学位論文要旨



No 122521
著者(漢字) 高柳,晋一郎
著者(英字)
著者(カナ) タカヤナギ,シンイチロウ
標題(和) ノックインシステムを用いた造血幹細胞の標識と運命決定の解析
標題(洋)
報告番号 122521
報告番号 甲22521
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2817号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斎藤,泉
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
内容要旨 要旨を表示する

 造血幹細胞は、生涯にわたり全ての血液細胞の源となる細胞であり、多分化能と高い自己複製能力を兼ね備えた細胞である。マウスモデルにおいては、成体骨髄細胞中のCD34-KSL(c-Kit+Sca-1+Lineage-)細胞分画に極めて高度に濃縮されており、FACSによる単離が可能である。このため、数ある組織幹細胞の中でも最も研究の進んでいるものの一つである。

 造血幹細胞から成熟細胞へ至る分化の経路や造血幹細胞の分裂様式は、幹細胞生物学における重要な命題である。これまで、2000年にAkashiらが提唱した、造血幹細胞から分化した多能性前駆細胞から派生した骨髄球系前駆細胞およびリンパ球系前駆細胞から骨髄球系細胞およびリンパ球系細胞がそれぞれ産生するというモデルを中心に、数々のモデルが提唱されているが未だ議論の余地がある。また、幹細胞レベルの分裂様式に関する研究も大きな論点である。これらの研究の問題点として、解析の対象となる幹細胞を採取してから結果を解析・考察をするまでのタイムラグの長さが挙げられる。このため、培養や骨髄移植を経て分化・増殖能を評価するまでの情報が乏しい。

 そこで、本研究では、造血幹細胞の状態をリアルタイムに観察できるよう、遺伝子ターゲティングによる蛍光タンパクノックインモデルの作製を目的とした。造血幹・前駆細胞に特異的に発現する標的遺伝子として、新規遺伝子であるTransmembrane Molecule with Thrombospondin Module (Tmtsp)に着目した。この遺伝子は、当研究室においてESTデータベースを用いたIL-11受容体との相同性検索により同定されたもので、KSL造血幹・前駆細胞における発現がRT-PCRにより確認されていた。本研究では、特異的抗体などを利用した詳細な発現解析をもとにノックインマウスによる細胞のマーキングを行った。

方法と結果

1.Tmtsp遺伝子のタンパクおよびゲノム構造

 Tmtspは新規の膜貫通分子で、サイトカイン受容体ファミリーであるIL-11受容体遺伝子の膜貫通領域近傍の配列を基にEST databaseに対する相同性検索により同定された。Tmtspタンパクの機能ドメインは、細胞外にシグナルシークエンス、3つのIg-likeドメイン、Thrombospondin-1(TSP1)ドメインを有し、膜貫通部位以降の細胞内領域には既知の機能ドメインはない。Tmtsp遺伝子は37kbにわたって8qA2にコードされ、5つのエキソンから構成される。翻訳開始コドンはエキソン2にあり、その後各エキソンにIg-likeドメイン、TSP1ドメイン、膜貫通部位が分配されている。

2.血液細胞におけるTmtspの発現

 まず、半定量的RT-PCRによるTmtsp mRNAの血液細胞系列における分布を調査したところ、TmtspはCD34-KSL造血幹細胞からLin-未分化細胞までに高発現していた。分化抗原陽性細胞の中では、骨髄中のB細胞や胸腺中のDN細胞などで増幅が検出され、成熟に伴う発現レベルの低下が示唆された。

 続いて、作製した抗Tmtsp抗体を用いて、タンパクレベルでの発現を調査したところ、RT-PCRの結果と同様、CD34-KSL細胞とCD34+KSL多能性前駆細胞において極めて高い発現が観察された。

 このように、Tmtsp遺伝子は造血幹・前駆細胞に特異的に発現することから、蛍光標識の対象とした。

3.Tmtspの血管内皮細胞における発現

 Tmtsp mRNAの主要臓器における発現分布をNorthern blottingにより検討したところ、全ての臓器でmRNAが検出され、肺において最も高い発現を示した。

 また、特異的抗体を用いたIHCにより、VE-Cadherin陽性血管内皮細胞に局在していた。さらにマウス脳血管種株のbEND.3細胞や、ES細胞由来VE-Cadherin陽性内皮細胞にも発現していたことから、Tmtspは造血幹・前駆細胞に加えて内皮細胞特異的に発現していることが示された。

4.遺伝子ターゲティングによるTmtsp(Venus/+)ES細胞およびマウスの作製

 Tmtsp遺伝子の発現をEYFPの活性型変異体であるVenusで標識するにあたり、開始コドン近傍の配列を除去し、Venus及び薬剤選択マーカー遺伝子で置換した。ES細胞の相同性組み換えは高頻度で起こり、Tmtsp(Venus/+)マウスも樹立できた。このTmtsp(Venus/+)ES細胞およびマウスを用い、VenusのシグナルとTmtspの発現との相関の確認を試みた。

 まず、Tmtsp(Venus/+)ES細胞をEmbryoid Body(EB)形成により分化誘導させ、VEGF存在下でOP-9細胞上に播種し、内皮細胞に分化誘導したところ、全てのVenus陽性細胞がTmtspタンパクを発現していた。同時に、抗Tmtsp抗体の免疫染色同様、内皮細胞マーカーであるVE-CadherinやCD31も発現していた。また、EB形成7日目の細胞のFACSによってもTmtspタンパクとVenusの発現の相関が確かめられた。さらに、胎齢15.5日の胎仔表皮下のCD31陽性内皮細胞においてもVenusが観察されたことから、in vivoにおいてもVenusの蛍光がTmtsp遺伝子の発現制御下にあることが示された。

5.発生段階におけるTmtsp/Venusの発現

 胎齢8日前後に相当する、EB形成4日目から顕微鏡下でVenusの蛍光が検出できたことから、血液発生の初期段階からTmtsp/Venusが発現していると考えられる。

 Tmtsp(Venus/+)ES細胞由来のEBにおけるVenusの発現をFACSで経時的に観察した。Venus+細胞は早期(EB3〜4日)の中胚葉系分化マーカーであるFlk-1+細胞分画中でEB3日目に初めて検出された。また、胎児期の造血のマーカーであるCD41の発現を検討したところ、EB4〜6日目にかけてVenus+ CD41+細胞が存在した。

 このことから、Venusは胎仔中の造血前駆細胞を標識しているとの仮説を立て、Tmtsp(Venus/+)胎仔を用いてコロニーアッセイを行った。胎齢8.5日および9.5日のyolk sacと胎齢10.5日のAGM領域を採取し、OP-9細胞上で培養したところ、血球コロニー形成細胞はCD41(+Venus+)細胞分画に極めて高く濃縮されていた。このことから、Venusは発生段階の造血前駆細胞の有用なマーカーであることが示された。

6.Tmtsp/Venusの成体マウス血液細胞における発現と造血能の相関

 FACSによるVenusの発現プロファイリングを行った結果、VenusはCD34-KSL造血幹細胞とCD34+KSL多能性造血前駆細胞に高発現していた。これらより一段分化した、運命決定した前駆細胞群においては、骨髄球系前駆細胞(CMP)、顆粒球・マクロファージ系前駆細胞(GMP)、巨核球・赤血球系前駆細胞 (MEP)の3分画においてVenusの発現が確認され、その発現レベルはCMPからGMPおよびMEPへの分化に伴い減少した。リンパ球系前駆細胞(CLP)においてもCMPと同程度の発現が観察された。また、B細胞とT細胞系列の成熟に伴う蛍光強度の低下も観察された。TER119やNK1.1などの分化抗原陽性細胞における発現は検出されなかった。

 続いて、Lin-細胞をVenusで分画し、各分画のコロニー形成能や骨髄移植を試みたところ、コロニーアッセイによる未分化な前駆細胞の指標であるHPP-CFCはLin-Venus(high)細胞分画に高度に濃縮され、骨髄移植により実験的に定義される造血幹細胞も同分画にのみ存在した。これらの結果は、Tmtsp/Venusの発現が造血幹細胞および前駆細胞を標識していることを機能的に示すものである。

考察

 本研究では、造血幹・前駆細胞に発現する新規遺伝子に注目し、蛍光タンパク遺伝子のノックインマウスの作製に成功した。この遺伝子はTSP1ドメインを細胞外に持つ膜貫通分子であり、造血幹・前駆細胞のほかに内皮細胞で発現していた。これまでに多くの遺伝子が未分化血液細胞と内皮細胞に共通して発現しており、これらの細胞の発生や機能に重要な役割をしていることが知られているが、TmtspはTSP1ドメインを持つ、最初の遺伝子である。TSP1ドメインは細胞接着や遊走へ関与することから、内皮細胞のネットワーク形成や造血幹細胞nicheへのhomingなどに関与すると考えられる。

 これまでに、造血幹細胞発生の研究のためのマウスモデルがいくつか報告されており、時間的および形態学的に造血幹細胞発生やその分化を同定することを容易にできるものである。Tmtsp(Venus/+)マウスは胎仔および成体マウスの造血や血管発生の解析に有用なモデルとなるだろう。

 遺伝子の生物学的な意義を知る上で、ノックアウトマウスの解析は大きな手がかりとなる。Tmtsp(Venus/Venus)(Tmtsp(-/-))マウスの解析は現在進行中である。ヘテロマウス同士の交配からはメンデル比に従って新生仔マウスは産まれることから、発生段階のTmtspの発現分布からの予想に反し、胎内での致死性はない。ホモマウス同士の交配も可能であったことから、生殖系統の異常も観察されなかった。今後は、ノックアウトマウス由来の造血幹細胞のin vivoでの挙動や血管網の形態などについて、詳細な検討を重ねていく予定である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は造血幹細胞を生体内で標識するために、造血幹細胞に高発現するTmtsp遺伝子に着目し、蛍光タンパク遺伝子のノックインモデルを作出した。本モデルを用いて造血幹・前駆細胞の運命決定の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.Tmtsp遺伝子のタンパクおよびゲノム構造

 Tmtspは新規の膜貫通分子で、サイトカイン受容体ファミリーであるIL-11受容体遺伝子の膜貫通領域近傍の配列を基にEST databaseに対する相同性検索により同定された。Tmtspタンパクの機能ドメインは、細胞外にシグナルシークエンス、3つのIg-likeドメイン、Thrombospondin-1(TSP1)ドメインを有し、膜貫通部位以降の細胞内領域には既知の機能ドメインはない。Tmtsp遺伝子は37kbにわたって8qA2にコードされ、5つのエキソンから構成される。翻訳開始コドンはエキソン2にあり、その後各エキソンにIg-likeドメイン、TSP1ドメイン、膜貫通部位が分配されている。

2.血液細胞におけるTmtspの発現

 まず、半定量的RT-PCRによるTmtsp mRNAの血液細胞系列における分布を調査したところ、TmtspはCD34-KSL造血幹細胞からLin-未分化細胞までに高発現していた。分化抗原陽性細胞の中では、骨髄中のB細胞や胸腺中のDN細胞などで増幅が検出され、成熟に伴う発現レベルの低下が示唆された。

 続いて、作製した抗Tmtsp抗体を用いて、タンパクレベルでの発現を調査したところ、RT-PCRの結果と同様、CD34-KSL細胞とCD34+KSL多能性前駆細胞において極めて高い発現が観察された。

 このように、Tmtsp遺伝子は造血幹・前駆細胞に特異的に発現することから、蛍光標識の対象とした。

3.Tmtspの血管内皮細胞における発現

 Tmtsp mRNAの主要臓器における発現分布をNorthern blottingにより検討したところ、全ての臓器でmRNAが検出され、肺において最も高い発現を示した。

 また、特異的抗体を用いたIHCにより、VE-Cadherin陽性血管内皮細胞に局在していた。さらにマウス脳血管種株のbEND.3細胞や、ES細胞由来VE-Cadherin陽性内皮細胞にも発現していたことから、Tmtspは造血幹・前駆細胞に加えて内皮細胞特異的に発現していることが示された。

4.遺伝子ターゲティングによるTmtsp(Venus/+)ES細胞およびマウスの作製

 Tmtsp遺伝子の発現をEYFPの活性型変異体であるVenusで標識するにあたり、開始コドン近傍の配列を除去し、Venus及び薬剤選択マーカー遺伝子で置換した。ES細胞の相同性組み換えは高頻度で起こり、Tmtsp(Venus/+)マウスも樹立できた。このTmtsp(Venus/+)ES細胞およびマウスを用い、VenusのシグナルとTmtspの発現との相関の確認を試みた。

 まず、Tmtsp(Venus/+)ES細胞をEmbryoid Body(EB)形成により分化誘導させ、VEGF存在下でOP-9細胞上に播種し、内皮細胞に分化誘導したところ、全てのVenus陽性細胞がTmtspタンパクを発現していた。同時に、抗Tmtsp抗体の免疫染色同様、内皮細胞マーカーであるVE-CadherinやCD31も発現していた。また、EB形成7日目の細胞のFACSによってもTmtspタンパクとVenusの発現の相関が確かめられた。さらに、胎齢15.5日の胎仔表皮下のCD31陽性内皮細胞においてもVenusが観察されたことから、in vivoにおいてもVenusの蛍光がTmtsp遺伝子の発現制御下にあることが示された。

5.発生段階におけるTmtsp/Venusの発現

 胎齢8日前後に相当する、EB形成4日目から顕微鏡下でVenusの蛍光が検出できたことから、血液発生の初期段階からTmtsp/Venusが発現していると考えられる。

 Tmtsp(Venus/+)ES細胞由来のEBにおけるVenusの発現をFACSで経時的に観察した。Venus+細胞は早期(EB3〜4日)の中胚葉系分化マーカーであるFlk-1+細胞分画中でEB3日目に初めて検出された。また、胎児期の造血のマーカーであるCD41の発現を検討したところ、EB4〜6日目にかけてVenus+ CD41+細胞が存在した。

 このことから、Venusは胎仔中の造血前駆細胞を標識しているとの仮説を立て、Tmtsp(Venus/+)胎仔を用いてコロニーアッセイを行った。胎齢8.5日および9.5日のyolk sacと胎齢10.5日のAGM領域を採取し、OP-9細胞上で培養したところ、血球コロニー形成細胞はCD41+Venus+細胞分画に極めて高く濃縮されていた。このことから、Venusは発生段階の造血前駆細胞の有用なマーカーであることが示された。

6.Tmtsp/Venusの成体マウス血液細胞における発現と造血能の相関

 FACSによるVenusの発現プロファイリングを行った結果、VenusはCD34-KSL造血幹細胞とCD34+KSL多能性造血前駆細胞に高発現していた。これらより一段分化した、運命決定した前駆細胞群においては、骨髄球系前駆細胞(CMP)、顆粒球・マクロファージ系前駆細胞(GMP)、巨核球・赤血球系前駆細胞 (MEP)の3分画においてVenusの発現が確認され、その発現レベルはCMPからGMPおよびMEPへの分化に伴い減少した。リンパ球系前駆細胞(CLP)においてもCMPと同程度の発現が観察された。また、B細胞とT細胞系列の成熟に伴う蛍光強度の低下も観察された。TER119やNK1.1などの分化抗原陽性細胞における発現は検出されなかった。

 続いて、Lin-細胞をVenusで分画し、各分画のコロニー形成能や骨髄移植を試みたところ、コロニーアッセイによる未分化な前駆細胞の指標であるHPP-CFCはLin-Venus(high)細胞分画に高度に濃縮され、骨髄移植により実験的に定義される造血幹細胞も同分画にのみ存在した。これらの結果は、Tmtsp/Venusの発現が造血幹細胞および前駆細胞を標識していることを機能的に示すものである。

 以上、本論文では、造血幹・前駆細胞をin vivoで蛍光標識された、新たな実験モデルを構築し、造血幹細胞生物学の発展に大きく貢献できると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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