における空胞の数と大きさの増大が認められた。また、免疫染色の結果、両培養系において、MEHP添加による時間、濃度依存的なビメンチンの減少が確認された。一部のセルトリ細胞は、アネキシンV-FITC陽性を示したが、TUNEL陽性細胞は認められなかった。さらに、Fアクチンの崩壊が、MEHP長期曝露のセルトリ細胞培養系で観察された。

 以上の結果から、MEHPはまず、セルトリ細胞の構造的崩壊(ビメンチン減少、空胞形成及びFアクチン崩壊)を誘起し、次いで、Fas-FasL及びTRAIL細胞死シグナルが発動し、TUNEL陽性細胞の増大がもたらされることが明らかにされた。これらの成果は,獣医学学術上貢献するところが少なくない。よって,審査委員一同は,本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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