学位論文要旨



No 122510
著者(漢字) 遠藤,克枝
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,ヨシエ
標題(和) p53によるクラスリンを介したエンドサイトーシス制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 122510
報告番号 甲22510
学位授与日 2007.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2806号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 助教授 大海,忍
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 講師 梁,幾勇
内容要旨 要旨を表示する

1 序論

 p53はヒトの癌の約50%で変異による機能欠損が見つかっており、ほぼ100%の癌でp53を介した経路の異常が見出されることから、最も重要な癌抑制遺伝子であると考えられている。p53は転写因子であり、DNA損傷や癌遺伝子の異常な活性化により、核内で安定化・活性化され、細胞周期停止やアポトーシスに関与する遺伝子の発現を誘導することで、癌の抑制に寄与している。しかし、p53は転写因子としての機能以外にも、これまで予想もされなかった多彩な機能を持つことが知られてきており、例えば、p53はミトコンドリアに局在し、転写非依存的にアポトーシスを誘導したり、細胞分裂期にはp53が中心体に局在し、中心体の正常な複製に重要な役割を果たしている。このように、p53はさまざまな機能を駆使して、癌の抑制に寄与していることが推察される。最近、エンドサイトーシスの制御に関わるクラスリン重鎖 (CHC) が、一部核内にも存在してp53と直接結合し、p53による転写活性化に必須の役割を果たしていることが報告された。以前より、エンドサイトーシスの異常と癌化の関連性が報告されていたが、現在までにどのような分子機構によるものか、その詳細は明らかにされていない。大部分のクラスリンは細胞質に局在し、エンドサイトーシスを制御していること、細胞質にもp53が存在することから、p53は細胞質においてもCHCと結合し、エンドサイトーシスの制御を介して、癌の抑制にはたらいている可能性が考えられた。そこで本研究では、p53が細胞質の特に細胞膜近傍でエンドサイトーシスを制御する可能性について検討を行った。

2細胞質におけるp53とクラスリンに関する解析

 細胞質においてp53がCHCと結合するかを確かめるために、p53欠損細胞株H1299にp53を遺伝子導入し、細胞質画分と核画分を抽出した。各画分を抗CHC抗体で免疫沈降し、ウェスタンブロッティングにより、p53が共沈殿してくるかを調べた。その結果、これまでの報告通り、核画分でp53とCHCの結合が見出されたが、細胞質画分においても両者の結合が検出できた。細胞質画分におけるp53とCHCとの結合は内在性の野生型p53を持つ乳癌細胞株MCF7、正常線維芽細胞TIG-7でも確認できた(図1)。p53の細胞内局在を細胞免疫染色法により解析したところ、TIG-7細胞において、p53は主に核に局在していたが、細胞質への局在も観察された。そして、一部の細胞では、p53が細胞膜近傍に局在していることがわかった。さらに、p53とCHCの二重染色をおこなったところ、細胞膜近傍でp53とCHCは共局在していることが示された。次に、エンドサイトーシスを誘発する刺激を細胞に与えたときのp53の局在がどのように変化するかを観察した。細胞を血清除去処理した後、上皮増殖因子 (EGF) を細胞に添加し、氷上で1時間刺激すると、驚くべきことに、細胞質のp53が細胞膜近傍に集積してくることがわかった。そして、細胞膜近傍に集積したp53はCHCと共局在していることが示された(図2)。さらに、蛍光標識したEGFを細胞に添加し、氷上で1時間刺激した時に、p53は細胞膜近傍で蛍光標識されたEGFと共局在することが示された。このことから、p53はEGF刺激によって、細胞膜近傍の、特にエンドサイトーシスがまさに起ころうとしている場所に集積してくることが明らかとなった。以上の結果から、p53は細胞膜近傍でクラスリンを介したエンドサイトーシスの制御に関与している可能性が示唆された。

3 p53によるクラスリンを介したエンドサイトーシス調節機構の解析

 p53がエンドサイトーシスに及ぼす影響を調べるため、p53の発現をRNA干渉法を用いて抑制し、EGFの細胞内への取り込みがどのように変化するかを検討した。正常線維芽細胞TIG-7、野生型p53を持つ肺非小細胞癌細胞株A549を用いて、内在性のp53をノックダウンし、(125)I標識されたEGF (125I-EGF) の細胞内への取り込み実験を行った。その結果、p53をノックダウンした細胞ではコントロール細胞に比べて、(125)I-EGFの細胞内への取り込みが減弱した(図3a)。一方、細胞内へのシグナル伝達機能を持たないトランスフェリンのエンドサイトーシスは、p53をノックダウンしても変化がなかった(図3b)。このことは、p53が増殖シグナルを伝達するEGFのエンドサイトーシスを特異的に制御している可能性を示唆している。

 通常、増殖シグナルを伝達する受容体は細胞内にシグナルを伝達した後、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれ、リソソームに運ばれて分解される。このエンドサイトーシスによる増殖シグナルの下方制御が細胞の正常な増殖に重要であると考えられている。p53をノックダウンした細胞ではEGFの細胞内への取り込みが減弱したことから、この細胞では、EGF受容体 (EGFR) からの増殖シグナルの下方制御が行われず、シグナル伝達が増強していることが推測された。そこで、p53をノックダウンした細胞でEGFRの下流のシグナル伝達系に関わる分子の活性化状態を解析した。EGF刺激した細胞の全抽出液をSDS-PAGEにかけ、EGFR下流の主要なシグナル伝達分子に対する抗体でウェスタンブロッティングを行った。活性化状態を示す各種抗リン酸化抗体を用いた結果、p53をノックダウンした細胞で、PI3キナーゼの下流で活性化されるAktやEGF依存的な増殖に必須であるJNKの活性が顕著に増加していることがわかった(図4)。このときMAPキナーゼ (ERK) の活性には変化がなかった。正常な細胞増殖には細胞外からの増殖シグナルがある決まった順序と強度で細胞内に伝えられることが重要であり、これらが乱れることで異常な細胞増殖や癌化がおこる。よって、p53はEGFRのエンドサイトーシスを制御することで、異常な細胞増殖の抑制に寄与している可能性が示唆された。

 前述の結果から、p53は細胞膜近傍でCHCや蛍光標識されたEGFと共局在していたことより、p53がEGFRを含むクラスリン被覆小胞に結合する可能性を検討した。ビオチン標識されたEGFで細胞を刺激し、細胞抽出液から、アビジンを架橋した磁気ビーズを用いてビオチン標識されたEGFとEGFR複合体を精製したところ、EGF刺激依存的にp53がEGFR複合体に含まれてくることが示された。このことから、p53は細胞膜近傍でEGFR複合体を含む小胞輸送の段階でエンドサイトーシスに関与している可能性が示唆された。さらにp53の局在を詳細に調べるため、免疫電子顕微鏡法を用いて解析した。TIG-7細胞をEGF刺激した後、抗p53抗体で染色した結果、予想外にもp53はアクチン繊維 (F-アクチン) に局在することがわかった。そして、p53はEGF刺激がない状態では、ほとんどF-アクチンへの局在は見られないのに対し、EGF刺激によって細胞膜近傍のF-アクチンへの局在が顕著に増加することも示された(図5)。さらに、前述のビオチンEGFを用いたEGFR複合体精製実験において、EGF刺激依存的にp53だけでなく、アクチンもEGFR複合体と共に精製されてきた。アクチンの再構築系は細胞運動の制御だけでなく、エンドサイトーシスにおいて、被覆小胞の細胞内への取り込み時に重要な役割を果たしている。これらの結果から、p53はEGF刺激依存的に細胞膜近傍のF-アクチンに集積し、アクチンの再構築系に何らかの影響を及ぼすことで、クラスリンを介したエンドサイトーシスを制御していることが示唆された。

4 結論

 本研究では、エンドサイトーシスの過程において癌抑制タンパク質p53が関与していることを初めて示した。一連の実験結果から、p53がEGF刺激によって、細胞膜近傍に集積し、EGFの細胞内への取り込みを制御することで細胞増殖に関与していることが明らかになった。さらに、p53がEGF刺激依存的に細胞膜近傍のF-アクチンに局在していることを示し、アクチンの再構築系の制御を介してエンドサイトーシスを調節している可能性を示した。これらの結果は、p53が転写因子であることから、p53による転写によって誘導された標的遺伝子産物がエンドサイトーシスを制御している可能性も少なからずあることは否めない。よって、今後は転写のおこらない無細胞系を用いてp53がエンドサイトーシスのどのステップを制御しているのかについて、さらなる研究が望まれる。しかし、p53がEGF刺激依存的に細胞膜近傍に集積してクラスリンと共局在し、細胞膜近傍のF-アクチンにも局在することや、EGF刺激によりEGFR複合体との結合が検出されたことから、少なくともp53は細胞膜近傍で直接的にクラスリンを介したエンドサイトーシスを制御している可能性が高いと考えられる。現在実用化されている医薬品の多くが細胞膜受容体やチャネルを標的として開発されていることや、エンドサイトーシスが様々な生命現象を制御していることを考慮すると、p53によるエンドサイトーシスの制御機構の解明は、依然として謎の多い癌の原因解明に寄与するものと思われる。

図1 p53は細胞質でもCHCと結合する

図2 p53はEGF刺激によって細胞膜近傍に局在する

図3 p53ノックダウン時にEGFの取り込みは減弱する

図4 p53ノックダウン時にEGFR下流のシグナル伝達異常がみられる

図5 p53はEGF刺激依存的にF-アクチンに局在する

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、p53とクラスリンを介したエンドサイトーシスの関係を解明するため、核内でp53がクラスリン重鎖 (Clathrin heavy chain: CHC) と結合するという報告をもとに、細胞質においてもp53がCHCと結合し、クラスリンを介したエンドサイトーシスに何らかの影響を及ぼしている可能性を明らかにすることを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. p53欠損細胞 (H1299) にp53を遺伝子導入し、細胞質画分と核画分のそれぞれを抗CHC抗体で免疫沈降し、ウェスタンブロッティングによりp53とCHCの相互作用を解析した結果、p53は核だけでなく、細胞質においてもCHCと結合することを示した。さらに、ヒト正常線維芽細胞TIG-7においても同様の実験を行い、内在性のp53とCHCが細胞質でも結合することを示した。

2. p53の細胞内局在を細胞免疫染色法により解析した結果、p53は細胞膜近傍にも局在し、CHCと細胞膜近傍で共局在することが示された。さらに、エンドサイトーシスを誘発する上皮増殖因子 (EGF) で細胞を処理すると、p53はエンドサイトーシス関連タンパク質と同様に、EGF刺激によって細胞膜近傍に集積することが示された。そして、p53は細胞膜近傍で蛍光標識したEGFと共局在することも示された。

3. p53をRNA干渉法でノックダウンした時に、EGFの細胞内への取り込みが減弱し、EGF受容体 (EGFR) 下流のシグナル伝達系の異常が見出された。さらに、p53をノックダウンした細胞で、EGFに応答した細胞増殖が亢進していた。エンドサイトーシスがシグナルの時空間的制御やシグナルの下方制御に関与していること、細胞外からの秩序立ったシグナル伝達が細胞の正常な増殖には必須であることから、p53はEGFRのエンドサイトーシスを制御することで、細胞内へ増殖シグナルを正常に伝え、細胞の異常な増殖の抑制に寄与している可能性が示唆された。

4. p53はEGF刺激依存的にEGFR複合体に結合することが示された。

5. 免疫電子顕微鏡を用いた解析により、p53は細胞膜近傍のアクチンに局在していることが明らかになった。また、CHCもクラスリン被覆小胞以外に、細胞質でアクチンに局在していることが示された。よって、p53はCHCと細胞膜近傍でアクチンに局在していることが示唆された。さらに、免疫細胞染色法により、p53をノックダウンした細胞でアクチンの形態異常が観察された。そして、電子顕微鏡による解析から、p53をノックダウンした細胞で、コントロール細胞でみられた細胞膜近傍のアクチンのメッシュ構造が消失していることが示された。アクチンの再構築は細胞運動だけでなく、エンドサイトーシスにも重要なはたらきをもつことが知られているため、p53はアクチンに局在し、アクチンの再構築系に何らかの影響を及ぼすことでエンドサイトーシスを制御している可能性が示唆された。

 本論文は以上の解析から、癌抑制に重要な役割を果たしているp53が細胞質の特に、細胞膜近傍に局在し、クラスリンを介したエンドサイトーシスの制御に関与していることを初めて示した。p53がクラスリンを介したエンドサイトーシスのどのステップに重要であるかについてはさらなる解析が望まれるが、本研究はこれまで知られていなかったエンドサイトーシスと癌発症の関連性の解明に大きく貢献するものと考えられる。よって、本論文は学位の授与に値する。

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