学位論文要旨



No 122508
著者(漢字) 池村,雅子
著者(英字)
著者(カナ) イケムラ,マサコ
標題(和) 全身疾患としてのレヴィー小体病概念確立のための臨床病理学的研究
標題(洋)
報告番号 122508
報告番号 甲22508
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2804号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 連携教授 中村,卓郎
 東京大学 助教授 福嶋,敬宜
 東京大学 助教授 後藤,典子
 東京大学 講師 宇川,義一
内容要旨 要旨を表示する

 Lewy小体病(Lewy body disease: LBD)とは、病理学的にLewy小体(LB)の出現を認める状態の総称で、疾患としては、Parkinson病(Parkinson disease: PD)、認知症を伴うPD(PD with dementia: PDD)、Lewy小体型認知症(dementia with Lewy bodies: DLB)、LBを伴う進行性自律神経不全症(Lewy body- related progressive autonomic failure)を含む。臨床的に、運動障害、認知障害、自律神経障害の三極を有し、病理学的に、黒質・線条体系、辺縁脳・新皮質系、中枢・末梢自律神経系が、責任病巣と考えられている。近年の分子遺伝学的検索により、LBの主成分はαシヌクレインである事が判明し、抗α シヌクレイン抗体免疫組織化学により、LB関連病理の検出感度・特異度が著しく上昇した。この結果、LB形成に至る神経細胞の形態学的変化や神経突起の変化、及び中枢神経系のLB関連病理の分布に関し、多くの新しい知見がもたらされた。しかし、一般的神経病理学的検索では、交感神経節前線維の評価は脊髄採取の機会が乏しいため不十分であり、剖検時特別な採取が必要な交感神経節後線維は評価不能である。また、本邦では疾患を持つ脳しか開頭しない事が一般的であり、老化におけるLB関連病理の位置づけの検討も困難である。

 本研究は、東京都老人医療センターにおいて、剖検例の開頭許可を出来る限り全例で得る努力をし、脊髄を全例で採取し、全身剖検を神経病理も担当してきた伝統により、可能となった。これにより、一般高齢者をほぼ代表する連続剖検例での、脳・脊髄・末梢自律神経系を、抗リン酸化αシヌクレイン抗体(psyn)免疫染色で検索する事により、全身におけるLB形成と疾患に至るプロセスを、明らかにする事が可能となった。

 本研究では、学位の4年間で、取り組んだ順に章別に記載した。

 第一章では、最初から取り組んだ、中枢神経系(CNS)におけるLB関連病理検索方法を記載した。異常蓄積したαシヌクレインに認められる、異常リン酸化部位を特異的に認識するpsyn(polyclonal:Pser129、monoclonal:psyn#64)と、抗ユビキチン抗体免疫染色に、H&E染色を併用し、高齢者ブレインバンクが提唱する、CNS LBステージ分類の有用性を再検討した。この分類は、臨床症状(パーキンソン症状と認知症の有無)と、黒質の変性の有無に、第1回DLB国際診断基準会議(1996)に基づくLBスコアを組み合わせたものである。さらに、加齢に伴う異常蛋白蓄積は連続的プロセスであり、一定の閾値を越えた時臨床症状を呈するという、変性型認知症診断基準の原則に配慮した。また、PDDとDLBの臨床病理学的鑑別が高齢者では困難であるため、一括評価の上、亜分類を行う方針とした。

 すなわち、ステージ0:CNSにLB関連病理なし。ステージ0.5:Lewy neuritesやdotsを認めるが、LBなし。ステージI:LBの出現をみるが、黒質の脱色素なし(偶発性LBD)。ステージII:LBの出現と黒質の脱色素を伴うが、単独で症状を発現するレベルに達していないか、臨床の記載がない群(発症前LBD)。ステージIII:認知症を伴わないPD。ステージIV:認知症を伴い、LBスコア辺縁型の基準を満たす症例。ステージV:認知症を伴い、LBスコア新皮質型の基準を満たす症例である。ステージIVとVでは、第1回DLB国際診断基準に基づき、認知症で発症するか、パーキンソン症状と認知症との間隔が1年以内の症例をDLB、それ以外をPDDとする、いわゆる1年ルールに基づく亜分類を行った。またステージII以下の症例では、脳幹を主体とするPD型一次性αシヌクレイノパチーと、アルツハイマー病やタウオパチーに合併し、扁桃核を首座とする、扁桃核亜型二次性αシヌクレイノパチーを区別した。

 その他、老人斑・神経原線維変化のステージ分類はBraakら(1994)により、嗜銀顆粒は高齢者ブレインバンク分類(1996)を用いた。

 この結果、高齢者ブレインバンクCNS LBステージ分類を用いることで、CNSにおけるLB関連病理を、識者間の再現性を持って、評価可能なことが明らかとなった。

 第二章では、交感神経節相同器官である副腎におけるLB関連病理を検討した。副腎は、通常剖検時検索されるため、LBDの末梢自律神経病理を代表する事が確認されれば、これまでの蓄積例全てに適用が可能である。

 対象は高齢者ブレインバンク連続剖検例783例である。中性ホルマリン固定パラフィン包埋副腎切片を用い、psyn免疫組織学による検索を行った。その結果、副腎では、副腎髄質神経節細胞、副腎皮質神経束、副腎被膜脂肪組織内神経節及び神経束にpsyn陽性所見が出現する事が明らかとなった。各CNS LBステージにおける副腎psyn陽性率は、ステージ0:577例中1例(0.2%)、ステージ0.5:36例中1例(2.8%、副腎にLBあり)、ステージI:85例中14例(16.5%)、ステージII:29例中20例(69%)、ステージIII:4例中4例(100%)、ステージIV:27例中25例(92.6%)、ステージV:25例中22例(88%)であった。副腎には発症前LBDの段階から高率にpsyn陽性所見が出現し、認知症の有無に関わらずPDでは全例副腎にpsyn陽性所見を認めた。DLBの症例中、副腎psyn陰性の5例は、病理学的にアルツハイマー病ないしは嗜銀顆粒性認知症を合併していた。またCNS LBステージI、IIで扁桃核亜型の症例は、高度のアルツハイマー病変あるいは嗜銀顆粒病変を合併していたが、全て副腎はpsyn陰性であった。

 これまでPDやDLBにおける副腎のLB出現率は30%程度と報告されていたが、psynを用いることで、検出頻度をPDでは100%に上げることができた。また採取に専門性が要求される交感神経節や、自己融解により検索結果が大きく変動することが予備的検討で判明した腸管とは異なり、通常剖検検索の中で、LBDの末梢自律神経病理学的評価に、最も適当な臓器である事を示すことができた。また検索中2例ではあるが、末梢自律神経にのみpsyn陽性所見を認める症例や、副腎にのみLBを認める症例の存在が明らかとなり、LBPAFの早期例の可能性が考えられた。

 第三章では、生検診断の可能性を有する皮膚に注目し、皮膚のpsyn陽性率とCNS LBステージとの関係を検討した。前方指的検索では、連続剖検例でパラフォルムアルデヒド固定した上腕皮膚とホルマリン固定した腹部皮膚を用い、psyn陽性所見の有無を検討、CNS LBステージ分類との関係を検討した。さらに、後方視的検索では東京都老人医療センターにおいて必須検索部位に指定されていた、中性ホルマリン固定腹部皮膚のパラフィン包埋切片を用い、psynを用いて検討した。結果、LBDでは皮膚の真皮層及び皮下組織に分布する神経束に、psyn陽性所見が出現する事が明らかとなった。さらに、抗ニューロフィラメント抗体や抗tyrosine hydroxylase抗体を用いた免疫組織化学により、psyn陽性所見の一部は、交感神経軸索内に存在する可能性が示唆された。

 前方視的検索で、CNS LBステージと皮膚のpsyn陽性率を比較すると、ステージ0:194例中0例、ステージI:25例中1例(4%)、ステージII:9例中3例(33.3%)、ステージIII:2例中2例(100%)、ステージIV:11例中6例(54.5%)、ステージV:11例中7例(63.6%)であった。さらに、腹部皮膚は、CNS LBステージII以上の症例を抽出した。ステージII:56例中13例(23.2%)、ステージIII:14例中10例(71.4%)、ステージIV:39例中17例(43.6%)、ステージV:34例中18例(52.9%)となった。ステージIVとVをPDDとDLBとに分類すると、PDD20例中14例(70%)、DLB53例中21例(39.6%)となり、認知症の有無に関わらず、PDではほぼ70%に腹部皮膚にpsyn陽性所見が出現した。

 皮膚のpsyn陽性所見は、LBD症例における特異度は100%であったが、感度が低い点が問題である。PDの皮膚自律神経障害は部位により異なり、遠位優位の傾向を持つが、症例毎に大きく異なる事が、発汗試験等の臨床学的検討より明らかになっており、皮膚生検をLBDの診断法として確立するには、これらの生理学的検査との相関が重要であると考えた。

 第四章では、LBDにおいて、末梢自律神経系の病理を代表するものとして、最もよく検索されてきた交感神経節を採取し、他の部位のLB関連病理との比較を行った。CNS LBステージと交感神経節psyn陽性率は、ステージ0:101例中2例(2.0%)、ステージ0.5:16例中4例(25%)、ステージI:16例中6例(37.5%)、ステージII:6例中5例(83.3%)、ステージIII:1例中1例(100%)、ステージIV:6例中6例(100%)、ステージV:8例中8例(100%)となり、ステージIII以上では交感神経節psyn陽性率は100%であった。CNS LBステージが低い群でも交感神経節に高頻度にLB関連病理を認める事、さらに交感神経節にのみLB関連病理を認める症例の存在が明らかとなった。交感神経節にLB関連病理を欠くLBD群では高頻度に、アルツハイマー病変ないし嗜銀顆粒病変を伴っていた。また、皮膚psyn陽性症例は全て副腎にpsyn陽性所見を有し、副腎psyn陽性症例は全て、交感神経節にpsyn陽性所見を有することが明らかとなった。

 以上、本研究を通して以下の点が明らかとなった。

1. LBDでは皮膚に分布する神経にもpsyn陽性所見が広がっている。

2. LBDでは、極初期段階を除いて、副腎に高率にpsyn陽性所見が出現し、副腎はLBDの末梢交感神経病理の検討部位として有用である。

3. 交感神経節は、LBDの極初期段階から高頻度にpsyn陽性となるだけでなく、交感神経節のみにpsyn陽性所見を認める症例も存在し、LBDの初発部位となりうる。

4. 末梢自律神経系において、LB関連病理は、交感神経節、副腎、皮膚の出現頻度勾配を認める。

5. 神経原線維変化、老人斑、嗜銀顆粒等の、変性型老化関連病理は、LB関連病理の分布を中枢神経系に偏位させる傾向を持つ。

 複数の部位を用いて末梢自律神経系病理を検索する事により、LBDが全身疾患である事の概念を確立し、LBDの病態解明に重要な知見を示した。psyn陽性LB関連病理が全身臓器、さらには皮膚にも広がりを示している事を明らかにした事により、多くの神経変性疾患と同様に生前病理学的検索は不可能であるという常識を覆し、皮膚生検を用いたLBD確定診断の道に可能性を開いた。また末梢神経系の検索により、LB関連病理の分布に偏りが存在する事が明らかとなった。これは中枢神経系のみの検索では指摘できず、一次性シヌクレイノパチー、二次性シヌクレイノパチーの混在するLBDを病理学的に評価する上で、末梢自律神経系の検索が有用である事を示している。今後の課題として、皮膚における病理学的変化をリン酸化αシヌクレイン沈着以外の観点からも検索する事、臨床症状との対応を組み合わせる事により皮膚生検の実用化をはかりたい。さらに皮膚と同様に生検部位の代表であり、かつLBが広がる事が報告されていながら自己融解など固定条件の問題により後方視的検索が困難である腸管に対しても、今後同様に検索を進めていきたい。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、都市型在宅高齢者をほぼ代表する、高齢者ブレインバンク連続剖検例を用いて、中枢神経系のレヴィー小体関連病理、アルツハイマー型老年性変化、高齢者タウオパチー病理を網羅的に評価したうえで、(1)全身剖検における必須検索部位である副腎、(2)生検による検索が可能である皮膚、(3)末梢自律神経系の代表と歴史的にされてきた交感神経節の三箇所におけるレヴィー小体関連病理を、レヴィー小体の主要構成成分であるリン酸化αシヌクレインに対する抗体を用いて検索する事により、レヴィー小体病が全身疾患であるという概念の確立を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.副腎にはパーキンソン病では認知障害の有無にかかわらず全例、レヴィー小体型認知症では高度のアルツハイマー病変やタウ病変を合併する少数例を除き、抗リン酸化αシヌクレイン抗体陽性レヴィー小体関連病理が出現し、レヴィー小体病の末梢自律神経系病理検索に副腎が有用であることが示された。副腎は剖検時に通常必ず採取され組織学的に評価される臓器であるため、一般的剖検手技でレヴィー小体病の末梢自律神経系の病理評価が可能なだけでなく、これまでの蓄積剖検例の副腎パラフィンブロックを用い、レヴィー小体病の末梢神経病理の再検討が可能であることが明らかとなった。

2.レヴィー小体病では、皮膚に分布する交感神経節後線維にも、抗リン酸化αシヌクレイン抗体陽性構造が出現することを、初めて明らかにした。パーキンソン病の発汗障害の原因病巣に関する研究は乏しく、中枢神経系か末梢神経系のどちらが原因かは議論があるが、本研究により、皮膚神経束へのリン酸化αシヌクレインの沈着による一次的な障害も、一因となっている可能性が示された。皮膚のLewy小体関連病変を認める場合、中枢神経系にLewy小体病変が存在する特異度は100%であるが、感度が低いためそれを高める工夫が必要である。重要な点は、皮膚は生前に検索が可能な部位であり、レヴィー小体病の診断に皮膚生検が用いられる可能性が示された。

3.交感神経節はレヴィー小体関連病理の好発部位であり、パーキンソン病やレヴィー小体型認知症のみならず、扁桃核亜型を除く黒質変性を伴うが臨床症状の記載がない発症前レヴィー小体病においても全例に、レヴィー小体関連病理が出現する事が明らかとなった。

4.中枢神経系、交感神経節、副腎、皮膚を総合的に検索する事により、中枢神経系にはレヴィー小体関連病理がないか極軽微であるのに、交感神経節や副腎にレヴィー小体関連病理が明らかに出現する、末梢自律神経系優位例が少数ながら存在する事が明らかとなった。レヴィー小体を伴う自律神経不全症の初期病理を検出した可能性がある。

5.交感神経節、副腎、皮膚をすべて検索することにより、中枢神経系に高度なアルツハイマー型老年性変化や嗜銀顆粒疾患が存在すると、レヴィー小体関連病理が末梢神経系に広がりにくい傾向を示すことが確認された。特に、上記二病変に合併し、扁桃核優位の病変分布をとる扁桃核亜型において、末梢自律神経系にレヴィー小体関連病理を認める症例はなかった。レヴィー小体病関連αシヌクレイノパチーは、脳幹・辺縁系をともに侵し、脊髄・新皮質に拡がる進展パターンをとる一次性αシヌクレイノパチーと、扁桃核亜型に代表される二次性αシヌクレイノパチーに分類されるが、末梢自律神経系、特に副腎を評価する事で、この両者の鑑別が容易に行えることが示された。

 以上、本研究は、レヴィー小体病において末梢自律神経系にも高率にレヴィー小体関連病理が広がっている事、全身剖検時必ず検索される副腎を用いてその評価が可能であること、これまで指摘されていなかった皮膚神経束にも病変が及んでいて生検診断の可能性があることを明らかにした。レヴィー小体病が全身疾患であるという概念を確立し、レヴィー小体病の病態解明や、診断法に重要な貢献をなす新知見が提供されており、学位の授与に値するものと考えられる。

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