学位論文要旨



No 122536
著者(漢字) 山本,誠士
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,セイジ
標題(和) 中枢神経系における血管発生および神経幹細胞の生存・維持に関するFRS2α変異体マウスを用いた中枢神経発生の研究
標題(洋)
報告番号 122536
報告番号 甲22536
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2832号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 特任助教授 河崎,洋志
 東京大学 客員助教授 小山,博之
 東京大学 講師 高岡,晃教
内容要旨 要旨を表示する

I. 神経幹細胞の生存・維持に関するFRS2α変異体マウスを用いた中枢神経発生の研究

 哺乳類の神経発生は非常に複雑な過程を経ておこる。中枢神経系における皮質の層構造形成は、神経幹細胞および神経前駆細胞の増殖、分化、至適な部位への移動によって制御されている。近年、subventricular zone(SVZ)において神経発生が起こることが報告されているが、過去における理解では、SVZはグリア細胞が増殖する部位であるとされていた。Ventricular zone(VZ)に存在する放射状グリア細胞(神経幹細胞とされている)が非対称分裂を行い1個のintermediate progenitor細胞と自己複製可能な1個の放射状グリア細胞を生み出した後、intermediate progenitor細胞はSVZに移動し、神経のみを産生することが証明された。しかしながら、放射状グリア細胞、intermediate progenitor細胞の調節機構や層構造への寄与における分子メカニズムは、いまだ明らかにされていない。

 ドッキング蛋白質であるFRS2αは、FGFシグナルまたはneurotrophinシグナルの中心的なメディエーターとして知られている。FGF等のリガンドからの刺激以降、FRS2αを介するシグナル伝達は、アダプター蛋白質であるGrb2やチロシンフォスファターゼのShp2をリクルートすることによって細胞に増殖、分化などの多面的な作用を及ぼすことが知られている。

 本研究では、FRS2αのShp2結合部位に存在するチロシン残基をフェニルアラニンに置換したFrs2α(2F/2F)変異体マウスを用い、FRS2αが中枢神経系の発生過程における神経分化、神経幹細胞維持にどのような役割を果たしているのかを解析した。マウス神経発生過程の分子生物学的手法を用いた解析の結果、神経細胞、グリア細胞の増殖および発達にFRS2αが強く関与していることが明らかになった。すなわち、Frs2α(2F/2F)変異体マウスは野生型マウスと比較し、脳の層構造が薄く疎であり、明らかに神経発生に強い障害が認められた。また、Frs2α(2F/2F)変異体マウスおよび野生型マウスの神経幹細胞および前駆細胞(neural stem/progenitor cells; NSPCs)からprimary neurospheres形成能を解析した結果、Frs2α(2F/2F)変異体マウスのprimary neurospheres形成能は野生型と比較し有意に低下しており、増殖能も弱いことが明らかになった。Intermediate progenitor細胞を特異的に検出する抗体を用いた免疫染色の結果、胎生14.5日(E14.5)のFrs2α(2F/2F)変異体マウス脳では野生型マウスと比較してintermediate progenitor細胞が有意に減少しており、明らかにintermediate progenitor細胞の維持が正常にできていないことが示された。また、primary neurospheresの分化試験において、Frs2α(2F/2F)変異体マウスは神経細胞またはグリア細胞への分化は野生型マウスと同様におこるものの、形態の異常や遊走能の異常が観察された。従って、FRS2αはintermediate progenitor細胞の維持に不可欠であり、NSPCsの増殖・分化において非常に重要な因子のひとつであることが明らかになった。

II. 中枢神経系の血管発生の研究

 血管系は、複数の分子の相互作用が時期特異的または部位特異的におこり、多段階の過程を経て構築されることが明らかになっている。形態形成初期に、造血系細胞と血管内皮細胞の共通の幹細胞であるヘマンジオブラストが血球および血管内皮細胞に分化して原始血管叢を形成する脈管形成がおこる。次に、VEGFなどの血管新生刺激に対して、発芽、分枝、融合、嵌入、退縮などの応答がおこる血管新生という過程を経る。この時期には管径の変化、動静脈分化、壁細胞(血管平滑筋細胞およびペリサイト)のリクルートがはじまり血管系の基本形が完成され、これをリモデリングとよんでいる。

 近年、末梢神経の発生と動脈分化が、血管の形成に非常に重要な分子であるVEGFのシグナルによって制御されている可能性が報告された。解剖学的にも神経系と血管系は主要な部位で平走しており、互いに密接な関係があると考えられる。従って、血管発生と神経発生は相互作用を及ぼしながら、時に同一の分子群によって制御されて進行していると考えられる。

 中枢神経系の血管発生は、脳の層構造が形成される時期とほぼ同時期に開始する。マウスの妊娠10.5日の胚(E10.5)から妊娠12.5日の胚(E12.5)にかけて脳表面の血管網形成後、脳表面の血管網から垂直に層構造形成中の脳へ血管が進入し、脳のある領域に達したときに血管が分岐を開始し血管網を形成するとされるが、その分子メカニズムに関する知見はごく僅かである。

 脳血管は他の組織の血管とは異なり、血液脳関門(BBB)とよばれる特殊な構造を有することが知られている。BBBは血管内皮細胞同士が全周性のタイトジャンクションで緊密に結合し、血液から脳内への物質移行を制限している。近年の理解では、グリア細胞と血管内皮細胞との相互作用によって、血管内皮細胞のタイトジャンクション形成が誘導されると考えられている。一方では、脳血管に存在するペリサイトが、血管内皮細胞のタイトジャンクション形成を促し、微小血管の血圧の制御を行うとされている。また、BBBのバリア形成において、ペリサイト数と血管のカバー率が重要であるとの見解がある。一般的に、ペリサイトは血管周囲の結合組織に存在する未熟な間葉系細胞から発生するとされる。しかしながら、中枢神経系の発生過程におけるペリサイトのリクルートや脳血管への定着過程の詳細は未だ明らかにされていない。そこで、マウス形態形成期の中枢神経系における血管発生を詳細に観察し、血管網形成に関与する細胞群の性質を明らかにすることを目的として研究を行った。

 本研究によって、脳血管が劇的に形成されるE10.5の脳において、血管の形成領域に偏在してCD31陽性F4/80陽性細胞の存在が確認された。その細胞は、血管形成領域にて、血管の方向性を決定することに関与しているようにみえ、一部の細胞は血管分岐点などに結合しており、ペリサイトの存在部位に類似していることが明らかになった。より詳細に観察したところ、CD31陽性F4/80陽性細胞は多核または細胞の集合体であることが明らかになった。また、in vitroにおける培養の結果、CD31陽性F4/80陽性細胞はペリサイトのマーカーを発現することが明らかになった。本研究で見出されたCD31陽性F4/80陽性細胞が、脳血管のペリサイトの少なくともその一部の起源であるとすれば、macrophage系マーカーを発現し、多核または細胞集団という特徴より、新しい知見であり非常に興味をそそられる内容である。今後更に詳細に検討を重ね、CD31陽性F4/80陽性細胞の性状を明らかにしたい。

審査要旨 要旨を表示する

 中枢神経発生領域では、FGF-FGFRシステム下流で活性化されるFRS2αのShp2結合部位に存在するチロシン残基をフェニルアラニンに置換したFrs2α(2F/2F)変異体マウスを用い、FRS2αを介したシグナルが中枢神経系の発生過程における神経分化、神経幹細胞の維持にどのような役割を果たしているのかを解析した。Frs2α(2F/2F)変異体マウスは野生型マウスと比較し、脳の層構造が薄く疎であり、明らかに神経発生に強い障害が認められ、Frs2α(2F/2F)変異体マウスおよび野生型マウスの神経幹細胞および神経前駆細胞(neural stem/progenitor cells; NSPCs)からprimary neurospheres形成能を解析した結果、Frs2α(2F/2F)変異体マウスのprimary neurospheres形成能は野生型と比較し有意に低下しており、増殖能も弱いことが明らかになった。Intermediate progenitor細胞を特異的に検出する抗体を用いた免疫染色の結果、胎生14.5日(E14.5)のFrs2α(2F/2F)変異体マウス脳では野生型マウスと比較してintermediate progenitor細胞が有意に減少しており、明らかにintermediate progenitor細胞の維持が正常にできていないことが示された。また、primary neurospheresの分化試験において、Frs2α(2F/2F)変異体マウスは神経細胞またはグリア細胞への分化は野生型マウスと同様におこるものの、形態の異常や遊走能の異常が観察された。従って、FRS2αを介したシグナルは中枢神経系発生過程においてintermediate progenitor細胞の維持に不可欠であり、NSPCsの正常な増殖・分化において非常に重要な因子であると考えられる。

 血管発生領域では、脳血管が劇的に形成されるE10.5の脳において、血管の形成領域に偏在してCD31陽性F4/80陽性NG2陽性細胞の存在が確認された。その細胞は、血管形成領域にて、血管の方向性を決定することに関与しているようにみえ、一部の細胞は血管分岐点などに結合しており、ペリサイトの存在部位に類似していることが明らかになった。より詳細に観察したところ、CD31陽性F4/80陽性NG2陽性細胞は多核または細胞の集合体であることが明らかになった。op/opマウス中脳の解析では、CD31陽性F4/80陽性NG2陽性細胞が激減しており、vascular ridgeではペリサイトのカバー率が野生型マウスと比較して有意に低いことが明らかになった。本研究で見出されたCD31陽性F4/80陽性NG2陽性細胞が、脳血管のペリサイトの少なくともその一部の起源であるとすれば、CD31、F4/80(macrophage系マーカー)という血球系マーカーを発現し、多核または細胞集団という特徴より、ペリサイトの新しい起源を提唱することとなり、血管発生学的にも細胞生物学的にも非常に興味深い結果であることが示された。

 以上、本論文は中枢神経系における神経発生および神経幹細胞の維持機構と、中枢神経系における血管発生という異なる分野においてそれぞれ新しい知見を見出した。中枢神経系領域ではFRS2αを介したシグナルの重要性を明らかにし、血管発生領域ではペリサイトの新しい起源を提唱している。これら2つの異なる領域からのアプローチにより、個体発生における中枢神経系の発生の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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