学位論文要旨



No 122526
著者(漢字) バルア リタ ラニ
著者(英字) Barua Rita Rani
著者(カナ) バルア リタ ラニ
標題(和) Epstein-Barrウイルス関連胃癌の分子生物学的・病理学的検討
標題(洋) Molecular and Pathological Investigation of Epstein-Barr virus associated gastric carcinoma
報告番号 122526
報告番号 甲22526
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2822号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 俣野,哲朗
 東京大学 助教授 福嶋,敬宜
 東京大学 助教授 大西,真
 東京大学 助教授 川口,寧
内容要旨 要旨を表示する

 胃癌は日本を含め、アジアでは発生率の高い癌である。胃癌の約10%にEpstein-Barrウイルス(EBV)が関連している。感染EBVはほとんどが単クローンであること、EBVの産生するRNA(EBER)を対象とした in situ hybridization 法では感染胃癌では殆どの胃癌細胞にEBVの感染が見られることから、EBVはこれらの胃癌の発癌に密接に関連していると考えられている。EBV関連胃癌はリンパ球浸潤の多く、低分化ないし中分化腺癌に多いことが知られ、最近では癌関連遺伝子プロモータの広汎なDNAメチル化を示すことが報告されており、胃癌としては特異な一群をなしている。本研究の主たる目的はEBV関連胃癌の形質を免疫組織化学的に検索してEBV関連胃癌の発生母地を明らかにすることと、サイトカイン多型の検索から胃癌発生の高危険群を明らかにすることである。

 最初に、胃型/腸型形質の検索を行った。自治医科大学附属病院で切除された18例のEBV関連胃癌および56例のEBV陰性胃癌のホルマリン固定パラフィン包埋検体を使用した。MUC2/5AC/6とCD10の発現を免疫組織化学的に検索した。癌細胞の25%以上の陽性像をもって、それぞれの陽性群とした。MUC5ACあるいはMUC6陽性群を「胃型」、MUC2あるいはCD10陽性群を「腸型」、両者陰性を「null型」、両者陽性を「混合型」に分類した。その結果、EBV関連胃癌ではnull型および胃型をそれぞれ48%(8例),39%(7例)の腫瘍が示し、非EBV関連胃癌の7%(4例),30%(17例)より有意に多かった。つまり、EBV関連胃癌はnull型、胃型を示すことが有意に多いことがわかった。このことはEBV関連胃癌が腸上皮化生を経由しない胃粘膜本来の性格を呈することを意味し、EBV関連胃癌は胃固有の幹細胞により近い細胞が発生母地であることが示唆された。

 EBV関連胃癌は高頻度にDNAのメチル化状態を示すことが知られるため、MUC2遺伝子およびMUC5AC遺伝子のプロモータ域のDNAメチル化状態をメチル化に感受性を示す制限酵素処理後のPCR法にて検索した。凍結材料が保存されていた21例の胃癌、うちEBV関連胃癌は3例、と組み替えEBVを感染させた6つの胃癌細胞株(MKN1, MKN7, MKN74, TMK-1, NU-GC-3, AGS)について検索した。抽出したDNAをメチル化DNAに感受性のある制限酵素HpaIIで消化後、MUC2およびMUC5ACのプロモータ域に特異的なプライマーを利用して、PCRにて増幅して検索した。その結果、MUC2はすべての胃癌症例でメチル化状態であり、EBVの有無による違いは明らかでなかった。MUC5ACでは18例でメチル化状態、3例で非メチル化状態であったが、EBVの有無による違いはなかった。免疫組織化学的なMUC2/5ACの発現とも比較したが、メチル化状態による発現の違いは見られなかった。培養細胞株ではEBVの感染によるメチル化状態の変化が見られた。NU-GC-3ではEBV感染の前後でMUC2が非メチル化状態からメチル化に変化した。また、TMK-1, MKN1, NU-GC-3ではMUC5ACが非メチル化状態からメチル化に変化した。EBVによるホスト側DNAのメチル化亢進の一端と考えられた。しかし、これらのメチル化状態の変化は免疫組織化学的発現の変化は伴わなかった。MUC2/5ACの発現には他の部位のDNAメチル化が影響を与えている可能性があり、メチル化状態と発現の関連については、より一層の検索が必要と考える。

 次に、ティシューアレイを用い、東京大学医学部附属病院で切除された260例の胃癌について、転写因子であるsox2, cdx2の免疫組織化学的発現、サイトケラチンの発現を検索した。消化管ではsox2とcdx2はそれぞれ胃と腸に特異的に発現していることが知られている。260例中、EBV関連胃癌は32例であった。EBV関連胃癌ではsox2の陽性率が有意に高く(75%, 非関連胃癌では28%)、cdx2の陽性率は低かった(13%, 非関連胃癌では57%)。粘液形質に関する研究と同様、EBV関連胃癌は胃本来の特徴を保っていると考えられ、胃固有の幹細胞が発生母地であると考えられる結果であった。

 最後にサイトカインに関して、胃癌の高危険群を明らかにするため、interleukin 10(IL10), tumor necrosis factor alpha(TNFa)のプロモータ域の遺伝子多型を検索した。IL10は抗炎症作用を示すサイトカインで、-1082, -819ほかに多型があり、IL10の発現に影響を与えている。TNFaはproinflammatoryサイトカインの一つで-308, -238の多型は自己免疫性疾患や臓器移植での炎症反応に関連していると報告されている。IL10, TNFaともに胃癌を含め、癌での発現も検索が進められている。自治医科大学附属病院で切除された130症例の胃癌の胃粘膜と103人の健常なボランティアの血液を使用した。胃癌130例中、EVB関連胃癌は22例であった。PCR-RFLP法でIL10-1082, IL10-819, TNFa-308, TNFa-238の4箇所を検索した。その結果、健康者ではIL10-1082はAA/GA/GGのalleleをそれぞれ96/3/0例が示した。IL10-819ではCC/CT/TT 14/37/48、TNFa-308 GG/GA/AA 101/2/0, TNFa-238 GG/GA/AA 101/2/0であった。これらは日本人あるいは東アジアでの他の研究報告とほぼ似た結果であった。日本では欧米と比べるとIL10-1082*GとTNFa-308*Aが少なく、IL10-819*Tが多い。胃癌患者ではIL10-1082 AA/GA/GG 124/3/0, IL10-819 CC/CT/TT 12/62/49、TNFa-308 GG/GA/AA 120/2/5, TNFa-238 GG/GA/AA 123/2/2の分布を得た。他の東アジアでの報告と似た結果であった。これらの結果を元にEBV関連胃癌、非関連胃癌、体部発生、下部発生、Helicobacter pyloriの有無との関連を検索した。H. pyloriはPCR法で検出を試み、130例中98例で陽性であった。TNFa-308*AがEBV非関連下部発生胃癌で有意に多く、一方、TNFa-238*Gは胃癌の中でH. pylori感染との関連があった。TNFa-308*A, -238*GはともにTNFaの高産生群とする報告があり、これらはより高レベルの炎症と関連している。これら2つの多型を有する人はH. pyloriが感染した場合、慢性炎症が強く、より遷延することが予想され、H. pyloriや慢性炎症と関連した胃癌発生と関連している可能性が考えられた。IL10の多型についてはEBVの有無を含め、臨床病理学的因子との関連は明かでなかった。

 本研究では、EBV関連胃癌は粘液形質ではnull型あるいは胃型の形質を示すことが多く、胃固有の幹細胞に近い細胞を発生母地としていることが分かった。胃および腸に特異的な転写因子sox2, cdx2の検索でも同様の結果を得た。また、サイトカインIL10, TNFaの遺伝子多型の検索では、日本人はTNFa-308*A, -238*Gの多型がH.pyloriによる慢性炎症を介した下部胃癌の発癌に関連していることが明らかになった。

 私の母国バングラデシュでも胃癌は多いが、進行癌で見つかることが多い。病理組織学的、分子生物学的、あるいは疫学的手法を用いて、母国でも胃癌研究を行い、人種差・地域差を含め、胃癌の発癌の解明を進めたい。

審査要旨 要旨を表示する

胃がんは全世界で主要ながん死因の一つである。中国、南米、日本、バングラデシュではよく見かけるがんである。胃がんの約10%にEpstein-Barr virus(EBV)感染があるが、このEBV関連胃がんは世界中で一様に分布している。EBV関連胃がんはヒトのウイルス発がんの一つのモデルと考えられる。そのため、EBV関連胃がんの組織発生や高リスク群の研究は重要である。本研究の結果を以下に記載する。

1. 胃がんにおけるMUC2, MUC5AC, MUC6, CD10の表現型:EBV関連胃がん18例、EBV陰性胃がん56例を免疫組織化学的手法にて検索した。胃上皮形質のマーカーとしてMUC5ACとMUC6、腸上皮形質のマーカーとしてMUC2, CD10を検索した。これらによって、4つの形質群に分類した(null型, 胃型、腸型、混合型)。EBV関連胃がんはnull型が44%、胃型が39%とこの2型で大半を占めた。一方、EBV陰性胃がんはnull 7%, 胃型30%、腸型27%、混合型36%という分布であった。Null型の割合はEBV関連胃がんで有意に高かった。進行がん、早期がんに細分化しても、がんの発生部位で分けても、null型がEBV関連胃がんで多い傾向は一致していた。

2. MUC2とMUC5ACのDNAメチル化状態の検索:21例の胃がん手術例(3例がEBV関連胃がん、18例はEBV陰性胃がん)と6種の胃がん細胞株(MKN7, MKN74, NU-GC-3, AGS, TMK1, MKN1)について検索した。メチル化感受性制限酵素HpaIIで消化後にPCRで増幅した。手術例ではすべての症例でMUC2, MUC5ACともにDNAメチル化状態であった。細胞株ではMUC2は6種中5種(MKN74, TMK1, AGS, MKN1, MKN7)では組み替えEBV感染の前後で、メチル化の状態に変化は無かった。NU-GC-3では組み替えEBVの感染後に非メチル化状態からメチル化状態に変化した。MUC5ACでは3つの細胞株(TMK1, MKN1, NU-GC-3)で組み替えEBVの感染後に非メチル化状態からメチル化状態に変化した。これらのDNAメチル化状態の変化に、免疫組織化学的な染色態度の変化は伴わなかった。

3. 分化に関連する転写因子サイトケラチンの発現:2つの転写因子(Sox2とCdx2)とサイトケラチン(CK7/8/18/19/20)について検索した。260例の胃がん症例について、tissue arrayを作成して、免疫組織化学的に検討した。32例がEBV関連胃がん、228例がEBV陰性胃がんであった。1と同様に胃上皮マーカー、腸上皮マーカーを利用して、4群に分けた。EBV関連胃がんではNull型と胃型形質を示す腫瘍が有意に多かった。胃型上皮の転写因子であるSox2はEBV関連胃がんでは高率に陽性(75%)であったが、腸型転写因子であるCdx2はEBV関連胃がんでは陽性率が低かった。Sox2の陽性像は粘液形質とは関連しなかった。Cdx2は腸型、混合型と密接な関連が有った。また、Sox2は他の分子と関連はなかったが、Cdx2はMUC2とCK7との関連が見られた。

4. IL10とTNFa遺伝子多型:22例のEBV関連胃がんと108例のEBV陰性胃がん、103例の健常者血液を利用した。IL10-1082, IL10-819, TNFa-308, TNFa-238の4箇所についてPCR後に制限酵素で切断することによって検索した(RFLP法)。健常者では他の日本での報告と比べて、有意な隔たりはなかった。IL10-1082*AとIL10-819*Tは白人に比べると日本人に多かった。他のアジア人や白人と比べると、TNFa-308*Aは日本人で少なかった。IL10遺伝子の多型と胃がんの関連は日本人では無かった。TNFa-308*Aは体上部発生のEBV陰性胃がんで多かった。Helicobacter pylori感染との関連では、TNFa-238*GA/AAと比べるとTNFa-238*GGがPylori菌感染例で多かった。

以上の結果から、EBV関連胃がんは2種の形質、null型と胃型を示すことが多いこと、Sox2を高率に発現し、Cdx2の発現は少ないことが分かった。これらから、EBV関連胃がんは胃上皮幹細胞に近い細胞から発生し、腸上皮への分化がまれであることが分かった。組み換えEBVの感染では3種の細胞株(TMK1, MKN1, NU-GC-3)でMUC5ACのプロモータ域のメチル化亢進を引き起こすことが分かった。この実験はEBVが宿主細胞のゲノムDNAメチル化を亢進することを説明しうる。IL10とTNFaの遺伝子多型ではEBV関連胃がんの発生との関連は明らかにならなかったが、TNFa-308*AとTNFa-238*Gはピロリ菌による強い慢性炎症と発がんをより関連づけると考えられた。

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