学位論文要旨



No 122500
著者(漢字) 竹田,恒
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,ヒサシ
標題(和) Tet-On系によるCREB阻害は、ゼブラフィッシュのレンズ分化を抑制する
標題(洋) A dominant negative CREB expression by Tet-On system suppressed lens differentiation during zebrafish development
報告番号 122500
報告番号 甲22500
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2796号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 渡邊,すみ子
 東京大学 講師 山口,正洋
 東京大学 講師 永原,幸
内容要旨 要旨を表示する

 転写因子CREB(cAMP-response element binding protein: CREB)は生体内に広く発現している遺伝子であり、細胞外からの様々な刺激に応じた標的遺伝子の転写を介して細胞分化、生存およびシナプス可塑性を制御していると考えられている。このようなCREB依存的な転写には標的となる遺伝子の転写制御領域にCRE(cAMP-response element: CRE)配列が必要であることが報告されており、近年CRE配列を転写制御領域内にもつ遺伝子が次々と同定されている。しかしながら、その大部分の遺伝子の生物学的機能は依然不明である。本研究では発生期の様々な時期におけるCREBおよびその標的遺伝子の生物学的機能を解析するために、遺伝子誘導発現系の一つであるテトラサイクリン誘導系を利用した2系列のトランスジェニックゼブラフィッシュを作成した。rtTA (reverse tetracycline-controlled transactivator: rtTA)系統はXenopus伸長因子1αのプロモーターによりrtTA遺伝子を発現させる外来遺伝子が導入されており、一方のレポーター/影響因子系列は活性型rtTAにより両方向性に転写可能なTRE(Tet-responsive element: TRE)配列の両下流にEGFP(enhanced green fluorescent protein: EGFP)と優性阻害型CREB(dnCREB)をそれぞれ挿入した外来遺伝子が導入されている。受精後3時間のゼブラフィッシュ胚にDox(doxycycline: Dox)を投与し続けると、投与後24時間までに両外来遺伝子導入胚においてEGFPおよびdnCREB発現誘導が確認された。一方、Dox非投与群の両外来遺伝子導入胚ではそれら二つの遺伝子発現は投与後72時間まで認められなかった。この時、dnCREBのレポーター遺伝子であるEGFPは眼レンズにおいて強く発現が認められ、さらに誘導開始後6日目のEGFPを発現している稚魚は眼およびレンズの直径の著しい減少が認められた。形態学的解析によりDoxを投与されたEGFPシグナルを有する稚魚ではレンズ形成に不可欠な線維細胞の伸長が抑制されていることが明らかになった。さらにRT-PCR法(reverse transcriptase polymerase chain reaction: RT-PCR)を用いた遺伝子発現解析の結果、Doxを投与されたEGFPシグナルを有する稚魚において、レンズ特異的転写因子c-MafおよびαAクリスタリン転写産物がともに検出感度以下であった。一方、Pax6やその他のクリスタリン(αB及びβB1)の転写産物は対照群同様に検出された。以上、本研究によりゼブラフィッシュにおけるテトラサイクリン誘導系の有効性を示すとともに、CREBによるc-MafおよびαAクリスタリンの転写制御がレンズ線維細胞の分化に関与していることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は様々な生物学的機能を担っていると考えられている転写因子CREBおよびその標的遺伝子が生体内のどのような時期に関与しているのかを明らかにするため、遺伝子誘導発現系の一つであるテトラサイクリン誘導系を導入した二系統のトランスジェニックゼブラフィッシュをそれぞれ作成し、テトラサイクリン誘導系の有効性を示すとともに両外来遺伝子導入(ダブルトランスジェニック)胚を用いてゼブラフィッシュ発生期の眼レンズ分化におけるCREBの役割を解析したものであり、以下のような結果を得ている。

 1. rtTA (reverse tetracycline-controlled transactivator: rtTA)系統としてXenopus伸長因子1αのプロモーターにrtTA遺伝子をつなげた外来遺伝子を、レポーター/影響因子系列として活性型rtTAにより両方向性に転写可能なTRE(Tet-responsive element: TRE)配列の両下流にEGFP(enhanced green fluorescent protein: EGFP)と優性阻害型CREB(dnCREB)をそれぞれつなげた外来遺伝子を導入した二系統のトランスジェニックゼブラフィッシュを作成した。二系統の交配によって生じた受精後3時間のダブルトランスジェニック胚にドキシサイクリンを投与し続けた場合、dnCREB mRNAおよびEGFPタンパクの発現シグナルは投与後24時間までに認められた。一方、ドキシサイクリン非投与群のダブルトランスジェニック胚では二つの遺伝子の発現は認められなかった。さらにdnCREBタンパクはEGFP発現個体でのみ検出された。EGFPの発現シグナルは眼レンズおよび体節に強く認められた。

2. 受精後144時間のドキシサイクリン投与群のEGFP発現個体は、同時期の対照群の個体と比較して、眼大きさが著しく小さくなっていた。組織学的解析からこの減少は受精後24時間以降のレンズ発達異常が主な原因であることが分かった。ドキシサイクリン投与群EGFP発現個体の網膜の発達については、層構造は形成されているものの、その大きさは小さかった。

3. 免疫組織学的解析からドキシサイクリン投与群のEGFP発現個体における網膜の各細胞の分化は少なくとも確認されたが、未分化細胞の存在は否定できない。

4. ドキシサイクリン投与群のEGFP発現個体のレンズでは、受精後30時間以降で対照群に観察されるようなレンズ線維細胞の伸長が観察されなかった。

5. RT-PCR法による遺伝子解析により、ドキシサイクリン投与群のEGFP発現個体では転写因子c-MafおよびαAクリスタリン遺伝子の発現が検出されなかった。

6. 受精後27時間からドキシサイクリンを投与した場合、受精後144時間のドキシサイクリン投与群のEGFP発現個体のレンズには伸長していない未分化のレンズ細胞が認められ、レンズの成長が著しく抑制されていた。

 以上、本論文はテトラサイクリン誘導系を導入したトランスジェニック胚を用いて、レンズ線維細胞の分化におけるCREBおよびその標的遺伝子の関与を明らかにした。本研究はこれまでゼブラフィッシュにおいて報告例のなかったテトラサイクリン誘導系を確立し、これまで未知であったレンズ分化におけるCREBの転写調節の関与を明らかにしたとともにテトラサイクリン誘導系の有効性を示したと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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