学位論文要旨



No 122515
著者(漢字) 後藤,幸一郎
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,コウイチロウ
標題(和) Smad6によるBMPシグナル抑制機構の解析
標題(洋)
報告番号 122515
報告番号 甲22515
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2811号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 助教授 三木,裕明
 東京大学 助教授 後藤,典子
 東京大学 客員助教授 鄭,雄一
 東京大学 講師 田中,栄
内容要旨 要旨を表示する

 TGF-βスーパーファミリーに属しているBMP (bone morphogenetic protein)には現在までに10種類以上もの分子が同定されている。これらはBMPファミリーを形成し、その構造の類似性に基づきBMP-2/4グループ、OP (osteogenic protein)-1グループ やGDF (growth-differentiation factor)-5グループなど、いくつかのサブファミリーに分類される。BMPは器官形成を含む胚発生や成体における組織修復など生理的に重要な役割を果たしている。また、BMPシグナルの異常がヒトの疾患に深く関与する例も知られている。

 BMPが細胞表面に存在するI型・II型のセリン・スレオニンキナーゼ型受容体に結合するとこれらの受容体はヘテロ四量体を形成する。その複合体の中でII型受容体はI型受容体をリン酸化して活性化する。活性化したI型受容体はSmadタンパク質を介して細胞内にシグナルを伝達する。Smadタンパク質にはI型受容体によりリン酸化される特異型Smadおよびリン酸化した特異型Smadと結合する共有型Smadがある。これらはヘテロ複合体をつくり細胞質から核内へと移行し、他の転写因子などと協調的に働き、標的遺伝子の発現を調節する。この他にシグナルをネガティブに制御する抑制型SmadとしてSmad6とSmad7が知られている。Smad6はBMPシグナルを、Smad7はTGF-β, BMPシグナル全般を抑制すると考えられている。また、両者ともにBMPシグナルの直接の標的遺伝子であり、ネガティブフィードバック因子であると位置づけられている。

 BMPのI型受容体は4種類、II型受容体は3種類同定されている。I型受容体としてALK (activin receptor-like kinase)-1, ALK-2, ALK-3, ALK-6が知られている。これらのうち、ALK-1とALK-2の相同性とALK-3とALK-6の相同性が高い。これら4種類のBMP I型受容体に対する種々のBMPの親和性は多様である。さらに各BMP I型受容体によりリン酸化される特異型Smadの種類に関しても違いが見られる。このようにBMPの多彩な生物活性はI型受容体の異なったリガンドに対する結合、リン酸化される特異型Smadの種類、さらには自己のシグナルによって発現が誘導される抑制型Smadによるシグナル調節などに起因していると考えられる。

 これまでSmad6はBMPシグナルを全般的に抑制するものと考えられていた。

しかし、今回、私はBMPのI型受容体であるALK-2とALK-3を用いて、Smad6のBMPシグナル抑制作用がI型受容体に対して選択性をもつことを見出した。

 種々のBMPリガンドによる骨芽細胞分化誘導能の違いを調べる目的でマウス筋芽細胞株C2C12とマウス骨芽細胞様細胞株MC3T3-E1をBMP-2 (BMP-2/4グループ)とBMP-6 (OP-1グループ)の等用量で刺激した。刺激1時間後において直接の標的遺伝子であるId1の発現誘導はどちらも同程度であった。しかし、刺激48時間後では初期骨分化マーカーであるalkaline phosphatase (ALP)の発現誘導に劇的な違いがみられ、BMP-6はBMP-2よりも効果的にその発現を誘導することが分かった。また、その条件下ではどちらの細胞においてもBMP-6の方がBMP-2より持続的にSmad5のリン酸化を引き起こした。しかしBMP-2や6によるSmad5のリン酸化持続性はprotein phosphataseの影響を受けなかった。すなわち、BMP-2または6のシグナルの違いはI型受容体のキナーゼ活性の維持に起因していることが示唆された。そこで、BMP-2または6刺激によるキナーゼ活性持続性の違いに主にSmad6や7が関与していると考え、それらの抑制活性を詳細に検討した。

 C2C12を用いてBMP-2や6のシグナルに対するSmad6と7の抑制効果をルシフェラーゼレポーターアッセイで検討した。Smad7はどちらの刺激に対してもシグナルを抑制するのに対し、Smad6の抑制効果はBMP-6のシグナルに対して弱かった。すなわち、BMP-2とBMP-6のシグナルでは抑制型Smad、特にSmad6に対する感受性が異なることが示唆された。そこで、これらのシグナルにより発現が誘導されるSmad6のノックダウンを行い、ALPの発現を検討した。その結果、BMP-6よりBMP-2の方が刺激36時間後におけるALPの発現が効果的に上昇した。また、その条件下でのSmad5のリン酸化においてもBMP-6よりBMP-2の方が、Smad5のリン酸化を効果的に持続させた。すなわち、BMP-2シグナルはBMP-6シグナルよりSmad6に対する感受性が高いことが示唆された。BMP-2はI型受容体のうちでALK-3やALK-6と結合するのに対し、BMP-6は主にALK-2に結合する。また、C2C12やMC3T3-E1ではALK-2とALK-3が発現している。以上から私はBMP-2とBMP-6シグナルにおけるSmad6の感受性の違いは、Smad6の各BMP I型受容体への作用の違いであると考えた。そこで、C2C12とMC3T3-E1を用いて恒常活性型ALK-2や3のシグナルに対するSmad6と7の抑制効果をルシフェラーゼレポーターアッセイで検討した。どちらの細胞においてもSmad7はALK-2または3によるシグナルを効果的に抑制したが、Smad6の抑制効果はALK-3に選択的であった。さらに、ALK-2によるSmad5のリン酸化はSmad6により抑制されにくく、ALK-2とSmad6の結合は、ALK-3とSmad6の結合と比べて非常に弱いことが分かった。すなわち、ALK-2と3に対するSmad6の抑制効果の違いは、ALK-2と3に対するSmad6の相互作用の違いに起因していることが考えられた。

 そこで、私はALK-3のSmad6結合部位の同定を試みた。ALK-2とALK-3の細胞内ドメインのアミノ酸配列の相同性は58 %である。これら受容体の細胞内ドメインを5つの領域に分割し、ALK-2をベースとして5つの恒常活性型ALK-2/ALK-3キメラ受容体を作製した。これらのキメラ受容体のシグナルに対するSmad6の抑制効果をルシフェラーゼレポーターアッセイで検討した結果、Smad6の抑制作用に影響する36アミノ酸からなる細胞内領域(ALK-3 I234-A269)を見出した。さらにALK-3のこの領域に存在しSmad6との相互作用に重要なアミノ酸残基を同定するため、ALK-2とALK-3の当該領域のアミノ酸配列を比較し、異なるアミノ酸を互いに置換した様々な変異受容体を作製した。各変異受容体のシグナルに対するSmad6と7の抑制効果をルシフェラーゼレポーターアッセイで検討した結果、最終的にALK-3のR238, FT264-265, A269の4アミノ酸残基がSmad6との相互作用に影響するアミノ酸であることが示唆された。そこでそれら4つのアミノ酸をALK-2と3で同時に置換したALK-2 変異体(E212R、SS238/239FT、K243A)とALK-3変異体 (R238E、FT264/265SS、A269K)を作製し、それらの抑制型Smadの感受性をルシフェラーゼレポーターアッセイで検討した。ALK-2変異体によるシグナルはALK-3と同様にSmad6により効果的に抑制された。一方、ALK-3変異体によるシグナルはSmad6によりほとんど抑制されなかった。また、ALK-3と比較するとALK-3変異体によるSmad5のリン酸化はSmad6により抑制されにくく、Smad6との結合は減弱する結果が得られた。以上のことから私は、ALK-3の4つのアミノ酸残基(R238, FT264-265, A269)がSmad6の感受性に深く関与していると結論した。

 Smad6はBMP I型受容体を介した全てのシグナルを特異的に抑制すると考えられていた。しかし、BMP I型受容体に対してSmad6による抑制作用に選択性があることが今回の研究で初めて明らかとなった。これらの結果ともう1つの抑制因子Smad7のBMP I型受容体に対する抑制作用が詳細に解析されることにより、BMPシグナルの調節機構がさらに明らかにされることが期待される。BMPシグナルを適切に制御し、調節することができれば、発生や分化のメカニズム、そのシグナル異常による疾患との関係がさらに詳細に明らかになることが予想される。こうした研究により、BMPシグナルが再生医療など様々な臨床の場で役立つことが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は発生や種々の分化過程などにおいて重要な役割を果たしていると考えられる骨形成因子(BMP)シグナルの調節機構について、抑制因子Smad6に注目して、その新たな役割を明らかにすることを目的としている。マウス筋芽細胞株(C2C12)およびマウス骨芽細胞様細胞(MC3T3-E1)をBMPにより骨分化誘導する系とC2C12およびアフリカミドリザル腎由来細胞株(COS7)を用いた過剰発現系において、BMP-2, BMP-6シグナルおよびBMP I型受容体(ALK-2, ALK-3)によるシグナルに対するSmad6の抑制作用を詳細に解析し、下記の結果を得ている。

1. BMP-2およびBMP-6でC2C12細胞、MC3T3-E1細胞を各々刺激し、誘導される遺伝子の発現を定量的PCR法で検討した。直接的標的遺伝子(Id1)の発現は同程度であるが、初期骨分化マーカーであるalkaline phosphatase (ALP)の発現はBMP-6刺激時の方が顕著に高い事が分かった。この条件下でBMP受容体の下流のエフェクターであるSmad1/5のリン酸化をwestern blotで検討した。その結果、BMP-2刺激よりBMP-6刺激の方が持続的なSmad1/5のリン酸化を引き起こすことを見出した。BMP-2とBMP-6によるシグナル伝達能の差異のメカニズムを明らかにするため、BMPシグナルのネガティブフィードバック因子として知られるSmad6の抑制作用に注目して検討を進めた。

2. BMP-2およびBMP-6のシグナルに対するSmad6の抑制作用をluciferase assayで検討したところ、Smad6はBMP-6よりBMP-2シグナルを効果的に抑制する事から、これらのシグナルではSmad6に対する感受性が異なることが示された。また、内因性のSmad6をknockdownした際のALPの発現を定量的PCR法で検討したところ、BMP-6刺激よりBMP-2刺激により誘導されるALPの発現が増加する事が示された。この条件下でのSmad1/5のリン酸化の持続性をwestern blotで検討したところ、BMP-6刺激よりBMP-2刺激の方が顕著にその持続性を向上することが示された。したがって、BMP-6よりBMP-2シグナルは内因性Smad6に対する感受性が高い事が示された。

3. C2C12細胞、MC3T3-E1細胞ではBMP-2は受容体としてALK-3, BMP-6はALK-2を主に利用してシグナル伝達することが知られている。そこで、BMP-2およびBMP-6のシグナルに対するSmad6感受性の差異はALK-2およびALK-3に対するSmad6感受性の差異に由来することが考えられた。恒常的活性型ALK-2およびALK-3による転写活性化能とSmad5リン酸化能に対するSmad6の抑制作用をluciferase assayとwestern blotで各々検討した。Smad6はALK-3による転写活性化能およびSmad5リン酸化能を効果的に抑制するが、ALK-2に関してはそれらに対するSmad6の抑制作用が弱い事が示された。また、ALK-3と比べるとALK-2はSmad6との結合が弱い事が示された。したがって、これらのシグナルに対するSmad6の抑制作用の差異は各々I型受容体との相互作用に起因している事が示された。

4. ALK-3のSmad6への感受性に影響するアミノ酸残基を同定するために様々な変異受容体を作製し、それらのシグナルに対するSmad6の抑制作用をluciferase assayで検討した。ALK-3上の4つのアミノ酸残基(R238/F264/T265/A269)がSmad6への感受性に関与している事が示された。これらを互いに相同な部位で置換したALK-2変異体(E212R/S238F/S239T/K243A)およびALK-3変異体(R238E/F264S/T265S/A269K)によるシグナルに対するSmad6の抑制作用を検討した結果、Smad6はALK-3変異体よりALK-2変異体によるシグナルを効果的に抑制する事が示された。また、それらの結合を調べるとALK-2変異体はSmad6と強力に結合する一方、ALK-3変異体はSmad6との結合が弱くなる事が示された。したがって、Smad6はALK-3の4つのアミノ酸残基(R238/F264/T265/A269)に結合して、そのシグナルを抑制することが考えられた。

5. BMP I型受容体としてALK-2, ALK-3以外にALK-1とALK-6が知られている。ALK-1はALK-2とALK-6はALK-3とサブグループを形成している。ALK-3のSmad6感受性に影響する4つのアミノ酸残基と相同な部位をALK-1, ALK-2, ALK-6で比較すると、ALK-6は高度に保存されているが、ALK-2同様ALK-1は異なっている事が分かった。これらのシグナルに対するSmad6の抑制作用をluciferase assayで検討したところ、Smad6はALK-6によるシグナルを効果的に抑制するが、ALK-1によるシグナルに対してはその抑制作用が弱い事が示された。

以上、本論文はBMPによりC2C12およびMC3T3-E1を骨分化誘導する系とC2C12およびCOS7を用いた過剰発現系において、BMPシグナルに対するSmad6の抑制作用に選択性が存在するという興味深い事実を明らかにした。未だに不明な点の多いBMPシグナル調節機構において本研究は重要な貢献をなすものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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