学位論文要旨



No 122497
著者(漢字) 野口,響子
著者(英字)
著者(カナ) ノグチ,キョウコ
標題(和) Gタンパク質共役型の新規リゾホスファチジン酸受容体LPA4の同定と解析
標題(洋) Identification and Analysis of a Novel G Protein-coupled Receptor for Lysophosphatidic Acid, LPA4
報告番号 122497
報告番号 甲22497
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2793号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 講師 野田,泰子
内容要旨 要旨を表示する

 Gタンパク質共役型受容体の総数はおよそ700といわれているが、そのうち約140個がリガンドの分かっていない、いわゆるオーファン受容体である。私は2003年にGタンパク質供役型オーファン受容体の一つであるヒトGPR23(別名p2y9)が新規リゾホスファチジン酸(Lysophosphatidic Acid、LPA、1-アシルグリセロール-3-リン酸)受容体であることを同定した。

 私は幾つかのGタンパク質供役型オーファン受容体の安定高発現CHO細胞株を樹立し、その細胞株に約200種類の脂質分子と17種類の核酸を作用させたときの細胞内シグナルを調べることにより受容体特異的なリガンドをスクリーニングした。その結果、ヒトGPR23安定発現細胞がLPAに反応して細胞内カルシウム濃度を上昇させることを発見した。さらに、GPR23を一過性発現させたRH7777細胞の膜にトリチウムラベルしたLPAが特異的に結合することを確認した。この特異的結合はスキャッチャード解析により解離定数(Kd値)44.8nMを示した。LPAに構造の類似した他の脂質についてトリチウムラベルしたLPAに対する競合的結合を調べたが、GPR23はLPA以外とは結合しなかった。LPAには脂肪酸の鎖長や不飽和結合数、結合の種類により多くの分子種が存在する。GPR23は血清中に豊富に存在する1-オレオイル-LPAに最も高い親和性を持つことが、競合的膜結合実験とレポーター遺伝子実験により明らかになった。ヒトGPR23安定発現CHO細胞ではLPAを作用させると細胞内カルシウムの上昇が見られることはリガンドスクリーニングの結果から分かっていたが、さらに、LPA濃度依存的な細胞内サイクリックAMPの蓄積も見られた。16種類のヒト組織由来のcDNAを鋳型にした定量的PCRからはGPR23が卵巣で比較的高発現していることが分かった。さらにヒトの腎臓、骨格筋、および巨核球系細胞から抽出したpoly(A)+RNAを用いたノザンハイブリダイゼーションでは4.4kbの長さのmRNAが検出された。以上の結果より、GPR23がLPAの新規受容体、LPA4であることを結論づけた。

 GPR23/LPA4の生体内での機能を解明するにはマウスを用いた解析が不可欠である。そこで、ヒトGPR23/LPA4と相同なマウスGPR23もまたLPA受容体LPA4であることを、前述と同様に膜結合実験により確認した。なおKd値は31.3nMと、ヒトLPA4と同程度の値であった。マウス各組織のpoly(A)+RNAを用いたノザンハイブリダイゼーションから、マウスGPR23/LPA4 mRNAは広汎に発現しているが、卵巣・子宮・胎盤などの雌性生殖器官に特に高く発現していることが分かった。そこで性周期や妊娠による雌性生殖器官でのGPR23/LPA4 mRNA発現量の変動を定量的PCRで調べた。ホルモン誘導性過排卵時に卵巣、卵管、子宮で有意な発現量の変動は得られなかったが、妊娠3.5日の卵管と子宮、妊娠5.5日(着床1日後)の子宮の着床部分(胚を含む)でGPR23/LPA4 mRNA発現量が上がった。また、胎生12.5日齢の胎児でも高い発現を示した。しかし、子宮の非着床部分や胎盤での発現上昇は見られなかった。一般に、マウス卵子は卵管で受精後、卵管を下降して、受精後3日頃に子宮内腔に到達し、4.5日に子宮内膜に着床すると言われている。よって、妊娠3.5日の卵管と子宮、妊娠5.5日(着床1日後)の子宮の着床部分でのGPR23/LPA4 mRNAの発現上昇の由来は胚・胎児成分であり、GPR23/LPA4は胚や胎児で高発現していることが推察された。そこで、胎児の発生過程を追ってGPR23/LPA4 mRNAの発現量を調べた。その結果、胎児全体では胎生中-後期に安定して高い発現であるが、脳に限局すると胎生中期(E12)、つまり神経発生の初期段階で極めて高く発現しており、発生が進むにつれてその発現量が急激に減少することが分かった。

 GPR23/LPA4の生体内での機能を解析するにあたり、詳細な発現分布を得ることは重要である。私はGPR23/LPA4に対するポリクローナル抗体を作製した。この抗体を用いたウェスタンブロットでは、マウス胎児脳の内在性GPR23/LPA4の検出に成功した。今後in situハイブリダイゼーションやこの抗体を用いた免疫組織化学を行い、より詳細な発現を調べる予定である。さらに私はGPR23/LPA4遺伝子欠損マウスを作製した。このマウスには現在のところ発生や外観、行動、生殖能力などに明らかな異常は観察されていない。

 LPAは細胞膜リン脂質から合成されるグリセロリン脂質の一つで、血清中に豊富に存在する。LPAは細胞分裂を促進したり細胞形態を変化させる作用をもち、神経発生、血管形成、創傷治癒、癌の進行などに関与すると考えられている。LPA受容体として、互いに高い相同性(50-57%)を示す3種類のGタンパク質共役型受容体ファミリー、LPA1/Edg2/Vzg-1、LPA2/Edg4、LPA3/Edg7、が既に同定されていた。しかし興味深いことに、GPR23/LPA4はこれらEdgファミリーとは相同性が低い(20-24%)。さらに最近、やはりEdgファミリーと相同性が低くGPR23/LPA4と相同性が高いGタンパク質供役型オーファン受容体GPR92が第五のLPA受容体LPA5であり、GPR23/LPA4と同様、細胞内サイクリックAMP上昇作用を有することが報告された。

 先に述べた通り、GPR23/LPA4は胎生12日齢という神経発生の初期段階の脳で極めて高い発現を示し、発生が進むにつれその発現量が急激に減少していった。この結果から、GPR23/LPA4が中枢神経系の発生や分化に重要な役割を果たしていることが期待される。LPA1遺伝子単独欠損マウスやLPA1/LPA2遺伝子二重欠損マウスでは、母乳を吸う行為が出来ないことによる新生児の死亡率の増加、大脳皮質の菲薄化や脳溝の形成不全、神経因性疼痛の消失など、神経発生・分化での異常を窺わせる表現型がいくつも観察されている。これらの神経系におけるLPAの作用に、GPR23/LPA4が関与している可能性がある。最近、GPR23/LPA4を過剰発現させた神経系株化細胞で、LPAによって神経突起の退縮や細胞形態の変化が誘発されることが報告された。また、ラット海馬の神経前駆細胞ではLPA刺激により細胞内サイクリックAMPレベルの上昇が見られるという報告があるが、これまでに同定された5種類のLPA受容体のうちサイクリックAMPの上昇を起こすのはGPR23/LPA4とGPR92/LPA5のみであることから、海馬神経前駆細胞においてGPR23/LPA4が何らかの機能をする可能性がある。神経系でのLPA産生については未知だが、LPA産生に関わる主要な酵素、オートタキシンやホスホリパーゼA1・A2は、発生途中の脳に発現している。本研究の結果と以上の報告から、GPR23/LPA4と神経発生・神経分化との関与が強く示唆される。さらに、オートタキシン遺伝子欠損マウスの胎仔は胎生9.5-10.5日齢頃に死亡することが、2つの独立したグループから同時に報告されたが、LPA1-3遺伝子単独欠損マウスやLPA1/LPA2遺伝子二重欠損マウスではこのような表現型は観察されないので、この胎生致死にはGPR23/LPA4やGPR92/LPA5あるいは未知のLPA受容体の関与が予想される。今後、GPR23/LPA4遺伝子欠損マウスや、他のLPA受容体欠損と掛け合わせたマルチ欠損マウスを解析して、GPR23/LPA4の生体内での機能を解明していくつもりである。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、リガンドの同定されていないGタンパク質共役型受容体(GPCR)、いわゆる「オーファンGPCR」の脂質リガンド探索を試みたもので、下記の結果を得ている。

 1. 幾つかのオーファンGPCRの安定高発現CHO細胞株を樹立し、その細胞株に約200種類の脂質分子と17種類の核酸を作用させたときの細胞内シグナルを調べることにより受容体特異的なリガンドをスクリーニングした。その結果、ヒトGPR23安定発現細胞がリゾホスファチジン酸(LPA)に反応して細胞内カルシウム濃度を上昇させることを発見した。さらに、LPAがGPR23発現膜に特異的に結合すること(Kd=45nM)、LPAと構造の似た脂質はLPAとGPR23の結合を阻害しないことから、LPAがGPR23の特異的リガンドであることを示した。既知のLPA受容体、LPA1、LPA2、LPA3、が互いに高い相同性を有するのに対して、GPR23/LPA4はLPA1-3と相同性が低いこと、LPA1-3はLPAによる細胞内サイクリックAMP下降作用を有するのに対して、GPR23/LPA4は上昇作用を有すること、の2点に特徴を持つ。

 2. マウスのオーファンGPCR、GPR23もまたLPA受容体であることを、膜結合実験によって示した。Kd値は31nMで、ヒトGPR23/LPA4と同程度であった。

 3. GPR23/LPA4 mRNAの発現分布を、ノザンブロットおよび定量的PCRにより示した。GPR23/LPA4 mRNAは、全身に公汎に発現しているが、卵巣、子宮などの雌性生殖器で特に高く発現していた。また、発生中-後期の胎児(E10.5-18.5)に高く発現していた。さらに脳に限局すると、胎生中期(E12)、つまり神経発生の初期段階の脳で極めて高く発現しており、発生の進行とともに発現量が急激に減少することが分かった。

 4. GPR23/LPA4ポリクローナル抗体を作製した。特異性が低く、免疫組織染色などで実際に機能するかは疑問である。

 5. GPR23/LPA4遺伝子欠損マウスを作製した。現在のところ、発生や外観、行動、生殖能力などに明らかな異常は観察されていない。

 以上、本研究では、オーファン受容体GPR23が新規LPA受容体LPA4であることを同定した。さらに、それまでのLPA受容体LPA1-3とは異なる(反対の)細胞内シグナルを有することを発見し、LPAの新たなシグナル経路の存在を明らかにした。また、雌性生殖器や神経発生初期の脳で高発現していることを明らかにし、雌性生殖系や神経発生・神経分化で機能している可能性を示した。それまでのLPA受容体LPA1-3とアミノ酸相同性が低く、細胞内シグナルの異なるLPA受容体の発見は、LPA研究に新しい可能性を生み、学位の授与に値するものと考えられる。

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