学位論文要旨



No 122531
著者(漢字) 水谷,龍明
著者(英字)
著者(カナ) ミズタニ,タツアキ
標題(和) 転写因子IRF-2による造血系細胞分化の調節機構
標題(洋)
報告番号 122531
報告番号 甲22531
学位授与日 2007.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2827号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 助教授 大海,忍
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、I型インターフェロン(I型IFN)シグナルを負に調節する転写因子IRF-2の遺伝子欠損マウスの解析を通じて、I型IFNによる造血系細胞の分化抑制現象及びその分子メカニズムを解析したものである。本研究により、造血系細胞の分化にI型IFNシグナルが負に働くことが示されると同時に、転写因子IRF-2の造血系細胞分化における重要性が明らかとなった。

1. Irf2(-/-)マウスにおける樹状細胞分化異常

 IRF-2はI型IFNシグナルの負の制御因子である。近年、樹状細胞の機能制御にI型IFNシグナルが重要な役割をもつことが示されており、I型IFNシグナルを調節する転写因子IRFファミリーの樹状細胞における役割も注目されている。そこで、IRFファミリーの中でも、負の調節因子であるIRF-2に注目し、Irf2(-/-)マウスの解析を行った。

 はじめに、Irf2(-/-)マウス脾臓の免疫組織染色ならびにFACS解析から、樹状細胞数が野生型に比べて減少していることが見出された。Irf2(-/-)マウスの脾臓及び骨髄を用い、詳細なFACS解析を行ったところ、Myeloid 樹状細胞:CD11c陽性、CD11b陽性、CD8α陰性細胞の分化が抑制されていることがわかった。この樹状細胞分化の異常は、in vitroの培養系においても観察され、Irf2(-/-)マウス由来骨髄細胞では正常な樹状細胞への分化誘導が起こらなかった。また、この時の培養系においてmRNAの誘導をreal time RT-PCRで解析したところ、Irf2(-/-)マウス由来の骨髄細胞において、I型IFN及びI型IFN誘導遺伝子の発現が野生型マウスに比べ高いレベルで検出された。さらに、野生型マウス由来骨髄細胞を用いて、培養上清中にI型IFNを加えた状態で同様の実験を行った場合、I型IFN濃度依存的に樹状細胞の分化が抑制された。これらの結果から、Irf2(-/-)マウスにおける樹状細胞分化の異常は、過剰なI型IFNシグナルにより引き起こされていると推察された。実際に、IFN受容体1(Ifnar1)遺伝子欠損マウスを利用して、Irf2(-/-)/Ifnar1(-/-)マウスを作成したところ、樹状細胞分化は正常に回復した。

 以上より、Irf2(-/-)マウスにおける樹状細胞分化異常は、I型IFNシグナル依存的に引き起こされていることが示された。

2. Irf2(-/-)マウスにおける赤血球分化異常

 I型IFNは、抗ウイルス、抗がん作用を持つことから、それらに対する治療に用いられているが、副作用として骨髄系細胞の増殖を抑制してしまう働きをもつため、貧血症状が引き起こされることが以前より知られていた。このようなI型IFNによる骨髄抑制効果は治療の妨げとなるが、その分子メカニズムには不明な点が多かった。そこで、定常的にI型IFNシグナルが強く入力されているIrf2(-/-)マウスにおける樹状細胞分化異常マウスを用いて、I型IFN依存的貧血症状の分子メカニズムを解析した。

 はじめに、Irf2(-/-)マウスにおける樹状細胞分化異常マウスの末梢血の血球算定を行ったところ、赤血球数の減少が見られ、正球性正色素性貧血に分類される定常的貧血症状が確認された。次に、Irf2(-/-)マウスにおける樹状細胞分化異常マウスの骨髄中の赤芽球分布をFACS解析したところ、Ter119陽性, CD71陰性の成熟赤血球が減弱しており、前赤芽球ならびに赤芽球から成熟赤血球への分化移行段階が抑制されていることが示唆された。また、定常状態のIrf2(-/-)マウスにおける樹状細胞分化異常マウス骨髄細胞のmRNA発現プロファイルを解析したところ、IFN-βやI型IFN誘導遺伝子の発現が野生型に比べて異常に高い一方で、Bcl-xLの発現が野生型に比べて抑制されていることがわかった。Bcl-xLは、赤芽球分化において重要な役割を持つ生存因子の一つである。確かに、定常状態におけるIrf2(-/-)マウス赤血球系細胞のアポトーシスを解析したところ、野生型に比べてIrf2(-/-)赤血球系細胞において高頻度のアポトーシスが検出されたことから、Bcl-xLの発現低下によるアポトーシス誘導が赤血球分化抑制につながると推察された。さらに、野生型骨髄細胞を用いてI型IFNによりBcl-xL発現が直接的に抑制されるのかを検討したところ、EPO依存的に発現誘導されるBcl-xLのmRNA発現レベルは、外部よりI型IFNを添加することで強力に抑制された。一方で、Ifnar1(-/-)マウスにおいては抹消血中の赤血球数及び骨髄内成熟赤血球数が野生型に比べて増加しており、さらには、Irf2(-/-)/Ifnar1(-/-)とすることで、Irf2(-/-)マウスに見られる赤芽球分布異常、Bcl-xL mRNA誘導の減弱、赤血球系細胞のアポトーシスの亢進のいずれの現象も正常に回復された。これらの結果から、Irf2(-/-)マウスにおける赤血球分化抑制現象は、I型IFNシグナルに依存しており、さらに、I型IFN によるBcl-xLの発現抑制に起因することが強く示唆された。

 本研究からIrf2(-/-)マウスにおいて、I型IFNシグナル依存的に造血系細胞の分化・増殖抑制が起こることが示され、IRF-2の構成的I型IFNシグナルに対する負の制御が造血系細胞の分化・増殖に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、IFN-α/β(I型IFN)シグナルの負の調節因子である転写因子IFN regulatory factor-2(IRF-2)に着目し、Irf2遺伝子欠損マウスを用いて、I型IFNシグナルの造血系細胞分化に及ぼす影響を検討し、特に樹状細胞と赤血球の分化・増殖過程について解析したところ、下記の結果を得ている。

 1. IRF-2欠損マウスを用い、骨髄及び脾臓細胞をFACS解析したところ、骨髄及び脾臓におけるミエロイド樹状細胞(CD11c+ MHCclassII+ CD8a- 細胞)に特異的な分化抑制が示された。

 2. IRF-2欠損骨髄細胞を用いて骨髄移植実験を試みたところ、上記1.と同様にミエロイド樹状細胞の分化が抑制され、IRF-2欠損骨髄細胞のin vitro培養実験においても樹状細胞の分化・増殖が抑制され、IRF-2欠損骨髄細胞自身による異常が示唆された。

 3. IRF-2欠損骨髄細胞のin vitro培養実験において、異常なI型IFNシグナルが検出された。そこでIRF-2/IFNAR1(I型IFN受容体1)両欠損マウスを作成し、樹状細胞分化を解析したところ、正常状態に回復したので、I型IFNシグナルによる樹状細胞分化抑制が示唆された。

 4. IRF-2欠損マウスを用い、抹消血中赤血球数を測定したところ、正球性正色素性貧血であることが示され、FACS解析から赤芽球の分化段階でアポトーシスの亢進による分化・増殖抑制が起こっていることが示された。

 5. IFNAR1欠損マウスの抹消血中赤血球数が多血であることや、骨髄内における赤芽球の増加が検出されたので、IRF-2/IFNAR1両欠損マウスを作成し、赤血球分化を解析したところ、貧血症状が回復した。従って、I型IFNシグナルによる赤芽球分化抑制が示唆された。

 6. 野生型骨髄細胞のエリスロポエチン(Epo)添加による赤芽球増殖を誘導する実験において、I型IFNを加えると、Bcl-xLの発現が抑制されることが示された。IRF-2欠損骨髄細胞においてもBcl-xLの発現が低下していることが示されたところから、I型IFNシグナルによってEpo依存的Bcl-xLの発現が抑制されアポトーシスが亢進し、赤芽球の分化・増殖を抑制していることが示唆された。

 以上、本論文はIRF-2によるI型IFNシグナルの負の調節が、ミエロイド樹状細胞や赤血球の分化・増殖に重要であることが示された。赤血球分化抑制においては、I型IFNシグナルによるBcl-xLの発現抑制の存在を明らかにし、これまで未知であった赤血球分化におけるI型IFNシグナルの役割を明らかにした。本研究は造血細胞の分化・増殖システムの理解を深めるための分子基盤として重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク