学位論文要旨



No 122547
著者(漢字) 黒田,有希子
著者(英字)
著者(カナ) クロダ,ユキコ
標題(和) 破骨細胞分化におけるイノシトール1,4,5-三リン酸受容体の役割と新規破骨細胞分化メカニズムの解明
標題(洋) The Role of Inositol 1, 4, 5-Trisphosphate Receptor in Osteoclastogenesis and the Identification of a Novel Molecular Mechanism for Osteoclast Differentiatior
報告番号 122547
報告番号 甲22547
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2843号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
 東京大学 助教授 田中,廣壽
内容要旨 要旨を表示する

<内容の要旨>

 私は破骨細胞分化におけるイノシトール1, 4, 5 -三リン酸受容体(IP3R)の役割の解明とIP3Rノックアウトマウスの解析を進めることで発見した新規破骨細胞分化メカニズムについての解析を行なった。

 骨疾患は高齢化の進む現代社会の大きな問題であり、早期の骨疾患の原因究明・新規治療薬の開発が望まれている。そのため、近年骨形成機構の分子レベルでの解析が盛んに行われてきた。その一端として、破骨細胞分化因子(RANKL: receptor activator of NF-kB ligand)による破骨細胞分化誘導時においてカルシウムオシレーションが観察されること、また破骨細胞の分化にはnuclear factor of activated T cells (NFAT) c1の活性が必要かつ十分であることが報告された (Takayanagi et al. (2002) Dev. Cell 3, 889-901)。そこで、私は、カルシウムオシレーションの制御因子の一つであり、かつNFATの活性化にも寄与することが報告されているIP3Rのノックアウトマウスを用いて、破骨細胞分化におけるIP3Rの役割を解明することを目的とした。

 破骨細胞におけるIP3Rの役割を調べるにあたって、まず破骨細胞に発現しているIP3Rのサブタイプを調べ、各サブタイプのノックアウトマウス由来の細胞を用いてRANKLによるin vitroでの破骨細胞分化を検討した。哺乳類において、IP3Rはtype1、type2、およびtype3の3つのサブタイプが報告されているが、破骨細胞ではIP3R type2と type3が発現しており、type1の発現はウエスタンブロッティングでは確認できなかった。さらに全てのサブタイプを認識する共通配列に対する抗体であるPanIP3R抗体を用いて各サブタイプの発現量の比を調べたところ、破骨細胞に発現しているIP3Rの多くはtype2であることを明らかにした。また、in vitroでのRANKL誘導による破骨細胞分化はIP3R type3をノックアウトした細胞では野生型(WT)と同様に多核の破骨細胞への分化が観察されたのに対し、IP3R type2をノックアウトした細胞ではこの分化が著しく阻害された。さらにこの結果と一致して、RANKL刺激によるカルシウムオシレーション、およびNFATc1の活性化(核内移行)もIP3R type2を欠損した細胞では観察されなかった。これらの結果から、RANKL添加によって観察されるカルシウムオシレーションにはIP3R type2が重要であることが明らかとなった。次にIP3R type2を欠損した細胞の破骨細胞分化異常の原因が、カルシウムオシレーションを介したNFATc1の活性化の欠損に起因するかを調べる為に、IP3R type2およびtype3のダブルノックアウト(IP3R2/3KO)マウス由来の細胞に活性化型NFATc1を発現させ、破骨細胞分化を検討した。その結果、活性化型NFATc1を発現させたIP3R2/3KO細胞はWTと同様に多核の破骨細胞へ分化した。以上の結果から、in vitroにおけるRANKL誘導による破骨細胞分化において、IP3R type2はカルシウムオシレーションに必須な分子であり、IP3R type2を介したカルシウムオシレーションがNFATc1の活性化に必要であることが明らかとなった(図1)。

 しかしながら、in vitroの実験結果に反してIP3R type2ノックアウトマウスおよびIP3R2/3KOマウスの大腿骨では、分化した破骨細胞が数多く観察された。この結果から、私は生体内ではIP3R非依存的な新規破骨細胞分化メカニズムが機能している可能性が高いと考えた。そこで、この新しい分化メカニズムを明らかにするため、RANKL添加による破骨細胞分化誘導よりも生体内の状態に近いと考えられる骨芽細胞による破骨細胞分化誘導を行い、IP3R type2をノックアウトした細胞の分化状態を解析した。すると、RANKL添加による分化誘導時とは異なり、骨芽細胞との共存培養によりIP3R type2をノックアウトした細胞でも多核の破骨細胞へ分化した。現在までの知見では、破骨細胞分化において必須分子であるNFATc1の活性化にはカルシウムオシレーションが必要であると考えられている為、骨芽細胞によってIP3R非依存的なカルシウムオシレーションが起きている可能性が高いと考え、次に骨芽細胞との共存培養下でのカルシウムオシレーションの計測を行った。すると、驚くべきことに、分化したIP3R type2欠損細胞はNFATc1が活性化しているにも関わらず、カルシウムオシレーションは全く観察できなかった。さらに、このカルシウム非依存的な破骨細胞分化シグナルの存在を確かめる為に、骨芽細胞との共存培養条件下でカルシニューリンの阻害剤FK506の破骨細胞分化への影響を調べた。カルシニューリンはカルシウムによって活性化するphosphataseで、NFATを活性化することが知られている。つまり、FK506存在下でも破骨細胞の分化が確認されれば、カルシウムおよびカルシニューリン非依存的な分化メカニズムの存在が強く示唆されることになる。RANKL添加によるカルシウム依存的な破骨細胞分化誘導時には、FK506によって破骨細胞分化が完全に阻害されるのに対し、骨芽細胞との共存培養条件下では、FK506によって分化した細胞は約半数に減少したものの、破骨細胞への分化は完全には阻害されなかった。これらの結果は、生体内および骨芽細胞との共存培養下ではカルシウム/カルシニューリン依存的、および非依存的な破骨細胞分化メカニズムがともに機能しているという、破骨細胞分化メカニズムにおいて全く新しい概念を提示しており、非常に興味深い結果であった。

 次にこの新規破骨細胞分化メカニズムの分子機構を調べるにあたって、まず、Cot/Tpl2 kinaseに注目した。Cot/Tpl2 kinaseは培養細胞に過剰発現することによってカルシウム、カルシニューリン非依存的にNFATを活性化することが報告されているkinaseである。Cot/Tpl2をノックアウトした細胞のRANKL添加、および骨芽細胞による破骨細胞分化誘導を観察したところ、RANKL添加による分化誘導に関してはWTと全く差が無かったが、骨芽細胞との共存培養条件下でFK506を添加した際の分化誘導、つまりカルシウム/カルシニューリン非依存的な分化メカニズムによる分化誘導は、WTと比べて有意に減少していた。この結果はCot/Tpl2 kinaseがカルシウム非依存的な破骨細胞分化メカニズムに寄与していることを強く示唆している。さらに、この新規破骨細胞分化メカニズムが生体内でも機能しているかどうかを調べる為に、IP3R type2とCot/Tpl2 kinaseのダブルノックアウト(IP3R2/CotKO)マウスを作製し、生体内での破骨細胞の数、活性等をIP3R type2ノックアウトマウスと比較した。その結果、カルシウム依存的およびカルシウム非依存的な分化シグナルの両方が阻害されているIP3R2/CotKOマウスは、カルシウム依存的破骨細胞分化シグナルのみが阻害されているIP3R type2ノックアウトマウスに比べて、生体内での破骨細胞数、活性ともに有意に減少していた。以上の結果より、Cot/Tpl2 kinaseを含むカルシウム非依存的な破骨細胞分化メカニズムが実際に生体内でも機能していることが明らかとなり、生体内では破骨細胞分化においてカルシウム依存的、および非依存的な分化メカニズムが共に機能していることが強く示唆された(図2)。

 私は、本研究において、破骨細胞分化に重要な働きを持つカルシウムシグナルにIP3R type2 が必須な分子であることをノックアウトマウスを用いて明らかにした。また、本研究の最も重要な点は生体内の破骨細胞分化において、カルシウム非依存的な分化メカニズムが存在するという全く新しい概念を提示し、その新しいメカニズムの分子機構の一端を明らかにした点である。今後の骨疾患の原因究明・新規治療薬の開発において、この新しいメカニズムの発見は大きな貢献をし得るものと考えている。

図1 RANKL添加により誘導される破骨細胞分化メカニズム

図2 本論文のまとめ

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は破骨細胞分化におけるイノシトール1, 4, 5 -三リン酸受容体(IP3R)の役割を明らかにするため、IP3Rノックアウトマウスの個体、およびノックアウトマウス由来の細胞を用いて破骨細胞分化の分子メカニズムに関する解析を行なったものであり、下記の結果を得ている。

 1. 哺乳類において、IP3R はtype1からtype3の3つのサブタイプが報告されているが、破骨細胞ではIP3R type2が主に発現していることを示した。さらに、IP3R2ノックアウト細胞では破骨細胞分化因子RANKLによって誘導されるカルシウムオシレーションが起きず、NFATc1が活性化されないために破骨細胞分化が阻害されることを明らかにした。

 これらの結果より、RANKL/M-CSFによってin vitroで誘導される破骨細胞分化はカルシウムシグナルが必要不可欠であり、このカルシウムシグナルにおいて、IP3R type2が必須な分子であることを明らかにした。

 2. 現在までの知見では、破骨細胞分化においてカルシウム/カルシニューリン経路が必須であると考えられていたが、RANKLによって誘導されるカルシウムオシレーションが欠損しているIP3R2ノックアウトマウスの解析を行なうことによって、生体内においてはカルシウムシグナルが破骨細胞分化に必須ではないことを示した。

 これらの結果より、生体内での破骨細胞分化にはカルシウム依存的経路と非依存的経路の2つの経路が寄与しているという新しい概念を提唱した。

 3. RANKL/M-CSFによって誘導される破骨細胞分化はカルシニューリン阻害剤であるFK506添加によって完全に阻害されるのに対し、骨芽細胞との共存培養によって誘導される破骨細胞分化は破骨細胞数が減少したものの、完全には阻害されなかった。また、骨芽細胞との共存培養条件下において、カルシウム依存的経路が機能していないIP3R2欠損細胞の破骨細胞分化はFK506添加による有意な減少は見られなかった。

 これらの結果から、骨芽細胞との共存培養条件下においては、カルシウム/カルシニューリン依存的、および非依存的経路が破骨細胞分化に寄与していることが強く示唆された。

 3. 骨芽細胞によって活性化されるカルシウム/カルシニューリン非依存的破骨細胞分化経路にはMAPKKKであるCot/Tpl2 kinaseが含まれることをCot/Tpl2 kinaseの過剰発現の実験系、およびCot/Tpl2 kinaseノックアウトマウスの解析を行なうことにより明らかにした。

 4. IP3R2KOマウスとIP3R2/CotKOマウスの生体内の破骨細胞分化に有意な差が観察されたことから、カルシウム非依存的な経路は生体内においても機能していること、及びカルシウム依存的経路とカルシウム非依存的経路はそれぞれが独立して破骨細胞分化に働いていることが強く示唆された。

 以上、本論文ではIP3Rノックアウトマウスの解析を行なうことにより、生体内の破骨細胞分化において、カルシウム/カルシニューリン非依存的経路が存在するという全く新しい概念を提唱した。本研究で明らかにした知見は破骨細胞分化メカニズムの解明に重要であること、さらに、新規骨疾患治療薬開発に大きな貢献をすると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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