学位論文要旨



No 122551
著者(漢字) 潘,衛東
著者(英字) Pan,Weidong
著者(カナ) ハン,エイトウ
標題(和) べき型自己相関関数によるパーキンソン症状の定量的解析
標題(洋) Quantitative analysis of parkinsonism by power law temporal autocorrelation
報告番号 122551
報告番号 甲22551
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2847号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経科学神経内科専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加我,君孝
 東京大学 教授 斉藤,延人
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 助教授 熊野,宏昭
 東京大学 講師 宇川,義一
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要旨

背景:

 パーキンソン病(PD)は動作緩慢、固縮、安静時振戦、姿勢反射障害を特徴とする進行性の神経変性疾患である。薬物による症状のコントロールが一般的治療法であるが、症状の進行に伴い、薬用量の増量、調節が必要になってくる。症状の進行は、外来での診察における神経所見の変化、および患者の主観的評価に大きく依存している。従来パーキンソニズムの重症度を評価する方法として、Unified Parkinson's Disease Rating Scale(UPDRS)があり、そのpart IIIでは運動変化を評価するが、医師の主観的判断と、患者からの申告により半定量的に評価するものであり、また評価のスコアも粗いため、症状の変化を高い感度で定量的に評価するには向いていない。

 客観的かつ経時的な運動機能評価のために、携帯型加速度記録計による記録を利用することが検討されたが、運動量の変化や振戦など不随意運動によりスコアが大きく影響されるため、運動機能評価に実用化されなかった。しかし、近年複雑系理論に基づく解析法を生物現象、気候、株価変動などの解析に応用し、一見ランダムにみえる現象の中にも、ある隠された相関性があることが示されてきている。例えば生物現象の中では心拍変動の自己相関性に関する研究はその成功例の最たるものである。

 私は、ヒトの動きにも内在的な規則性があると考え、加速度記録計のデータを複雑系の理論に基づくべき型自己相関関数により解析し、相関性を得た。また、パーキンソン患者の加速度記録計データを、従来の、加速度記録計カウント数の解析結果と比較し、この自己相関関数による解析との優劣を比較し、さらに、パーキンソン病患者の重症度を定量的に評価することができるかどうかを検討した。

対象:

1.被験者

 正常健常者6名(男性3人、女性3人)、パーキンソン病患者19人(男性13人、女性6人)。患者群はHoehn-Yahrスコアにより、軽症群(3;10人)と重症群(3.5;9人)に分けた。安静時振戦は6名にみられ、軽症群のうち6名は未治療の患者であった。

2.加速度記録計

 軽量かつ小型の腕時計型加速度記録計ECOLOG(SEIKO Instruments Ltd)を用い、モード13(フィルター振幅2-3Hz;感度閾値0.01 x g;記録zero crossing/min)により記録した。このモードでは、日常生活に最も頻繁に出現する2-3Hz帯域の運動を主に捉えることができることが明らかにされている。

 測定範囲を検定するため、ECOLOGを回転装置(Destain Rotator)上に固定して、加速度と相関性をもつECOLOGカウントの範囲を検討した。ECOLOGカウントが日常生活における運動のどのレベルにあたるのかを調べるため、ECOLOGを健常者の非利き腕手首に装着し、読書、歩行、走行の3動作を10分間続けた時のスコアを6名の健常者で調べた。

3.測定方法

 パーキンソン患者では非利き腕の手首にECOLOGを六日間以上(入浴時を除く)装着してもらい、得られた記録を、スコアの平均値(覚醒時、睡眠時ごと)、覚醒時スコアの頻度ヒストグラム、覚醒時スコアのべき型自己相関関数、の3種で解析した。

 重症群対軽症群の群間比較のは、パーキンソニズムの変動を評価するため、各個人の日記による主観的評価に基づく症状の強さによる比較、治療薬投与前後による比較、を行い有意差を検定した。また、振戦の影響を評価するために、振戦の有無により同様の解析を行った。

 日記による主観的重症度評価は、30-60分ごとに記録してもらった5段階評価(0-4)によるスコアの3以上の時間が、ある一日の覚醒時間に占める割合により、「調子が悪い日」(days in bad condition,BC;60%以下)、「調子が良い日」(days in good condition, BC;60%以上)とし、特に90%以上を占める場合は「調子がとても良い日」(days in very good condition,VGC)と定義した。治療薬投与後の記録は、服薬開始後薬用量が安定して3週間以上経過した時点で行った。

4.データ解析法

4-1.ECOLOGカウントの解析のため平均値(mean value)と頻度ヒストグラムによる解析を行った

● 平均値:覚醒時、睡眠時別にECOLOGスコアの平均値±標準偏差を計算した。

● 頻度ヒストグラム(frequency histogram):覚醒時記録のみを用い、ECOLOGスコアを50counts/minごとの7レンジに分け、その出現頻度を健常人を含めた全被検者で計算した。また、重症度との相関を検討するために、覚醒時スコアにおける0-50レンジの頻度によりconcave(CV、30%以上)、flat(FT,25%以上30%未満)及びconvex(CX,25%未満)に分け、各群における各パターンの出現を見た。

4-2.べき型自己相関関数α(power-law temporal autocorrelation exponent): Wavelet Transform Modulus Maxima(WTMM) におけるwaveletを単位とするDetrended fluctuation analysis(DFA)を改変したOhashiらの解析法を用いた(Ohashi, 2003, Physical Review)。運動を解析するためには、一連の動きを纏めたものを単位とする必要があり、singularityという或時間スケールで、step形ないしcusp形をなすパターンを単位とするwaveletを用いた。オリジナルのDFAでは動きの大きさの変化に方向性を勘案してないが、本論文の方法では、運動量の一過性の増加をmaxima、減少をminimaとして、動きの方向性ごとに解析した。数学的には、このwaveletは"mother wavelet"と呼ばれる3rd Gaussian functionの関数として表される。

ここでtは時間で、Gaussian 2(nd)derivative waveletを利用した。スケールSを変化させることにより、この"hat-shaped"templateψ(t)は時間と共に変化し、時間軸に対する運動の一過性増加及び減少を表す。一過性の活動増加(低-高-低のパターン)はW(S)のmaximaを、一過性の減少(高-低-高のパターン)はminimaを生ずる。次に、maximaとminimaのsquared wavelet coefficientを全期間で平均した。これにより、maximaとminimaに対するべき型自己相関関数αはS対W(S)2のdouble-logarithmic plotにおける直線のスロープ(slope)として表される。この研究ではSのレンジは8分間から35分間までを計算した。

結果:

 ECOLOGの記録は288counts/minまで、加速度と直線的な相関性があった(r=0.926)。日常生活動作では、歩行レベルまではECOLOGカウントと相関があることが分かり、患者の日常動作は直線性をもって記録できることが分かった。ECOLOGカウントの経時的記録からは、重症度が増すに従ってカウントが減少し、睡眠覚醒のバイオリズムも分かりにくくになった。ECOLOGカウントの平均値は、重症群ほど覚醒時カウントが低くなり、逆に睡眠時カウントが高くなった。同様に、抗パーキンソン剤投与前後の比較でも、重症ほどカウントが低くなった。しかし、軽症群と健常者、日記による重症度評価、では、有意差がみられなかった。

 頻度ヒストグラムの解析では、重症度に従い、0-50counts/minレンジが増加する傾向があったが、生活パターンの違いにより健常者でもこのレンジが高い例もあり、必ずしもパーキンソニズムの重症度を反映しなかった。

 べき型自己相関関数αによる解析では、健常群、患者群ともmaximaの自己相関関数もminimaの自己相関関数も直線性があり、自己相関性をもつことが分かった。特に、maximaの自己相関関数は群間比較では、重症群では軽症群より高い値を示し、個々の患者の状態による比較でも、主観的重症度が高いときには低いときより高いmaximaの相関係数αが、全ての患者で得られた。同様に、全ての患者において治療薬投与前のαは投与後より高い値を示した。

 振戦により、覚醒時のECOLOGカウントは健康群と比較しても有意に高くなり、特に251counts/min以上の、健常群にも見られない高カウントレベルの頻度が高かった。これに対し、maximaのα値は、振戦の影響を受けず、振戦のない腕と同等の、健常群より有意に高い値を示した。

考察:

 加速度記録計は、日常生活の中で患者に負担をかけず、運動量を長期間、連続的に記録することができるが、適切な解析法がなかったため、パーキンソン病を代表とする運動機能を定量的に評価することができなかった。本研究では、腕時計型加速度記録計により、日常生活動作を高い信頼性をもって記録することが可能であること示した。また、運動量を表すECOLOGカウントは、日常生活のスタイルや振戦に大きく影響され、大まかな評価は可能であるものの、解析法を工夫しても、客観的に定量するには不向きであった。

 これに対し、べき型自己相関関数αによる解析、特にmaximaの自己相関関数は、これらの影響を受けないのみならず、全ての患者で、パーキンソニズムの重症度と相関し、一人の患者の經過を定量的に評価するのにも有効であった。本研究で用いたべき型自己相関関数αによる解析法は、DFAの変法であり、揺らぎの幅を様々な時間幅で解析するもので、自己相関がある場合には、解析の時間幅やデータ量が大きくなるにつれ揺らぎの大きさもより大きくなり、両対数グラフで表すと直線になる。健常者、患者共に、直線性が得られ、ヒトの日常生活動作の運動には内在する規則性があることが分かった。この解析法ではデータに内在するベースラインの非定常性、方向性を除外できるので、生活パターンの違いや、運動量の違いには影響を受けない。さらに、maximaの自己相関関数が時間軸の二点間の大きな動きの変化率(増加或は減少)を表すことから、身体の動きの変化の速さを表現していると考えられる。すなわち、低いmaximaの自己相関関数値は、速い動きの変化が多いことを表し、akinesiaが強ければmaxima値は高くなると考えられるので、パーキンソン病の症状の中でも特にakinesiaの評価に有効であると考えられる。パーキンソニズムにおいて日常生活動作を最も阻害する運動機能障害は、akinesiaであり、本解析法は患者におけるパーキンソニズムの重症度を定量的に評価する有力なツールである。とくに、個々の患者の重症度の変動に相関したmaxima値の変化が見られるので、パーキンソニズムの進行度の判定、治療効果の判定、新薬の薬効の判定にも有効であると考えられる。

結論:

 腕時計型加速度計による長時間記録をべき型自己相関関数α、特にmaximaの自己相関関数,により解析することにより、振戦の有無にかかわらずパーキンソニズムの重症度を定量的に評価することができ、新薬の薬効評価にも有用である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はヒトの動きにも内在的な規則性があると考え、加速度記録計のデータを複雑系の理論に基づくべき型自己相関関数により解析し、相関性を得た。また、パーキンソン患者の加速度記録計データを、従来の、加速度記録計カウント数の解析結果と比較し、この自己相関関数による解析との優劣を比較し、さらに、パーキンソン病患者の重症度を定量的に評価することができるかどうかを検討したのものであり、下記の結果を得ている。

 1.従来パーキンソニズムの重症度を評価する方法として、Unified Parkinson's Disease Rating Scale(UPDRS)があり、そのpart IIIでは運動変化を評価するが、医師の主観的判断と、患者からの申告により半定量的に評価するものであり、また評価のスコアも粗いため、症状の変化を高い感度で定量的に評価するには向いていない。

 2.客観的かつ経時的な運動機能評価のために、携帯型加速度記録計による記録を利用することが検討されたが、運動量の変化や振戦など不随意運動によりスコアが大きく影響されるため、運動機能評価に実用化されなかった。

 3.加速度記録計ECOLOGの記録は288counts/minまで、加速度と直線的な相関性があった(r=0.926)。日常生活動作では、歩行レベルまではECOLOGカウントと相関があることが分かり、患者の日常動作は直線性をもって記録できることが分かった。

 4.従来と同じ評価方法ECOLOGカウントの経時的記録からは、重症度が増すに従ってカウントが減少し、睡眠覚醒のバイオリズムも分かりにくくになった。ECOLOGカウントの平均値は、重症群ほど覚醒時カウントが低くなり、逆に睡眠時カウントが高くなった。同様に、抗パーキンソン剤投与前後の比較でも、重症ほどカウントが低くなった。しかし、軽症群と健常者、日記による重症度評価、では、有意差がみられなかった。

 5.頻度ヒストグラムの解析では、重症度に従い、0-50counts/minレンジが増加する傾向があったが、生活パターンの違いにより健常者でもこのレンジが高い例もあり、必ずしもパーキンソニズムの重症度を反映しなかった。

 6.べき型自己相関関数αによる解析では、健常群、患者群ともmaximaの自己相関関数もminimaの自己相関関数も直線性があり、自己相関性をもつことが分かった。特に、maximaの自己相関関数は群間比較では、重症群では軽症群より高い値を示し、個々の患者の状態による比較でも、主観的重症度が高いときには低いときより高いmaximaの相関係数αが、全ての患者で得られた。同様に、全ての患者において治療薬投与前のαは投与後より高い値を示した。

 振戦により、覚醒時のECOLOGカウントは健康群と比較しても有意に高くなり、特に251counts/min以上の、健常群にも見られない高カウントレベルの頻度が高かった。これに対し、maximaのα値は、振戦の影響を受けず、振戦のない腕と同等の、健常群より有意に高い値を示した。

 以上、腕時計型加速度計による長時間記録をべき型自己相関関数α、特にmaximaの自己相関関数,により解析することにより、振戦の有無にかかわらずパーキンソニズムの重症度を定量的に評価することができ、新薬の薬効評価にも有用であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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