学位論文要旨



No 122534
著者(漢字) 山口,高志
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,タカシ
標題(和) Cre/loxP遺伝子組換えによりSV40 tsA58 Large T抗原が発現するトランスジェニックマウスの作成とその応用
標題(洋)
報告番号 122534
報告番号 甲22534
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2830号
研究科 医学系研究科
専攻 病因病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 講師 梁,幾勇
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

 組織の違いによる血管内皮細胞の性質の違いを明らかにするため、組織別の血管内皮細胞の簡便な培養システムが求められている。またリンパ管内皮細胞おいては、その培養自体が非常に難しいことが知られている。

 どの臓器のどんなに小さな組織からでも血管・リンパ管内皮細胞を簡便に培養するためには、不死化している事が有利であり、人工的な不死化の方法としてSV40由来のlarge T抗原(T Ag)および、その温度感受性変異体tsA58 T Agを発現させる方法が知られている。さらなる効率的な不死化細胞獲得をめざし、tsA58 T Agを発現させるトランスジェニックマウスの作成の試みもなされたが、たとえ温度感受性変異体tsA58 T Agを使用したとしても、in vivoではその機能が完全に抑制されることなく、腫瘍形成や発生異常が引き起こされるため、新たなトランスジェニックマウスラインの作成や維持に支障がある事が知られている。

 以上の背景から、単独ではtsA58 T Ag発現が完全に抑制され、必要に応じてその発現が誘導されるトランスジェニックマウスを作成する事、および、同トランスジェニックマウスを使用して、in vivoでの性質をよく保存し、簡便かつ安定的な臓器・組織別の血管・リンパ管内皮細胞の供給・培養システムを確立することを目的とし、本研究を開始した。

方法と結果

 まず、次のようなトランスジーンを作成した。ユビキタスに発現させることのできるプロモーターとしてCAGプロモーターを使用し、その下流に、2つのloxP配列に挟まれたβgeo cDNA およびBGH polyAシグナル配列をスタッファーとして接続し、さらにその下流にtsA58 T Ag cDNAおよびPGK polyAシグナル配列を接続した。

 このトランスジーンを用いてトランスジェニックマウスを作出した(名称T26トランスジェニックマウス)。T26トランスジェニックマウスにおいては、スタッファーのβgeoのみが発現し、tsA58 T Agは発現しないため、発生および繁殖には問題がなかった。ここで血管・リンパ管内皮細胞特異的にCreを発現するトランスジェニックマウスとしてTie-2-Creトランスジェニックマウスを準備し(米国・ジャクソンラボラトリーより導入)、T26トランスジェニックマウスと交配した。このようにして作出されたT26/Tie-2-Creダブルトランスジェニックマウスにおいては、全身の血管・リンパ管内皮細胞特異的にCre/loxP組換えが起き、それに伴う血管・リンパ管内皮細胞特異的tsA58 T Agの発現誘導が組織切片における免疫染色によって確認された。

 T26/Tie-2-Creダブルトランスジェニックマウスの血管・リンパ管内皮細胞におけるtsA58 T Ag発現の特異性が高かったため、組織を酵素処理し培養を続けるだけで、選択的にtsA58 T Ag陽性の内皮細胞が増殖するものと考えた。そこで、組織を採取後、コラゲナーゼ処理を行い、33℃(tsA58 T Agの活性化する温度)で20-30日培養を行ったところ、tsA58 T Ag陽性の細胞が選択的に増殖してきた。その後、これらのtsA58 T Ag陽性の不死化細胞集団の中に多くの血管またはリンパ管内皮細胞が含まれることを、血管・リンパ管内皮細胞特異的に発現する遺伝子に対するRT-PCRと免疫染色によって確かめた。これらの不死化血管・リンパ管内皮細胞集団から、リンパ管内皮細胞を分離培養するべくLyve-1を対象としたMACSを行った。MACSによるLyve-1陽性の細胞集団は、免疫染色及びウェスタンブロッティングによってリンパ管内皮細胞が濃縮されている事が確認された。同不死化リンパ管内皮細胞集団に発現するVEGFR-3はVEGF-Cに応答し、その細胞内チロシン残基がリン酸化され、細胞内にシグナル伝達が起きていることをMAPKのリン酸化をもって確認した。

T26トランスジェニックマウスの血管・リンパ管内皮細胞以外への応用の可能性を検討するため、CAG-Creトランスジェニックマウスと交配し、全身でCre/loxP遺伝子組換えが起きたT26/CAG-Creダブルトランスジェニックマウスを作成した。同ダブルトランスジェニックマウス16.5-18.5日胚の組織切片を用いtsA58 T Agに対する免疫染色をしたところ、広範囲の組織においてtsA58 T Agの発現が確認された。

まとめ

 (1)Cre/loxP遺伝子組換えによりtsA58 T Agが発現するトランスジェニックマウス(T26トランスジェニックマウス)を作成した。

 (2)T26/Tie-2-Creダブルトランスジェニックマウスにおいて、血管・リンパ管内皮細胞特異的なtsA58 T Agの発現誘導に成功した。

 (3)T26/Tie-2-Creダブルトランスジェニックマウスの組織片から、in vivoの性質をよく保った不死化血管・リンパ管内皮細胞の簡便な培養法を確立した。

 (4)これらの不死化血管・リンパ管内皮細胞集団の両者をMACSを用いて分離することができた。また分離された不死化リンパ管内皮細胞に発現するVEGFR-3は、VEGF-Cに応答し、細胞内チロシン残基がリン酸化された。

 (5)T26/CAG-Creダブルトランスジェニックマウスの広範囲の組織において、tsA58 T Agの発現が確認された。このことから、さまざまなCre発現トランスジェニックマウスと組み合わせることで、さまざまな組織・細胞における特異的なtsA58 T Agの発現を誘導し、さらにそれらを簡便に培養化できる可能性が考えられる。

結語

 (1)単独のトランスジェニックマウスラインにおいてはtsA58 T Ag発現が完全に抑制され、必要に応じて目的の組織・細胞でtsA58 T Agの発現が誘導されるトランスジェニックマウスの作成に成功した。

 (2)そのトランスジェニックマウスを使用して、in vivoでの性質をよく保存し、かつ簡便で安定的な臓器・組織別の血管・リンパ管内皮細胞の供給・培養システムを確立した。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、マウスにおける効率的な血管・リンパ管内皮細胞の培養システムの確立を目指し、以下の結果を得ている。

 1. Cre/loxP遺伝子組換えにより温度感受性SV40 tsA58 large T抗原(以下tsA58 T Ag)の発現が誘導されるトランスジェニックマウス(T26トランスジェニックマウス)を樹立した。T26トランスジェニックマウスの発生・生存性・繁殖能力などには問題は認められず、安定したマウスの供給を実現している。

 2. T26トランスジェニックマウスと、血管・リンパ管内皮細胞でCreが発現するTie-2-Creトランスジェニックマウスを交配することで得られるT26/Tie-2-Creダブルトランスジェニックマウスの組織において、血管・リンパ管内皮細胞に特異性の高いtsA58 T Agの発現が誘導されていることが示された。

 3. 同T26/Tie-2-Creダブルトランスジェニックマウスの組織を採取した後、酵素処理およびtsA58 T Agの活性が高くなる温度の33℃で培養を行うだけで、特別なソーティングすることなく不死化血管・リンパ管内皮細胞集団が選択的に増殖するなど、極めて簡便な内皮細胞獲得システムを確立している。

 4. この選択的に増殖してきた不死化血管・リンパ管内皮細胞から、リンパ管内皮細胞マーカーのひとつであるLyve-1を対象としたMACSを用いて、両者を分離する事が可能であることが示された。この分離された不死化リンパ管内皮細胞に発現する内在性VEGFR-3はVEGF-Cに応答し、細胞内チロシン残基がリン酸化され、さらに細胞内にシグナルが伝達されている事がMAPKのリン酸化の検出をもって確認された。

 5. T26トランスジェニックマウスと、受精卵の段階でCre/loxP遺伝子組換えを引き起こすことのできるCAG-Creトランスジェニックマウスを交配することで得られるT26/CAG-Creダブルトランスジェニックマウスでは、広範囲の組織におけるtsA58 T Ag発現誘導が確認された。このことは、今後、さまざまなCre発現トランスジェニックマウスを組み合わせることで、さまざまな部位・時期特異的tsA58 T Ag発現トランスジェニックマウスを簡便に作成できる可能性を示している。

 以上本論文は、単独のT26トランスジェニックマウスではtsA58 T Ag発現が完全に抑制されているが、Cre発現トランスジェニックマウスとの交配によって、必要に応じて目的の組織・細胞でtsA58 T Agの発現が誘導されるトランスジェニックマウスの作成に成功しており、その応用として、in vivoでの性質をよく保存し、かつ簡便で安定的な臓器・組織別の血管・リンパ管内皮細胞の供給・培養システムを確立している。本研究は、今後の血管・リンパ管内皮細胞のin vitroにおける研究に重要な貢献をなすものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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