学位論文要旨



No 122539
著者(漢字) 山本,浩之
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ヒロユキ
標題(和) エイズウイルス複製に対する細胞傷害性Tリンパ球と中和抗体の相乗的な抑制機序
標題(洋)
報告番号 122539
報告番号 甲22539
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2835号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 笹川,千尋
 東京大学 教授 岩本,愛吉
内容要旨 要旨を表示する

 1981年のエイズ(後天性免疫不全症候群)患者の報告から既に20年以上が経過しているが、未だエイズ克服への道筋は示されておらず、エイズを引き起こすヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染者数の増大が続いている。HIV感染者数の増大は、薬剤耐性ウイルスの出現、さらには免疫不全による新興再興感染症の出現に結びつきうるため、感染拡大阻止の切り札としてのエイズワクチン開発は国際的重要課題である。

 HIVをはじめとするエイズウイルス感染症の特徴は、慢性持続感染症であることである。一般の急性ウイルス感染症では、感染急性期に症状を呈するものの宿主適応免疫の誘導によりウイルスが排除される。これに対しエイズウイルス感染症では、培養細胞レベルにおいて顕著なウイルス複製抑制効果を認める宿主適応免疫の誘導にもかかわらず個体レベルにおいては慢性持続感染が成立し、その結果エイズ発症にいたる。この慢性持続感染成立機序の解明は、エイズワクチン開発という観点においても極めて重要である。そこで私は、宿主適応免疫のエイズウイルス感染防御効果の解析を行うこととした。

 エイズウイルスの複製抑制において、細胞性免疫の代表的エフェクターである細胞傷害性Tリンパ球(CTL)の重要性は培養細胞レベル、個体レベルいずれにおいても確立されているが、液性免疫の代表的エフェクターである中和抗体の有効性は明らかとなっておらず、特に感染成立後の中和抗体の個体レベルにおけるウイルス複製抑制効果については解析が進んでいない。そこで私は、エイズウイルス感染症における感染成立後の中和抗体のウイルス複製抑制効果を検討する目的で、サル免疫不全ウイルス(SIV)感染マカクサルエイズモデルを用い、感染成立後にSIV特異的中和抗体の受動免疫実験を行った。第1実験として、マカクサルへのSIVチャレンジ後7日目にポリクローナル中和抗体を受動免疫する実験を行った。また第2実験として、感染成立後の中和抗体とワクチン誘導CTLとの相乗的な複製抑制効果の存否を検討すべく、予防CTLワクチン接種群においてSIVチャレンジ後7日目にポリクローナル中和抗体を受動免疫する実験を行った。

 ワクチン非接種サルを用いた第1実験においては、中和抗体投与群は中和抗体非投与群と比して、感染後12週前後のセットポイント期の血漿中ウイルス量の1log以上(P=0.0017)の低下が認められた。さらに、感染後12週前後のセントラルメモリーCD4陽性Tリンパ球数の維持(P=0.0039)及びtotalメモリーCD4陽性Tリンパ球数の維持(P=0.0048)も中和抗体投与により認められた。感染後1週に受動免疫した中和抗体の末梢血中での検出期間は投与後1週間未満であり、両群ともセットポイント期においては感染後新規に誘導される中和抗体が検出されなかったことから、中和抗体投与群で認められたウイルス量の低下及びメモリーCD4陽性Tリンパ球数の維持は中和抗体による直接的なウイルス複製抑制の持続によるものだけではないことが示唆された。次に、感染後のSIV特異的CTLレベルを測定したところ、中和抗体非投与群においては、感染後2週に検出されるSIV特異的CTLが感染後12週時点で減少することが認められた。一方、中和抗体投与群においては、感染後12週時点でのSIV特異的CTLが感染後2週のレベルに近い水準で維持されていることが認められた。したがって感染成立後の中和抗体の存在により、ウイルス特異的CTLの複製抑制能が変化することが示唆された。

 ワクチン非接種の両群につき、中和抗体・コントロール抗体投与直後のリンパ節中のCD1c陽性樹状細胞のウイルスRNA量を測定したところ、中和抗体投与群においては中和抗体接種直後の感染後8、10日目にCD1c陽性樹状細胞へのウイルスRNAの蓄積が観察された。この現象は対照群では認められないものであり、中和抗体による樹状細胞へのウイルス粒子取り込みの促進が強く示唆された。

 さらにSIV特異的Tリンパ球誘導が認められたサル由来の樹状細胞を、中和抗体を結合させたSIVを抗原として刺激した後そのサル由来のリンパ球と共培養したところ、SIV特異的CD4陽性Tリンパ球における効率よいインターフェロンγの誘導が観察された。SIV単独で刺激した樹状細胞を用いた場合、あるいはFc切断処理をした中和抗体を結合させたSIVで刺激した樹状細胞を用いた場合は、同様のインターフェロンγ誘導が認められなかった。このことから、樹状細胞が、中和抗体と結合したSIVを抗体のFc領域を介して取り込むことにより、抗原提示を効率よく行う可能性が示唆された。

 ワクチン接種サルを用いた第2実験では、中和抗体非投与群のうちのSIV複製制御個体とサル主要組織適合遺伝子複合体(MHC)クラスIを共有するサルにおいて、中和抗体投与によりSIV複製制御の時期がより早まる傾向が見られた。ワクチン接種単独でSIV複製制御を呈した個体においてはCTLエスケープ変異体が早期に選択されたのに対し、ワクチン接種・中和抗体投与群におけるSIV複製制御個体では、対照群に見られたCTLエスケープ変異体の早期選択が認められなくなった。

 以上のサルエイズモデルにおける実験から、エイズウイルス感染成立後の中和抗体の個体レベルにおけるウイルス複製抑制効果が明らかとなった。さらに、SIV感染成立後の中和抗体の新たなウイルス抑制機序として、樹状細胞へのウイルス粒子取り込み増加によるウイルス特異的Tリンパ球への抗原提示亢進能が見出された。この結果は、中和抗体が直接ウイルスを中和するだけではなく、ウイルス特異的Tリンパ球をプライミングして細胞性免疫を促進することによりウイルス複製抑制を強めうることを示している。本研究は、予防型エイズワクチンの開発戦略としての、CTL誘導型ワクチンと中和抗体誘導型ワクチンの併用に根拠を与えうるものである。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は個体レベルのエイズウイルス感染初期におけるウイルス特異的中和抗体の感染防御効果を明らかにするため、SIV感染アカゲサルエイズモデルにおいて感染成立後の中和抗体受動免疫実験を試みたものであり、次の結果を得ている。

 1. ワクチン非接種・中和抗体投与サル群においては、SIV感染後7日目に受動免疫した分の中和能が検出されなくなった後も持続的な血中ウイルス量の低下を認め、感染後12週付近のセットポイント期では対照群(ワクチン非接種・中和抗体非投与群)と比較して有意に低い血中ウイルス量を示した。また中和抗体受動免疫群では、セットポイント期におけるメモリーCD4陽性Tリンパ球数の維持、及びウイルス特異的CTLレベルの維持を認めた。

 2. CTL誘導型予防ワクチン接種・中和抗体投与サル群においては、ワクチン誘導CTLのMHCクラスIハプロタイプ依存的な有効性によるウイルス複製制御の可否は中和抗体受動免疫により変化しなかった。一方、複製制御を呈した個体においては、対照群(ワクチン接種・中和抗体非投与群)で早期に観察されるCTLエスケープ変異の均一な選択が認められなかった。

 3. ワクチン非接種・中和抗体投与サル群において、中和抗体受動免疫直後に末梢リンパ節中のCD1c陽性樹状細胞分画におけるウイルスRNA量の急速な集積を認めた。本現象は対照群には認められず、中和抗体による樹状細胞へのウイルス粒子取り込み促進が強く示唆された。

 4. SIV複製制御サル由来の樹状細胞を、中和抗体と結合させたSIVでパルスしたのち自家リンパ球と共培養したところ、ウイルス特異的CD4陽性Tリンパ球におけるIFN-γ産生亢進が認められた。一方コントロール実験として行ったSIV単独刺激、コントロール抗体と結合させたSIVによる刺激、あるいはFc領域を切断した中和抗体と結合させたSIVで刺激した樹状細胞と自家リンパ球との共培養ではこの現象は認められず、ウイルス特異的CD4陽性Tリンパ球におけるIFN-γ産生亢進はFc依存的な粒子取り込みによるMHCクラスIIの抗原提示亢進によるものであることが考えられた。

 以上、本論文はSIV感染サルエイズモデルにおいて感染成立後の中和抗体のウイルス複製抑制効果を明らかにし、さらにその新たな抗ウイルス機序として、樹状細胞へのウイルス粒子取り込み亢進によるウイルス特異的Tリンパ球への抗原提示亢進能を見出した。本研究はエイズウイルス慢性持続感染成立に対する感染初期の中和抗体の防御機序の解明に重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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