学位論文要旨



No 122558
著者(漢字) 澤城,大悟
著者(英字)
著者(カナ) サワキ,ダイゴ
標題(和) 血管リモデリングにおける心血管系転写因子KLF5の細胞増殖促進効果とそのメカニズムの検討
標題(洋) Kruppel-like factor 5 directly stimulates cell growth in vascular lesions
報告番号 122558
報告番号 甲22558
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2854号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山崎,力
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 講師 中岡,隆志
 東京大学 講師 下澤,達雄
内容要旨 要旨を表示する

背景: 狭心症等虚血性心疾患は合成型平滑筋細胞の増殖や変性マクロファージ(泡沫化細胞)やその他の細胞外基質からなる動脈硬化性プラークや冠インターベンション後に見られる新生内膜等による急性・慢性の血管内腔狭窄として特徴付けられる。KLF5はSp/KLF 因子として知られるzinc finger型転写因子群に属し、これまで数々の研究より冠動脈病変における血管平滑筋の増殖にその発現が関与する事が知られている。また非心血管系細胞に於いては細胞増殖を引き起こし、特に癌化に関連する因子として多く報告されている。同様にKLF5は病的刺激(アンギオテンシンIIやphorbol ester)により誘導される因子であり血管バルーン障害モデル等により新生内膜内に発現が引き起こされる事が知られている。しかし現在までの所、実際にKLF5が心血管病変や平滑筋等動脈硬化変化の主体をになう細胞群において直接的に細胞増殖を促進させているのか、またKLF5の直接的抑制は細胞増殖を減弱させ今後の動脈硬化促進抑制の治療ターゲットとなり得るかについては報告されていない。本研究においてはまずKLF5の血管病変に於ける細胞増殖への直接的な作用に焦点をおき、血管障害モデル及び血管平滑筋細胞へと強制導入を行い血管リモデリングに於ける影響とそのメカニズムをSp1群との比較も含めin vivo&vitroにて評価した。

方法および結果: アデノウイルスを用いてKLF5及びzinc finger型転写因子であるSp1をラットバールーン血管障害後に強制導入し新生内膜の増生について免疫染色・新生内膜形成についての形態計測を行った。新生内膜の形成はempty群やSp1群に比して有意にKLF5導入群にて増生していた(KLF5 group: intima/media ratio 1.39+/-0.23SD, empty/Sp1 group: I/M ratio 0.70+/-0.23SD)。またKLF5 群ではPCNA染色を用いた増殖細胞比率がやはり有意にempty群、Sp1群に比して増加していた。初代継代細胞ラット大動脈平滑筋細胞への導入・強制発現でもKLF5群で顕著に細胞増殖促進効果を認め、またチミジンアナログであるBrdUの取り込み率も著明に上昇しておりDNA合成促進が示された。フローサイトメトリーを用いた細胞周期解析ではKLF5導入群においてS期(DNA合成期)に存在する細胞比率が飛躍的に上昇しておりKLF5強制導入により細胞周期が促進される事が伺われた。加えてKLF5強制導入を行った細胞群では細胞周期をS期へと進行させる事により促進することが知られているcyclin D1の発現上昇が蛋白・mRNA双方にて確認された。ルシフェラーゼを用いたレポーターアッセイではKLF5の用量依存的なcyclin D1への発現増強効果が確認された。Cyclin D1プロモーター領域の欠失変異体を用いた検討ではSp1モティーフ部位でのレポーター活性に有意差を認めSp1モティーフをcis-elementととしてKLF5はcyclin D1への転写活性を増強すると判断された。更にラット血管平滑筋細胞において血清刺激の有無を条件としてKLF5によるクロマチン免疫沈降を行った所、KLF5はcyclin D1プロモーターと増殖刺激がある場合に相互作用する事が想定された。RNA干渉を用いたgene silencingの検討では細胞増殖、細胞周期促進ともにKLF5のknock downによりコントロール群に比して低下、減少を認めた。

考察: 上記の結果から以下の3点が挙げられる。

(1) 血管平滑筋細胞は収縮型(contractile type)として存在するが新生内膜等病的状態では増殖・遊走を特徴とする合成型へと形質変換(脱分化)を行うとされている。形質転換におけるKLF/Sp1ファミリー転写因子群の関与の重要性は既に報告されている通りであるがexogenousな強制発現においても各転写因子特異的な変化が観察され血管リモデリングにおける重要性が確認された。KLF5の強制発現はバルーン障害等病的刺激下において平滑筋等新生内膜の細胞増殖を促進し、結果として血管リモデリングを増悪させる。同じZn finger型転写因子であるSp1の強制発現ではEmpty群と同程度の新生内膜形成であった点から考えるとKLF5の心血管病変に於ける特異性が伺える。

(2) これまでの特に癌腫での検討ではKLF5は細胞腫、また刺激等の状況により増殖促進、抑制双方に働き得ると報告されていた。しかし血管平滑筋・筋線維芽細胞を使用した今回の検討では血清刺激下のKLF5は強力に細胞増殖を促進し、またその作用の一端は直接、プロモーター上のSp1モティーフを介してcyclin D1の発現増強による事が明らかになった。以上の結果よりKLF5はSMembやPDGF-Aを介した血管平滑筋の形質転換及びcyclin D1の直接的な転写増強による細胞増殖効果の両面より血管リモデリング促進を行うと想定された。

(3) KLF5は血管リモデリングにおいてSMemb、PDGF-A等形質転換に関わる因子を始め、PAI-1、iNOS等種々のautocrine・paracrine因子を産生し病態の促進に関わることが知られている。またhetero-knockoutマウスを用いた検討で血管障害への新生内膜・肉芽組織の形成やアンギオテンシンII刺激への心肥大形成が抑制されることが証明されている。本研究ではプラスミドを担体としたKLF5のRNA干渉を行い効率的にKLF5の発現抑制を行った結果、細胞増殖・細胞周期促進効果減弱効果が認められた。以上よりRNA干渉によるKLF5を標的とした治療的介入は血管平滑筋等の増殖が主体となる病態において有効である可能性が高い事が示された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は狭心症等虚血性心疾患の原因となる動脈硬化等血管リモデリングにて中心的役割を果すとされているKLF5の平滑筋細胞増殖促進効果に付きin vitro及びin vivoにて解析し以下の結果を得ている。

1. アデノウイルスを用いてラットバールーン血管障害後にKLF5及びcontrol群を強制導入し新生内膜の増生について免疫染色・新生内膜形成についての形態計測を行った所、有意にKLF5導入群での増生を認めた。(KLF5 group: intima/media ratio 1.39+/-0.23SD, empty/Sp1 group: I/M ratio 0.70+/-0.23SD)。KLF5 群ではPCNA染色を用いた増殖細胞比率が有意にempty群、Sp1群に比して増加していた。KLF5の血管リモデリングに於ける細胞増殖効果が特異的に示された。

2. 初代継代細胞ラット大動脈平滑筋細胞への導入・強制発現ではKLF5群で顕著に細胞増殖促進効果を認め、またBrdUの取り込み率も著明に上昇しておりDNA合成促進が示された。同様にフローサイトメトリーを用いた細胞周期解析においてもKLF5導入群においてS期(DNA合成期)に存在する細胞比率が飛躍的に上昇しておりKLF5強制導入により細胞周期が促進される事が伺われた。

3. 更にはKLF5強制導入を行った細胞群では細胞周期をS期へと進行させる事により促進することが知られているcyclin D1の発現上昇が蛋白・mRNA双方にて確認され、ルシフェラーゼを用いたレポーターアッセイではKLF5の用量依存的なcyclin D1への発現増強効果が確認された。Cyclin D1プロモーター領域の欠失変異体を用いた検討ではSp1モティーフ部位でのレポーター活性に有意差を認めSp1モティーフをcis-elementととしてKLF5はcyclin D1への転写活性を増強すると判断された。更にラット血管平滑筋細胞において血清刺激の有無を条件としてKLF5によるクロマチン免疫沈降を行った所、KLF5はcyclin D1プロモーターと増殖刺激がある場合に相互作用する事が想定された。以上よりKLF5はSMembやPDGF-Aを介した血管平滑筋の形質転換及びcyclin D1の直接的な転写増強による細胞増殖効果の両面より血管リモデリング促進を行うと想定された。

4. RNA干渉を用いたgene silencingの検討では細胞増殖、細胞周期促進ともにKLF5のknock downによりコントロール群に比して低下、減少を認めており、RNA干渉によるKLF5を標的とした治療的介入は血管平滑筋等の増殖が主体となる病態において有効である可能性が高い事が示された。

 以上、本論文は血管リモデリングにおけるKLF5の寄与についてラットバルーン障害モデル、血管平滑筋細胞への導入効果の解析よりcyclin D1への直接的転写活性促進による細胞周期・増殖促進が主体であることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった血管リモデリングにおける平滑筋細胞増殖のメカニズム、更にはそれを標的とした治療法の開発に繋がる貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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