学位論文要旨



No 122513
著者(漢字) 加藤,裕子
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ユウコ
標題(和) 造血幹細胞および白血病幹細胞における転写因子STAT5の機能
標題(洋)
報告番号 122513
報告番号 甲22513
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 客員教授 渡邉,すみ子
 東京大学 助教授 千葉,滋
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 長年にわたり各種サイトカインによる造血幹細胞の体外増幅が試みられてきた。そのような中、依馬らは高度に純化した造血幹細胞1個について検討を行い、stem cell factor(SCF)およびtrombopoietin(TPO)の組み合わせが、ex vivoで造血幹細胞の自己複製を効率よく誘導することを報告した。実際、TPOおよびTPO受容体の欠損マウスでは造血幹細胞の異常が示されている。一方、ヒト造血幹細胞の増幅にはinterleukin-6(IL-6)および可溶型IL-6受容体(sIL-6R)によるgp130シグナルの活性化が有効であることが示唆されている。サイトカインをはじめとした外的因子によるシグナルは、最終的には一連の転写因子の活性化を誘発し、細胞の生物学的動態を制御する。なかでも、Janus family tyrosine kinase/signal transducer and activator of transcription(JAK/STAT)経路はサイトカインの生理活性の発現に重要な役割を担っている。TPOの下流では転写因子STAT1、STAT3、STAT5が、gp130の下流ではSTAT3が活性化されることが知られている。最近STAT5A/Bダブルノックアウトマウスが作製され、その造血幹細胞の骨髄再建能に障害があることが証明された。以上の知見は、STAT3あるいはSTAT5が造血幹細胞の自己複製制御に関与し、造血幹細胞の増幅の鍵を握る分子である可能性を示唆している。

 一方で、様々な造血系腫瘍において高頻度にSTAT3およびSTAT5の活性化が報告されている。近年、腫瘍細胞の中にごく少数の幹細胞が存在し、自己複製と限られた分化を繰り返しながら腫瘍構成細胞を供給し続けるという「腫瘍幹細胞システム」という概念が提唱されている。マウス白血病モデルを用いた最近の知見から、白血病幹細胞システムの形成・維持には、造血幹細胞における自己複製能の増強あるいは骨髄球系前駆細胞への自己複製能の付与が関与することが示され、この自己複製機構の相違を解明することは今後の重要な課題である。

 本研究では活性型STAT5変異体の過剰発現により、STAT5の活性化が造血幹細胞の体外増幅に有効であることを示し、またマウス白血病モデルを作製しその解析を通して骨髄増殖性疾患(myeloproliferative disorder: MPD)病態におけるSTAT5の恒常的活性化の意義を明らかにした。

【方法と結果】

(1)活性型STAT5変異体の転写活性化能の比較

 造血幹細胞におけるSTATの機能を検討するために、恒常的に二量体化する活性型STAT3および3種類の活性型STAT5変異体(STAT5 1*6、STAT5 1*7、STAT5 #2)を解析に用いた。レポーターアッセイにより、これら活性型STAT5変異体における転写活性化能の強さを比較したところ、STAT5 1*6、STAT5 1*7、STAT5 #2の順に強いことが明らかとなった。

(2)コロニーアッセイ

 造血幹細胞の体外培養におけるSTAT3およびSTAT5の効果を検討するために、活性型STAT変異体を過剰発現させた造血幹細胞(CD34-c-Kit+Sca-1+lineage marker-: CD34-KSL細胞)を、未分化性を維持するサイトカイン条件下で7日間液体培養を行った。その後、分化を誘導するサイトカイン条件下でコロニーアッセイを行うことにより、液体培養後の細胞における増殖および多分化能を検討した。その結果、活性型STAT5発現細胞では、直径1mm以上の高い増殖能力を有するコロニーを形成する細胞、High-proliferative-potential colony-forming cell(HPP-CFC)がGFPコントロールと比較して著明に増加しており、多系統の細胞種からなるcolony-forming unit- granulocyte/erythoid/megakaryocyte/macrophage (CFU-nmEM)も高頻度に認められた。このCFU-nmEM形成細胞数は、液体培養前の造血幹細胞と比較して野生型STAT5では約10倍に、活性型STAT5 1*6では約20倍にも増加していた。以上の所見は、STAT5が体外培養において多能性前駆細胞を増殖し得ることを示している。一方、活性型STAT3Cについては有意な機能は認められなかった。

(3)STAT3コンディショナルノックアウトマウスの解析

 造血幹細胞におけるSTAT3の機能をさらに理解するために、Mx-Cre:STAT3コンディショナルノックアウトマウスを用いて、造血幹細胞におけるSTAT3欠損の影響を検討した。STAT3(Δ/-)マウスでは、骨髄細胞数および造血幹細胞を含む未分化な前駆細胞分画であるKSL細胞数に、STAT3(flox/-)コントロールと比較して有意差は認められなかった。また、STAT3(Δ/-)マウスより採取したCD34-KSL造血幹細胞のコロニー形成能および多分化能も正常であることを確認した。以上の所見は、STAT3が造血幹細胞の自己複製能および多分化能に必須ではないことを示唆している。

(4)競合的長期骨髄再建アッセイ

 STATの活性化により体外培養においても造血幹細胞が維持されるかを検討するために、活性型STAT3および3種類の活性型STAT5変異体をそれぞれ造血幹細胞に遺伝子導入し、7日間培養後、致死量放射線照射したマウスに骨髄移植を行った。その結果、STAT5 1*6およびSTAT5 1*7移植マウスは移植後4週前後に、STAT5 #2移植マウスは12週前後に全例で致死性のMPDを発症した。一方、野生型STAT5および活性型STAT3C移植マウスではMPDを発症しなかった。以上は、MPDの発症およびその時期がSTAT5の転写活性能の強さに相関していることを示唆している。移植後12週まで生存したマウスについて末梢血の解析を行った結果、野生型STAT5および活性型STAT5 #2移植マウスでは、GFPコントロールと比較して有意に高いキメリズムが認められた。一方、活性型STAT3移植マウスではキメリズムの上昇は認められなかった。さらに10日間培養した場合、GFPコントロールでは造血幹細胞が完全に失われるのに対し、活性型STAT5 #2発現細胞中には造血幹細胞が維持されることが確認された。以上より、STAT5の活性化はex vivoにおける造血幹細胞の自己複製を促進すること、一方STAT3の活性化は造血幹細胞の体外増幅には寄与しないことを明らかにした。

(5)白血病幹細胞におけるSTAT5の機能解析

 MPD発症におけるSTAT5の機能を解析するために、自己複製能を持たない多能性前駆細胞(CD34+KSL細胞)に活性型STAT5 1*6を遺伝子導入し、コロニーアッセイおよび骨髄移植を行った。多能性前駆細胞に活性型STAT5 1*6を発現させた場合においても、コロニーアッセイではHPP-CFC、CFU-nmEMの増加を認めたものの、移植マウスにおける骨髄再建には全く寄与せず、MPDを誘発しなかった。以上の所見は、MPD病態の確立にはSTAT5が造血幹細胞レベルで恒常的に活性化することが必須であり、STAT5の活性化だけでは多能性前駆細胞に自己複製能を付与することはできないことを示している。

【考察】

 本研究において、STAT5の活性化はex vivoにおいて造血幹細胞の自己複製を促進するが、STAT3の活性化は有意な効果が認められなかった。依馬らは、ex vivoにおける造血幹細胞の自己複製の誘導にTPOは有効であるが、IL-6は有効ではないことを報告している。TPOは主にSTAT5を活性化し、IL-6はSTAT3を活性化することが知られており、本研究の結果は依馬らの所見と一致するものである。しかしながら、in vivoにおいてもSTAT5が恒常的に活性化され続けると、移植マウスはMPDを発症した。このMPD病態の確立には、STAT5が造血幹細胞レベルで恒常的に活性化することが必須であることを示した。これまでMPDは造血幹細胞に起因する病態と考えられてきたが、本研究の知見はこの仮説を裏付けるものである。ヒトMPD症例の多くで認められるJAK2の活性型変異やヒト慢性骨髄性白血病(chronic myelogenous leukemia: CML)症例で観察される染色体転座遺伝子BCR-ABLの下流では、STAT5の恒常的な活性化が報告されているが、STAT5の活性化は造血幹細胞の自己複製能を増強するという局面で、白血病幹細胞システムの確立・維持に寄与しているものと考えられる。

 STAT5が正常造血幹細胞および白血病幹細胞において、その自己複製制御分子として機能するという知見は、STAT5を新しい創薬のターゲットとして提示するものである。STAT5の活性化化合物は造血幹細胞の体外増幅に、その阻害化合物はMPD・急性骨髄性白血病(acute myelogenous leukemia: AML)の治療へと応用しうるものと考えられ、STAT5は正常造血幹細胞のみならず白血病幹細胞操作のより根本的かつ効果的な標的分子としての可能性を秘めている。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は体外において造血幹細胞の自己複製を誘導することが報告されているサイトカイン、TPOの下流で活性化される転写因子STAT5に着目し、恒常的に二量体化する活性型STAT5変異体を高度に純化した造血幹細胞CD34-KSL細胞に、レトロウイルスベクターを用いて遺伝子導入することにより、造血幹細胞の体外増幅を試みるとともに、マウス白血病モデルの作製を通して白血病におけるSTAT5の機能解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

1.造血幹細胞の体外培養におけるSTAT5の効果を検討するために、活性型STAT5変異体を過剰発現させた造血幹細胞を、7日間液体培養後コロニーアッセイを行った。その結果、活性型STAT5発現細胞では、培養前の造血幹細胞を比較して、多系統の細胞種からなるコロニーを形成する細胞が著明に増加することが示された。以上より、STAT5の活性化は体外培養において多能性前駆細胞を増幅することが明らかとなった。

3.STATの活性化により体外培養においても造血幹細胞が維持されるかを検討するために、活性型STAT5を造血幹細胞に遺伝子導入し、液体培養後、致死量放射線照射したマウスに骨髄移植を行った。その結果、活性型STAT5移植マウスでは、GFPコントロールと比較して有意に高いキメリズムが認められ、活性型STAT5発現細胞中には造血幹細胞が維持されることが確認された。以上より、STAT5の活性化はex vivoにおける造血幹細胞の自己複製を促進することを明らかにした。

4.体内における持続的なSTAT5の活性化は、移植マウスに致死性の骨髄増殖性疾患(MPD)を誘発することが示された。そこで、MPD発症におけるSTAT5の機能を解析するために、自己複製能を持たない多能性前駆細胞(CD34+KSL細胞)に活性型STAT5を遺伝子導入し、骨髄移植を行った。活性型STAT5を発現させた多能性前駆細胞は、移植マウスにおける骨髄再建には全く寄与せずMPDを誘発しなかった。以上より、MPD病態の確立にはSTAT5が造血幹細胞レベルで恒常的に活性化することが必須であり、STAT5の活性化だけでは前駆細胞に自己複製能を付与することはできないことを証明した。以上より、ヒトMPD症例の多くで観察されるSTAT5の恒常的な活性化は、造血幹細胞の自己複製能を増強するという局面で、白血病幹細胞システムの確立・維持に寄与していることを示唆した。

 以上、本論文はSTAT5が正常造血幹細胞および白血病幹細胞においてその自己複製制御分子として機能することを明らかにし、STAT5の活性化化合物は造血幹細胞の体外増幅に、その阻害化合物は白血病の治療へと応用し得る可能性を示唆した。本研究は造血幹細胞の自己複製制御の分子機構の解明に重要な貢献をなすとともに、根本的な白血病の治療法を検討する上で有用な分子基盤を提供するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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