学位論文要旨



No 122516
著者(漢字) 小林,俊彦
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,トシヒコ
標題(和) マウスIgG3産生におけるlnnate lmmune Receptorの役割
標題(洋)
報告番号 122516
報告番号 甲22516
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2812号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中田,啓光
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 講師 小田原,隆
内容要旨 要旨を表示する

 細菌のリポ多糖(LPS)はB細胞に増殖応答を引き起こし、抗体産生を促すことは現象として知られていた。しかしながら、LPS認識に関与する分子が不明であったことにより非特異的であると考えられていた。しかし、近年のToll-like receptor (TLR)ファミリーの発見により、LPSはTLR4/MD-2複合体により認識されることが明らかとなった。B細胞はTLR4/MD-2の発現によって直接LPS認識を行うが、抗体産生にはRadioprotective105 (RP105)とその共受容体のMD-1も必要である。RP105/MD-1は主としてB細胞に発現するTLRの1つでTLR4と相同性が高いことから、これまでLPS応答への機能的な関与が解析されてきた。本論文では、RP105/MD-1によるB細胞活性化の分子メカニズムと生理的な意義についての解析を中心に、LPSなどのT細胞非依存性抗原(TI抗原)により誘導されるIgG3抗体産生に果たすTLRの役割について検討した。

 まず、TLRが抗体産生にどの程度貢献しているかを検討するため、TLRおよび下流のシグナル伝達に関連する遺伝子のKOマウスを用いて、それらの血清IgG3を測定した。その結果、ほとんどのTLRシグナルに関与するMyD88のKOマウスでは顕著なIgG3の低下を示した。一方、TLR3とTLR4のシグナル伝達においてInterferon (IFN)-βの誘導に関わるTRIFのKOマウスではWTと差は認められなかった。また、TLR2xTLR4 double KOマウスにおいてもMyD88 KOマウス同様にIgG3の減少が認められたことから、TLR2あるいはTLR4のリガンドであるLPSやリポペプチドといった細菌表層成分の認識がIgG3サブクラスの抗体産生に重要な役割を果たしていることが示唆された。

 並行して、RP105 KO B細胞がTLR4リガンドのLPS刺激に加えてTLR2リガンド刺激に対しても低応答性であることを発見した。一方、TLR9リガンドである非メチル化DNA(CpG-ODN)に対する応答性に差は認められなかった。さらに、ex vivoにおいてTLR2およびTLR4リガンド刺激によって誘導されるIgG3抗体産生が、RP105 KO及びMD-1 KO B細胞においてはWTに比べ減弱していた。このとき、抗体のクラススイッチに重要な因子であるActivation-induced cytidine deaminase (AID)のTLR2及びTLR4刺激による誘導が減弱していることを発見した。また、RP105 KOマウスはin vivoへのTLR2あるいはTLR4リガンド投与により誘導されるIgG3クラスの抗体産生についても低下を示した。この原因として、抗体を産生するCD138+形質細胞が正常に誘導されていないことが判明した。さらに、非免疫状態における血清IgG3の抗体価はMyD88 KOマウスと同程度であったことから、RP105 KOおよびMD-1 KOマウスにおける血清IgG3の減少はB細胞のTLR2およびTLR4リガンドに対する応答性の低下に起因することが示唆された。しかし、RP105 KOマウスにおけるTLR2およびTLR4/MD-2の発現はWTと顕著な差が認められなかったため、リガンド認識後のRP105/MD-1を介した活性化がIgG3抗体産生に必要であると考えられた。

 そこでRP105の欠失によるB細胞の遺伝子発現パターンの変化をマイクロアレイによりWTとの比較解析を行った。その結果、RP105 KO B細胞においてIgG3産生に必須な定常領域のmRNA (γ3 germline transcript; GLT)の発現が低下していた。実際、定量的RT-PCRを行った結果、RP105KO B細胞においてγ3 GLTの発現の低下を認めた。同様に、TLR2xTLR4 double KO、MyD88 KO B細胞においてもγ3 GLTの低下を認めたことから、TLR2あるいはTLR4からMyD88、RP105を介したシグナルにより、γ3 GLTが発現されていると推察された。

 ここで、RP105シグナルによるγ3 GLT発現のメカニズムを検討した。γ3 GLT発現調節因子にはNF-κB1とc-Relの2つが知られているが、TLR2xTLR4 double KO、MyD88 KO、RP105 KOおよびMD-1 KO B細胞においてそれらの発現にはWTとの差が認められなかったため、これらKO B細胞においてはNF-κB1あるいはc-Relの活性化が障害されていることが予測された。RP105 KOおよびMD-1KO B細胞におけるNF-κB1の活性化について検討した結果、これら遺伝子KO B細胞ではLPS刺激時のNF-κB1のリン酸化が減弱していた。また、RP105を抗体で架橋刺激するとNF-κB1のリン酸化が認められたことと、NF-κB1の遺伝子KOはIgG3の低下を示すという報告があることから、RP105がNF-κB1を活性化してγ3 GLTの転写に関与している可能性が示唆された。細胞内シグナル伝達の解析を行った結果、RP105 KO B細胞ではNF-κB1活性化の減弱と同時にAktのリン酸化の減弱も認められた。しかし、これらのシグナル伝達の障害が不完全であったことから、TLR2あるいはTLR4/MD-2からのシグナル伝達とRP105/MD-1からのシグナル伝達とが別々にNF-κB1の活性化を誘導している可能性が示唆された。また、B細胞をPI3 kinase阻害剤のwortmanninで処理するとγ3 GLT転写量が低下する結果が得られ、PI3 kinaseがγ3 GLT発現に寄与していることを支持した。

 さらに、共焦点レーザー顕微鏡と免疫沈降法により、RP105/MD-1が刺激の有無に拘らずTLR2あるいはTLR4/MD-2と恒常的に会合していることを明らかとした。

 以上より、B細胞のRP105/MD-1はTLR2あるいはTLR4/MD-2と複合体を形成することで効率良くPI3 kinaseの活性化を促し、増殖及びその後のIgG3産生細胞への分化を誘導していることが示唆された。

 本研究では、血清IgG3の産生機構を目的として、微生物表層に存在する糖や脂質といったT細胞非依存性の抗原に対するB細胞活性化の分子機構について検討した。その結果、TLR2およびTLR4/MD-2が微生物表層成分を認識し、活性化シグナルを伝達するとともにRP105/MD-1と会合することで同時にRP105/MD-1からのシグナルも活性化することであることを示した。よって、B細胞の増殖およびIgG3産生細胞への分化にはTLRとRP105/MD-1双方による活性化が必要であることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は細菌感染初期に産生されるIgG3クラスの抗体産生メカニズムを明らかにするため、感染初期応答に重要だと考えられているToll-like receptor (TLR)の機能とIgG3産生の関係についてTLRの遺伝子KOマウスを用いて解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. TLRとその下流のシグナル伝達分子のKOマウスの血清中の抗体価を解析した結果、ほとんどのTLRシグナルに関与するMyD88のKOマウスでは顕著なIgG3の低下を示した。特に、TLR2xTLR4 double KOマウスのKOマウスにおいてMyD88 KOマウス同様にIgG3の減少が認められたことから、TLR2あるいはTLR4のリガンドであるLPSやリポペプチドといった細菌表層成分の認識がIgG3クラスの抗体産生に必要である可能性が示された。

2. RP105とその共受容体であるMD-1のKOマウスにおいてもIgG3の減少が認められたことについて、RP105 KO B細胞がTLR2およびTLR4リガンドに対して増殖応答性が低下し、さらに増殖に伴うActivation-induced cytidine deaminase (AID)の誘導が低下することにその原因を見出した。

3. RP105 KOマウスを用いてin vivoにおけるTLR2およびTLR4リガンド刺激により誘導される抗体産生、および形質細胞への分化を検討した。RP105 KOマウスにTLR2あるいはTLR4リガンド投与を行った結果、WTでは誘導されるIgG3クラスの抗体産生がRP105 KOマウスでは起こらなかった。それは、RP105 KOマウスでは抗体を産生するBlimp-1(hi)、CD138+形質細胞が正常に誘導されないことに起因することを示した。

4. RP105 KO、MD-1 KO、TLR2xTLR4 double KO、およびMyD88 KOマウスにおける血清中のIgG3減少の原因が、IgG3 mRNAであるγ3 germline transcript (γ3GLT)の発現低下にあることを定量的RT-PCRを用いて示した。一方IgM mRNAである(μ GLT)には発現量の変動は認められないことを示した。

5. γ3GLTの制御因子であるNF-κB1の活性化について検討を行った。その結果、 B細胞ではRP105の架橋刺激によりNF-κB1のリン酸化が認められ、またRP105 KO B細胞ではLPS刺激時のNF-κB1のリン酸化が減弱していることを発見した。よってRP105がNF-κB1を活性化してγ3 GLTの転写を制御している可能性を示した。

以上、本論文はマウス血清IgG3の産生機構の解明を目的として、微生物表層に存在する糖や脂質に対するB細胞活性化の分子機構について詳細に検討を行った。そのメカニズムはTLR2およびTLR4/MD-2が微生物表層成分を認識し、活性化シグナルを伝達するとともにRP105/MD-1と会合することで同時にRP105/MD-1からのシグナルも活性化することであることを示した。本研究は、抗体産生に代表される、病原体に対する宿主の免疫応答への理解を深めるための分子基盤として重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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