学位論文要旨



No 122490
著者(漢字) 王,礼寧
著者(英字) Wang,Lining
著者(カナ) オウ,レイネイ
標題(和) 新しいキネシンスーパーファミリー蛋白KIF16Aの分子細胞生物学的研究
標題(洋) The Molecular Cell Biology of a New Kinesin Superfamily Protein, KIF16A
報告番号 122490
報告番号 甲22490
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2786号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 片山,栄作
 東京大学 助教授 中村,元直
内容要旨 要旨を表示する

 細胞内物質輸送は細胞の形態、機能、極性を保つのに極めて重要である。蛋白質は細胞内の特定領域における機能を発揮するために、粗面小胞体で合成されたあと、ゴルジに輸送され、翻訳後修飾を受けて目的地別に仕分けられてから運ばれる事が知られている。近年、細胞内物質輸送の担い手としてモーター分子が発見され、その機能解明が進められている。微小管を軌条として輸送を担うキネシンスーパーファミリー蛋白(kinesin superfamily proteins、KIFs)は配列がよく保存されているモーター領域を有し、頸部(neck)を経て茎状部(stalk)に続き、多様な尾部(tail)によって特異的な荷物(cargo)と結合することが解明されてきた。モーター領域は三カ所で微小管と結合し、ATPの加水分解の化学的エネルギーを機械的エネルギーに変換して動力源としている。KIFsは、ポリペプチド鎖におけるモーター領域の位置によってN-末、C-末、M-型の三種類に分類される。我々の研究室では、マウスを対象とし、KIFsの機能について研究している。全部で45個がゲノム中に存在することが分かり、私はそのうちの一つであるKIF16Aについて解析を行った。

 KIF16Aのモーター領域はPCRホモロジークローニングに基づいて既に発見されていた。KIF16Aはモーター領域のアミノ酸配列の分子系統分類によりKinesin-3ファミリーに属していることがわかった。このファミリーは膜状小胞の輸送を担うKIFsが分類されており、さらに解析を進めることにした。脳cDNAライブラリーを使って、PCR法を用いて全長クローニングを行った。その結果、KIF16Aは全長14337塩基、4590アミノ酸をもつN-末型モーター分子であることが分かった。全長のアミノ酸配列からその分子量は500kDaと推定され、現在報告されているKIFsの中で最も大きいと思われる。In silicoのドメイン検索では、モーター領域はN-末に位置し、隣接してFHAドメインが予想された。FHAドメインはKinesin-3ファミリーの構成分子に特異的に見い出され、リン酸化蛋白との結合及びモーター活性を調節する分子内相互作用において役割を果たしていると報告されている。C-末にはSTARTと呼ばれる脂質結合ドメインが存在することも推測された。

 異種生物間において、KIFsはよく保存されていることが知られている。Xenopus laevisにはKIF16Aによく類似したXKLP4が発表されているが、機能は不明である。ノーザンブロッティングの結果ではXKLP4は12kbのバンドとして検出されたが、その配列の同定はN-末の4496塩基、1499アミノ酸残基にとどまり、部分的にしか明らかにされていない。KIF16AをXKLP4と比較したところ、59%の相同性がみられ、KIF16AとXKLP4は同族体(homolog)であることが示唆された。一方、KIF16Aを既知のKIF5(KHC、kinesin heavy chain)と比較するとモーター領域のみが保存されていることが分かった。哺乳類や鳥類でもKIF16Aと高い類似性をもち、かつ12-14kbの長さのKIFがGenBankに登録されていることからも、KIF16Aは進化の過程で保存されていると思われる。

 kif16a遺伝子の転写産物の大きさ及び組織分布を解析するため、ノーザンブロッティング法を用いて12種類の組織での発現について調べた。その結果、すべての組織において、高さが約14kbの位置にバンドが見い出された。これはクローニングした長さと一致している。また、kif16aの発現量は脳、肺、心臓に多く、筋肉、小腸などには少量であることも分かった。

 さらに蛋白としての機能を調べるために抗体を作成した。まず、選択した二つのペプチドを化学合成し、担体と結合させたものを抗原としてそれぞれ二匹づつのウサギに免疫し、血液を採取した。それぞれの抗原で免疫されたウサギNo.179 とNo.4の血清から抗体を精製し、ウェスタンブロッティングを行った結果、血清No.179は約500kDaの単一のバンドを認識した。このバンドは全長から計算した大きさと一致し、抗原ペプチドによってブロックされた。異なる抗原より得られた抗体No.4は同じ高さのバンドを認識できた。抗体No.4を使って脳の膜状小胞分画から免疫沈澱したものは抗体No.179で認識でき、逆に抗体No.179を使って免疫沈澱したものも抗体No.4で認識できた。二つの異なった抗原より得られた抗体は同一のバンドを認識した。

 マウスの臓器別ウェスタンブロッティングの結果、脳、肺、心臓などでバンドが見い出され、ノーザンブロッティングの結果と一致した。以上のことから、二つの異なる抗原部位を認識する抗KIF16A抗体の作成に成功し、KIF16Aの分子量と多数の組織で発現を蛋白として確認することができた。

 KIF16Aが膜状小胞を運んでいるかどうかを追求するために、細胞分画遠心分離法を用いて調べた。マウスの脳をリン酸化緩衝液でホモゲナイズし、1000×gで10分遠心分離し、上清をS1、沈殿物をP1(核分画)とした、このS1を10k×gで20分遠心分離し、上清をS2、沈殿物をP2(リソソーム分画)とした。このS2を100k×gで60分遠心分離し、上清をS3、沈殿物をP3(微細膜状小胞分画)とした。KIF16Aは微細膜状小胞分画(P3)と細胞質(S3)と両方に存在している。界面活性剤TritonX-100存在下ではP2にあるKIF16Aの量は微減し、S2とS3に微増したことが認められた。この点からKIF16Aは一部TritonX-100感受性の膜状小胞と結合するが、大半は耐性の分画に存在すると考えられる。

 さらに、膜状小胞輸送に携っているかどうかを密度勾配遠心によるfloating assayで調べた。OptiPrep(Iodixanol)による密度勾配を使って、脳組織のS2分画を出発材料とした。65krpm 4Hr遠心して、0.5mlずつ、分画を採取した。その結果、TritonX-100がなかった場合はKIF16Aのピークの密度は1.13g/mlであった。この密度はゴルジ体に由来するリソソーム系の膜状小胞のそれと一致する。TritonX-100存在下では、ピークの密度が変わったことから、TritonX-100によって一部の膜小胞は壊れ、KIF16Aとの複合体が分解され、密度が変化したと考えられる。

 KIF16Aの細胞内の分布を調べるために、蛍光抗体法による細胞内の局在を観察した。ウェスタンブロッティングの結果、KIF16AはNeuro2A細胞抽出物にバンドが検出されたのでこの細胞系列を用いて抗体によって染色した。その結果、KIF16Aは微細顆粒を表す様な点状の染色像を呈した。細胞体の特に核周辺に染色が強く、突起にも染色がみられる。伸長途中と思われる短い突起に染色は強く、長い突起では比較的弱かった。NGF存在下3日後の分化された細胞で特に長い突起が認められ、染色は弱かった。培養海馬神経細胞では培養開始後3日目の突起の伸びていない細胞では成長円錐や突起の基部に染色が強く、短い突起を出している細胞では突起が強く染まっている。5日目で伸長途中の短い突起に強く、培養後8日目では染色は弱くなっており、Neuro2Aと似た結果となった。これらの染色像よりKIF16Aは成長途中の突起の先端へ膜状小胞を輸送していることが推察される。

 KIF16A結合蛋白の探索のため、KIF16AのC末端をベートとして、yeast two-hybridを行った。その結果、TPCの中のTRAPPC6Aという蛋白質がKIF16A結合蛋白候補として同定できた。TPCは10個のサブユニットにより構成されている複合体であり、分泌顆粒などの膜状小胞の輸送に関わっていることが知られている。また、TRAPPC6A遺伝子の不活性型変異マウスでは皮膚の色素量が正常より低いと発表されている。TRAPPC6Aの不活化によりゴルジ体に由来する色素胞の輸送に異常を来たしていると推察され、これまでのKIF16Aの機能の所見と合致する。

 KIF16AとTRAPPC6Aの親和性を確認するために、結合実験を行った。KIF16AのC末部のベートおよびTRAPPC6Aの分子全長を大腸菌にそれぞれ発現させ、精製し、CNBrビーズと結合した。その結果、コントロールとしてBSAに結合がみられないのに対して、KIF16Aのビーズを使って、TRAPPC6Aの結合がみられ、TRAPPC6Aのビーズを使って、KIF16Aも結合しているのが確認できた。両者の間に特異的な親和性が存在すると考えられる。

 TRAPPC6AのGFP融合蛋白をNeuro2A細胞に発現させたところ、KIF16Aと同様に、突起の先端に蓄積している様子や基部や突起の途中に観察できた。KIF16Aの抗体を使って染めてみると、突起などに共局在が見られた。KIF16Aの分布は外来性のTRAPPC6Aの発現に影響されなかった。

 まとめると以下の結論に至った。KIF16Aは500kDaの大型で多数の組織に発現する新しいKIFであり、TRAPPC6Aを介して膜状小胞を神経突起の成長円錐まで輸送していることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は神経細胞の極性と機能を維持するために重要な役割を演じている物質輸送を担うモーター分子群、キネシンスーパーファミリー蛋白(kinesin superfamily proteins、KIFs)の中の新しい分子、KIF16Aを解析したものであり、下記の結果を得ている。

 1. 全長14337塩基、4590アミノ酸を有するKIF16Aの全長を脳cDNAライブラリーからクローニングした。N-末型モーター分子であり、Kinesin-3ファミリーに特異的なFHAドメインを持ち、分子系統分類上も膜状小胞に携わるKinesin-3ファミリーに属することが判明した。

 2. ノーザンブロッティングとウェスタンブロッティングの結果、KIF16Aは脳、肺、心臓など多数の組織で発現されていることが示された。

 3. Subcellular fractionation法とfloating assay法を用いて、マウス脳における細胞内の局在分画を調べた結果、KIF16Aは一部TritonX-100感受性の膜状小胞と結合し、大半は耐性の膜状小胞分画に存在することが見い出された。

 4. Yeast two-hybrid法を用いて、結合蛋白候補としてTRAPPC6Aという蛋白質が同定できた。10個のサブユニットにより構成されているTRAPP複合体に所属しており、分泌顆粒などの膜状小胞の輸送に関わっていることが知られている。大腸菌から精製した蛋白により、両者の間の特異的な親和性がbinding assayによって確認できた。またマウス脳を試料として内在性のKIF16Aを抗体により免疫沈降し、強制発現したTRAPPC6A-GFPが共沈し、TRAPPC6A-GFPより内在性のKIF16Aが共沈することより生体内においても両蛋白が結合することが示唆された。

 5. 培養細胞を用いた蛍光抗体法による実験を行い、Neuro2A細胞では、顆粒状の染色が細胞核周辺に強く、突起にも見られた。伸長途中と思われる短い突起に染色は強く、長い突起では比較的弱かった。海馬神経細胞においても同様の結果が得られた。この所見によりKIF16Aは成長途中の突起の先端へ膜状小胞を輸送していることが推察される。

 6. Neuro2A細胞に発現させたTRAPPC6AのGFP融合蛋白は、核周辺と突起などにKIF16Aと共局在するのが見られた。

 以上、本論文はマウスより新しい輸送モーター蛋白質KIF16Aを同定し、その機能を解析した。KIF16Aは500kDaの大型で多数の組織に発現するKIFであり、TRAPPC6Aを介して膜状小胞を神経突起の成長円錐まで輸送し、神経細胞における極性や細胞内分質輸送の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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