学位論文要旨



No 122518
著者(漢字) 近藤,小貴
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,サキ
標題(和) マウスES細胞を含む動物細胞へアデノウイルスベクターを用いて導入した部位特異的組換え酵素FLP及びCreによる高効率連続発現制御系
標題(洋) Efficient sequential gene regulation via FLP-and Cre-recombinase using adenovirus vector in mammalian cell including mouse ES cells.
報告番号 122518
報告番号 甲22518
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2814号
研究科 医学系研究科
専攻 病因病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 助教授 三木,裕明
 東京大学 講師 小田原,隆
 東京大学 講師 梁,幾勇
内容要旨 要旨を表示する

 遺伝子の機能探索等の解析は主に細胞株、トランスジェニックあるいはノックアウト(KO)動物の作出等の手法により行われている。しかし目的遺伝子の発現自体が細胞増殖等へ阻害的な機能を有する遺伝子の解析では、目的遺伝子の発現を任意に制御する系を組み合わせる必要がある。代表的な発現制御系にはテトラサイクリンによる制御系と部位特異的組換え酵素による制御系がある。テトラサイクリンを用いた制御は、繰り返し制御することが可能であるが、特にOFF制御での精度面で問題を残している。一方、部位特異的組換え酵素による発現制御はDNAレベルでの制御であるためOFF制御が厳密であることが知られている。

 動物細胞での発現制御にはP1ファージ由来のCre/loxPが広く用いられているが、Cre/loxP単独では一つの遺伝子の一度きりの制御しか行うことができなかった。部位特異的組換え酵素により目的遺伝子の発現を連続的に制御するためには、Creとは独立して働く第二の制御系との併用が必要となる。そこで出芽酵母由来のFLP/FRTの応用が期待されているが、至適温度である30℃においてもCreより組換え効率が低いため、Creと併用して発現制御系として機能するためには動物細胞での組換え活性を高める等の改良の必要性がある。そこで我々は野生型FLPを組換えアデノウイルスにより高効率に細胞内へ導入し、強力なCAGプロモーターを用いて高発現させることによって100%の細胞で発現制御が可能であることを既に発表している。しかし連続発現制御へのFLPの応用では組換え反応におけるCreとの独立性とウイルスの連続的感染条件の確立が更に必要となる。FLPとCreでは標的配列が全く異なるため独立的に働くことが期待されるが、各々の組換え酵素を高発現した場合については未だ報告がない。また近年Cre自体の細胞毒性が報告されており、100%の細胞で目的の制御を行う為の至適ウイルス量等の感染条件についても解析が必要となる。そこで本研究では、FLP、Cre発現組換えアデノウイルスによる細胞染色体上での連続発現制御についてDNA、RNA、タンパク質レベルでの詳細な解析を行うとと共に、本系の応用例として有用性が高いと考えられる、CreによるコンディショナルKOマウス作出におけるES細胞での薬剤耐性遺伝子除去の為のFLP発現組換えアデノウイルス感染方法の確立とその効率についても検討を行った。

 細胞株を用いた連続発現制御は、1つの遺伝子の発現をOFF-ON-OFFと連続的に制御する単一遺伝子制御系(Fig. 1)と、2つの独立した標的ユニット上の遺伝子の発現を時期を変えて制御する複数遺伝子制御系(Fig. 2)の検討を行った。単一遺伝子制御系には、目的遺伝子としてGFPを選びその発現をFLPによりOFFからONへ、更にCreによりOFFへと制御するように構築したプラスミドをHeLa細胞へ遺伝子導入し樹立化したCF株を用いた。蛍光顕微鏡下ではFLPあるいはCre発現ウイルス導入前のCF細胞株でのGFPの蛍光は全く確認されなかった。まずFLP発現ウイルスをMOI(multiplicity of infection)30で感染後100%の細胞でのGFPの蛍光が観察された。その2日後Cre発現ウイルスをMOI 3で感染すると、日を追うごとにGFPの蛍光は減弱し、感染8日目にはほとんど消光した。次にこのGFPの発現の変化が目的通りの組換え反応によって行われたことを確認するためにサザンブロットによる染色体の構造解析を行った。ウイルス感染前と各々の組換えウイルス感染後の細胞から細胞総DNAを抽出後制限酵素で切断し、GFPの断片をプローブとして解析した。感染前は4kbのバンドが確認されたが、FLP発現ウイルス感染後にはそのバンドはFRT間に挿入されていたスタッファーの1.2kbが欠失した結果2.8kbにシフトしGFPの発現がON制御されていたことを確認した。更にCre発現ウイルス感染後はGFP発現単位全体が環状分子として切り出された結果3.3kbにシフトしており、この環状分子の分解によりGFPの発現がOFFへと誘導されていたことが明らかとなった。以上の結果から、単一遺伝子の連続発現制御は目的通りの組換え反応によって正確に行われたことを確認した。

 次に複数遺伝子制御系は、GFPの発現をONからOFFへ制御するFLP標的ユニットと、LacZの発現をOFFからONへと制御するCre標的ユニットを並列して持つプラスミドをCV-1細胞へ遺伝子導入したFC株を用いて行った。蛍光顕微鏡下ではウイルス感染前は100%の細胞でFLP標的ユニット上のGFPの発現を確認し、一方X-gal染色により青く染色した細胞は確認されずCre標的ユニット上のスタッファー配列によりlacZの発現が厳密にOFFに制御されていたことを確認した。FLP発現ウイルス感染3日後にはほぼ100%の細胞でFLP標的ユニット上のGFPの消光を確認したが、X-gal染色で青く染色した細胞は全く観察されなかった。Cre発現ウイルスを感染するとGFPは消光したままだがX-gal染色により全ての細胞が青く染色された。そこでCF株と同様にLacZの断片をプローブとしてサザンブロットを行った結果、想定通りの組換えにより染色体構造が変化していることを確認した。また、目的遺伝子の発現をReal-time PCRにより解析した結果からも目的遺伝子のmRNA量が設計通りに推移していたことを確認した。

 CF株でのGFPのOFF制御に比べ、FC株でのOFF制御に要した時間が短かったのは、CF株ではGFP発現単位全体がCreにより染色体上から切り出されるように設計していた結果、切り出された環状分子からGFPの発現が持続し消光までの時間が環状分子の安定性に依存していたが、FC株ではGFPのcDNAが切り出されるように設計したため切り出し後速やかに発現がOFFへと誘導されたためと考えられた。本研究の解析からFLPとCreの発現ウイルスについては、Creの持つ細胞毒性等の観点からFLP発現ウイルスを先に感染した方が良いこと、FLPはCreよりも約10倍以上のウイルス量が必要なことが明らかとなったが、きちんとした感染条件が確立されれば本系の精度は極めて高く、有用性が高いと考えられた。

 そこで次に本系の応用例としてコンディショナルKOマウス作出におけるES細胞でのFLP発現ウイルスによる薬剤耐性遺伝子の除去についても検討を加えた。近年マウス作出におけるES細胞株樹立の際の薬剤耐性遺伝子の残存が目的遺伝子の制御に影響を与える可能性があることから、細胞株樹立後薬剤耐性遺伝子を除くことが推奨されている。CreによるコンディショナルKOマウスの場合、loxPを3つ配したCreの部分組換えを用いていたがCreは組換え効率が高いため煩雑であった。このES細胞でのOFF制御にFLP発現アデノウイルスを用いればより簡便で高効率な作出法となると考える。しかしES細胞はfeeder細胞と共に培養するため、一般的な感染法を用いるとfeeder細胞に多く感染してしまい、目的のES細胞へ十分な感染量を得るためには大量のウイルス量が必要となる。ES細胞での薬剤耐性遺伝子除去にCreよりも組換え効率の劣るFLP発現組換えアデノウイルスを用いるためには、ES細胞に負荷がかからない感染条件での高欠失効率を得るための感染方法の開発が重要である。そこでGFP発現ウイルスを用いてマウスES細胞 (E14.1)への感染条件の検討を行った。ES細胞をfeeder細胞ごとプレートから回収し、新しいプレートに添加後37℃30分培養し上清のみを回収することでfeeder細胞を極力除去したES細胞液を得た。この細胞液に希釈したウイルス液を加え、37℃1時間感染を行った。その後遠心してウイルス液を除去し、新しい培地に懸濁後新しいfeeder細胞上にまき培養を行った。その結果、MOI 3という非常に少ないウイルス量でもほぼ100%のES細胞コロニーがGFPを発現していたことを確認した。更に細胞形態及びアルカリフォスファターゼ染色の結果からもMOI 100以下では全く異常は確認されずMOI 300では細胞形態の変化を確認した。この結果から今回用いたE14.1細胞でのアデノウイルス至適量はMOI 3〜100であることが分かった。このように通常よりも少ないウイルス量で十分な感染効率が得られた理由として、feeder細胞を極力除いたことに加え、ES細胞は立体的なコロニー状に増殖することから、浮遊細胞状態にして感染したことが考えられる。次にこの感染方法を用いてFLP発現ウイルスとFLPによってGFPの発現がOFFからONへと誘導されるFLP標的ウイルスをES細胞へ共感染した。FLP発現ウイルスをMOI 70で感染した結果未分化状態を維持したままほとんどのコロニーがGFPを発現していたため、FLP発現ウイルスは十分にES細胞内でも機能することを確認した。また、ES細胞へ感染後感染していないウイルスがどの時期まで残存しているかを解析した結果、トリプシン処理をして継代をする度にウイルスが除去されていき、MOI 300を感染したES細胞からも2回継代すれば完全にウイルスが除去できていたことを確認した。このことは3回継代すれば完全にウイルスフリーとして扱って良いことを意味し、遺伝子組換え生物実験の法律上も重要であると考える。

 以上の結果から、マウスES細胞へのアデノウイルス高効率感染方法の確立に成功し、コンディショナルKOマウスの作製法への本系の応用が可能となった。

Figre.1単一遺伝子制御系

Figure.2複数遺伝子制御系

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は部位特異的組換え酵素Cre及びFLP発現アデノウイルスベクターを用いた動物細胞での目的遺伝子連続発現制御系について検討を行い、またES細胞への高効率アデノウイルス感染法を確立することで本制御系の応用例を示している。

 単一遺伝子、複数遺伝子の連続発現制御用細胞株を各々樹立化し検討を行った結果、FLP及びCre発現組換えアデノウイルスを用いることにより動物細胞での高効率で厳密性の高い目的遺伝子連続発現制御が可能であることを示した。しかしFLPは100%の細胞で目的の組換えを行うことが可能であったがCreのおよそ10倍量のウイルスを感染する必要があった。また、Creは細胞への毒性が報告されていたが各々の至適ウイルス量を検討することで連続ウイルス感染後も細胞毒性を回避することができた。しかしCre発現ウイルス単独感染に比べ至適ウイルス量の範囲は非常に狭かった。

OFF制御において、発現単位全体を切り出す系はcDNAのみを切り出す系に比べてOFFに要する時間が長かったが、これは切り出された環状分子からの発現が持続していたためと考えられたため、迅速なOFF制御を要求する実験においてはcDNAのみを切り出すか発現単位中に標的配列を追加するなどの改良が必要と考えられた。

 ES細胞と共に培養しているfeeder細胞を極力除去し、更に浮遊系細胞への感染方法を応用することでES細胞への高効率アデノウイルス感染法を確立した。またウイルス感染後のES細胞は3回継代することにより完全に感染性のウイルスが除去できることを確認したため、遺伝子組換え生物実験の法律上重要な知見を得ることが出来たと考える。また、ES細胞でも至適ウイルス量を検討することで、未分化状態を維持したままFLP発現ウイルスによる高効率な薬剤耐性遺伝子の除去が可能であったことから本系によりコンディショナルノックアウトマウスの作出がより簡便になると考えられた。

 以上、本論文はマウスES細胞を含む動物細胞におけるFLP及びCre発現アデノウイルスベクターによる目的遺伝子の高効率連続発現制御を確立した。本研究は、未知遺伝子の詳細な機能解析や発生、再生研究への応用のみならず今まで煩雑であったコンディショナルノックアウトマウスの簡便な作出法となり得ることから学位の授与に値するものと考えられる。

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