学位論文要旨



No 122544
著者(漢字) 尾形,エリカ
著者(英字)
著者(カナ) オガタ,エリカ
標題(和) 日本語母音聴取時の脳内処理過程
標題(洋)
報告番号 122544
報告番号 甲22544
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2840号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高山,吉弘
 東京大学 教授 新家,眞
 東京大学 助教授 坂井,克之
 東京大学 講師 伊藤,健
 東京大学 講師 笠井,清登
内容要旨 要旨を表示する

 音声がどのように知覚され、理解されるかは、脳神経医学の分野でも様々な手法で研究される分野になっている。近年、脳磁図(magnetoencephalography: MEG)を用いて皮質における母音の処理過程を検討した多くの研究成果が発表されている。これらの研究で母音処理過程の指標とされている聴皮質由来の聴覚誘発成分N1mは聴覚刺激の処理に伴う神経活動を反映してピーク潜時や等価電流双極子(equivalent current dipole: ECD)の局在などのパラメータを変化させると考えられており、母音カテゴリ内でも、N1mのECD局在が変化し、皮質表現を反映することが示された。

 言語認知の発達過程を調べた研究から、音素に対して感受性の高い神経基盤は異なる言語間で変化している可能性があることが分かっている。しかし、母音聴取の先行研究の多くは日本語を用いて行われたものではないため、日本語のような異なる音韻体系を持つ言語においても同様の結果が生じるのかを確認する目的で、MEGを用いて聴皮質表現を計測し、他言語における先行研究との類似性を検討した。その結果、1名の被験者の反復計測から再現性が得られ、母音の処理過程におけるcortical mapの存在が支持されたが、ECDパラメータの個人差が大きいことが示唆された。ECDパラメータの個人差は、日本語の母音の数が少ないことで、各母音の処理に割り当てられる領域が近接していたことが反映された結果ではないかと考えられた。

 また、母音の口形と音声を提示して脳磁界反応を計測することで、母音聴取時の聴覚処理過程を修飾する要因について検討した。視覚刺激と音刺激の時間差提示し、ボタン押しによるマッチング課題を行い、視覚刺激後および聴覚刺激後の脳磁界反応を解析した。その結果、視覚刺激後に視覚野、後下側頭、上側頭、下頭頂、下前頭、運動野に有意な電流源が認められた。聴覚刺激後の反応では、視覚刺激と音刺激が一致している提示条件と不一致の提示条件とで有意差が認められ、一致条件で聴覚野応答が低下した。このことから、口形の視覚刺激を見たことによって聴覚野を修飾するような感覚予測が生じ、聴覚野応答の早い潜時に対して反映される可能性が示唆された。

 さらに、臨床検査の一環として母音の聴覚刺激と口形の視覚刺激を用いた検査を作成し、聴覚認知に視覚の関与が大きいと考えられる人工内耳装用者と健常聴力者に対し施行し、母音の処理過程について検討した。その結果、人工内耳装用者では、聴覚刺激と視覚刺激を同時提示した際、聴覚刺激と視覚刺激が一致していない条件で正答率が低く、応答時間が長くなることが分かった。これは、人工内耳装用者の音声処理において視覚と聴覚のバランスが健聴者と異なっているためと考えられ、構音イメージが聴覚処理における視聴覚情報統合過程の一部を説明する可能性があることを示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は母音に焦点を当ててヒトの音声知覚過程の解明を試みたものである。

 実験1では、日本語のような異なる音韻体系を持つ言語においても同様の結果が生じるのかを確認する目的で、健聴者に対して脳磁図(magnetoencephalography: MEG)を用いて実験を行い、聴皮質表現を計測し、他言語における先行研究との類似性を検討している。その結果、1名の被験者の反復計測から再現性が得られ、母音の処理過程におけるcortical mapの存在が支持されたが、等価電流双極子(equivalent current dipole: ECD)の局在などのパラメータの個人差が大きいことが示唆された。ECDパラメータの個人差は、日本語の母音の数が少ないことで、各母音の処理に割り当てられる領域が近接していたことが反映された結果ではないかと考えられた。

 また、実験2では母音の口形と音声を提示して脳磁界反応を計測することで、母音聴取時の聴覚処理過程を修飾する要因について検討している。視覚刺激と音刺激の時間差提示し、ボタン押しによるマッチング課題を行い、視覚刺激後および聴覚刺激後の脳磁界反応を解析した。その結果、視覚刺激後に視覚野、後下側頭、上側頭、下頭頂、下前頭、運動野に有意な電流源が認められた。聴覚刺激後の反応では、視覚刺激と音刺激が一致している提示条件と不一致の提示条件とで有意差が認められ、一致条件で聴覚野応答が低下した。このことから、口形の視覚刺激を見たことによって聴覚野を修飾するような感覚予測が生じ、聴覚野応答の早い潜時に対して反映される可能性が示唆された。

 さらに、臨床検査の一環として母音の聴覚刺激と口形の視覚刺激を用いた検査を作成し、聴覚認知に視覚の関与が大きいと考えられる人工内耳装用者と健聴者に対し施行して、母音の処理過程について検討した。その結果、人工内耳装用者では、聴覚刺激と視覚刺激を同時提示した際、聴覚刺激と視覚刺激が一致していない条件で正答率が低く、応答時間が長くなることが分かった。これは、人工内耳装用者の音声処理において視覚と聴覚のバランスが健聴者と異なっているためと考えられ、構音イメージが聴覚処理における視聴覚情報統合過程の一部を説明する可能性があることを示唆された。

 以上の研究はヒトの母音知覚過程における言語間差および、聴覚以外のモダリティの影響を論じたもので、今後の音声知覚過程の解明に貢献するものと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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