学位論文要旨



No 122492
著者(漢字) 闞,秋明
著者(英字) Kan,Qiuming
著者(カナ) カン,シュウメイ
標題(和) Cdc6はDNA損傷によるS期停止からの回復を制御する
標題(洋) Cdc6 controls recovery from DNA damage-induced S phase arrest
報告番号 122492
報告番号 甲22492
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2788号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 助教授 宮澤,恵二
内容要旨 要旨を表示する

 染色体複製のS期でDNA損傷を受けると、細胞はその場で停止して、DNA損傷を修復する。しかし、損傷が激しい場合、修復を終了後もS期停止が持続し、回復すなわち細胞周期進行の再開始が著しく遅延する。本実験は、この回復にはDNA複製開始複合体の形成に必要のCdc6が決定的な役割を果たしていることを明らかにした。

 正常ラット腎臓繊維芽細胞(NRK)が、S期でMMS(methyl methane sulfonate)によるDNA損傷を受けると、DNA損傷修復時の細胞周期停止に必須なDNA損傷チェックポイント因子であるCHK1のリン酸化が見られた。しかしながら、S期停止は、損傷修復の終了を示すCHK1リン酸化の消失後も長く続き、その後S期進行は再開した。S期停止時、Cdk2はp53に依存して誘導されたp21によって不活化され、Cdc6タンパク発現レベルは低くなったが、S期進行の再開と共にCdk2の活性化とCdc6タンパクの再蓄積が起こることを見出した。そこで、Cdc6を高発現するNRK細胞を作成し、Cdc6強制発現の効果を検討した。その結果、同じ損傷を受けたにもかかわらず、Cdk2の再活性化並びにS期進行の回復が、著しく早まることが判明した。In Vitroで合成したCdc6がNRK細胞から抽出した活性のないCdk2をIn Vitro でATP依存的に活性化できることも本実験で初めて見出した。また、ATPase欠損変異型Cdc6はin vitroでもin vivoでもCdk2を活性化できないことも判明した。

 以上の結果から、Cdc6はDNA複製開始に重要な役割のほかに、DNA損傷によるS期停止の回復も制御する重要な因子であると結論つけられた。

背景:

 細胞のゲノムは生活環境から絶えずUVや化学物質など様々な損傷を受けている。細胞は、DNA損傷を受けると、チェックポイント機構が働き細胞周期をいったん停止させ、その間DNAを修復する。このDNA損傷チェックポイント機構がうまく働かないと、切断、転座、異数化等の染色体異常や、細胞死や癌化が引き起こる。細胞はS期でDNA損傷を受けると、損傷センサーであるATR, ATMが活性化され、損傷チェックポイント因子であるChk1をリン酸化し活性化する。活性化されたChk1は、Cdc25Aフォスファターゼをリン酸化し分解に導く。その結果、Cdk2の15位チロシン残基の脱リン酸化が進まず、Cdk2の活性化が抑えられる。同時に、損傷センサーによってp53が活性化されその結果誘導されるp21によって更にCdk2の活性が抑えられ未発火の複製開始点の活性化が抑制される。加えて、ATRは、複製開始に必須なCdc7をリン酸化し、複製開始点の活性化を抑える。細胞のDNAは厳重に損傷される時、修復が終わった後も、細胞周期はすぐに回復しない。私はこの回復遅延の原因を調べた。

方法と結果:

 1. G0に同調された正常ラット繊維芽細胞(NRK)を血清刺激後G1からS期へ進行させ、S期に入った細胞にMMSを与えて、DNA損傷を引き起こした。Cdc6はS期停止に伴って著しく分解された。この時、Chk1のリン酸化、P53およびp21の発現とCdk2活性の消失も見られた。S期進行とCdk2活性はChk1リン酸化シグナル消失の後約10時間で回復した。この結果は、細胞周期はDNA損傷修復終わった後も何らかの原因ですぐ回復できないことを示している。Cdc6の再発現がS期再開のタイミングと一致したことに注目した。

 2. 次に、Cdc6がS期再開に関与している可能性を検討した。Cdc6高発現NRK細胞にMMSを加えて、細胞はS期に停止したが、Chk1のリン酸化シグナルの消失後直ちにS期進行を始めた。P53とP21は野生型NRK細胞と同じように全細胞でまだ大量に発現しているにも関わらず、Cdc6高発現NRK細胞のCdk2活性は細胞周期回復のタイミングと同じように早く回復した。

 3. この現象は特定のDNA障害剤や特定の細胞だけに起こるではないことを確認するために、NRK細胞とCdc6高発現NRK細胞にcisplatinによるDNA損傷及びマウス繊維芽細胞C3H10T1/2とCdc6高発現C3H10T1/2細胞にMMSによるDNA損傷のS期停止と回復を検討した。再び、Cdc6高発現細胞はCdk2の活性化と共にS期停止からの細胞周期の回復が著しく亢進するのを確認した。

 4. DNA損傷の際、ATRの活性化によってATR-Chk1-Cdc25シグナル経路とATR-P53-P21シグナル経路によってCdk2活性が抑えられて、S期停止が起こる。そこで、Cdk2活性抑制機構を検討した。まず、S期に入った マウス繊維芽細胞(MEF)とMEFのP21(-/-)細胞を用いて検討した。その結果、MEF細胞は、NRK細胞C3H10T1/2と同じように挙動し、Cdk2の不活化と長期のS期停止が見られたが、P21(-/-)MEFでは、Cdk2の不活化が起こらずに、迅速なS期停止からの回復が見られた。なお、いずれの細胞でも、DNA損傷時のCdk2Y15リン酸化レベルの有意な上昇は、認められなかった。更に、野生型Cdk2と脱リン酸化変異型Cdk2F15の高発現NRK細胞とでは、S期停止と再開始のタイミングに有意な差異は見られなかった。以上の結果から、誘導されたP21がCdk2の活性抑制の主たる責任機構であると考えられた。

 5. Cdc6高発現細胞でのCdk2活性の迅速回復の機構を検討した。そのために、C末端にHis-Tagを付いたCdc6をIn Vitro Transcription- translation系を用いて作成し、Ni-NTAを用いて精製した。コントロールとして、未挿入のベクターを同様に処理し、Ni-NTAで精製した。MMS処理によってS期に停止したNRK細胞から免疫沈降した活性のないCdk2と精製したCdc6をIn Vitro反応した。その結果、精製したCdc6はATP依存的にCdk2を活性化できることがわかった。また、in vitroで作成、精製したATPase欠損変異型Cdc6はCdk2を活性化できないことも判明した。

 6. Cdc6とATPase欠損変異型Cdc6をtet-off systemで発現をコントロールできる細胞内に導入した。MMSによるDNA損傷の時、Doxycycline を入れない状態で、野生型Cdc6を大量発現するときのCdk2の活性化とS期停止の回復の亢進するに対して、ATPase欠損変異型Cdc6を大量発現してもCdk2の活性化とS期停止からの細胞周期の回復の亢進が見られなかった。

結論と考査:

 以上の結果より、Cdc6は今までよく知られているDNA複製開始制御因子のほかに、初めて、DNA損傷によるS期停止の回復を制御する重要な因子であることがわかった。更に、本研究で初めてCdc6がCdk2を活性化できることを明らかにした。これはCdc6とCdk2の相互作用ならびに細胞周期制御機構の全貌の解明に新しい突破口を開くものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は細胞染色体複製のS期でDNA損傷によるS期停止を制御するDNA損傷チェックポイント機構を明らかにするため、マウスとラットの繊維芽細胞にて、DNA複製開始複合体の形成に必要のCdc6がDNA損傷によるS期停止からの回復を制御する可能性を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1. S期に入った正常ラット繊維芽細胞(NRK)にMMSを与えて、DNA損傷を引き起こした結果、Chk1のリン酸化、P53およびp21の発現とCdk2活性の消失が見られた。S期進行とCdk2活性はChk1リン酸化シグナル消失の後約10時間で回復した。この結果は、細胞周期はDNA損傷修復終わった後も何らかの原因ですぐ回復できないことを示している。Cdc6はS期停止に伴って著しく分解されて、再発現がS期再開のタイミングと一致したことに注目した。

 2. Cdc6がS期再開に関与している可能性を検討した。Cdc6高発現NRK細胞にMMSによるDNA損傷のとき、細胞はS期に停止したが、Chk1のリン酸化シグナルの消失後直ちにS期進行を始めた。P53とP21は野生型NRK細胞と同じように全細胞でまだ大量に発現しているにも関わらず、Cdc6高発現NRK細胞のCdk2活性は細胞周期回復のタイミングと同じように早く回復した。

 3. この現象は特定のDNA障害剤や特定の細胞だけに起こるではないことを確認するために、NRK細胞とCdc6高発現NRK細胞にcisplatinによるDNA損傷及びマウス繊維芽細胞C3H10T1/2とCdc6高発現C3H10T1/2細胞にMMSによるDNA損傷のS期停止と回復を検討した。再び、Cdc6高発現細胞はCdk2の活性化と共にS期停止からの細胞周期の回復が著しく亢進するのを確認した。

 4. S期に入った マウス繊維芽細胞(MEF)とMEFのP21(-/-)細胞及び野生型Cdk2と脱リン酸化変異型Cdk2F15の高発現NRK細胞を用いて検討した結果、MMSによるDNA損傷の時、誘導されたP21がCdk2の活性抑制の主たる責任機構であると考えられた。

 5. Cdc6高発現細胞でのCdk2活性の迅速回復の機構を検討した。In Vitroで合成し、精製したC末端にHis-Tagを付いたCdc6をMMS処理によってS期に停止したNRK細胞から免疫沈降した活性のないCdk2と精製したCdc6をIn Vitro反応した所、精製したCdc6はATP依存的にCdk2を活性化できることがわかった。また、ATPase欠損変異型Cdc6はin vitro活性化できないことも判明した。

 6. Cdc6とATPase欠損変異型Cdc6をtet-off systemで発現をコントロールできる細胞内に導入した。MMSによるDNA損傷の時、ATPase欠損変異型Cdc6を大量発現してもCdk2の活性化とS期停止からの細胞周期の回復の亢進が見られなかった。

 以上、本論文はCdc6が今までよく知られているDNA複製開始制御因子のほかに、初めて、DNA損傷によるS期停止の回復を制御する重要な因子であることがわかった。更に、本研究で初めてCdc6がCdk2を活性化できることを明らかにした。これはCdc6とCdk2の相互作用ならびに細胞周期制御機構の全貌の解明に新しい突破口を開くものと期待されて、重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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