No | 122491 | |
著者(漢字) | 郭,敬卓 | |
著者(英字) | Kwak,Kyungtak | |
著者(カナ) | カク,ケイタク | |
標題(和) | 神経細胞内のモーター分子KIF5による輸送機構の研究 | |
標題(洋) | Mechanism of Intracellular transport by KIF5s in Neurons | |
報告番号 | 122491 | |
報告番号 | 甲22491 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2787号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 分子細胞生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | SNARE蛋白は、輸送小胞を決められた目的地の膜に結合させる機能があるが、神経細胞においては、特にシナプス小胞の細胞前膜へのドッキングに重要な役割を担っている。SNAP25, VAPM2, syntaxin1Aは、その代表的な分子群であり、前者は細胞膜側に、後二者は、シナプス小胞側に局在する膜蛋白である。シナプス前膜でこれら三者は特異的な結合部位を用いて強固な複合体を形成し、シナプス小胞の細胞膜への融合を誘導する (Trimble et al., 1988; Baumert et al., 1989)。細胞膜上でのSNARE蛋白の挙動については詳細な解明がなされているのに対し、これらの蛋白の軸索先端への輸送についてはこれまであまり情報がなく、これらが、細胞体にあるゴルジ装置の膜上や輸送途中で、部分的にでも結合する可能性についても明らかになっていなかった。 一方、KIF5は、微小管モーターの中で最初に同定された、いわゆる"キネシン"に相当する、モーター蛋白の代表格である。ATPを基質として、微小管上を一定方向に動き、膜小器官や、蛋白複合体、RNA等を目的地に輸送する (Hirokawa, 1996; Hirokawa, 1998; Hirokawa and Takemura, 2004)。キネシンとよく似た、保存性の高いモーター部位を持つ一連の蛋白群は、キネシンスーパーファミリ蛋白と呼ばれ、ゲノムの解読によって、45種類が同定、分類されている (Miki et al., 2001; Miki et al., 2005)。キネシン1に分類されるKIF5は、この内最も発現量が多く、機能についても最もよく研究がなされている。分子構造については、KIF5本体が重鎖に相当し、これら2本が軽鎖2本と結合して4量体を構成する事がわかっている。球状のモーター部位のC末側に、カーゴ結合部位と軽鎖結合部位があり、これらを介して輸送担体と結合する。神経細胞においてはKIF5A,B,Cの三種類のアイソフォームが発現しており、この内5Aと5Cは神経に特異的に存在する。 今回私は、KIF5によって運ばれるカーゴを免疫沈降と質量分析の系を組み合わせて網羅的に検索し、上記の三種のSNARE蛋白を同定し、さらに三者の輸送がモーターとしてKIF5を用いながらも、互いに独立して、しかもおのおの異なった輸送形態をとって運ばれている事を明らかにしたので報告する。 実験は、最初に、KIF5の結合蛋白を同定する目的で、KIF5特異的な抗体を用いてマウス脳のP3膜分画より、カーゴ蛋白を含むKIF5を精製した。サンプルを電気泳動で分離後切り出して酵素処理し、質量分析にかけ、上記のSNARE蛋白およびその周辺蛋白群を同定した。抗KIF5抗体は5A,5B,5C各々について特異的なものを使用したが、アイソフォームによる実験結果の違いは見られなかった。さらにこれらのSNARE蛋白の遺伝子を蛍光分子でラベルし、KIF5と共に海馬初代培養神経細胞内に強制発現させて、軸索内でKIF5と一致した局在を示す事を確認し、KIF5により運ばれる事を証明した。 次に、多点蛍光ビデオ解析装置にて、SNAP25, VAPM2, syntaxin1A三者の神経細胞内での輸送を詳細に観察、比較検討を行った。各SNARE蛋白の輸送速度を測定したところ、最大速度では三者の輸送に全く差は認められなかった。しかしながら、この内二者を神経細胞内に同時に発現させて動きを観察した結果、三者は各々独立に軸索内を輸送されている事が判明した。 他方、酵母ツーハイブリッド法を用いて各々の蛋白の直接相互作用を調べたところ、キネシン重鎖(KIF5)と軽鎖の間の既知の結合の他、これまで報告のあったSNAP25とKIF5の結合に加えて(Diefenbach et al., 2002a)、VAMP2とキネシン軽鎖の直接結合が明らかになった。Syntaxin1Aは、KIF5、キネシン軽鎖いずれとも直接結合はせず、scaffolding蛋白を介するというこれまでの報告と矛盾はなかった (Su et al., 2004)。SNARE蛋白に対する抗体を用いた免疫沈降では、キネシン軽鎖は抗VAMP2抗体でのみで共沈され、 SNAP25, syntaxin1Aの輸送担体には、キネシン軽鎖が含まれない事が確認された。 以上より、(1)SNAP25がKIF5に直接結合、(2)syntaxin1Aが軽鎖以外の蛋白を介してKIF5に結合、(3)VAMP2がキネシン軽鎖を介してKIF5に結合、という三種類の輸送形態が存在し、各々は軸索内をKIF5によって別々に運ばれる事が明らかになった。 KIF5により輸送されるカーゴの中には、キネシン軽鎖を介さず直接KIF5に結合する蛋白が存在する事は知られていたが、キネシン軽鎖とカーゴの結合部位が、KIF5上で異なる事から、両者が同時に結合する可能性も云われていた.現にリコンビナント蛋白を用いた試験管内での実験では、軽鎖と結合したKIF5が、同時にカーゴ結合部位を介して第三の蛋白に直接結合するとの報告もある (Diefenbach et al., 2002a; 2002b)。今回私が観察した細胞内の系では、強制発現により大量に存在する状況下でも、異種のカーゴ同士が直接あるいはキネシン軽鎖を介して、同時にKIF5に結合する事はなかった。 また、SNARE蛋白については、結紮して輸送を止めた神経軸索内より、三者を複合体の形で精製分離できたとの報告もあったが (Shiff et al., 1997a; 1997b)、今回の結果はこれとは異なり、SNAP25, syntaxin1A, VAMP2が、神経軸索内を別々に運ばれている様子が生きている細胞内で経時的に観察され、過去の報告は何らかのアーチファクトを含む可能性がでてきた。 さらに、今回の結論より、SNARE蛋白は軸索先端まで別々に運ばれる事が明らかになった結果、必然的にそれ以降、細胞膜直下で複合体を形成する事が明らかになり、未知の制御系の軸索先端にしぼった検索も今後可能になると考えられる。 今後は、SNARE蛋白の輸送をさらに詳細に解析し、モーター分子とカーゴとが1対1の関係で結合する制御機構を明らかにしていきたいと考えている。 | |
審査要旨 | 本研究は神経細胞の内で重要な役割をしていると考えられるKIF5の機能を明らかにするため、KIF5が運んでいる新しいカーゴの蛋白複合体を探して、KIF5がどのようにカーゴを運ぶのかそのメカニズムを研究しており、下記の結果を得ている。 1. KIF5の結合蛋白を同定する目的で、KIF5特異的な抗体を用いてマウス脳のP3膜分画より、カーゴ蛋白を含むKIF5を精製した。サンプルを電気泳動で分離後切り出して酵素処理し、質量分析にかけ、上記のSNARE蛋白およびその周辺蛋白群を同定した。抗KIF5抗体は5A,5B,5C各々について特異的なものを使用したが、アイソフォームによる実験結果の違いは見られなかった。さらにこれらのSNARE蛋白の遺伝子を蛍光分子でラベルし、KIF5と共に海馬初代培養神経細胞内に強制発現させて、軸索内でKIF5と一致した局在を示す事を確認し、KIF5により運ばれる事を証明した。 2. 多点蛍光ビデオ解析装置にて、SNAP25, VAPM2, syntaxin1A三者の神経細胞内での輸送を詳細に観察、比較検討を行った。各SNARE蛋白の輸送速度を測定したところ、最大速度では三者の輸送に全く差は認められなかった。しかしながら、この内二者を神経細胞内に同時に発現させて動きを観察した結果、三者は各々独立に軸索内を輸送されている事が判明した。 3. 酵母ツーハイブリッド法を用いて各々の蛋白の直接相互作用を調べたところ、キネシン重鎖(KIF5)と軽鎖の間の既知の結合の他、これまで報告のあったSNAP25とKIF5の結合に加えて(Diefenbach et al., 2002a)、VAMP2とキネシン軽鎖の直接結合が明らかになった。Syntaxin1Aは、KIF5、キネシン軽鎖いずれとも直接結合はせず、scaffolding蛋白を介するというこれまでの報告と矛盾はなかった (Su et al., 2004)。SNARE蛋白に対する抗体を用いた免疫沈降では、キネシン軽鎖は抗VAMP2抗体でのみで共沈され、 SNAP25, syntaxin1Aの輸送担体には、キネシン軽鎖が含まれない事が確認された。 以上より、(1)SNAP25がKIF5に直接結合、(2)syntaxin1Aが軽鎖以外の蛋白を介してKIF5に結合、(3)VAMP2がキネシン軽鎖を介してKIF5に結合、という三種類の輸送形態が存在し、各々は軸索内をKIF5によって別々に運ばれる事が明らかになった。 以上、本論文は神経細胞の内でKIF5の役割において、KIF5により輸送されるカーゴの中には、キネシン軽鎖を介さず直接KIF5に結合する蛋白が存在する事は知られていたが、キネシン軽鎖とカーゴの結合部位が、KIF5上で異なる事から、両者が同時に結合する可能性も云われていた.SNARE蛋白は軸索先端まで別々に運ばれる事が明らかになった結果、必然的にそれ以降、細胞膜直下で複合体を形成する事が明らかになり、未知の制御系の軸索先端にしぼった検索も今後可能になると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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