学位論文要旨



No 122538
著者(漢字) 力丸,晃子
著者(英字)
著者(カナ) リキマル,アキコ
標題(和) β-ガラクトシダーゼを利用したMT4-MMP/MMP-17 in vivo発現の効率的追跡システムを持つ遺伝子変換マウスの作製及びその解析
標題(洋)
報告番号 122538
報告番号 甲22538
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2834号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 真鍋,俊也
 東京大学 教授 渡辺,すみ子
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 助教授 大海,忍
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
内容要旨 要旨を表示する

 多細胞生物の組織の骨格は主に細胞及び細胞外基質(extracellular matrix; ECM)により構築されており、発生段階における組織構築、あるいは成熟固体における組織リモデリングの際にはこれらのECMの再構成が必要である。マトリックスメタロプロテアーゼ(matrix metalloproteinase; MMP)は活性中心にZn2+を有するECM分解酵素であり、この組織再構成において重要な役割を担っている。一方、MMPは、癌細胞の浸潤・転移の過程、関節炎、動脈硬化、神経疾患などのさまざまな病的な組織の再構成にも関与していることが知られており、治療上の標的分子として重要視されている。

 膜型MMP(MT-MMP)は現在のところ、6種類(MT1-MMP, MT2-MMP, MT3-MMP, MT4-MMP, MT5-MMP, MT6-MMP)同定されている。それぞれ組織分布が異なるなどの特徴を有しているが、MT1-MMP以外については、具体的な機能については不明な点が多い。

 膜型MMP4(membrane-type 4 matrix metalloproteinase, MT4-MMP/MMP-17)は、1996年、Puenteらによりヒト乳がん細胞株から単離された膜型プロテアーゼとして報告された。当時、報告されたcDNAはシグナルペプチド配列をコードしていない不完全長cDNAだったが、1999年、当研究室で、5'RACE(rapid amplification of cDNA ends)法を用いてシグナルペプチド配列を含む完全長cDNAを単離することに成功し、これにより生化学的あるいは生理的機能の解析が可能となった。MT4-MMPは他のMT-MMPとは異なった性質をいくつか有していることが報告されている。まず、膜結合様式に関して、MT1-MMP、MT2-MMP、MT3-MMP、そしてMT5-MMPが膜貫通領域と短い細胞質尾部を持つI型膜貫通型の膜たんぱく質であるのに対し、MT4-MMPとMT6-MMPはglycosyl-phosphatidyl-inositol(GPI)アンカー型の膜タンパク質である。MT1-MMPの細胞内領域は細胞膜表面上から細胞内への取り込みの制御に関与していることが示唆されており、また、GPIアンカー型膜タンパク質はI型膜タンパク質とは異なる局在制御を受ける可能性がある。また、アミノ酸配列の相同性に関して、MT4-MMPは、MT6-MMP以外のMT-MMPとのアミノ酸配列の相同性は低く、触媒ドメインのみの組み換えタンパク質を用いた生化学的解析で他のMT-MMPで確認されている主要な細胞間基質であるI型コラーゲンなどのECM分解活性が認められないことが示されている。さらに、MT6-MMP以外のMT-MMP共通の特徴である潜在型MMP-2の活性化能もMT4-MMPの場合には見解が分かれている。これまでの報告では、MT4-MMPはa disintegrin and metalloproteinase with thrombospondin type I motifs (ADAMTS)4の活性化やTNF-α converting enzyme (TACE)様活性を示してpro-tumor necrosis factor-α(pro-TNF-α)のシェディングに関わることが生化学的解析により示唆されている。以上の理由からMT4-MMPは他のI型膜結合性MT-MMPとは異なる特徴を有している可能性が考えられる。

 GPIアンカー型MT-MMPの内で、ヒトMT6-MMPは白血球細胞に発現が限局しているのに対し、ヒトMT4-MMPは脳、卵巣、精巣、大腸など様々な臓器でmRNAの発現が報告されている。MT4-MMPの生体内における遺伝子発現量は、他のMT-MMPと比較して少ないため、組織中における発現細胞の同定は困難であった。

 このことから、当研究では、MT4-MMPを同定し、生体レベルでのMT4-MMPの発現をモニターできるツールの確立を目指してMT4-MMP遺伝子座にNLS-LacZ遺伝子を挿入し、MT4-MMPプロモーター制御下にLacZ遺伝子を発現させる遺伝子変換マウスを作製し、NLS-LacZの発現を利用して組織中におけるMT4-MMP遺伝子発現の分布及び発現細胞の同定を行うことを試みた。また、発現細胞におけるMT4-MMP欠損の影響を調べることを目的とした。

 本研究では、まず、MT4-MMPゲノムの一部をβ-ガラクトシダーゼ(LacZ)遺伝子に置き換え、MT4-MMPプロモーター制御下でLacZ遺伝子が発現するように設計した遺伝子変換マウスを作製した。ホモ接合型のMT4-MMP欠失マウスはメンデルの法則に従って正常に生まれ、その成長速度、寿命、そして生殖能は野生型マウスと相違は見られず、分化・発生の過程ではMT4-MMPの有無による違いは見られなかった。

 しかしながら、作製した遺伝子変換マウスは、これまで限られが情報しかなかったMT4-MMPの細胞における発現を明らかにする貴重なマウスである。そこで、はじめに、野生型マウスにおけるMT4-MMPのmRNAの組織発現量を定量RCPで測定し、MT4-MMPのmRNAが睾丸を除いてホモ接合型マウスのLacZのmRNA発現量と相関していること、またその結果から、MT4-MMPのmRNAが発現する主要な組織は大脳、肺、脾臓、腸管そして子宮であることがわかった。続いて、MT4-MMP発現細胞は各組織におけるLacZ活性を利用してLacZ染色によりMT4-MMP発現細胞を同定することを試みた。

 大脳ではまず、IP-Western法によって大脳組織でのMT4-MMPタンパク質の存在を確認した。野生型及びヘテロ接合体の大脳組織ではMT4-MMPのタンパクしくが検出されたが、ホモ接合体においてはその発現が欠失していた。そして、LacZの染色は運動野、感覚野、視覚野などの大脳皮質、海馬、前嗅球核、嗅結節、線状体、黒質で強く確認されたことから、神経細胞出の発現が推測された。さらにLacZ染色と抗ニューロフィラメント抗体による共染色やLacZ染色で染色された細胞層を解析することにより、MT4-MMPは大脳において錐体細胞や顆粒細胞などの神経細胞で発現していることが同定された。

 肺と子宮のLacZ染色はそれぞれの平滑筋細胞層が強く染色され、MT4-MMPが平滑筋細胞で発現していることが推察された。子宮でLacZ染色と抗α-SMA抗体により共染色を行ったところ、LacZ染色された領域とα-SMAで染色された領域が一致した。また、腸管や血管の平滑筋においても平滑筋層が染色された。さらに、大脳組織など一部の組織を除いてMT4-MMPとα-SMAのmRNAの発現量が相関している。よって、MT4-MMPが平滑筋細胞で発現していることが示された。

 肺のLacZ染色像から、肺ではMT4-MMPが平滑筋細胞のほか、組織マクロファージで発現していることが推察された。肺胞より回収した肺胞マクロファージがLacZ染色とマクロファージ特異的抗体であるF4/80の染色で重染色され、脾臓においては平滑筋細胞がある細動脈に加え、マクロファージが存在している赤脾髄でLacZの染色が見られた。さらに、腹腔から回収した腹腔マクロファージでも、肺胞マクロファージと同様にLacZ染色とF4/80による免疫染色の共染色によりMT4-MMPが発現していることが示された。この肺胞マクロファージを利用してマクロファージの機能にMT4-MMPの欠失が影響を及ぼすかについて検討を行った。はじめに、蛍光ラテックスビーズを用いて腹腔マクロファージの貪食能を測定したが、MT4-MMP欠損マクロファージの貪食能は野生型マクロファージの貪食能と違いはなかった。次に、LPSによって刺激を与えたところ、LPS刺激後8時間で野生型マクロファージでのMT4-MMP及びMT4-MMP欠損マクロファージのLacZそれぞれのmRNA発現量が一時的に発現が低下した。しかし、LPS刺激によりマクロファージで産生され、放出されるTumor necrosis factor-alpha (TNF-α)の転写、放出にはMT4-MMPの欠失の影響は見られなかった。また、炎症部位へのマクロファージ浸潤能へのMT4-MMPの寄与を検討するためにTPA誘導耳炎症反応を行ったが、炎症部位に流入したマクロファージの数はMT4-MMP欠失による変化は見られなかった。

 以上の結果から、本研究では、作製したMT4-MMP遺伝子変換マウスを利用して、MT4-MMPの発現細胞、神経細胞、平滑筋細胞及びマクロファージを同定することができた。マクロファージの機能についてさらに検討を加えたが、MT4-MMPの欠失によりマクロファージの貪食能、TNF-αの放出及び炎症部位への浸潤等の機能には影響を与えないことがわかった。しかし、本研究で作製した遺伝子変換マウスは、MT4-MMPの生体内における発現や生物学的機能について検討する上で重要なツールであり、このマウスを利用して病態モデルマウスと掛け合わせるなど、今後のMT4-MMPの機能解析に有用なマウスであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)ファミリーの中で、膜結合様式やアミノ酸配列などから独自の機能を持つことが推察されているGPIアンカー型膜型MMPであるMT4-MMPについて、その発現細胞と発現細胞における機能を明らかにするため、解析ツールとなる遺伝子変換マウスの作製とそれを利用したMT4-MMP発現細胞の同定及び機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1. マウスのMT4-MMPエクソン1の転写開始コドンを含む領域に核移行シグナルを持つLacZ遺伝子を挿入し、MT4-MMPプロモーター制御下でLacZを発現する遺伝子変換マウスを作製した。リアルタイムPCRの結果、精巣以外の各組織において野生型マウスにおけるMT4-MMP mRNA量とホモ接合型マウスにおけるLacZ mRNA量は相関し、ホモ接合型マウスのLacZ発現は野生型マウスでMT4-MMPの転写を反映していることを示した。

 2. マウス各組織のMT4-MMPの転写量をリアルタイムPCRによって解析した結果、MT4-MMP mRNAは解析した全組織に発現が認められ、特に、大脳、肺、子宮で高発現していることが示された。

 3. 大脳組織から抽出したタンパク質を用いてIP-Western blotを行った結果、野生型及びヘテロ接合型マウスでMT4-MMPのタンパク質が検出され、ホモ接合型マウスでは検出されなかった。よって、今回作製したマウスはタンパク質レベルでもMT4-MMPが欠損していることを示した。また、大脳組織のLacZ染色像、ニューロフィラメント抗体との共染色像からMT4-MMPは大脳において主に神経細胞で発現していることを示した。しかし、海馬ではLacZ染色によって錐体細胞層及び顆粒細胞層双方が一様に染色されているのに対し、大脳皮質では錐体細胞優位に染色され、大脳の部位によってMT4-MMPの発現に差があることを示した。

 4. 子宮組織をはじめ、小腸、大腸の腸管組織及び大動脈などの平滑筋細胞層がLacZで染色され、また、α-SMA抗体との共染色像とIP-Western blotの結果から、MT4-MMPが平滑筋細胞で発現していることを同定した。そして、リアルタイムPCRの結果、大脳など一部の組織を除いて、SMA mRNA量とMT4-MMP mRNA量は相関し、MT4-MMPは主に平滑筋細胞で発現していることを示した。

 5. 肺のLacZ染色像から、肺胞マクロファージにおけるMT4-MMPの発現を推察し、さらに、脾臓赤脾髄のLacZ染色像、肺胞及び腹腔マクロファージのLacZ染色とマクロファージ特異的抗体F4/80との共染色像の結果から、MT4-MMPが組織マクロファージで発現していることを同定した。

 6. 腹腔マクロファージを用いてマクロファージの基本的機能である貪食能、移動能、浸潤能についてMT4-MMP欠損による影響を解析した結果、それら機能ではMT4-MMPが関与していないかあるいは他の酵素によって代償されていることが示唆された。また、in vitroの報告で示唆されているTNF-αのコンバーティング能についても、MT4-MMP欠損マウスのマクロファージと野生型マウスのマクロファージは同等のTACE様活性をもち、TNF-αのコンバーティングは、MT4-MMPの欠損に影響されないことを示した。

 7. 生体内の急性炎症におけるMT4-MMPの寄与について局所性及び全身性炎症で検討したが、MT4-MMP欠損による影響はみられず、MT4-MMPは急性炎症において主要な役割を演じていないことを示した。

 以上、本論文はMT4-MMPプロモーター制御下にLacZを発現する遺伝子変換マウスを作製し、そのマウスを解析した結果、MT4-MMPが神経細胞、平滑筋細胞、組織マクロファージに発現していることを同定した。本研究はMT4-MMPの今後の研究に有用な情報とツールをもたらし、これまで未知だった生体内におけるMT4-MMPの機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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