学位論文要旨



No 122529
著者(漢字) 松原,梓
著者(英字)
著者(カナ) マツバラ,アズサ
標題(和) 造血システムにおけるエンドムチン分子の解析
標題(洋)
報告番号 122529
報告番号 甲22529
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2825号
研究科 医学系研究科
専攻 病因病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,すみ子
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 助教授 佐藤,典治
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
内容要旨 要旨を表示する

 造血幹細胞のより効率良い純化方法の確立と、ニッシェとの相互作用による造血幹細胞活性の維持機構の解明に向けて、造血幹細胞に特異的な膜表面分子の探索が所属研究室で行われてきた。造血幹細胞分画である分化抗原陰性CD34-c-Kit+Sca-1+(CD34-KSL)細胞の遺伝子ライブラリーに対してシグナルシークエンストラップ法が用いられたところ、シグナルシークエンスを有する遺伝子、すなわち、分泌タンパクおよび膜タンパクが86分子同定された。既知の遺伝子は46分子あり、RT-PCR によりEndomucin、CLEC(c-type lectin like receptor)、PEDF(pigment epithelium-derived factor)、Serpentine の遺伝子が未分化な骨髄造血細胞に特異的に発現することが確認された。

 同定された膜表面分子の一つであるEndomucin分子は、血管内皮に発現する分子として報告されていたが、造血系での発現は知られていなかった。Endomucin mRNAはCD34-KSL 分画に特異的に発現すること、CD34類似のシアロムチンファミリーに属する分子であることから、本研究では、Endomucin分子が造血幹細胞の優れたポジティブマーカーと成り得るかを検討することを目的とした。その方法として、Endomucinのモノクローナル抗体を用いて、胎仔から成体に至る造血システムのEndomucin発現細胞を分画し、その造血能を検討した。

 成体マウスの骨髄、脾臓細胞を解析したところ、Endomucin分子は分化した血球にはほとんど発現しないが、造血前駆細胞の細胞表面に発現していることが確認された。成体骨髄、脾臓細胞ではEndomucinとGr-1、Mac-1(好中球マーカー)、B220(リンパ球前駆細胞、成熟B細胞マーカー)、CD4、CD8(T細胞マーカー)、TER119(赤芽球細胞マーカー)とを共発現する細胞はほとんど存在せず、Endomucin高発現分画ほど造血幹・前駆細胞分画であるKSL細胞を濃縮していた。また逆に、80%以上のKSL細胞がEndomucin陽性であった。KSL細胞のうち、造血幹細胞分画であるCD34-KSL細胞の約70% 、長期骨髄再建能を持たないCD34+KSL細胞の約78%にEndomucinが発現していた。これらより、Endomucin分子は分化した血球にはほとんど発現しないが、mRNAの発現とは異なり、タンパクレベルでは造血幹細胞だけでなく、前駆細胞の細胞表面にも発現することを明らかにした。ただし、CD34-KSL細胞の方がCD34+KSL細胞分画よりもEndomucinを高発現していた。

 骨髄球誘導サイトカイン存在下におけるコロニー形成実験では、KSL分画のうちEndomucin+CD34-細胞が最も高頻度でコロニーを形成し、また、この分画の細胞が最も高頻度に多分化コロニーを形成した。Endomucin発現細胞の長期骨髄再建能を調べたところ、Endomucin+CD34-KSL細胞を移植した場合にだけ移植後6ヶ月経過したマウスの末梢血にドナー細胞の寄与が認められた。また、異なるマーカーの組み合わせで分画した場合も、Lin-CD34-Endomucin+細胞の移植群にのみ骨髄再建能が認められた。これらの結果より、成体マウスにおける全ての造血幹細胞はEndomucinを発現することが示された。

 胎仔造血幹細胞についてその発生部位や時期は詳細に調べられているが、発生期を通して一貫して使用できる有用なマーカーは同定されていない。そこで、全ての成体造血幹細胞に発現するEndomucinが胎仔においても発生期の造血幹細胞の指標と成り得るのか解析した。造血が始まるE8.5では、マクロファージまたは胎仔型赤血球(EryP)より構成されるコロニーがYSから形成されるが、Endomucin、CD41、CD45の発現を解析したところ、E8.5 YSの造血分画にEndomucinの発現は認められなかった。半固形培地を用いてコロニー形成能を比較したところEryPコロニーはEndomucin- の細胞からのみ産生された。E10.5のYS においても同様にCFU-EやBFU-EはEndomucin-分画にだけ存在し、Endomucin+細胞は、他系譜の血球を含む混合コロニーを形成した。成体に生着する細胞が報告されているAGM領域では、E10.5 AGM CD41(dim) Endomucin+細胞は半固形培地でコロニーをほとんど作らず、コロニーを産生するのはCD41+Endomucin-であった。これらのコロニー形成実験より、YSおよびE10.5AGMでは、コロニー形成能を有する造血前駆細胞はEndomucin-であると結論した。ところが、OP-9ストローマ細胞とAGM 細胞との共培養実験を行い、ストローマ細胞による造血刺激を付与したところ、半固形培地ではコロニーを形成しなかったCD45-CD41(dim)Endomucin+ 細胞は38倍以上もの形成率でコロニーを形成し、顕著な増殖活性を示した。以上より、E10.5 AGM CD45- CD41(dim) Endomucin+細胞はコロニーを形成する能力を得るためにストローマなどからの刺激を必要とする、より未分化な造血細胞であると考えた。E11.5 AGM ではCD45+細胞が高い造血活性を示し、Endomucin+細胞は半固形培地でも、OP-9 共培養系でも高い造血能を示した。発生期の胎仔内胚葉系のモデルとなるES細胞由来の胚葉体においてもCD41(dim) Endomucin+細胞はOP-9上で高い造血能を示した。

 成体マウスをレシピエントとしてEndomucinで分画した胎仔AGM 細胞の造血幹細胞活性を調べたところ、E10.5 AGM ではCD45- CD41+Endomucin+細胞、E11.5 AGMではCD45+Endomucin+細胞のみが長期骨髄生着能を示し、その他の分画は全く生着しなかった。E10.5 AGMのCD45-CD41+ Endomucin+細胞はB 細胞優位の不完全な造血能をしめしたが、E11.5のCD45+Endomucin+細胞は多系譜に寄与した。これらの結果より、AGMにおいて成体骨髄に生着する全ての細胞がEndomucinを発現することが明らかとなった。

 さらに、E10.5 AGMの造血関連遺伝子の発現プロファイルから、E10.5 AGMのCD45-CD41+Endomucin+分画には発生途中の造血幹細胞が存在し、CD45-CD41+Endomucin-分画には赤血球系譜に分化した細胞が含まれることが示唆された。CD41+Endomucin+細胞は、c-KitとCD34を発現していたが、CD41+Endomucin-細胞における発現は顕著に低かった。また、CD45-CD41+Endomucin+細胞は、造血幹細胞の発生に重要と考えられるSCL、Runx-1、GATA-2を高発現しており、CD45- CD41+Endomucin-細胞は赤血球系譜に分化決定した細胞に発現が見られるGATA-1が高発現していた。

 これらの知見より、私は造血幹細胞の発生過程について次のような仮説を考えた。造血幹細胞はまず、血管の一部に存在すると考えられる特別な内皮細胞からCD41+細胞として分岐する。CD41+細胞のうち、Endomucin-細胞は胎仔初期の造血を支える赤芽球細胞であり、Endomucin+細胞は造血幹細胞となる前段階の細胞である。この時点ではまだCD45-であるが、何らかの刺激によって成熟し、CD45を発現するとともに、成体型造血幹細胞に匹敵する能力をもつ細胞に変化する。そして、この時期から形成され始める骨髄にホーミングして、成体マウスの造血を支えるようになる。この仮説を証明するためには、発生過程を擬似する実験系の確立が必要である。

 本研究ではEndomucinの機能を直接明らかにすることはできなかったが、それを示唆する知見が得られた。OP-9ストローマ細胞とAGM 細胞の共培養実験ではOP-9ストローマ細胞の下に潜り込んでいる細胞がクラスターを形成して増殖している部分が観察され、細胞表面の片側にEndomucinが集積していた。また、成体CD34-KSL細胞では、SCF+TPOで30分刺激するとEndomucinの集積がみられた。同じシアロムチンファミリーに属するCD43でも同様の知見が報告されていることから、造血幹細胞とニッシェ細胞との接点の対極にEndomucinが集積し、このことによって分化シグナルの伝達、あるいは抑制、または造血幹細胞の免疫寛容を獲得しているのではないだろうか。

 本研究により、Endomucinはマウスの発生時期を通して有用な造血幹細胞マーカーであることが明らかとなり、また、造血幹細胞の発生過程を探る上で造血幹細胞の前駆細胞と考えられるCD45-CD41+Endomucin+分画を見出した。さらに、ニッシェにおける造血幹細胞の分化または維持にEndomucinの集積が関わることが示された。Endomucinを指標に用いることによって、造血システムの発生過程、およびニッシェとの相互作用がより明らかとなっていくことが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は造血幹細胞の新規膜表面分子を同定するため、造血幹細胞遺伝子ライブラリーより得られていた候補遺伝子Endomucinに着目し、マウス成体および胎仔、ES細胞においてコロニー形成実験系、ストローマ細胞共培養実験系、骨髄移植実験系を用いてEndomucin発現細胞の造血能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.抗Endomucinモノクローナル抗体(V7C7)と主な分化抗原マーカー抗体を用いて、成体の造血組織である骨髄、脾臓細胞についてFluorescent Activated Cell Sorter(FACS)を用いて解析し、骨髄の0.33%がB220+Endomucin+、0.46%がMac-1(low)Endomucin+、脾臓の1.1% がB220+Endomucin+であった。短期骨髄再建能を有する造血前駆細胞はMac-1弱陽性であることから、Endomucin分子は骨髄の分化細胞にはほとんど発現しないことが示された。

2.成体骨髄の分化抗原(Lin)陰性分画についてEndomucinの発現強度に応じて細胞を分画し、造血前駆細胞マーカーであるc-KitとSca-1の発現についてFACSで調べたところ、Endomucinを最も多く発現する分画ほどLin-c-Kit+Sca-1+(KSL)細胞を濃縮していることが示された。また、造血幹細胞分画であるCD34-KSL細胞の約70%がEndomucin抗体で強く染色され、未分化な造血細胞にEndomucin分子が高発現することが示された。

3.成体骨髄のKSL細胞について骨髄球系誘導サイトカイン存在下で培養してコロニーを形成させた結果、多分化系譜の細胞を産生する能力をもつ細胞は造血幹細胞分画のEndomucin+細胞であることが示された。また、骨髄移植実験により、造血幹細胞分画の中ではEndomucin+細胞だけが、Lin-CD34-の中ではEndomucin+細胞だけが造血幹細胞活性を示し、成体骨髄に存在する全ての造血幹細胞がEndomucin分子を発現することを明らかにした。

4.マウス発生初期の胎齢8.5日(E8.5)の卵黄嚢(YS)では、サイトカインを用いた血球誘導系でEndomucin+細胞は血球コロニーを産生しないことを示した。同時に、この時期にサイトカイン刺激のみで血球コロニーを産生し得るのはCD41+Endomucin-細胞であり、そのほとんどが胎仔型赤血球であることを示した。また、発生中期のE10.5 YS CD41+Endomucin+細胞は多分化系譜を含む血球コロニーを産生することを示した。これらから、胎仔期のEndomucin+細胞は特定の血球系譜に特化した細胞ではないという結論を導いた。

5.造血幹細胞が検出されるマウス発生中期(E10.5、E11.5)の大動脈‐生殖隆起‐中腎(AGM)領域の細胞についてサイトカイン刺激およびストローマ細胞共培養により血球産生を誘導した結果、Endomucin+細胞はストローマ刺激により顕著な増殖能を示し、逆にサイトカイン刺激で血球を産生したEndomucin-細胞は増殖性を示さないことを明らかにした。これらの結果から胎仔期におけるEndomucin+細胞は高い造血能を有する未分化な細胞であるという結論を導いた。ES細胞から内胚葉へ誘導した胚様体においても同様の結果を示した。また、高い造血能を示す細胞はE10.5 AGMではCD45-であり、E11.5 AGMではCD45+であることも明らかにした。

6.E10.5、E11.5 AGMについて骨髄移植実験により造血幹細胞活性を調べ、ストローマ共培養実験でそれぞれ高い造血能を示した分画にのみ、骨髄再構築能を有する細胞が含まれることを示した。ただし、E10.5 AGMの細胞は再構築の寄与率が低く、E11.5 AGMや成体造血幹細胞と質的に異なることから、造血幹細胞の前駆細胞が存在するという新たな仮説を導いた。

 以上、本論文はマウス成体および胎仔期のEndomucin発現細胞の解析から、発生期を通して全ての造血幹細胞がEndomucin分子を発現することを明らかにした。これにより、これまでなかった発生過程を通して有用な造血幹細胞マーカーが同定された。胎仔AGM細胞を分画し、造血幹細胞活性の解析は世界でも初めての試みであり、本研究の結果は造血幹細胞の発生過程解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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