学位論文要旨



No 122523
著者(漢字) 鄭,祉殷
著者(英字) Jieun,Jeong
著者(カナ) チョン,ジユン
標題(和) ヒト遺伝子の選択的プロモーターのDNAメチル化状態の大規模解析
標題(洋) Diverse DNA Methylation Statuses at Alternative Promoters of Human Genes in Various Tissues
報告番号 122523
報告番号 甲22523
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2819号
研究科 医学系研究科
専攻 病因病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 特任教授 古川,洋一
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
内容要旨 要旨を表示する

<背景と目的>

 我々の研究室では、完全長cDNA配列の網羅的収集と解析を行ってきた。また、完全長cDNAの5'端は転写開始点に相当するために、完全長cDNAの配列を指標にゲノム規模での上流プロモーター領域の同定と解析を行うことが可能となった。(http://dbtss.hgc.jp)。これまでに、ヒトの15,262遺伝子とマウスの14,162遺伝子のプロモーター領域を同定してきた。また昨年、これらの網羅的解析から、少なくとも7,674(52%)のヒト遺伝子は複数の選択的プロモーターの制御下にあることを明らかにした(Kimura et al.2006)。

 本研究では、これら選択的プロモーターの使い分けとプロモーター領域のメチル化の相関についての検証を行った。選択的プロモーターの組織特異性と該当組織でのメチル化状態の関係を検証するべく、組織間で選択的プロモーター間の利用頻度に特異性のある、1,731個の選択的プロモーター(1,287遺伝子)に着目し、その組織間でのメチル化の状態の解析を行った。

<結果と考察>

 私は、上記1,731選択的プロモーター中で、転写開始始点の-1kbから+200bpまでの領域でHM-PCR(HpaII-McrBC PCR)法に必要な制限サイトがあり、181個(61遺伝子)のヒト遺伝子選択的プロモーター(組織特異的プロモーター144個と非特異的プロモーター37個)のメチル化状態を正常組織testis,brain,spleen,stomach,liverでHM-PCRにより検証した。観察されたメチル化のパターンを、complete,null,incomplete,compositeの四つのパターンに分類し、5種類の組織において調べたところ、組織特異性の選択的プロモーターの144個中、24%(138個)がcomplete,45%(264個)がnull,28%(165個)がcomposite,3%(16個)がincompleteのメチル化のパターンを示した。一方、組織非特異的選択的プロモーター37個では、complete 24%(37個)、null 42%(64個)、composite 31%(47個)、incomplete 3%(5個)のパターンを示した。また、これらの結果のうち代表的なもの35個を選んで、煩雑な作業が必要ではあるもののより詳細は結果を得ることのできるBisulfiteゲノムsequencingアッセイを通じて確認したところ、少なくとも97%の場合、その結果が両手法間で一致していることを確認した。これら得られたデータを用いて私は以下のことを明らかにした。

 1.選択的プロモーターは、多くの場合、選択的プロモーター間で相互に異なるメチル化パターンを示す。

 今回調べた61遺伝子の中で5個の遺伝子(10個の選択的プロモーターをもちその全てがほとんどの組織でnullの状態を示した)を除き、全ての組織で選択的プロモーターのメチル化のパターンが一致する遺伝子は存在しなかった。例えば、SEPT9遺伝子は少なくても20個の選択的プロモーターを持つが、メチル化状態を調べた14個中で、11個の選択的プロモーター(79%)が、組織の間でそれぞれ違うメチル化のパターンを示した。

 2.個々の選択的プロモーターに着目したところ、60%の選択的プロモーターが組織の間でメチル化の状態が異なっている。

 組織特異性選択的プロモーターの場合は62%(124個中77個)が、非特異性選択的プロモーターの場合は53%(30個中16個)がメチル化の状態が変化を示した。

 3.一般的に最も活発に転写が行われている選択的プロモーターは他の状態あるいは他のプロモーターに比べて、よりメチル化の度合いが低い。

 選択的プロモーターの特異性がある組織と他の組織の間でのDNAメチル化の状態を調べるために組織特異性が最も多い組織であるtestis-preferring選択的プロモーターのメチル化の状態を調べた。その結果、testis-preferring選択的プロモーターのメチル化のパターンがtestisでnullにかたよっていることとcompleteのパターンはあまりないことが明らかになった。このようなバイアスはtestis-preferring選択的プロモーターの他の組織やtestis非組織特異性選択的プロモーターの他の組織でも見られなかった。これらの結果からtestisでtestis特異的選択プロモーターが特異的な調節をしていると考えられた。testisでnullのメチル化のパターンを示したtestis-preferring選択的プロモーターを持つ遺伝子につて、その他の選択的プロモーターにはこのようなバイアスは見られなかった。また、5種類の組織でそれぞれのプロモーターのmRNAの相対的の量を測定することによってDNAメチル化とmRNA発現のレベルの間の関係を調べた。組織間でメチル化状態が異なっている選択的プロモーターの第一exon内のユニークな領域にPCR用primerを設計し、real-time RT-PCRアッセイを行った。nullあるいは弱いメチル化のパターンを示した選択的プロモーターは強く発現し、completeのパターンは弱く発現することが示され、DNAメチル化の変化と遺伝子の発現の変化の間にある程度の相関が存在することが明らかとなった。

 4. CpGアイランド(+)の選択的プロモーターとCpGアイランド(-)の選択的プロモーターの間のメチル化の状態は大きく異なる。

 CpGアイランド(+)の選択的プロモーターは5種類の組織でnullのパターンを示した反面、CpGアイランド(-)の選択的プロモーターは組織の間でメチル化状態の変化が見られた。CpGアイランド(+)の選択的プロモーターがnullの時、同じ遺伝子の他のプロモーターは大体CpGアイランド(-)の選択的プロモーターであり、これらのメチル化のパターンは全般的なCpGアイランド(-)の選択的プロモーターのパターンと似ていることが認められた。

<総括>

 今回の解析は、ヒトの正常の組織でヒトの遺伝子の選択的プロモーターのメチル化の状態を大規模に解析した初の結果である。得られた知見は、選択的プロモーターにおけるDNAメチル化の変化が、非常にdynamicな変化であり、DNAメチル化が選択的プロモーターの使い分けに重要な役割を果たしていることが示唆された。また、CpGアイランド(+)プロモーターとCpGアイランド(-)プロモーターの間に明らかなメチル化のパターンの相違が見られたことは特に興味深い。

 さらに大規模な解析を進めることにより、メチル化による遺伝子発現制御の全体像と選択的プロモーターの関係を解明するのに基盤的なデータが得られると考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、DNAメチル化による転写制御と選択的プロモーターの関係の解析を目的とし、5種類のヒトの正常の組織で、選択的プロモーターのDNAメチル化状態の解析を行い、下記の結果を得たものである。

 1.完全長cDNA配列を手がかりに同定された上流プロモーター配列の網羅的解析を行ってきた我々の研究室を含めて,他の研究室の報告でもヒト遺伝子について、選択的プロモーターにより制御されていることが明らかになっている。そこで、61遺伝子、181個の選択的プロモーター(59個のCpGアイランド(+)と122個のCpGアイランド(-)プロモーター)について、testis,brain,spleen,stomach,liverでのメチル化の状態をHM-PCR(HpaII-McrBC PCR)法により調べ、観察されたメチル化のパターンを、complete,null,incomplete,compositeの四つのパターンに分類し、解析を行った。その結果、181個の選択的プロモーターの60%について、個々のプロモーターのDNAメチル化の状態は組織の間にメチル化のパターンが変化していたことがわかった。

 2.組織特異性の選択的プロモーターの144個中、24%がcomplete,45%がnull,28%がcomposite,3%がincompleteのメチル化のパターンを示した。一方、組織非特異性選択的プロモーター37個の場合はcomplete24%(37個)、null42%(64個)、composite31%(47個)、incomplete3%(5個)のパターンを示した。これらの選択的プロモーターは二つのアレル中一つのアレルはメチル化され、もう片方のアレルはメチル化されていないcompositeのパターンがincompleteより顕著に観察された。

 3.解析を行った61遺伝子の中で5個の遺伝子は10個の選択的プロモーターをもちその全てがほとんどの組織でnullの状態を示した。それを除き、全ての組織で選択的プロモーターのメチル化のパターンが一致する遺伝子は存在しなかった。選択的プロモーター間でDNAメチル化の状態は多くの場合、相互に異なるメチル化パターンを示すことが明らかとなった。

 4.CpGアイランド(+)の選択的プロモーターの80%から90%までのメチル化の状態は5種類の組織でnullであることが分かった。その反面、CpGアイランド(-)の選択的プロモーターは組織の間でメチル化状態の変化が見られた。また、CpGアイランド(+)の選択的プロモーターがnullの時、同じ遺伝子の他のプロモーターは大体CpGアイランド(-)の選択的プロモーターであり、これらのメチル化のパターンは全般的なCpGアイランド(-)の選択的プロモーターのパターンと似ていることが認められた。CpGアイランド(+)の選択的プロモーターとCpGアイランド(-)の選択的プロモーターの間のメチル化の状態は大きく異なることが明らかとなった。

 5.選択的プロモーターの特異性がある組織と他の組織の間でのDNAメチル化の状態を組織特異性が最も多い組織であるtestis-preferring選択的プロモーターで調べた。その結果、testis-preferring選択的プロモーターのメチル化のパターンがtestisでnullにかたよっていることとcompleteのパターンはあまりないことが明らかになった。このようなバイアスはtestis-preferring選択的プロモーターの他の組織やtestis非組織特異性選択的プロモーターの他の組織でも見られなかった。これらの結果からtestisでtestis特異的選択プロモーターが特異的な調節をしていると考えられた。testisでnullのメチル化のパターンを示したtestis-preferring選択的プロモーターを持つ遺伝子について、その他の選択的プロモーターにはこのようなバイアスは見られなかった。組織特異性プロモーターは優先的に発現される組織で選択的プロモーターよりメチル化されない傾向が見られた。組織特異性プロモーターのメチル化の状態は組織非異性プロモーターより大きく異なることが分かった。

 6.DNAメチル化とmRNA発現のレベルの間の関係を調べた結果、nullあるいは弱いメチル化のパターンを示した選択的プロモーターは強く発現し、completeのパターンは弱く発現することが示され、DNAメチル化の変化と遺伝子の発現の変化の間にある程度の相関が存在することが明らかとなった。

 転写が強い組織でnullのメチル化の状態を見せるプロモーターが多いことが明らかになった。組織特異性遺伝子の発現は組織に依存し、様々なメチル化メカニズムが存在すると考えられる。

 以上、本論文は、選択的プロモーターにおけるDNAメチル化の変化が、非常にdynamicな変化であることを示した初めての論文である。特にDNAメチル化が選択的プロモーターの使い分けに重要な役割を果たしていると考えると、CpGアイランド(+)プロモーターとCpGアイランド(-)プロモーターの間に明らかなパターンの変化が見られたことは非常に興味深い。本研究は、メチル化による遺伝子発現制御の全体像を解明するのに取り組んだ基ものとして評価できることから、学位の授与に値するとものと考えられた。

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