No | 122501 | |
著者(漢字) | 近添,淳一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | チカゾエ,ジュンイチ | |
標題(和) | 眼球運動系における反応抑制の神経基盤 | |
標題(洋) | Neural correlates of oculomotor response inhibition | |
報告番号 | 122501 | |
報告番号 | 甲22501 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2797号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 機能生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 反応抑制を調べる課題として指を用いるgo/no-go課題と眼球運動系を用いるanti-saccade課題がある。前者を用いた過去の研究では、反応抑制における前頭葉の関与、中でも右下前頭回が重要な役割を果たすことが神経心理学的研究、電気生理学的研究、および脳機能画像的研究から確かめられている。一方、後者を用いた研究では、下前頭回の関与は明らかにされていない。これには、指と眼球という反応モダリティの違いが反映されている可能性と、反応抑制の強さに関わる課題の構造の違いが反映されている可能性が考えられた。これらの可能性の適否を調べることを目的として、本実験では機能的MRIを用いて、従来のanti-saccade課題を改変しsaccade遂行時の反応抑制の負荷を高めた課題において、眼球運動系の反応抑制に関わる脳部位を調べ、先行研究のmeta-analysisの結果と比較を行った。さらに、課題の成績と脳活動部位の関係を調べることによる個人差に関する解析も行った。 方法 被験者は各試行においてまず中央の注視点を見ることを求められる。周辺部に標的が点灯すると同時に背景色が変化し、被験者はこの背景色の変化により試行形式を指示され、それに従って標的に向かって、もしくは反対方向にsaccadeすることを求められる。試行形式は3種類存在し、baseline saccade試行とcontrol saccade試行では標的に向かって順方向に、anti-saccade試行では標的と反対方向にsaccadeすることを求められる(図1)。baseline saccade試行は最も頻度が高く全体の基調をなす試行であり、control saccade試行はanti-saccade試行と同程度に頻度が低く、知覚レベルでのoddball効果(刺激の出現頻度が低い場合に、反応時間が遅延したり正答率が低下するといった効果)をanti-saccade試行と一致させた試行である。anti-saccade試行とcontrol saccade試行との脳活動を比較することにより、眼球運動系の反応抑制の神経基盤を調べた。 本実験では反応抑制の負荷を高める目的で、従来のanti-saccade課題に以下の変更が加えられた。まず、go/no-go課題でしばしば用いられるようにpro-saccade試行に比べて相対的にanti-saccade試行が少なくなるよう配置した。それによって生じる交絡因子として知覚レベルでのoddball効果があるが、これはanti-saccadeと同程度に少ない順方向へのsaccadeであるcontrol saccadeを導入することにより回避した。さらに、被験者が準備態勢をつくることを最小限にするために、準備期間を取り去り、試行種別の指示を標的の出現と同時に与えた。また、被験者がsaccadeを開始しつつある状況下においても試行種別を判別できるように、試行種別の指示を全画面の背景色を変化させることにより与えた。加えて、目標の提示時間を短くすることで、被験者が自然なペースでsaccadeを行うよう促した。 MRI撮像中、被験者の眼球運動はアイカメラを用いて計測され、実験後に解析された。実験には健常被験者24人が参加し、解析にはSPM2が用いられた。 結果 anti-saccade試行、control saccade試行、baseline saccade試行の正答率(平均±標準誤差)はそれぞれ59.8 ± 2.7 %、92.2 ± 1.3 %、95.9 ± 0.7 %、反応時間はそれぞれ403.1±39.2 ms、341.4±26.4 ms、325.8±22.8 msであり、各試行間の正答率、反応時間の差は統計的に有意であった(図2)。 anti-saccade試行とcontrol saccade試行の脳活動の比較では、先行研究の結果と一致して、前頭眼野、背外側前頭前野、前帯状回、前補足運動野、島/下前頭回、頭頂間溝の著明な活動が認められたが、さらにそれに加え、anti-saccade課題ではこれまでほとんど報のなかった右下前頭溝後部において著明な活動を認めた(図3)。また機能的左右差をみるため、前頭葉で8対、頭頂葉で7対の対応する領域を選び、信号の大きさを左右で比較した。その結果、下前頭回および側頭頭頂領域の活動は右半球優位であることが示された。 また、被験者間の課題の成績と脳活動の相関をみた解析では、誤答率の高さと相関して高い活動がみられた部位は前頭眼野、前帯状回、側頭頭頂接合部であった。一方、右下前頭回の活動は課題の成績との相関をもたなかった。前頭眼野のように効果器に近い領域では成績のよくない被験者の努力による代償を反映していると考えられ、右下前頭葉の反応抑制への関与はより効果器から離れた連合野的機序によることが示唆された。 また、meta-analysisの結果からはgo/no-go課題の先行研究で報告された領域は右下前頭回、背外側前頭前野、前帯状回、前補足運動野、島/下前頭回、頭頂間溝であり、anti-saccade課題では前頭眼野、背外側前頭前野、前帯状回、前補足運動野、頭頂間溝であることが示された。これらの結果から下前頭回の活動の課題による不一致は反応モダリティの違いによるのでなく、課題の構造の違いによることが示唆された。 議論 本実験では従来のものと比べより反応抑制の負荷の高いanti-saccade taskを用いて、眼球運動の反応抑制においても右下前頭回の関与が認められることを示した。また、この活動は下前頭回、側頭頭頂領域において右半球優位であることを示した。さらにgo/no-go課題および従来のanti-saccade課題の先行研究のmeta-analysisの結果より、右下前頭回の活動は指や眼球といった反応モダリティの違いによらず、反応抑制のネットワークの一部をなすことが示唆された。 図1 図2 図3 | |
審査要旨 | 本論文は、健常被験者において、眼球運動を用いて行う反応抑制課題であるアンチサッカ−ド課題を改変し反応抑制の負荷を高めた課題遂行中の脳活動を、機能的核磁気共鳴画像法を用いて調べ、下記の結果を得ている. 1.アンチサッカード課題における、眼球運動による反応抑制に際して、従来報告のなかった右下前頭回の関与を示した。またその活動は右半球優位であり、前頭葉全体でみた場合にも右半球優位であった。同様に、側頭頭頂接合部の活動も右半球優位であり、頭頂葉全体でみた場合にも右半球優位であった。 2.被験者間の課題の成績と脳活動の相関をみた解析により、誤答率の高さと相関して高い活動がみられた部位は前頭眼野、前帯状回、側頭頭頂接合部であった。一方、右下前頭回の活動は課題の成績との相関をもたなかった。前頭眼野のように効果器に近い領域では成績のよくない被験者の努力による代償を反映していると考えられ、右下前頭葉の反応抑制への関与はより効果器から離れた連合野的機序によることが示唆された。 3.先行研究のメタアナリシスの結果からは、本研究で認められた右下前頭回の活動は、手を用いて行う反応抑制の課題であるゴー・ノーゴー課題の結果と一致しており、従来のアンチサッカード課題の結果とは異なることが示された。これらの結果から下前頭回の活動の課題による不一致は反応モダリティの違いによるものではなく、課題の構造の違いによることが示唆された。 本論文は,従来のものと比べより反応抑制の負荷の高いアンチサッカード課題を用いて、眼球運動の反応抑制の神経基盤を明らかにした。さらに、先行研究のメタアナリシスの結果から右下前頭回は反応モダリティの違いによらず、反応抑制に関与していることが示唆された。以上から本論文は,ヒトの重要な心的機能のひとつである反応抑制の解明において重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる. 以上 | |
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