学位論文要旨



No 122543
著者(漢字) 栃木,衛
著者(英字)
著者(カナ) トチギ,マモル
標題(和) 日本人サンプルを用いた6番染色体短腕領域における統合失調症感受性候補遺伝子の検討
標題(洋)
報告番号 122543
報告番号 甲22543
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2839号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斉藤,延人
 東京大学 助教授 坂井,克之
 東京大学 助教授 郭,伸
 東京大学 特任助教授 金生,由紀子
 東京大学 客員助教授 海老澤,尚
内容要旨 要旨を表示する

 統合失調症は精神医学において重要な位置を占める疾患でありながら、原因は現在も不明とされている。遺伝疫学的検討から発症に遺伝要因が関与することが指摘され、これまでに原因遺伝子の探索が数多く行われてきたが、現在までのところ、明らかな原因遺伝子の特定には至っていない。その理由のひとつとして、統合失調症が複数の遺伝子が関与する複雑疾患(complex disease)であることがあげられ、このことから、民族や集団による差異を考慮に入れて検討を行うことも重要な課題となっている。本研究では、これまでに複数報告されている統合失調症の連鎖領域の中から6番染色体短腕領域(6p24-21)を選び、日本人サンプルを用いた関連研究を行うことにより、日本人における統合失調症発症と当該領域に存在する疾患感受性候補遺伝子の関連について検討した。

 具体的には、6番染色体短腕領域の中でも、HLA(Human Leukocyte Antigen)を含む6p21に焦点を当て、さらに日本人でこれまでに繰り返し関連が確認されているHLA classII領域に着目し、classI領域に存在するHLA-A座位、classII領域テロメア端からclassIII領域セントロメア端にかけて存在するNOTCH4座位やTNXB(tenascin XB)座位を中心に検討した。さらに、6p22.3に存在する有力な感受性候補遺伝子であるdysbindin(dystrobrevin binding protein1; DTNBP1)座位について、特にアジア人を対象にした場合に注目される多型やハプロタイプとの関連を詳しく検討した。

 対象は東京周辺の精神科病院からリクルートされた統合失調症患者および同地域からリクルートされ、性比を一致させた健常対照群である。ただし、HLA-A座位を解析する際の健常対照群としては、東京周辺でリクルートされた健康な骨髄提供者のデータを用いた。被験者の末梢血からDNAを抽出し、HLA-A座位についてはPCR-MPH(polymerase chain reaction-microtitor plate hybridization)法により、それ以外の座位についてはPCR-RFLP(Restriction fragment length polymorphism)法、FCS-SSP-PCR(fluorescence correlation spectroscopy-sequence specific primer-PCR)法、TaqManPCR法などを用いてタイピングを行った。HLA-A座位の解析では、患者群・対照群間で対立遺伝子頻度および保持人数をカイ二乗検定によって比較した。HLA-A座位以外の遺伝子座位では、各多型の遺伝子型分布および対立遺伝子頻度を患者群・対照群間でカイ二乗検定によって比較した他、連鎖不平衡解析を行った上でハプロタイプ頻度を推定し、患者群・対照群間で比較した。

 その結果、HLA-A座位については、先行研究で統合失調症患者での頻度の増加が報告されていたA24とA26も含め、有意な関連は認めなかった。一方、HLA classII領域からテロメア側に解析領域を拡大し、classIII領域セントロメア端にかけての約45万bpの領域に存在する26SNPs(single nucleotide polymorphisms)について解析したところ、連鎖不平衡解析でNOTCH4座位およびTNXB座位にほぼ一致する2つの連鎖不平衡ブロックが認められた。NOTCH4座位のブロック内では、患者群・対照群間でrs2071287の対立遺伝子頻度に有意差が認められ(p=0.041)、さらに、ハプロタイプ解析で両群の頻度に有意差のあるハプロタイプが認められた(permutation p=0.024)。TNXB座位のブロック内では、rs204887およびrs1009382で劣性モデル遺伝子型頻度における有意差が患者群・対照群間に認められた(それぞれ、p=0.034および0.034)。これらの関連は全て、Bonferroniの補正で有意差は消失してしまうため、解釈には注意を要するが、rs204887およびrs1009382に関しては、ともに先行研究で有意差を認めたSNPsであり、かつ、本研究・先行研究とも同一の対立遺伝子が患者群で増加しているため、検定の多重性を考慮しても重要な所見と考えられた。また、NOTCH4座位のブロックで有意な関連を認めたハプロタイプも、先行研究で統合失調症と有意な関連が認められたrs520692を含むものであり、さらに検討する意義を有すると思われた。Dysbindin座位については、解析した12SNPsの遺伝子型分布および対立遺伝子頻度については患者群・対照群間で有意な差は認めなかったが、特に連鎖不平衡の強い2SNPsを除いた10SNPsからなるハプロタイプを解析したところ、患者群・対照群間で分布に有意な差が認められた(global p=0.006)。また、アジア人を対象とする先行追試2報との比較では、ハプロタイプ解析で一部共通する結果を得たが、感受性変異や実際のリスクハプロタイプはそれぞれの報告で異なっていた。

 本研究では、HLA classII領域からclassIII領域セントロメア端にかけて存在するNOTCH4座位のテロメア側およびTNXB座位と統合失調症との関連を日本人で初めて認めた。日本人においては、HLA領域の中でも、classII領域からclassIII領域セントロメア端にかけてが特に重要な候補領域であり、今後も検討を重ねていく必要のあることが示唆された。また、6p22.3に存在するdysbindin座位についても、今回調べた12 SNPsそれぞれとは直接の関連はないものの、この領域に感受性変異が存在する可能性が高いことが示唆され、日本人においても重要な感受性候補遺伝子であることが確認された。なお、今回、アジア人を対象とした場合でも、感受性変異やリスクハプロタイプは共通せず、関連の詳細については明らかとはならなかったが、民族や集団による違いを踏まえると、今後も日本人(アジア人)における感受性変異の特定に努めていく必要性は大きいと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は日本人における統合失調症感受性候補遺伝子について検討するため、これまでに複数報告されている連鎖領域の中から6番染色体短腕領域(6p24-21)を選び、日本人サンプルを用いた関連研究を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1. HLA(Human Leukocyte Antigen)を含む6p21の中でも、日本人ではこれまでにHLA class II領域との関連が繰り返し確認されていることに着目し、class I領域に存在するHLA-A座位について検討したが、先行研究で統合失調症患者での頻度の増加が報告されていたA24とA26も含め、有意な関連は認めなかった。

 2. HLA class II領域からテロメア側に解析領域を拡大し、classII領域テロメア端からclassIII領域セントロメア端にかけての約45万bpの領域を検討したところ、classII領域テロメア端に隣接して存在するNOTCH4座位およびさらにテロメア側に存在するTNXB(tenascin XB)座位にほぼ一致する2つの連鎖不平衡ブロックが認められた。NOTCH4座位のブロック内では、患者群・対照群間でrs2071287の対立遺伝子頻度に有意差が認められ、さらに、ハプロタイプ解析でも両群の頻度に有意差のあるハプロタイプが認められた。また、TNXB座位のブロック内では、rs204887およびrs1009382で劣性モデル遺伝子型頻度における有意差が患者群・対照群間に認められた。これらにより、HLA classII領域テロメア端からclassIII領域セントロメア端にかけて存在するNOTCH4座位のテロメア側およびTNXB座位と統合失調症との関連が日本人で初めて示された。

 3. 6p22.3に存在する有力な感受性候補遺伝子であるdysbindin(dystrobrevin binding protein1; DTNBP1)座位について検討したところ、解析した多型ごとの遺伝子型分布および対立遺伝子頻度については患者群・対照群間で有意な差は認めなかったが、ハプロタイプ解析では患者群・対照群間で分布に有意な差が認められ、今回調べた多型それぞれとは直接の関連はないものの、この領域に感受性変異が存在する可能性が高いことが示された。

 以上、本論文は日本人サンプルを用いた関連研究によって、日本人における統合失調症発症と6番染色体短腕領域に存在する疾患感受性候補遺伝子との関連について新たな知見を加えた。民族や集団によって疾患感受性遺伝子が異なる可能性を踏まえると、これまでに日本人での検討が遅れていた候補領域の意義の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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