学位論文要旨



No 122554
著者(漢字) 三輪,秀樹
著者(英字)
著者(カナ) ミワ,ヒデキ
標題(和) 扁桃体外側核のNMDA受容体特性 : 海馬CA1領域との比較
標題(洋) Functional properties of the NMDA receptor in the lateral amygdala : a comparison with those in the hippocampal CA1 region
報告番号 122554
報告番号 甲22554
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2850号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 御子柴,克彦
 東京大学 助教授 川原,信隆
 東京大学 講師 川合,謙介
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 三品,昌美
内容要旨 要旨を表示する

 扁桃体は,恐怖をはじめとする情動の発現と記憶に関与することが今までの研究によって明らかになっている.マウスやラットなどの恐怖記憶学習能力を評価するための行動学的実験法としてよく用いられるものに,音恐怖条件付けがある.音恐怖条件付けでは,通常は恐怖反応を引き起こさない程度の音などの条件刺激(conditioned stimulus;CS)を呈示後に電気ショックなどの無条件刺激(unconditioned stimulus;US)を与えるという操作を繰り返すと,条件刺激を呈示しただけで,呼吸以外はまったく動かなくなるすくみ反応,脱糞,血圧上昇,および副腎皮質ホルモンの上昇などの情動反応を示すようになる.扁桃体は大きく分けて,扁桃体外側核(LA),基底外側核(BLA),基底内側核(BM),中心核(CeA)という4つの神経核から構成されるが,音恐怖条件付けでは,扁桃体外側核(lateral nucleus of the amygdala;LA)においてCSとUSが連合し,さらにその結果として,CSの情報伝達効率が上昇し,LAからCeAへの情報伝達も促進されることにより,CeAからの出力が条件恐怖反応をより強く発現させると考えられている.実際,音恐怖条件付けによって,音という感覚性の情報を扁桃体に伝達するとされる視床-LA経路において興奮性シナプス伝達の長期増強(Long-term potentiation;LTP)がin vivoの実験で誘導されることが観察されており,このLTPは音恐怖条件付けなどの恐怖記憶の細胞レベルでの基礎過程だと考えられている.

 グルタミン酸受容体のひとつであるNMDA受容体は,NR1(あるいはGluRζ1)サブユニットとNR2サブユニット(GluRε)サブユニットが組み合わされることによりチャネルとしての機能を発揮する.NR2サブユニット(NR2A-NR2D;GluRε1-GluRε4)は受容体の機能修飾を行うサブユニットであり,発生時期や脳内における分布が異なることが知られている.また,NR2Aサブユニットを含むNMDA受容体はシナプス部位に局在し,NR2Bサブユニットを含むNMDA受容体はシナプス外部位に局在するという報告もあるが,その詳細については不明な点が多い.このように,NR2サブユニットの多様性がNMDA受容体特性を決定するため,ある脳部位の特定の神経細胞において,どのNR2サブユニットが発現しているかを同定することは,その神経細胞でのNMDA受容体の役割,さらにはその脳部位の高次脳機能を解明するために重要である.しかしながら,発達に伴うNMDA受容体特性の変化については調べられているが,脳部位間のNMDA受容体特性の差異については不明な点が多い.

 海馬でのLTP誘導および海馬依存性の場所記憶形成におけるNMDA受容体の重要性と同様に,音恐怖条件付けにおいて,NMDA受容体阻害剤であるAPVを扁桃体に注入すると学習障害を生じることから,扁桃体のNMDA受容体の活性化が恐怖記憶の獲得に重要な役割を担っていることが示されている.また,NR2Bサブユニットを含むNMDA受容体の選択的阻害剤であるifenprodilをLA内に注入すると音恐怖条件付けによる恐怖記憶の獲得が障害されることが報告されている.さらにNR2Bサブユニットの主要なチロシンリン酸化残基であるTyr-1472をフェニルアラニンに置換したノックインマウスでは,扁桃体依存性の音恐怖条件付けおよび扁桃体におけるシナプス可塑性に異常が見られるが,海馬依存的な学習や海馬でのシナプス可塑性には異常は見られないことが報告されている.このことから扁桃体と海馬では,NMDA受容体特性やNR2Bサブユニットのシナプス伝達およびシナプス可塑性における寄与が異なり,それぞれの部位において異なる生理的役割を果たしていることが予想される.

 そこで本研究では,視床-LA経路のNMDA受容体特性やNR2Bサブユニットのシナプス伝達およびシナプス可塑性への寄与を明らかにするために,Schaffer側枝-海馬CA1領域との比較を行いながら,電気生理学的・形態学的解析を進めた.扁桃体スライス標本および海馬スライス標本を用い,ホールセルパッチクランプ法により興奮性シナプス後電流(Excitatory postsynaptic current;EPSC)を記録した.その結果,(1)NMDA-EPSC/AMPA-EPSC比はLAの方が大きく,(2)NMDA-EPSCの電流-電圧曲線において,負の膜電位の範囲でLAの方がシナプス電流が相対的に小さいという傾向が見られた.このNMDA-EPSCの電流-電圧曲線の差異はNMDA受容体の細胞外Mg(2+)感受性によるものと考えられることから,さらに詳細な解析を行ったところ,(3)NMDA-EPSCの細胞外Mg(2+)感受性はLAの方が低いことが示された.一方,NR2Bサブユニットを含むNMDA受容体の選択的阻害剤であるifenprodilをLA内に注入すると音恐怖条件付けによる恐怖記憶の獲得が障害されることが報告されている.そこで,シナプス伝達におけるNR2Bサブユニットの寄与について検討したところ.(4)ifenprodilによるNMDA-EPSCの阻害効果はLAの方が大きかった.また包埋後免疫電子顕微鏡法を用いた解析においても,(5)シナプス部位のNR2A/NR2Bサブユニット比はLAの方が小さいことが示された.以上のことから,LAのシナプス部位のNMDA受容体はNR2Bサブユニットをより多く含んでいることが示唆された.このシナプス部位に存在するNR2Bサブユニットの生理的役割の解明への試みの一端として,まずLTP誘導への影響を検討した.その結果,(6)LTP誘導におけるNR2Bサブユニットの寄与はLAの方が大きいということが分かった.以上のことからLAのシナプス部位のNMDA受容体は,(1)CA1領域と比較すると異なる受容体特性を持つこと,さらに(2)これまでの報告とは異なりNR2Bサブユニットがシナプス部位にも豊富に存在し,シナプス伝達およびシナプス可塑性に関して重要な役割を果たすことが強く示唆された.これらのLAのNMDA受容体特性は,扁桃体のシナプス伝達およびシナプス可塑性,さらには恐怖記憶の獲得および表現など扁桃体が関与する高次脳機能において重要な役割を担っていることと結論される.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,恐怖をはじめとする情動の発現と記憶に関与すると考えられている扁桃体でのシナプス伝達およびシナプス可塑性の分子メカニズムの解明への試みへの一端として,視床-扁桃体外側核(LA)経路のNMDA受容体特性やNR2Bサブユニットのシナプス伝達およびシナプス可塑性への寄与を明らかにするために,Schaffer側枝-海馬CA1領域との比較を行いながら,電気生理学的・形態学的解析を進めた.扁桃体スライス標本および海馬スライス標本を用い,ホールセルパッチクランプ法により興奮性シナプス後電流(Excitatory postsynaptic current;EPSC)を記録し,下記の結果を得ている.

1. NMDA-EPSC/AMPA-EPSC比はLAの方が大きい.

2. NMDA-EPSCの電流-電圧曲線において,負の膜電位の範囲でLAの方がシナプス電流が相対的に小さいという傾向が見られた.

3. NMDA-EPSCの細胞外Mg(2+)感受性はLAの方が低いことが示された.

4. NR2Bサブユニット選択的阻害剤ifenprodilによるNMDA-EPSCの阻害効果はLAの方が大きい.

5. シナプス部位のNR2A/NR2Bサブユニット比はLAの方が小さいことが示された.

6. LTP誘導におけるNR2Bサブユニットの寄与はLAの方が大きいということが分かった.

 以上,本論文は視床-LA経路におけるシナプス伝達およびシナプス可塑性の解析から,LAのシナプス部位のNMDA受容体は,CA1領域と比較すると異なる受容体特性を持つこと,さらにこれまでの報告とは異なりNR2Bサブユニットがシナプス部位にも豊富に存在し,シナプス伝達およびシナプス可塑性に関して重要な役割を果たすことが強く示唆された.このことは,扁桃体のシナプス伝達およびシナプス可塑性,さらには恐怖記憶の獲得および表現など扁桃体が関与する高次脳機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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