学位論文要旨



No 122540
著者(漢字) クレヴェスト ジニ
著者(英字) KLEVEST Gjini
著者(カナ) クレヴェスト ジニ
標題(和) 非侵襲電磁気計測による視覚ワーキングメモリに関する研究
標題(洋) Assessment of visual working memory processes in the human brain using noninvasive electromagnetic measurements
報告番号 122540
報告番号 甲22540
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2836号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 新家,眞
 東京大学 助教授 阿部,裕輔
 東京大学 助教授 細井,義夫
 東京大学 講師 湯本,真人
内容要旨 要旨を表示する

この論文の目的は作動記憶(ワーキングメモリ)の一部である視覚刺激の記銘と保持に関わる脳内部位の同定である。同定には脳波(electroencephalography: EEG)・脳磁図(magnetoencephalography: MEG)の多チャンネル・全頭型・非侵襲測定を用いた。さらに検索・同異判別・運動活性による実験も実施し、部位の同定に加えて推定脳内活動源の時間的な変化についても同時に明らかにする。

作動記憶(能動的複合構成システム)の概念は70年代初頭から受動的短期記憶に代わるものとして提唱されてきた。ヒトにおいて、それは視覚情報(視空間スケッチパット)と同様に聴覚情報(音韻ループ)にも依拠する。

本論分の主節にはヒトの脳内における視覚情景の記銘と保持、空間や文字の認識、音韻記銘と機械的リハーサル(rote rehearsal)等に関する実験も含まれている。この論文の4つの決定はそれぞれ、純粋な空間知覚(測定2)、複数色による環境情景(測定1)、基本色(測定3)から動詞を表す純粋な文字まで、の異なった四つのの視覚刺激入力カテゴリーの提示および処理に対応している。被験者は全て右利き、健常な視覚を持ち年齢は20歳から33歳の間である。連続的後退比較課題(continuous 1-back comparison),遅延見本合わせ課題(delayed match to sample task)が記憶状況と視覚運動の評価のために、受動的視覚課題は制御状況の評価のために使われている。活動源の同定は脳空間内の分布源評価アルゴリズム及び統計的な差分法に基づいている。刺激提示後1秒以内の時間領域は事象関連電位及び磁場を記録して、追加的な時間−周波数解析を数ケース行った。

周波数領域の解析には遅延期間活動を用いた。

海馬傍回領域(PPA)では安定したエピソード作動記憶コードの構成が起きていることがfMRIによる作動記憶の先行研究によって明らかにされており、本論文での測定でも、活動源同定をMEG/EEGを使って同様の活動を確認した。fMRIより高い時間分解能による活動源推定が実現したことは今後の記憶障害における研究の基礎となるだろう。単純だが効果的な1-back(測定1,2,4)及び見本合わせ(測定3)の課題より、視覚インプット情報の処理過程の観点から考えると新しい視覚情報(刺激提示後から視覚皮質の活性にかかる50〜100msの間隔を置いて)の形成(刺激提示後およそ150ms、刺激野に『別の』新しい刺激を提示した場合)に続いて保持された古い視覚環境からの変化が自動的に検出されて視覚的な知覚が行われることが示された。この初期の自動検出に加えて(古い刺激環境によって活性保持されている)新しい刺激への基本的な視覚構造化処理は意識的な検索決定(刺激提示後250ms前後)がされるまで続きます。これは 視覚(測定1の情景,測定2の空間)や聴覚コード(測定4の文字,測定3での色パターンの提示)の安定な形成による深い記銘を伴い、さらに様々な作動記憶処理に使われる。基本的な作動記憶処理(記銘,保持,検索)に関係するそれぞれの脳内領域を多チャンネル・全頭型EEG/MEGによる測定によって同定した。

今後も得られた活動源波形の因果関係を見つけ基礎的な作用メカニズムを理解するために更なる研究が必要である。

を非侵襲的に評価するために適切な手法である.そのうえ,アルファ波帯やその他の周波数帯において,刺激に関連して誘発される振動パターンの空間分布からは,これらの処理過程を適切に分類するための,付加的な情報が与えられる.この手法は,臨床例において短期記憶の局在を客観的に評価する目的で応用されれば,有益であろう.

審査要旨 要旨を表示する

 作動記憶(ワーキングメモリ)は,物体,空間,言語などの異なる視覚情報を処理するサブコンポーネントを有すると考えられている.本研究の目的は,これらサブコンポーネントに対応する脳内部位を同定し,その脳活動がどのような時間変化を辿るかを明らかにすることである.連続的後退比較課題(continuous 1-back comparison),遅延見本合わせ課題(delayed match to sample task),感覚運動制御課題(sensorimotor control task)などの単純な視覚課題を健常な被験者に提示して,それに対する脳活動を多チャンネルの脳波 (electroencephalography: EEG)および脳磁図(magnetoencephalography: MEG)により記録した.信号取得や処理,逆問題解析による脳内活動源推定においては,脳波と脳磁図がそれぞれ持っている手法上の特徴を考慮した.測定された時間領域および周波数領域のデータをもとに,ダイポールフィッティング,分布電流源モデル,ビームフォーミング法などの解析手法を用いて,脳内活動源の位置を推定した.続いて,異なる条件間で取得したデータ同士の差分をとり,脳内活動源を同定した.結果は以下のように要約される.

 1. 情景や色,空間などの情報を処理する課題では,大脳右半球後頭葉の視覚野が優位に高い活動を示した.文字の情報を処理する課題では,文字の形状情報などの処理に要する100〜200msの間隔をおいて,左半球が優位に高い活動を示した.

 2. 遅延見本合わせ課題における,サンプル刺激と本刺激との脳活動を比較したところ,活動の初期段階(刺激提示後100〜150ms)で本刺激が優位に高い活動を示した.このことは,提示された刺激の情報が短期記憶として維持されていることを示す.

 3. 刺激として提示された情景を短期記憶へ記銘(encoding)する脳活動は,刺激提示後300〜600 msに現れると推定され,活動源の位置は下前頭回(inferior frontal gyrus: IFG)後部,側頭葉の海馬傍回(parahippocampal gyrus),頭頂葉や後頭葉などの両半球に活動源を有していた.これら両半球性の活動の他には,右半球の背外側前頭前野(dorsolateral prefrontal cortex: DLPFC)が,空間的な刺激の短期記憶処理過程において常に活動を示した.

 4. 機械的リハーサル(rote rehearsal)は,刺激の情報を作動記憶に維持するための,おそらくヒトに固有で効率的な方法である.この処理に伴って,局所的なアルファ波帯の非同期化が生じた.

 これらの結果からは,大脳全体に活動源が分布するような共通した神経ネットワークが存在し,様々な種類の課題や刺激の処理に関与することが示された.

 脳磁図や脳波の測定は,非侵襲であり,脳内の様々な領域について神経活動の相関関係を直接的に明らかにする手法である.実際的な観点からは,これらの手法は神経活動電流に対して異なる方向の感受性を有することから,両手法を併用すれば,相補的な情報を得ることができる.

 これらの単純な課題と,それに続く活動源解析は,ヒトの短期記憶の記銘過程を非侵襲的に評価するために適切な手法である.そのうえ,アルファ波帯やその他の周波数帯において,刺激に関連して誘発される振動パターンの空間分布からは,これらの処理過程を適切に分類するための,付加的な情報が与えられる.この手法は,臨床例において短期記憶の局在を客観的に評価する目的で応用されれば,有益であろう.

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