学位論文要旨



No 122528
著者(漢字) 福田,尋光
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,ヒロミツ
標題(和) 末端に外来塩基の付加されたクローン化アデノウイルスゲノムからのウイルス生成機構の研究
標題(洋) Possible Mechanism of Adenovirus Generation from a Clened Viral Genome Tagged with Nucleotides at Its Ends
報告番号 122528
報告番号 甲22528
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2824号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 俣野,哲朗
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 助教授 堀本,泰介
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 講師 藤堂,具紀
内容要旨 要旨を表示する

 アデノウイルスは、正二十面体の安定なカプシドの中に約36kilobase(kb)の2本鎖DNAをゲノムとして持ち、エンベロープは持たないDNAウイルスである。近年、遺伝子治療等ウイルスを応用したベクター開発に伴いアデノウイルスベクターの開発も盛んに行われている。主にベクター開発進められているアデノウイルス5型(Ad5)は、細胞当たり数千コピーと極めて増殖効率が高く、粒子が安定なため、失活せずに高濃度に濃縮でき、動物個体への投与が可能という特徴を持つ。また、ベクターとして遺伝子導入が可能な宿主域は広く、あらゆる哺乳類、鳥類の細胞で高率に発現させることができ、組織としても、血球系を除くほとんどの分化、未分化組織に導入が可能である。この様にベクターとして有用性が高いことが示唆されていたが、作製が非効率であったために、汎用されるには至らなかった歴史がある。しかし、ウイルスの複製の仕組みを利用したいくつかの効率的な方法が開発され、近年では広い分野で応用されている。

 そのなかの一つである完全長ウイルスゲノム導入法は簡便な作製法として既にキット化されている。この方法は、ゲノム両末端を近傍で切断すれば、末端タンパク質(TP)をもたないクローン化した完全長ウイルスゲノムからもウイルス生成がおこるという報告をもとに開発され、完全長ウイルスゲノムの両末端に切り出し用の制限酵素サイトを付加したプラスミドあるいはコスミドを用いて、遺伝子操作によりクローニングサイトに目的遺伝子を挿入し、その後制限酵素で切り出したウイルスゲノムを293細胞に導入してベクターを作製する方法である。しかし、ゲノム末端を切断するために付加する制限酵素サイト由来の外来塩基の影響に関する詳細な検討がなかったため、切り出し用制限酵素サイトを一つ挿入したカセットのみが用いられており、目的遺伝子内にこの制限酵素サイトが存在した場合には部分切断を行うなどの煩雑さが残っていた。また特に遺伝子治療への応用を考える上では、治療用ベクターの構造解析が必要であり、切り出し用制限酵素サイト由来の外来塩基が生成したベクターのゲノム末端に存在するのかどうかという点についての解析は臨床応用において重要性が高い。

 そこで本研究ではゲノム両末端、あるいは片末端の付加塩基の長さを変えて、ウイルス生成の効率を比較するとともに、生成したウイルスの末端に付加された塩基はそのままなのか、それとも本来の構造なのかについて検討を行った。また、クローン化ゲノムからウイルスが生成してくるメカニズムとして、これまでのin vivo、in vitroの報告と矛盾しないメカニズムについて考察を加えた。

 本研究では、ゲノム内に切断点を持たない4つの制限酵素を利用し、これらの全ての、BstBI、 PacI、 ClaI、 SwaIサイト(この順番をbs、逆をsbと記載する)を持つポリリンカーが、ウイルスゲノムの両末端あるいは片末端に挿入されたウイルス作製用コスミドを構築した。そしてこれらのコスミドを各制限酵素で切断し、6cmディッシュの293細胞に遺伝子導入後、96穴プレートに播き換えを行い、マーカー遺伝子として挿入したGFPの発現を指標にGFP陽性well数として算出し、ウイルス生成効率の比較検討を行った。その結果、ウイルスゲノムに近い方からbsの向きでポリリンカーが挿入されたコスミドを用いた場合には、BstBI切断により、5'末端/3'末端に4/2塩基外来塩基が残存した場合に比べて、SwaIで24/24塩基残存した場合には約50%にGFP陽性well数が低下していた。しかし、逆向きのsbの向きで挿入されたコスミドを用いた場合には、bsと同様に残存塩基塩基数が多いほどGFP陽性well数は減少していたものの、その減少率はbsと比較して小さい傾向が認められたことから、残存塩基数の増加によりベクター生成効率は低下するものの、塩基配列や切断面の構造の影響も受けている可能性が示唆された。

 次に、残存塩基数の異なるコスミド由来のウイルスのゲノム末端構造の解析を行った。まず常法に従い、ウイルス感染293細胞から総DNAを抽出後、制限酵素切断し、アガロースゲル泳動法により両末端由来の断片のサイズを推定したところ、24塩基残存したコスミド由来のウイルスにおいても、野生株との相同組換えにより目的ベクターが生成するCOS-TPC法由来のウイルスと同じサイズのバンドが確認された。そこで、更に詳細なゲノム末端構造を調べるために、ABI社のGeneScan法を用いて解析を加えた。GeneScan法では、蛍光標識したプライマーを用いて片側PCRを行い、そのPCR産物をABI PRISM 310アナライザーを用いてサイズスタンダードと共に泳動することにより、PCR産物の塩基長をヌクレオチドレベルで解析することが可能な方法である。本研究では、2種類の異なる場所を認識する蛍光プライマーをウイルスゲノムの左末端、及び右末端側に設定し解析した。まず、ウイルス作製に用いたコスミドDNAでは、野生型ウイルス末端の塩基長に比べて、BstBIで切断したものでは4塩基、SwaIでは24塩基、想定された外来塩基長い位置にピークが検出され、本法により正確に塩基長の測定が可能であると考えられた。そこで、両末端をBstBI、SwaIで切断したコスミドから生じたウイルスクローンを用いて解析した結果、もととなったコスミドDNAとは異なり、COS-TPC法で生成したウイルスと同じ位置にピークが検出された。これらの解析から、ゲノムの両末端を切り出すために付加されていた外来塩基は、ウイルス生成の段階で正確に除去されていたと結論した。

 クローン化されたゲノムを用いてベクターが生成するための複製開始には、ウイルスゲノム5'末端に共有結合しているTPを用いたprotein-primerによる本来のウイルス複製とは違う機序を考案する必要がある。本来のウイルス複製は、TPが、ウイルス由来のDNAポリメラーゼ(Pol)と末端タンパク質前駆体(pTP)との複合体をリクルートし、pTPがデオキシシトシン(dC)と共有結合することにより開始する。この時dCはゲノム末端配列の3'-GTAGTAというリピート配列中の1番目のGではなく、4番目のGと対合し、5'-CATまで3塩基伸長反応を進める。そこでpTPと結合した5'-CATがゲノム末端に飛び移るjump backという現象が起こり、ゲノム全長の複製が始まる。また、主にin vitroでの解析から、ウイルスの複製開始点はゲノムの両末端に存在し、複製開始点が二本鎖DNAで埋もれている、すなわち複製開始点に外来塩基が付加した状態ではpTPが複製開始点を認識できないため、pTPとdCが複合体を形成できず、複製は開始しないと報告されていた。しかし、熱変性した基質においては外来塩基が付加していても複製開始点が認識されることも報告されていた。

 そこで、これらの複製の機序とは矛盾しないin vivoでのベクター生成機序についてモデルを考案した。

今回のモデル(図1)ではゲノム両末端が熱運動により揺らぎ一本鎖になったところに、導入したコスミドから発現したpTP/polの複合体がエントリーし、その後は野生型と同様の機序でウイルスゲノムの複製が行われていた結果、野生型と同じゲノムの末端構造のベクターが生成したと仮定している。付加塩基数や配列によりベクター生成数が影響を受けた結果についても、配列による末端の安定性が変わったためと考えれば、このモデルと矛盾しないと考える。本研究で、ゲノム両端を切断しない環状のコスミドでは、ベクター生成効率が著しく低下していたが、この現象も説明が可能である。

 そこで、このモデルを更に検証するために、片側の末端のみを近傍で切断し、反対側の末端には約12kbのプラスミド配列が付加したコスミドでは、ベクター生成が非効率的になると仮定して検討を行った。その結果、片側のみ切断したコスミドからは両末端を切断したものと比較して1/10程度のGFP陽性well数を示し、未切断のものと比較して予想に反し高いベクター生成効率が認められた。この結果は、上記の切断された末端からpTP/Pol複合体がエントリーする図1のモデルだけでは説明ができない。そこで、先のモデルを更に発展し、12kbの外来塩基が付加していた側の複製開始点がゲノム複製の過程で活性化されるモデルについても考察した(図2)。図2のモデルにおいて、上記の両末端切断のモデルと同様な機序で、切断された側の末端からウイルスゲノムの複製が開始し、DNAが伸長していく。しかし切断されていない末端の複製開始点は2本鎖の外来塩基に埋もれているため、DNA合成の開始はおこらないと考えられ、切断した末端からのみのDNA複製が起こる。しかしこの時、切断した末端からの複製により一本鎖は完全長のウイルスゲノムが押し出され、pTP/pol複合体のエントリーが可能になり、その結果ゲノム複製は開始されたと考えた。ベクター生成効率が、片側切断型のコスミドでは、両末端切断のものに比べ低下していた原因は、ウイルス生成までのステップが多くなったからであると考えている。

 これらの解析から、複数の制限酵素サイトが付加されていても十分なベクター生成効率が確保されることが明らかになったため、これまでの完全長ウイルスゲノム導入法のコスミドカセットに新たにもう一つの制限酵素サイトを加え、切り出し用に二つの制限酵素サイトを持つように改良した。このコスミドカセットは、高効率でベクター生成が可能な方法として知られているCOS-TPC法にも応用が可能であり有用性が高いと考えている。この新たなコスミドカセットの開発により、E1置換型ベクター作製法の開発はほぼ完了したものと考える。

図1

図2

審査要旨 要旨を表示する

本研究は遺伝子治療、基礎研究等で広く利用されているアデノウイルスベクターの作製法の一つである、目的遺伝子を組込んだ完全長のウイルスゲノムをゲノム末端で切断し293細胞に遺伝子導入し組換えウイルスを得る、完全長ウイルスゲノム導入法に用いるカセットの改良の可能性について検討を行ったものである。本研究では、完全長のクローン化アデノウイルスゲノムの末端の付加塩基数を変えてウイルスの生成効率の検討を行い、生成したウイルスの末端構造の解析を試みており、下記の結果を得ている。

1.完全長ウイルスゲノム導入法で生成したウイルスのゲノム末端構造をアガロースゲル電気泳動及び、ABI社のGeneScan法でヌクレオチドレベルでの解析を行った。その結果、ゲノム末端の付加塩基数に関わらず、付加された塩基はウイルス生成の過程で除去され、完全長ウイルスゲノム導入法で生成したウイルスの末端は、野生型の末端と同じであることが示された。

2.これまで報告された全ての制限酵素の中で、アデノウイルス内に切断点を持たない4つ全ての制限酵素サイトをゲノムの両末端に付加したコスミドを作製し、両末端に残存する付加塩基長を変えてウイルス生成効率を検討した。残存塩基の増加により、ウイルス生成効率は低下する傾向があるものの、付加塩基の配列や、切断面の影響も受ける可能性が示唆された。しかし24塩基残存していてもウイルス生成はベクター作製には十分な効率で認められた。

3.片側の末端のみを近傍で切断し、反対側の末端には約12kbのプラスミド配列が付加したゲノムでは、両末端を切断した場合に比べて大きく効率は低いものの、両末端未切断のものに比べて大きく高い効率でウイルス生成が認められた。

4.複数の制限酵素サイトが付加されていても十分なベクター生成効率が確保されることが明らかになったため、これまでの完全長ウイルスゲノム導入法のコスミドカセットに新たにもう一つの制限酵素サイトを加え、切り出し用に二つの制限酵素サイトを持つように改良を行った。このコスミドカセットは、高効率でベクター生成が可能な方法として知られているCOS-TPC法にも応用が可能である。

5.クローン化されたゲノムを用いた場合には、ウイルスゲノム両末端に付加した末端蛋白質(TP)を用いたprotein-primerによる本来のアデノウイルス複製とは違う機序でウイルス生成が開始するため、本研究で得られた結果やこれまでのアデノウイルス複製の解析と矛盾をしないin vivoでのベクター生成機序のモデルを考案した。

以上本論文は、完全長ウイルスゲノム導入法においてゲノム末端を切断するために両末端に付加した制限酵素サイト由来の外来塩基によるベクター生成効率への影響について詳細な検討を行い、本法で生成したウイルスの末端構造は野生型と同じであることを明らかにした。また、これまでのin vitro実験系での複製のモデルをin vivoにおいて高効率に再現し、クローン化ゲノムからのウイルス生成のモデルについて考察を行った。本研究は、完全長ウイルスゲノム導入法用のカセットの改良により本法の応用範囲の拡大が可能であることを示し、アデノウイルスベクター作製法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク