学位論文要旨



No 122549
著者(漢字) 作石,かおり
著者(英字)
著者(カナ) サクイシ,カオリ
標題(和) ヒトinvariant NKT細胞の機能解析 : 多発性硬化症との関連
標題(洋) Functional characterization of human invariant NKT cells : Therapeutic potential of a subset of CD4+ invarinat NKT cells selectively producing interleukin-5 through synergistic effect of interleukin-2 and T cell receptor signaling in multiple sclerosis
報告番号 122549
報告番号 甲22549
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2845号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 郭,伸
内容要旨 要旨を表示する

 多発性硬化症(multiple sclerosis MS)は、自己免疫疾患の一つとされ、治療にステロイドなどが用いられるが、その効果は十分とは言えず、病勢がコントロールされず日常生活を送ることが不自由になってしまう患者も多い。さらに的をしぼった的確な治療が求められている。近年、多発性硬化症の疾患モデルとされる実験的自己免疫性脳脊髄炎(experimental autoimmune encephalomyelitis EAE)で、様々な調節性細胞の異常により、Th1偏倚を介した病態の悪化がもたらされることが明らかになってきている。このような細胞としてNKT細胞が挙げられ、MSの治療標的の一つとして有力視されている。

 CD1d拘束性NKT細胞は、CD1d分子に結合した糖脂質を認識し、速やかにTh1サイトカインおよびTh2サイトカインのいずれをも大量に産生する能力をもつ特異的なリンパ球である。この特異的な性質を持つがゆえ、自然免疫と受動免疫を結ぶ調節性細胞として働くと考えられている。EAE以外にもI型糖尿病、関節リウマチなど自己免疫動物モデルで、NKT細胞が病態に関与することが報告されている。また、ヒトにおいても、当研究室にて多発性硬化症の寛解期にはCD4陽性NKT細胞がTh2サイトカインを産生しやすくなっていることが見出され、寛解維持に関わっている可能性が示された。しかし、NKT細胞の多彩なサイトカイン産生能が実際に体内で生理学的にどのように調整されているか、ほとんど明らかでない。

 近年、細菌感染時にNKT細胞は内因性抗原を認識し、lipopolysaccharide(LPS)とTole like receptor(TLR)4の結合を介して樹状細胞(dendritic cell DC)により産生されるIL-12の刺激のもと、Th1サイトカインを選択的に産生し、抗細菌作用を呈することが報告された。ここで、初めてNKT細胞の内因性抗原の認識はその免疫反応の機序に関与している例が示された。

 一方、Th2サイトカインを選択的に産生させる因子についてはOCHなどの合成糖脂質による刺激が知られているのみである。

 そこで、今回、細菌感染時と同様に、内因性抗原を認識しているNKT細胞が、何らかのサイトカインの存在下で、Th2サイトカインを選択的に産生し、制御性に働くのではないかと考えた。これを検討するためすなわち、ヒトCD4陽性NKT細胞ラインを樹立し、炎症時に活性化T細胞などより大量に産生されるT細胞増殖因子として知られるIL-2に着目して、CD1d陽性細胞存在下でNKT細胞に与える影響を解析した。

<方法>

 健常者9人、多発性硬化症患者13人より分離した末梢血単核球細胞(peripheral blood mononuclear cell PBMC)に、NKT細胞のリガンドであるα-galactosylceramide(αGC)、もしくは合成糖脂質であるOCHを添加した。増えたCD4陽性NKT細胞は、Vα24陽性Vβ11陽性CD4陽性CD8陰性としてcell sortingをおこない、phytohemagglutinin(PHA)にて刺激増殖させた。以後、定期的にcell sortingとPHA刺激を繰り返し、ほぼ97%以上の純度のNKT細胞が得られた。この、CD4陽性NKT細胞を用いて、健常者のCD14陽性単球よりIL-4/GM-CSFで誘導したDCを抗原提示細胞(antigen presenting cell;APC)として、IL-2存在下および非存在下にて48時間培養した。上清中のサイトカインをCytometric Beads Arrayを用いて測定した。

 なお、細胞解析を行うことについて十分な説明を行い,文書による同意を得て行った。

<結果>

 健常者(healthy subject HS)より9ライン、多発性硬化症患者(MS)より15ラインが得られた。そのうち各々約30%のラインに、IL-2存在下で抗原を添加することなく著明なIL-5産生を認めた。αGC刺激時とは異なり、いずれもIFNγの産生量はIL-5に比して低く、明らかなTh2に偏倚したサイトカインプロフィールを呈していた(図参照)。また、IL-5の産生量はαGC刺激時に匹敵もしくは超えるような著明な量であった。HSとMSにおいて、このようなNKT細胞ラインが得られる頻度、およびそのサイトカインパターンに明らかな差は認められなかった。また、ラインを作成する際の初期刺激としてαGCを用いるかOCHを用いるかで、HS、MSともにその頻度に差は認められなかった。なお、IFNβもしくはステロイド治療中のMSにおいてIL-2添加にてIL-5を産生するラインが得られる確率が高い傾向を認めた。また、CD4陰性NKT細胞ラインには、このような著明なIL-5を産生するものは認められなかった。

 IL-2によるIL-5の誘導は、抗IL-2受容体α鎖(CD25)に対するブロッキング抗体を用いることで完全に抑制された。IL-2以外にも、IL-2受容体β鎖を共有する受容体をもつ、IL-15の添加では同様のIL-5の産生が認められるも、IL-2受容体のcγ鎖を共有するIL-4,IL-7,IL-9では認められなかった。IL-2によってIL-5が産生されるNKT細胞がIL-2添加時にどのような遺伝子発現が誘導されるか、このようなNKT細胞ラインを4つ用いてマイクロアレー解析にて検討した。有意に発現の上昇が認められた遺伝子のうち、もっとも発現増加が認められたものはIL-5遺伝子であったが、IL-13遺伝子の増加も高くなっており、このため上清中のIL-13を測定したが、やはり大量に産生されていることが確認された。なお、他のサイトカイン遺伝子の有意な発現増加は認められなかった。

 次にIL-2によるIL-5の産生誘導の機序おいて、TCR-CD1dの認識の重要性を検討した。APC非存在下ではIL-2を添加してもIL-5の著明な産生は認められなかった。また、IL-5の産生はCD1d-transfected Hela細胞をAPCとして用いた場合のみに認められ、mock- transfected Hela細胞をAPCとした際には認められなかった。さらに近年内因性抗原の候補として報告されたisoglobotrihexosylceramide iGb3の関与についても検討したが、iGb3を投与しても、同様のIL-5産生パターンは認められなかった。さらにiGb3の作用を阻害することが報告されているisolectin B4を用いてもIL-2によるIL-5の産生は抑制されなかった。また、抗CD3モノクローナル抗体にてT cell receptor(TCR)刺激をおこない、IL-2を介したNKT細胞によるIL-5の産生増加の効果が再現できないか確認した。抗CD3抗体単独刺激ではほとんどサイトカイン産生をもたらさないいわばsuboptimal doseともいえる非常に低濃度刺激にてIL-2によるIL-5の選択的産生増強効果が認められたが、興味深いことに、より高濃度のいわばoptimal doseの刺激では、この効果は消失し、IFNγ優位の反応が見られた。

 これが、freshなNKT細胞でも検討するため、BALB/cマウスの肝臓および脾臓よりαGC loaded CD1d-Dimer Xを用いてNKT細胞をcell sortingにて分離し、この新鮮なNKT細胞を用いて、脾臓から分離したCD11c陽性細胞をAPCとしてin vitroで同様の実験をおこなった。抗原を加えることなく、IL-2添加のみで同様なIL-5の産生誘導が確認された。

 なお、IL-5がT細胞性免疫に対して果たす役割については明確なdataが存在しないため、IL-2によって誘導されたIL-5がnaive CD4 helper T細胞に作用するか検討した。IL-5産生性のNKT細胞とDCを2日間培養し、その上清を取り出して、抗CD3モノクローナル抗体による刺激のもとnaive CD4 helper T細胞を上清中で分化させた。分化したT細胞のIFNγおよびIL-4のintracellular stainingをおこなった。分化させる際にIL-5の中和抗体を投与したものでは、投与しないものよりも有意にIL-4陽性T細胞の割合が減少しており、IL-5がTh2細胞への分化に促進的に関与する可能性が示された。

<考察>

 IL-2を介して、IL-5とIL-13を主としたTh2偏倚のサイトカイン産生を呈するCD4陽性NKT細胞の一群が存在することが示された。IL-5の産生はNKT細胞に対するIL-2刺激だけではほとんど認められず、T細胞受容体(TCR)-CD1d間の認識、すなわちおそらくiGb3以外の何らかの内因性抗原を介したNKT細胞のsuboptimal stimulationが必要であることが明らかになった。また、この反応はIL-2受容体のβ鎖を介したシグナルを必要とすることが判明した。また、同様の反応がBALB/c由来のfresh NKT細胞で認められたことから、ラインに限られた反応ではないと言える。

 炎症など、IL-2の過剰な産生が引き起こされる状況の下では、内因性抗原を認識しているCD4陽性NKT細胞はIL-5などTh2サイトカインを優位に産生し、Th2偏倚を誘導する機序の一端を担い得ると考えられる。また、EAEなどTh1偏倚がその病態に深く関わっていると考えられる自己免疫疾患において、Th1偏倚を是正する調節細胞として働く可能性ことが初めて示唆されたといえる。多発性硬化症の治療標的として有用な細胞と期待される。

図 ヒトCD4陽性NKT細胞ラインにIL-2にて著明なIL-5の産生が誘導される一群が存在する

A IL-5を産生するCD4陽性NKT細胞ラインと樹状細胞の共培養時の上清中の代表的なサイトカインプロフィール。

B 作成したすべてのラインにおけるIL-2添加時のIL-5産生量とIL-5/IFnγ産生比。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は多発性硬化症など自己免疫疾患に調節性に働きうるヒトinvariant NKT(iNKT) 細胞においてその多様な機能がどの様に制御されているかを明らかにするため、健常者および寛解期の多発性硬化症患者の末梢血からヒトCD4陽性iNKT細胞のラインを作成し、そのサイトカイン産生能について解析を試みたものであり、下記の結果を得た。

 1. iNKT細胞とCD1d分子陽性細胞の共培養においてIL-2存在下で、上清中のサイトカインをcytometric beads array にて調べたところ、IL-5を選択的に大量に産生する細胞の一群を見出した。α-galactosylceramideや抗CD3モノクローナル抗体(抗CD3 抗体)のような外因性刺激とは異なりIFNγやIL-4の産生を伴わず、しかしIL-5産生量はこれに匹敵するほどのものであった。IL-5の選択的産生はmicroarray法を用いた遺伝子発現解析でも確認され、さらにIL-13も産生されていることが明らかになった。一方、CD4陰性NKT細胞のラインではこのようなIL-5/IL-13の産生は認められなかった。なお、健常者でも、多発性硬化症患者でも同様の頻度でこのような細胞は得られたが、多発性硬化症患者のなかではとくにステロイドやinterferon-βにて治療中の者に多い傾向が認められた。

 2. IL-2以外のサイトカインで同様のIL-5の選択的産生が見られるか検討した。IL-2受容体のcommon γ chainを共有する、IL-4, IL-7, IL-9では認められず、IL-2受容体のβ chainをも共有するIL-15において認められ、IL-2受容体のβ鎖を介した刺激が必要であると考えられた。

 3. Immature DCやCD1d transfected Hela細胞などCD1d陽性細胞非存在下では、IL-2を添加してもiNKT細胞によるIL-5の産生は認められず、IL-2受容体を介したシグナル伝達だけでなく、T細胞レセプター(TCR)によるCD1d分子の認識が必要であることが明らかになった。なお、immature DCとmature DCのIL-5産生誘導能を比較したところ、DCの成熟度に関わらずIL-5の産生を認め、IL-5の産生はco-stimulatory moleculeを介したシグナルに依存しないことが明らかになった。

 4. 同様のIL-2によるIL-5の選択的産生増強効果は、抗CD3 抗体によってiNKT細胞をTCR刺激した際にも認められた。ただし、それ単独刺激ではサイトカイン産生をもたらさないほどの微量の抗CD3抗体を用いたときのみIL-5の選択的産生が認められ、抗CD3抗体の濃度を増やすとIL-5の選択性はむしろ消失した。このことからIL-5の選択的産生には、おそらく内因性抗原を結合したCD1d分子によるTCR刺激を介してiNKT細胞が潜在的に活性化されていることが必要であると考えられた。しかし、近年内因性抗原の候補の一つであると報告されたisoglobosyltrihexosylceramide(iGb3)による刺激ではIL-5は誘導されず、iGb3の作用を阻害することが示されたisolectin B4でも、IL-5の産生は抑制されず、iGb3以外の内因性抗原が関与していると考えられた。

 5. IL-2によるIL-5の選択的産生が生体内でも起こりうるか検討するため、新鮮血におけるiNKT細胞でIL-5の産生を確認しようと試みたが、末梢血中のiNKT細胞の頻度が低く分離困難で、またIL-5のintracellular cytokine assayの感度の問題からマウスのiNKT細胞を用いて同様のin vitroの実験をおこなった。BALB/cマウスの肝臓および脾臓より分離したiNKT細胞を用いたところIL-2によるIL-5の選択的産生増強効果が認められラインに限った現象でないことが明らかにされた。

 6. IL-2によって誘導されたIL-5の産生がCD4陽性T細胞に与える効果を検討する目的で、iNKT細胞とiDC細胞の共培養の上清を回収し、この上清下で抗CD3抗体刺激によるnaive CD4陽性T細胞の分化培養を行い、IFNγおよびIL-4のintracellular assayにてiNKT/iDC培養上清が分化誘導に与える影響を確認した。IL-2を添加した培養上清を用いた際に、IL-2非添加のものを用いた場合よりも多くのIL-4産生性T細胞が得られ、この効果は抗IL-5中和抗体によって消失し、IL-2によって産生誘導されたIL-5がTh2細胞の分化誘導を促進する可能性が示された。

 以上、本学位申請者は、ヒトCD4陽性iNKT細胞のうちIL-2を介してIL-5/IL-13などTh2サイトカインを産生する一群が存在することを初めて明らかにした。さらに、IL-5の産生にはIL-2受容体の刺激加えて、内因性抗原-CD1d分子複合体の認識を介したTCRの刺激によってiNKT細胞が潜在的に活性化されることが必要であることが明らかになった。生体内でのiNKT細胞の機能制御機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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