学位論文要旨



No 122496
著者(漢字) 丹羽,伸介
著者(英字)
著者(カナ) ニワ,シンスケ
標題(和) キネシンスーパーファミリータンパク質KIF1Bβの分子細胞生物学的解析
標題(洋) Molecular Cell Biological Analysis of a Kinesin Superfamily Protein, KIF1Bβ
報告番号 122496
報告番号 甲22496
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2792号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 高橋,智幸
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 宮崎,徹
 東京大学 講師 石井,聡
内容要旨 要旨を表示する

 キネシンスーパーファミリープロテイン(KIF)は微小管をレールとするモータータンパク質である。多くのKIFはKIFに共通のキネシンモータードメインとさまざまなtail domain(尾部)から成り立っている。キネシンモータードメインがATPを分解することによって発生するエネルギーを用いてKIFは微小管の上を+端に向かって動き、多様性のある尾部にカーゴを結合することによって細胞内輸送を担っている。私はKIFに属するタンパク質の一つであるKIF1Bβについて調べた。オワンクラゲ由来の蛍光タンパク質(GFP)にKIF1Bβを結合したものをアデノウイルスによって神経細胞に発現すると、主に神経細胞の軸索の中を末端に向かって動くことがわかった。しかも軸索の中を毎秒約1μmの速さで動いている。これは昔からよく知られている軸索輸送の早い輸送と遅い輸送のうち早い輸送とほぼ同じ速さで、精製したKIF1Bβを用いて精製した微小管を動かしたときの速さに一致する。

 次にいかにカーゴがKIF1Bβに結合するかを調べるために、KIF1Bβのさまざまな欠損変異体を作成し、神経細胞に発現した。その結果、フォスファチジルイノシトール4,5ビスフォスフェイト(phosphatidylinositol 4,5-bisphosphate,PIP2)に結合するPHドメインと、進化的によく保存されたストーク領域の両方がカーゴに結合するために必要であることがわかった。PHドメインの機能はすでに知られているので、まだ解析されていないストーク領域の機能を調べることにした。酵母ツーハイブリッド法によってストーク領域に結合するタンパク質を調べると、その中の一つにRab3GEPというタンパク質があった。酵母ツーハイブリッド法だけでは偽陽性の可能性があるので、293FT細胞を用いた免疫沈降法を用いて結合を確認し、GFP変異体であるYFPを結合したRab3GEPとCFPを結合したKIF1Bβを同時に神経細胞に発現し、二つが一緒に細胞の中を動くことも確認した。また、KIF1Bβの抗体を用いて小胞を精製すると、KIF1Bβが含まれる小胞にはRab3GEPが含まれる。KIF1BβのホモログであるUnc-104を欠損する線虫ではRab3などのシナプス小胞前駆体を含む小胞の輸送に異常が現われることが知られていた。Rab3GEPを欠損する線虫でもまたRab3の細胞内輸送に異常が起こる。KIF1Bβに結合する領域だけのRab3GEPの欠損変異体(Rab3GEPDD)を細胞内に発現してRab3の細胞内の局在を観察すると、Rab3が神経の突起の中から減った。このことからKIF1Bβ−Rab3GEP−Rab3という結合がRab3の細胞内輸送に必要であることが示唆された。Rab3GEPとRab3の結合を調べると、Rab3GEPのN末端側の領域がRab3に結合した。

 KIF1BβはL細胞に過剰発現すると、他のKIFと同様に突起の先端に集まる傾向がある。このときRab3GEPの局在を観察すると、KIF1Bβを発現していない細胞に比べて突起の先端にRab3GEPが多く集まった。

 KIF1Bのノックアウトマウスの神経細胞でRab3GEPやRab3の局在を調べると、軸索の中からこれらのタンパク質の量が減っていることがわかった。RabGTPaseは膜に結合するGTPフォームと、膜から外れやすいGDPフォームの二つの状態がある。早い輸送は膜輸送によって担われているので、輸送されているRab3はGTPフォームであることが予想された。KIF1Bのノックアウトマウスの神経細胞にGTP-Rab3を発現することによって動きを観察すると、動きが悪いことがわかった。さらに、KIF1BのノックアウトマウスにKIF1Bβを導入することによって局在がもとに戻った。これらのことからKIF1Bβを欠損しているためにRab3GEPやRab3の細胞内輸送に異常が起こり、結果としてRab3GEPとRab3の量が軸索の中から減っていると考えられた。

 点変異を導入することによってRab3のGDPフォームとGTPフォームに似た状態を作り出すことによって酵母ツーハイブリッド法を行うと、Rab3はGTPフォームでRab3GEPのN末端側に結合した。代謝されないGTPアナログであるGTPγSをRab3に取り込ませることによってRab3をGTP状態にすることができる。これを用いた免疫沈降法によって確かにRab3GEPとRab3の結合がGTP依存性であることがわかった。GDP状態のRab3とGTP状態のRab3を神経細胞に発現すると、後者がより突起の中に運ばれやすいことがわかった。また、GTP状態のRab3にCFPを融合したものと、KIF1BβにYFPを融合したものを同時に神経細胞に導入して動きを調べると両者が同時に動いていることがわかった。Rab3GEPはGDP状態のRab3をGTP状態に変える活性(GEF活性)があることが知られていた。今回私が示したようにRab3GEPはGTPフォームのRab3とKIF1Bβの間の架け橋として働き、Rab3の軸索輸送に必要な分子であることがわかった。Rab3GEPがGEFの活性を持つことを考慮に入れると、Rab3GEPはRab3を膜に結合しやすいGTP状態に固定することによって軸索輸送のような長い距離の輸送を保障しているのではないか、と考えられる。実際、Rab3GEPを過剰発現すると細胞内のGTP-Rab3の量が3倍に増えることが知られている。

 また、KIF1Bβがカーゴを運ぶためには従来いわれていたPHドメインを介した脂質との結合だけではなくストーク領域を介したタンパク質との結合が必要であることがわかった。いくつかのモータータンパク質は同じような脂質結合領域を持っていることが知られていますが、それらのモータータンパク質の局在は必ずしも脂質の局在と一致しない。それらのモータータンパク質も同じようなメカニズムによって正しいカーゴと結合することができるのではないかと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は神経細胞の基本的な役割に必須だと考えられているキネシンスーパーファミリープロテイン1Bβ(KIF1Bb)のカーゴ結合機能を明らかにするために、細胞生物学的手法、生化学的手法、遺伝学的手法を駆使して以下の結果を得ている。

 1. KIF1Bβがカーゴに結合するにはそれまで考えられていたPHドメインに加えてStalk domainが必須である。

 2. Stalk domainに対する結合タンパク質を酵母ツーハイブリッド法で探索し、KIF1Bβに対してRab3GEPというタンパク質が結合することを明らかにした。

 3. KIF1Bβの抗体をもちいて脳から精製した小胞にはRab3GEPが含まれている。

 4. CFP-KIF1BβとYFP-Rab3GEPは同じ小胞の上に乗ってaxonの中を移動する。

 5. Rab3GEPがKIF1Bβに結合する領域を過剰発現すると、シナプス小胞の構成タンパク質であるRab3がシナプスから減少する。

 6. KIF1BβのノックアウトマウスではRab3およびRab3GEPがaxonの中から減少する。

 以上、本論文はKIF1BβのストークドメインがRab3GEPに結合し、軸索輸送を担っていることを示した。本研究はこれまで未知だったKIF1Bβのカーゴ結合機構を明らかにしたので、神経細胞におけるシナプス小胞の軸索輸送機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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