学位論文要旨



No 122509
著者(漢字) 石亀,晴道
著者(英字)
著者(カナ) イシガメ,ハルミチ
標題(和) 免疫システムにおけるInterleukin(IL)-17とIL-17Fの役割の解明
標題(洋) Roles of Interleukin(IL)-17 and IL-17F in the Immune System
報告番号 122509
報告番号 甲22509
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2805号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 山本,一彦
内容要旨 要旨を表示する

 IL-17(IL-17A)は主に活性化T細胞から産生され、好中球遊走や炎症性サイトカイン、ケモカイン、接着分子といった様々な炎症性メディエーターを誘導する炎症性サイトカインである。近年、IL-17Aは6つのファミリー(IL-17A、IL-17B、IL-17C、IL-17D、IL-17E/IL-25、IL-17F)を形成していることが明らかとなってきた。その中でもIL-17Fは、IL-17Aと最も相同性が高く、遺伝子座もIL-17Aと同一染色体上に隣接して存在しており、レセプター(IL-17RA)も共有していることから、IL-17Aと同様な生理活性を有していることが示唆されている。実際、IL-17FはIL-17Aと同様にサイトカインやケモカインの産生誘導を介した顆粒球形成能や好中球遊走能を有していることが分かっている。また、最近、IL-17Aを産生するCD4+T細胞は、IFN-γを産生するTh1細胞でもIL-4を産生するTh2細胞でもない新たなT細胞サブセット(Th17)であることが明らかとなったが、このTh17細胞からIL-17Fも産生されることが分かっている。さらに、Th17細胞のナイーブCD4+T細胞からの分化誘導機構は、IL-12シグナルにより誘導されるTh1細胞やIL-4シグナルにより誘導されるTh2細胞とは異なり、TGF-βとIL-6のシグナルが必要であることが示された。一方、Th17細胞の生存や維持にはIL-12ファミリーサイトカインであるIL-23が重要であり、このIL-23刺激によりIL-17AとIL-17Fのどちらの産生も促進されることが明らかとなっている。

 最近、このIL-23/Th17軸がマウス自己免疫疾患モデルであるコラーゲン誘導関節炎(CIA)、実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)の発症に重要な役割を果たしていることが明らかとなってきた。しかしながら、IL-23p19遺伝子欠損(IL-23p19(-/-))マウスではCIAやEAEの発症に完全に耐性であるのに対し、IL-17A(-/-)マウスでは部分的にしか抑制できないことが分かっている。そのため、IL-17Aと同様にIL-23の下流に位置するIL-17Fがこれら疾患モデルの病態形成に関与している可能性が示唆されている。

 IL-23/Th17軸は細菌感染の生体防御にも重要な役割を果たしていること知られている。IL-17RA(-/-)、IL-23p19(-/-)マウスでは、Klebsiella pneumoniaeの気道感染に高感受性となり、さらに、病原性大腸菌感染モデルであるCitrobacter rodentiumの腸管感染においてもIL-23/Th17軸が生体防御に重要であることが分かっている。しかし、IL-17RA(-/-)マウスやIL-23p19(-/-)マウスでは、IL-17AとIL-17Fのどちらの機能も障害されており、これら感染モデルの生体防御におけるIL-17AとIL-17Fの役割分担については明らかとなっていない。

 本研究は、免疫応答におけるIL-17AとIL-17Fの機能的特異性や重複性を明らかにすることを目的として、新たにIL-17F(-/-)、IL-17A/F(-/-)(IL-17AとIL-17Fどちらも欠損)マウスを作製した。これら遺伝子欠損マウスを用いて、T細胞依存性免疫応答や細菌感染の生体防御におけるIL-17AとIL-17Fの役割について解析した。

1. T細胞依存性免疫応答におけるIL-17AとIL-17Fの役割の解析

 T細胞依存性免疫応答におけるIL-17AとIL-17Fの役割を明らかにするために、はじめに、IL-17A(-/-)、IL-17F(-/-)、IL-17A/F(-/-)マウスに遅延型過敏症(DTH)を誘導した。IL-17A(-/-)マウスは、DTH応答や抗原特異的な抗体産生が有意に抑制されたのに対して、IL-17F(-/-)マウスではその抑制効果は見られなかった。一方、IL-17A/F(-/-)マウスにおけるDTH応答や抗原特異的な抗体産生の抑制効果はIL-17A(-/-)マウスと同程度であった。また、接触型過敏症(CHS)においても、IL-17F(-/-)マウスは野生型と比較して有意な差は認められなかった。以上のことより、IL-17FではなくIL-17AがDTHやCHSの病態形成に重要であることが明らかとなった。

 つぎに、自己免疫疾患におけるIL-17AとIL-17Fの機能的相補性を明らかにするために、IL-17A(-/-)、IL-17F(-/-)、IL-17A/F(-/-)マウスに多発性硬化症モデルであるミエリンオリゴデンドロサイト糖蛋白(MOG)ペプチド免疫によるEAEを誘導した。IL-17A(-/-)マウスでは、野生型マウスに比べEAEの発症時期が遅延し、臨床的重症度が有意に低下したが、その抑制は完全ではなかった。一方、IL-17F(-/-)マウスのEAE重症度は野生型マウスとの間に差は認められず、さらに、IL-17A/F(-/-)マウスにおいてもEAE重症度の抑制効果はIL-17A(-/-)マウスと同程度であった。以上のことより、IL-17FではなくIL-17AがEAEの発症に重要な役割を果たしており、IL-23により誘導されるIL-17F以外の因子がIL-17A欠損時のEAEの病態形成に関与している可能性が示唆された。

 また、IL-1レセプターアンタゴニスト(Ra)(-/-)マウスに自然発症する自己免疫性関節炎におけるIL-17Fの役割について検討した。関節炎を発症したIL-1Ra(-/-)マウスのリンパ節や関節局所ではIL-17AとIL-17Fの発現が充進していた。IL-17F(-/-)マウスとIL-1Ra(-/-)マウスとの掛け合わせによる二重欠損マウスを作製したところ、IL-17Fの欠損により関節炎の発症率が有意に減少したがその抑制はわずかであった。一方、IL-17A/F(-/-)IL-1Ra(-/-)マウスでは関節炎の発症がほぼ完全に抑制された。以上の結果、IL-17FはIL-1Ra(-/-)マウスの自己免疫性関節炎の発症に関与しているが、IL-17FよりもIL-17Aが病態形成に重要であることが明らかとなった。

2. 細菌感染の生体防御におけるIL-17AとIL-17Fの役割の解析

 IL-17AとIL-17Fの細菌感染の生体防御における役割を明らかにするために、IL-17A(-/-)、IL-17F(-/-)、IL-17A/F(-/-)マウスを用いてC. rodentium感染実験を行った。C. rodentium経口感染により、IL-17A(-/-)、IL-17F(-/-)、IL-17A/F(-/-)マウスでは野生型マウスに比べ、感染初期より腸管付着菌体数の増加が認められた。感染後のIL-17A(-/-)、IL-17F(-/-)、IL-17A/F(-/-)マウスではC. rodentium特異的な抗体は正常に産生されていたことから、これらマウスでは自然免疫系の機能障害によりC. rodentiumに対して易感染性となっていることが示唆された。一方、IL-17F(-/-)、IL-17A/F(-/-)マウスでは、野生型マウスやIL-17A(-/-)マウスに比べ、顕著な腸管、脾臓の肥大が認められた。以上のことより、IL-17AとIL-17FのどちらもC. rodentiumの菌体排除に必要であるが、IL-17Fの方がより感染防御に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。

 興味深いことに、IL-17A/F(-/-)マウスは、SPF飼育環境下においてStaphylococcus aureusの日和見感染に高感受性であることが分かった。IL-17A/F(-/-)マウスでは、鼻周辺組織の皮下膿瘍、顎下リンパ節の腫脹、血中抗体価の増加が認められ、一方、IL-17A(-/-)、IL-17F(-/-)マウスではその症状は軽度、あるいは、認められないことから、IL-17AとIL-17Fの作用の重複性が示された。また、S. aureusの全身感染モデルにおいて、IL-17A/F(-/-)マウスは野生型マウスと比べて感受性に差が認められないことから、IL-17AとIL-17Fは局所でのS. aureus感染防御に重要な役割を果たしている可能性が考えられた。

 本研究において、IL-17A(-/-)、IL-17F(-/-)、IL-17A/F(-/-)マウスを用いた解析から、生体内においてIL-17AとIL-17Fは異なる役割を果たしていることが明らかとなった。IL-17AとIL-17FはTh17細胞から産生され、レセプターも共有しているが、IL-17FよりもIL-17Aが自己免疫疾患、抗原特異的なT細胞の活性化や抗体産生に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。一方、IL-17Aと同様にIL-17Fも細菌感染防御に重要であり、特に、皮膚/粘膜組織局所で感染防御に関与していることが示唆された。今後、IL-17AとIL-17Fの誘導機構、受容体を介した下流シグナルや産生細胞の相違点を明らかにし、様々な免疫応答におけるIL-17AとIL-17Fの機能的特異性や重複性を分子レベルで明らかにすることで、IL-17-IL-17Rシグナルを標的とした新しい炎症性疾患や細菌感染の治療法の開発につながることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、免疫システムにおけるIL-17AとIL-17Fの機能的特異性や重複性を明らかにすることを目的として、IL-17A(-/-)、IL-17F(-/-)、IL-17A/F(-/-)マウスを用いて、T細胞依存性免疫応答や細菌感染の生体防御におけるIL-17AとIL-17Fの役割について解析し、下記の結果を得ている。

1. T細胞依存的な免疫応答である遅延型過敏症(DTH)において、IL-17A(-/-)マウスは、DTH応答や抗原特異的な抗体産生が有意に抑制されたのに対して、IL-17F(-/-)マウスではその抑制効果は見られなかった。一方、IL-17A/F(-/-)マウスにおけるDTH応答や抗原特異的な抗体産生の抑制効果はIL-17A(-/-)マウスと同程度であった。また、接触型過敏症(CHS)においても、IL-17F(-/-)マウスは野生型と比較して有意な差は認められなかったことより、IL-17FではなくIL-17AがDTHやCHSの病態形成に重要であることが明らかとなった。

2. 実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)において、IL-17A(-/-)マウスでは、野生型マウスに比べEAEの発症時期が遅延し、臨床的重症度が有意に低下した。一方、IL-17F(-/-)マウスのEAE重症度は野生型マウスとの間に差は認められず、さらに、IL-17A/F(-/-)マウスにおいてもEAE重症度の抑制効果はIL-17A(-/-)マウスと同程度であったことより、IL-17FではなくIL-17AがEAEの発症に重要な役割を果たしていることが示された。

3. IL-1レセプターアンタゴニスト(Ra)(-/-)マウスに自然発症する自己免疫性関節炎において、IL-17Fの欠損により関節炎の発症率が有意に減少したがその抑制はわずかであった。一方、IL-17Aの欠損により関節炎の発症がほぼ完全に抑制されることから、IL-17FはIL-1Ra(-/-)マウスの自己免疫性関節炎の発症に関与しているが、IL-17FよりもIL-17Aが病態形成に重要であることが明らかとなった。

4. 病原性大腸菌感染モデルであるCitrobacter rodentiumの経口感染実験において、IL-17A(-/-)、IL-17F(-/-)、IL-17A/F(-/-)マウスでは野生型マウスに比べ、感染初期より腸管付着菌体数の増加が認められた。感染後のIL-17A(-/-)、IL-17F(-/-)、IL-17A/F(-/-)マウスではC. rodentium特異的な抗体は正常に産生されていたことから、これらマウスでは自然免疫系の機能障害によりC. rodentiumに対して易感染性となっていることが示唆された。一方、IL-17F(-/-)、IL-17A/F(-/-)マウスでは、野生型マウスやIL-17A(-/-)マウスに比べ、顕著な腸管、脾臓の肥大が認められたことより、IL-17AとIL-17FのどちらもC. rodentiumの菌体排除に必要であるが、IL-17Fの方がより感染防御に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。

5. IL-17A/F(-/-)マウスは、SPF飼育環境下においてStaphylococcus aureusの日和見感染に高感受性であることが分かった。IL-17A/F(-/-)マウスでは、鼻周辺組織の皮下膿瘍、顎下リンパ節の腫脹、血中抗体価の増加が認められ、一方、IL-17A(-/-)、IL-17F(-/-)マウスではその症状は軽度、あるいは、認められないことから、IL-17AとIL-17Fの作用の重複性が示された。また、S. aureusの全身感染モデルにおいて、IL-17A/F(-/-)マウスは野生型マウスと比べて感受性に差が認められないことから、IL-17AとIL-17Fは局所でのS. aureus感染防御に重要な役割を果たしている可能性が示された。

 本研究において、IL-17A(-/-)、IL-17F(-/-)、IL-17A/F(-/-)マウスを用いた解析により、免疫応答においてIL-17AとIL-17Fは異なる機能を有していることが明らかとなった。この成果は炎症性疾患の発症機構や細菌感染の生体防御機構の解明に重要な貢献をするものと思われる。よって学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク