No | 122559 | |||
著者(漢字) | 岡田,聖子 | |||
著者(英字) | ||||
著者(カナ) | オカダ,セイコ | |||
標題(和) | 気道上皮表面におけるアデノシン三燐酸放出の生理学的調節 | |||
標題(洋) | Physiological regulation of ATP release at the apical surface of airway epithelia | |||
報告番号 | 122559 | |||
報告番号 | 甲22559 | |||
学位授与日 | 2007.03.22 | |||
学位種別 | 課程博士 | |||
学位種類 | 博士(医学) | |||
学位記番号 | 博医第2855号 | |||
研究科 | 医学系研究科 | |||
専攻 | 内科学専攻 | |||
論文審査委員 | ||||
内容要旨 | アデノシン3燐酸(ATP)及びその代謝物質アデノシンは、気道上皮表面(細胞外)において、ATPのP2Y2受容体及びアデノシンのA(2B)受容体を介し、イオンチャネルの透過性調節、線毛運動の促進、粘液分泌の促進を行い、異物排除を促進し宿主を保護する重要な因子として知られている。しかし、気道上皮管腔側を覆う薄い液層(7μm)内におけるATP及びアデノシンの実際の濃度、及びATP放出・代謝に基づく気道上皮活動の内分泌・傍分泌による調節機序に関しては、未だ不明である。細胞表面の比較的大きな体積の液層内におけるATP濃度は、細胞表面ごく近傍での濃度を正確に反映していないのではないかとの仮説が提示されてきた。 そこで当研究第1章では、ブドウ球菌由来プロテインAとルシフェラーゼの融合蛋白(SPA-luc)を部分精製し、ヒト気道上皮初代細胞表面に内因性に発現する抗原に一次抗体を介して結合させ、気道上皮管腔側を覆う薄い液層内におけるATP濃度をリアルタイムで測定した。プロテインAは一次抗体のFcドメインに結合し、ルシフェラーゼはルシフェリンとマグネシウムイオンの存在下にて、ATPの濃度依存性に発光する。SPA-lucによる細胞表面のATP濃度リアルタイム測定の他に、細胞外液に溶解させたルシフェラーゼによる細胞表面管腔側液層全体のATP濃度リアルタイム測定、及び細胞表面管腔側液層より採取したサンプルのATP濃度測定を行い結果を比較した。 無刺激(休止)状態では、細胞外のATP濃度は管腔側に加えた液体の体積及びに測定方法に関わらず、1-10nM(P2受容体のEC(50)をはるかに下回る濃度)であり、一旦ATP放出と分解の平衡が達成されると、細胞表面の液層内におけるATP濃度は細胞表面近傍も遠隔も一律であることが示唆された。一方、ヒト気道上皮初代細胞表面には、3種類のエクトヌクレオチダーゼ(ATP水解酵素)[ecto-nucleotidase pyrophosphatase phosphodiesterase (eNPP)、ecto-NTP diphosphohydrolase(eNTPDase)、アルカリンフォスファターゼ]が発現するが、それぞれの酵素の阻害剤(順にβ,γ-メチレン-ATP、エプセレン、レバミソール)を加えてこれらを阻害すると、250fmol/min/cm2の率でATPが細胞外に蓄積した。この蓄積率は、休止状態の細胞からの継続的なATP放出率を反映し、細胞表面の液層体積に依存しなかった。このような休止状態の細胞からの継続的なATP放出は、「非調節の」継続的な細胞からのATP放出を反映すると考えられている。 次に、生理的刺激に伴うATP放出およびATP濃度の調節を調べた。細胞の膨張をきたす低浸透圧刺激は、ATP放出を誘発する刺激として様々な細胞にて確立されている。ヒト気道上皮初代細胞においても、管腔側における33%低浸透圧(200mOsm)は、大量のATP放出を刺激する。またこれは、実際に生体の気道における腺からの低浸透液の分泌の状況を模し、当研究のATP濃度リアルタイム測定系において用いやすく再現性に優れた刺激であるため、当研究における生理的刺激として採用した。ヒト気道上皮細胞に低浸透圧刺激を与えると、SPA-lucによって測定された細胞表面のATP濃度は、細胞管腔側の液層体積に関わらず約1μMに達し、刺激によるATP放出率の1000倍への一過性上昇を反映した。これとは対照的に、細胞外液に溶解させたルシフェラーゼによって測定された細胞表面の液層全体のATP濃度の最高値、及び、細胞表面の液層より採取したサンプルのATP濃度は、液層体積に反比例した。即ち、低浸透圧刺激に伴い、細胞表面で高く、液層内を遠ざかるに従い低い、ATP濃度勾配が観察され、当現象には1)放出されたATPの大きな液層体積内への希釈、2)放出されたATPの液層全体へ拡散する以前の段階での細胞表面での迅速な分解、3)非混合細胞表面層効果に伴う、細胞表面ATPのこの層外への拡散の遅延、が寄与していると考えられた。 33%の低浸透圧刺激に反応し、細胞は約150%の体積に膨張したことから、これら気道上皮細胞は、細胞外の浸透圧変化に応じて自在に水やイオンを透過させ、細胞内の浸透圧が変化し体積が膨張する、あたかも浸透圧センサーの様な特徴を持つことが示された。この急性期の細胞膨張に引き続き、ヒト気道上皮細胞は調節的体積減少を示した。当機能は、細胞のホメオスターシスを保持する上で重要である。細胞膨張期に細胞外へ放出されたATPの当機能への関与を調べたところ、調節的体積減少はアピラーゼによる細胞外ATPの水解によって遅延し、細胞外ATPまたはUTPの付加にて促進され、アデノシンA(2B)受容体拮抗薬8-スルフォニルフェニルテオフィリン(8-SPT)によっては影響されなかった。即ち、低浸透圧刺激、細胞膨張に伴い細胞外へ放出されたATPは、P2Y2受容体を介し(クロライドやカリウムイオンの放出の促進を介して水の放出を促進し)、細胞体積を回復するために貢献することが示唆された。但し、ATPの代謝産物のアデノシンのA(2B)受容体を介する細胞堆積への貢献は否定的といえた。以上より、気道上皮表面におけるATP濃度が、生理学的細胞刺激によって上昇しP2Y2受容体活性化の範囲に至る証拠を初めて提示し、また、低浸透圧刺激に伴うATP放出がP2Y2受容体を介し調節的細胞減少を促進することから、上皮管腔側へのATP放出、細胞表面ATP濃度、細胞体積調節の動的な連携を提示した。極性を示す上皮細胞の表面でATPを測定し得る当手法は、他の生理学的刺激(液体の流れに伴うずり応力、圧力、等)に伴う上皮細胞からのATP放出の研究、上皮細胞からのATP放出の機序の解明等、今後の研究に大変有用と考えられる。 次に、この手法を用いて、気道上皮初代細胞からの低浸透圧刺激によるATP放出の機序に関し考察した。上皮細胞からのATP放出の機序に関しては、十数年の研究の歴史にも関わらず未だ不明な点が多い。ATPを含有する顆粒の、開口放出による機序と、細胞質のATPのチャネルやトランスポーターによる伝導的放出による機序とが、2つの主要な候補と考えられている。バプタによる細胞内カルシウム剥奪は細胞外ATP濃度に影響せず、ATP放出機序は、細胞内カルシウム濃度非依存性と考えられた。即ち、当培養細胞の主構成員である線毛細胞からの、細胞内カルシウム依存性開口放出以外の機序(恐らくはチャネルやトランスポーター等)が主要な役割を果たすことが示唆された。しかし、気道上皮管腔側細胞膜に発現するクロライドチャネルであるシスティックファイブローシス膜電位調節因子(CFTR)は、この機序に貢献しないことが、CFTR欠損(システィックファイブローシス)患者からのヒト気道上皮初代細胞を用いた実験、及びCFTRの阻害剤を用いた実験にて示された。 以上に基づき当研究第2章では、ATP放出を司る候補分子の一つである電位依存性陰イオンチャネル(voltage-dependent anion channel, VDAC)のATP放出への関与の存否の確認を試みた。VDACはミトコンドリア外膜に発現し、ATPやADPをはじめ様々な分子を輸送するチャネルである。細胞膜に発現するVDAC-1のスプライスバリアント(pl-VDAC-1,Buettner et.al. PNAS 97,2000)の報告は、このチャネルの細胞膜におけるATP輸送の可能性を示唆する他、ヒト、マウス、ラットの上皮細胞にて、電気生理学的にvoltage-dependent anion channel(VDAC)に類似したATP通過性陰イオンチャネルの存在を示唆する報告がされている。pl-VDAC-1を過剰発現させたマウス線維芽細胞(NIH3T3)は、機械的刺激に応じ、対照細胞に比して有意に高い濃度のATPを放出した。VDAC-1ノックアウトマウスより単離、培養された気道上皮細胞は、低張液による浸透圧刺激に応じ、対照細胞の50%のATPを放出し、膨張後の調節的体積減少が遅延した。細胞内ATP濃度はVDAC-1過剰発現細胞、ノックアウト細胞とも対照細胞と有意差が無かった。以上より、マウスの気道上皮細胞において、VDAC-1が直接的或いは間接的にATP放出に関与すること、またATP放出の機構は他にも存在すること、が示唆された。 上皮細胞からのATP放出機構に関しては、未だ不明な点が多いが、主に線毛細胞からなる気道上皮初代細胞を用いた当研究の結果は、線毛細胞からのATP放出には細胞内カルシウム依存性開口放出以外の機序(VDACを含め、伝導的放出)が主要な役割を果たすことを示唆する一方で、分泌型の上皮細胞セルラインにおける研究(Beudreault et.al. J Phsyiol 561,2004)は、杯(粘液分泌)細胞からのATP放出は細胞内カルシウム依存性であり、主に開口放出によることを示唆した。気道上皮は、異なるATP放出機構を有する異なる種類の細胞から構成されると考えられる。 | |||
審査要旨 | 気道上皮細胞におけるイオンチャネル透過性調節、線毛運動や粘液分泌の促進といった機能は異物を排除して宿主を保護するために重要であるが、こうした機能には気道上皮管腔側を覆う薄液層内のアデノシン3リン酸(ATP)及びその代謝物質アデノシンが深く関わっていると考えられている。しかし、薄液層ゆえにその中のATPおよびアデノシンの実濃度を知ることは非常に困難であり、ATPの放出、代謝とその内分泌・棒分泌による気道上皮細胞活動調節との関係についても解析が十分進んでいないのが現状である。本研究は、気道上皮細胞上の薄液層内のATP濃度を知るために独自のモニター系を構築し、従来法との比較からその有用性を証明すると共に、その系を用いて以下の結果を得ている。 1.ブドウ球菌由来プロテインAとルシフェラーゼの融合蛋白(SPA-luc)をヒト気道上皮初代細胞表面に存在する抗原とその一次抗体を介して結合させ、ルシフェリン・ルシフェラーゼによる発光反応がATP依存的である性質を利用して細胞表面上のATP濃度を発光強度を指標にモニターする系を構築した。 2.休止状態細胞の場合、一旦ATP放出と分解の平衡が達成されると細胞外ATP濃度は一律に1-10nMであることが明らかとなった。また、ATP水解酵素阻害剤を添加すると細胞外でのATP蓄積が認められ、継続的なATPの放出と分解を示唆した。 3.ヒト気道上皮初代細胞を33%低浸透刺激で膨張させるとATP放出が促進することを確認し、その際の細胞表面ATP濃度は局所的に約1μMにも達すること、即ち、低浸透刺激によってATP放出率は一過的に休止状態の約1000倍にまで上昇することを上記のSPA-luc系にて明らかにした。なお、従来法によるATP濃度測定結果との比較から、放出されたATPは速やかに拡散、分散されることが分かった。 4.33%低浸透刺激でヒト気道上皮初代細胞は約150%の体積にまで急速に膨張後、速やかに調節的体積減少した。この調節的体重減少はアピラーゼによるATP水解で遅延、ATPまたはUTP添加で促進されたことから放出ATPがこの体積回復減少にかかわることが示唆され、さらに、アデノシンA2B受容体拮抗薬はこの現象に影響を及ぼさなかったことからこの回復機構にはATP受容体であるP2Y2受容体の関与が示唆された。 5.低浸透刺激時のヒト気道上皮初代細胞からのATP放出機構についても検討した。ATP含有顆粒の開口放出と、チャネル或いはトランスポーターによる伝導的放出の2つの機構を候補として想定したが、バプタ添加による細胞内カルシウムイオンのキレートが細胞外ATP放出に影響を及ぼさなかったことから、前者の機構が主軸を占めることは否定的と考えられた。 6.システィックファイブローシス膜電位調節因子(CFTR)欠損患者の気道上皮初代細胞を用いた実験、及びCFTR阻害剤を用いた実験結果より、気道上皮管腔側細胞膜に発現する当該クロライドチャネルはATP放出に関与しないことが明らかとなった。 7.以上に基づき、ATPの伝導的放出を司る候補分子の一つである電位依存性陰イオンチャネル(voltage-dependent anion channel, VDAC)のATP放出への関与の存否の確認を試みた。細胞膜発現型VDAC-1(pl-VDAC-1)を過剰発現させたマウス線維芽細胞(NIH3T3)は、機械的刺激に応じ、対照細胞に比して有意に高い濃度のATPを放出した。VDAC-1ノックアウトマウスより単離、培養された気道上皮細胞は、低張液による浸透圧刺激に応じ、対照細胞の50%のATPを放出し、膨張後の調節的体積減少が遅延した。細胞内ATP濃度はVDAC-1過剰発現細胞、ノックアウト細胞とも対照細胞と有意差が無かった。以上より、マウスの気道上皮細胞において、VDAC-1が直接的或いは間接的にATP放出に関与すること、またATP放出の機構は他にも存在すること、が示唆された。 8.上皮細胞からのATP放出機構に関しては、未だ不明な点が多いが、主に線毛細胞からなる気道上皮初代細胞を用いた当研究の結果は、線毛細胞からのATP放出には細胞内カルシウム依存性開口放出以外の機序(VDACを含め、伝導的放出)が主要な役割を果たすことを示唆する一方で、分泌型の上皮細胞セルラインにおける他の研究は、杯(粘液分泌)細胞からのATP放出は細胞内カルシウム依存性であり、主に開口放出によることを示唆した。気道上皮は、異なるATP放出機構を有する異なる種類の細胞から構成されると考えられる。 以上、本論文はヒト気道上皮初代細胞が定常状態において継続的かつ非調節的なATP放出を行っていることを明らかにし、さらに、この放出機能は低浸透刺激によって局所的に約1000倍も促進されてP2Y2受容体活性化範囲にまで到達し、この受容体を介する刺激が膨張した細胞体積を回復させる現象に関わる事を示唆した。また、低浸透刺激時のATP放出機構はCFTRを除く何らかのチャネル或いはトランスポーターによるものと結論付けた。さらに、候補分子の一つであるVDAC-1が、実際にATP放出に関与することをマウスの気道上皮において示した。これらの知見は今後の気道上皮細胞機能解析、特にATP放出の機序や役割を解析する上で、非常に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |||
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