学位論文要旨



No 122493
著者(漢字) 周,如贇
著者(英字) Zhou Ruyun
著者(カナ) シュウ,ジョイン
標題(和) 新規モーター分子KIF26Aの分子遺伝学的研究
標題(洋) Molecular Genetic Study of Kinesin Superfamily Protein 26A (KIF26A)
報告番号 122493
報告番号 甲22493
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2789号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 助教授 石井,聡
内容要旨 要旨を表示する

 分子モーターであるキネシンスーパーファミリータンパク(kinesin superfamily proteins、KIFs)は、近年、マウスで45種類あることが明らかになり、そのサブタイプによって、細胞内で多様な機能を持つことが分かってきた。KIF26Aはキネシンスーパーファミリーの新しいメンバーであり、その機能は全く未知である。そこで、本研究では、生体内での機能を知るためにKIF26A遺伝子欠損マウスを作成し、解析した。

 KIF26A遺伝子欠損マウスは、巨大結腸 (megacolon)のため生後2-4週間で死亡した。遺伝子欠損マウスの腸の神経節においては、神経細胞の数は増大していたが、神経突起は逆に減少していた。KIF26A遺伝子欠損マウスの神経節細胞を培養すると、突起伸張の抑制、成長円錐の異常拡張などの形態変化が認められた。また、GDNF(glia cell-derived neurotrophic factor)によって引き起こされる ERKリン酸化レベルの上昇が過度になっていることがわかった。以上から、KIF26Aは、腸の神経発生を制御していること、その制御にGDNFシグナリングが関与していることが示唆された。

序論

 細胞内物質輸送は、細胞の活動にとってファンダメンタルな役割を担っている。従って、この物質輸送のメカニズムを解明することは、細胞生物学の普遍的命題に答えることになるといえよう。これまでの研究により、キネシンスーパーファミリー(kinesin superfamily)が、細胞内物質輸送に重要な働きをしていることが明らかにされてきたが、個々の分子の生理学的・細胞生物学的役割については、まだまだ不明な点が多く残されている。そこで、本研究では、発生工学的手法であるマウスの標的遺伝子組み換え法(gene targeting)を用い、KIF26A遺伝子欠損マウスを作製し、解析することを通じて、KIF26Aの生体内での役割、及び細胞内での分子機能についての知見を得ようと試みた。

方法と結果

 1. 遺伝子組み換え法を用いてkif26a遺伝子欠損マウスを作製する。

 kif26a遺伝子欠損マウス作製のために、まず、(1)ES細胞のgenomic DNAを鋳型としてPCR法でKIF26A遺伝子断片を得た。次に、(2)相同組み換えによってKIF26A分子のATP結合領域であるp-loopとIRES-LacZ-neoカセットが組み変わるようtargeting vector を作成した。(3)電気穿孔法によりtargeting vectorをES細胞に導入して,薬剤耐性を指標として組み換え体を選別した。選別された組み換えcolonyをそれぞれ培養して、その一部よりDNAを精製し,southern blotting 法により,相同組み換え体をスクリーニングした。(4)次にこの相同組み換え体をさらに培養して,受精後3.5日のマウス子宮から回収したblastocystの胚盤腔に微小ピペットを用いて注入した。この胚盤胞を別途準備した偽妊娠状態の雌マウス子宮に移植し出産させた。(5)ここで得られたキメラマウスと野生型雌マウスを交配し、仔の遺伝子型をPCR法あるいはsouthern blotting 法で検定し変異ES細胞の生殖細胞系列への寄与を確認した。さらに,変異を持つヘテロマウスどうしを掛け合わせることにより,KIF26A遺伝子欠損ホモマウスを得ることに成功した。

2. 表現型についての解析。

 kif26a遺伝子欠損マウスは生後1週間頃から巨大結腸を呈し、生後2週間から5週間までに死亡した。生理学的には、腸のカルバコールに対する反応性が、過剰かつ延長していることが分かった。kif26a遺伝子プロモーター下流につないだLacZの発現を調べたところ、KIF26Aは、腸の神経節に発現していることが分かった。組織学的には、KIF26A遺伝子欠損マウスの腸の神経節において、神経細胞の数は増大しているが、特に遠位結腸のアセチルコリンエステラーゼ陽性神経細胞は増え、神経突起は逆に減少していた。次に神経節細胞の初代培養を樹立し、細胞の形態を観察した。遺伝子欠損マウスの神経細胞の成長円錐は過度に拡張していて、その中の微小管は、通常のようなtight arrayを形成せず、束化が阻害されていた。次に、上記の表現型の分子機構を探るために、腸神経節の発生を制御すると言われているGDNF(glial cell-derived neurotrophic factor)シグナリングについて、検討した。その結果、GDNFシグナリング下流にある ERKリン酸化レベルが、遺伝子欠損マウスの細胞で過剰になっており、このpathwayの脱抑制が起きていることが示唆された。

3. KIF26Aの分子機能についての解析

 kif26a遺伝子欠損マウスは、GDNF-Ret pathwayの脱抑制が起きていることが分かったから、KIF26Aたんぱく質とこのpathwayを構成する蛋白の関係について調べた。Yeast two-hybrideと免疫沈降法でKIF26AとGDNF-Ret pathwayの構成要素であるGRB2結合していることが観察した。

結論及び考察

 1. 新規モーター分子KIF26A遺伝子欠損マウスを作成し解析した。

 2. KIF26Aは腸の神経節に発現した。

 3. KIF26A遺伝子欠損マウスは、巨大結腸のため生後2-5週で死亡した。

 4. KIF26A遺伝子欠損マウスの腸の神経節では、神経細胞の数が増加し、神経突起は未発達となった。

 5. 3, 4, の表現型の原因として、GDNF signalingの関与が示唆された。

 6. KIF26AはGDNF-Ret cascadeのGRB2と結合することが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はキネシンスーパーファミリー(kinesin superfamily proteins、KIFs)の新しいメンバーであるKIF26Aの生体内での役割、及び細胞内での分子機能を明らかにするため、KIF26A遺伝子欠損マウスを作成し、解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1. 相同組み換えによってKIF26A分子のATP結合領域であるp-loopとIRES-LacZ-neoカセットが組み変わるようtargeting vector を作成した。電気穿孔法によりtargeting vectorをES細胞に導入し,次に分離した相同組み換え体をさらに培養して、blastocystの胚盤腔に注入し、キメラマウスを得た。キメラマウスから数度の掛け合わせによりKIF26A遺伝子欠損ホモマウスを得た。

 2. 胎生14.5日と生後12日におけるKIF26Aの発現を検討したところ、腸の神経節に発現していることが分かった。

 3. kif26a遺伝子欠損マウスは生後1週間頃から巨大結腸を呈し、生後2週間から5週間までに死亡した。

 4. kif26a遺伝子欠損マウスの表現型についてさらに解析した。生理学的には、腸のカルバコールに対する反応性が、過剰かつ延長していることが分かった。組織学的には、KIF26A遺伝子欠損マウスの腸の神経節において、神経細胞の数が増大していた。特に遠位結腸のアセチルコリンエステラーゼ陽性神経細胞の増加は顕著であった。神経突起は逆に減少していた。次に神経節細胞の初代培養を樹立し、細胞の形態を観察した。遺伝子欠損マウスの神経細胞の成長円錐は過度に拡張していて、その中の微小管は、通常のようなtight arrayを形成せず、束化が阻害されていた。

 5. 上記の表現型の分子機構を探るために、腸神経節の発生を制御すると言われているGDNF (glial cell-derived neurotrophic factor) シグナリングについて、検討した。その結果、GDNFシグナリング下流にある ERKリン酸化レベルが、遺伝子欠損マウスの細胞で過剰になっており、このpathwayの脱抑制が起きていることが示唆された。

 6. KIF26AとGDNF-Ret pathwayを構成する蛋白の関係について調べた。Yeast two-hybridと免疫沈降法でKIF26AとGDNF-Ret pathwayの重要な構成要素であるGRB2が結合していることが示された。

 以上、本論文はキネシンスーパーファミリーの新しいメンバーであるKIF26A遺伝子欠損マウスの作成と解析を通じ、KIF26AがGRB2と結合し、GDNF-Ret pathwayを抑制的に制御すること、またKIF26Aの欠失により、腸神経節の過形成による巨大結腸が発生することを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、KIF26Aの特異な役割を明らかにしたのみならず、ヒルシュスプルング病などのヒト巨大結腸症の病態機序の解明ひいては治療法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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