学位論文要旨



No 122560
著者(漢字) 竹下,昌孝
著者(英字)
著者(カナ) タケシタ,マサタカ
標題(和) AML1-Evi-1キメラ遺伝子およびその変異体を用いたマウス骨髄前駆細胞不死化の検討
標題(洋)
報告番号 122560
報告番号 甲22560
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2856号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 内丸,薫
 東京大学 講師 滝田,順子
内容要旨 要旨を表示する

1.序説

 急性白血病症例に認められる染色体転座の切断点から、造血細胞の未分化能維持や血球の分化・増殖に関わる転写因子が多数明らかになっており、転写因子の変異のもたらす造血細胞の分化・増殖調節機構の破綻が白血病の発症および進展の本態であると理解されるようになってきた。

 転写因子や白血病関連分子の機能解析は血液領域のみならず固形腫瘍を含む幅広い疾患の病態の解明および新規治療法開発に寄与しているが、未だ多くの種類の骨髄増殖性疾患では、転写因子やキメラ遺伝子の同定はできたもののその分子の上流および下流の分子機序が完全には解明されていない。本研究は、当研究室にてクローニングされたキメラ遺伝子AML1-Evi-1の白血病発症における分子機序をより明らかにすることを目的として計画された。

 AML1(RUNX1, PEBP2α)は、DNA結合領域 runt ドメインを持つ転写因子であり、PEBP2β(CBFβ, core binding factor β)サブユニットとヘテロダイマーを形成してPEBP2 siteに結合することで造血に関わる様々な遺伝子の発現を調節している。AML1をノックアウトすると胎児肝での造血能の喪失や巨核球成熟の障害、リンパ球の発生の障害が認められることから、AML1は造血細胞の発生、増殖、分化において重要な鍵を担う転写因子と考えられている。

 Evi-1 (ecotropic viral integration site)はDNA結合領域である2つのZinc fingerドメインを持つ転写因子である。Evi-1は3q26転座を持つ骨髄異形成症候群(MDS),急性骨髄性白血病の一部、慢性骨髄性白血病(CML)急性転化期、MDS由来白血病の患者検体において高発現が認められる。また正常核型の骨髄性腫瘍でもEvi-1の高発現を認める例があることから、造血細胞から腫瘍細胞への形質転換においてEvi-1が重要な役割を占めると考えられる。

 現在までに、Evi-1には細胞増殖に関わる3つの機能が同定されている。一つ目は、増殖抑制因子TGF-βシグナルの抑制である。この機能には第1 Znフィンガー領域、抑制領域、CtBP結合領域と複数の領域が関わっている。二つ目の機能は、第2 Znフィンガー領域を介してAP-1活性を上昇させ、細胞増殖を促進させることである。三つ目の機能は、第1 Znフィンガー領域を介してMAPキナーゼの一つJNK (c-Jun N-terminal kinase)と結合しJNK活性を阻害しアポトーシスを阻害することである。

 以上より、Evi-1は増殖抑制シグナルやアポトーシスシグナルの核内インヒビターとして作用する転写調節因子と考えられている。

 AML1-Evi-1キメラ遺伝子は、t(3;21)(q26;q22)転座を持つCML患者検体由来の細胞株よりクローニングされた。t(3;21)(q26;q22)転座はCMLの急性転化期およびMDS由来の白血病患者骨髄に認められるが、初発の急性骨髄性白血病では殆どみられないことから、AML1-Evi-1が造血幹細胞の慢性的機能異常から急性白血病への転換において重要な役割を担うと考えられている。

 in vitroでのAML1-Evi-1機能解析では、AML1によるPEBP2の転写をdominant negativeに阻害すること、およびTGF-βやG-CSF刺激による細胞株の分化誘導を阻害することが示されている。

 また、マウス骨髄前駆細胞にレトロウイルスを用いてAML1-Evi-1を導入するとコロニー形成能が延長され、これをマウスに骨髄移植すると、5ないし13ヶ月後に急性骨髄性白血病の病態を呈する。同様の知見はAML1/ETO(MTG8)キメラ遺伝子でもみられるが、この機序がAML1の機能阻害によるものか、AML1に融合した遺伝子の活性化によるものか、等の詳しい分子機序については不明の点が多い。

 今回我々は、AML1-Evi-1キメラ遺伝子によるマウス造血前駆細胞の白血化の分子機序および形質転換の標的細胞を明らかにするために以下の2つの実験を行った。

 AML1-Evi-1による骨髄前駆細胞の腫瘍化において、Evi-1のSmad3との結合、CtBPとの結合、c-fosとの結合のいずれの機能がより重要であるかを明らかにするため、AML1-Evi-1の機能欠失変異体(AE1-△ZF1, AE1-△ZF2, AE1-DL/AS, AE1-△Rep, AE1-△Rep△CtBP)を作成し、コロニーアッセイを行って野生型AML1-Evi-1と比較した。

 マウス造血幹細胞(HSC, hematopoietic stem cell)は表面マーカー解析上、KSL分画(c-kit(+), Sca-1(+), 分化抗原lineage(-))に含まれていることが知られている。

 造血幹細胞からは骨髄球系共通前駆細胞(CMP, common myeloid progenitor)とリンパ球系共通前駆細胞(CLP, common lymphid progenitor)、さらにCMPから顆粒球/マクロファージ前駆細胞(GMP, granulocyte/macrophage progenitor)と巨核球/赤芽球前駆細胞(MEP, megakaryocyte/erythrocyte progenitor)へと不可逆的誘導が起こる。

 AML1-Evi-1による形質転換の標的細胞を明らかにするため、マウス骨髄前駆細胞からKSL, CMP, GMPの各分画を分離し、AML1-Evi-1の導入実験およびコロニーアッセイを行った。

 各実験において、標的細胞不死化のpositive controlとして、MLL/ENLsを用いた。

2.方法

 レトロウイルスベクターに目的遺伝子のcDNAを挿入し、パッケージ細胞にトランスフェクションしてレトロウイルスを産生させ、Retronectin〓を使用して目的細胞への感染を行った。

 正常マウス骨髄より磁気ビーズ分離法により骨髄前駆細胞(c-kit陽性細胞)を回収し、AML1-Evi-1および機能欠失変異体ウイルスの導入を行った。

 造血幹細胞分画を分離する実験では、c-kit陽性細胞表面のlineage, c-kit, FcγRIII/II, Sca-1, CD34各表面マーカーに蛍光色素を結合させ、BD FACSAriaを用いて無菌ソーティングを行い、KSL, CMP, GMPに分離してAML1-Evi-1ウイルスを感染させた。

 レトロウイルスを感染させた細胞を回収し、メチルセルロース培地によるコロニーアッセイを行った。10日間の薬剤選択を行い、形成コロニー数のカウントを行った。その後、コロニー形成細胞を回収して1.5×104/plateの密度にて再度コロニーアッセイを行った。このreplating assayを7日おきに繰り返した。

 ウイルスの一部はNIH3T3細胞に感染させ、遺伝子導入による蛋白質の発現確認およびウイルス力価の測定を行った。

3.結果

3-1.c-kit陽性細胞へのAML1-Evi-1および各機能欠失変異体導入によるコロニーアッセイ

 AML1-Evi-1では、既報と同様にコロニーの形成が安定して繰り返されたが、機能欠失変異体(AE1-△ZF1, AE1-△ZF2, AE1-DL/AS, AE1-△Rep, AE1-△Rep△CtBP)ではコロニー形成の延長を認めなかった。

 鏡検上は、AML1-Evi-1では3回目のreplatingにおいても遊走能を持つ大型のコロニーが形成され、その構成細胞はマクロファージおよび顆粒球系細胞が主体であった。

 以上より、AML1-Evi-1による骨髄前駆細胞の形質転換にはEvi-1部分の第1および第2 Znフィンガー、CtBP結合能、抑制領域のいずれも不可欠であることが示された。

3-2.造血幹細胞分画への遺伝子導入によるコロニーアッセイ

 マウス骨髄より分離したc-kit陽性細胞をKSL, CMP, GMPに分離し、レトロウイルスによりAML-Evi-1あるいはMLL/ENLsを導入し、上記と同様にコロニーアッセイおよびreplating assayを行った。

 AML1-Evi-1ではKSL分画においてのみ遊走能を持つ大型のコロニーが形成され、コロニー形成能の延長が認められたが、CMPおよびGMPではコロニー形成の延長は認められなかった。

 MLL-ENLsでは、KSL, CMP, GMPいずれの分画に対してもコロニーの増加が認められた。

4.考察

 AML1-Evi-1による骨髄前駆細胞の不死化においては、Evi-1部分のSmad3との結合(第1 Znフィンガー)、CtBPとの結合(CtBP結合領域)、c-fosとの結合(第2 Znフィンガー)、TGF-βシグナル抑制(抑制領域)のいずれの機能も必須であることが示された。

 Evi-1分子については、第1 ZnフィンガーがTGF-βシグナル転写抑制とJNKの阻害に関与するように、単一のドメインが複数の分子機序に関与しているためドメイン欠失変異体の解析のみから単一の分子機能に絞り込むことは困難である。今後の解析方法として、AML1-Evi-1あるいはその変異体を導入した細胞に対しTGFβ刺激への応答を観察することや、siRNAを用いてAP-1の発現を落とした状況下でのアッセイ、JNKの過剰発現環境におけるAML1-Evi-1および変異体導入の影響を比較するなどの手法を用いて、Evi-1の各分子機序とAML1-Evi-1の形質転換能の関係を解析することが可能と考えられる。

 コンディショナルノックアウト法によりAML1をノックアウトした成体マウス造血細胞ではコロニー形成能の延長を認めるが、骨髄移植をするとTおよびBリンパ球の再構成能が失われる。また、Evi-1のみをマウス骨髄細胞に導入して骨髄移植を行うと、約10ヶ月後に汎血球減少を来して死亡するが急性白血病には至らない。これらの結果を総合すると、AML1-Evi-1の形質転換能力においては、AML1の機能阻害およびEvi-1の機能増強に加えて、異なる分子的メカニズムが存在することが予想される。現在Evi-1の異所性発現によって直接活性化あるいは抑制される標的分子が明らかになっていないため、Evi-1に関して今後さらなる知見の蓄積が必要である。

 幹細胞をKSL, CMP, GMPに分離してMLL/ENLsを導入すると3回目のコロニーアッセイの時点でCFU-blastコロニーに近い形態のものが多数形成される。既報によると、KSL, CMP, GMPいずれの分画も、MLL/ENLの導入により不死化した細胞は表面マーカー上もmRNA発現上もGMP様のphenotypeとなる。このことより、MLL/ENLによる白血化の分子機構はCMPよりも下流の分化段階におけるシグナルに関連すると推測される。

 一方、我々の実験においてAML1/Evi-1による形質転換の標的がKSLに限られることからは、AML1/Evi-1により形質転換を起こす分子機構がCMPよりも上流にのみ存在するシグナルに依存している可能性があり、幹細胞維持に関わる造血関連因子とAML1-Evi-1との関連が今後の探索課題である。

 AML1-Evi-1を導入した骨髄をマウスに移植すると、5ないし13ヶ月の期間を経て白血病になることが既報で示されており、MLL/ENLsでの発病期間と比較すると長期間を要している。この違いは、コロニーアッセイにおける細胞増加速度の差と一致しており、AML1-Evi-1からの白血化に第2の遺伝子変異を要している可能性がある。

 MLL/ENL導入骨髄によって形質転換された骨髄をマウスに移植する実験では、FLT3のinternal tandem duplicationを高発現させることで白血化が促進し発病期間が短縮される。AML1-Evi-1においても、こうした2nd hit因子の検索が今後の検討課題である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は骨髄性白血病の発症過程において重要な役割を演じていると考えられるキメラ遺伝子AML1-Evi-1の機能を明らかにするため、レトロウイルスを用いてマウス骨髄前駆細胞に遺伝子を導入してコロニーを形成させる系にて、AML1-Evi-1による形質転換能の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.Evi-1のSmad3あるいはCtBPとの結合によるTGF-βシグナル抑制、AP-1活性上昇による細胞増殖の促進、JNKの活性阻害によるアポトーシス抑制それぞれに関する機能ドメインをAML1-Evi-1から欠失させ、マウス骨髄前駆細胞に導入した。野生型のAML1-Evi-1では骨髄前駆細胞の形質転換が起こりコロニー形成能が延長されたが、機能欠失変異体においては、いずれにおいても形質転換を認めなかった。

このことより、AML1-Evi-1による白血病発症の機序においては、AML1の抑制に加えてEvi-1部分を介した細胞増殖機構が関与していることが示唆された。

2.マウス骨髄前駆細胞をKSL, CMP, GMPの分画に分離してAML1-Evi-1を導入しコロニーアッセイを行ったところ、KSL分画のみでコロニー形成能の延長が認められた。KSL, CMP, GMPいずれをも形質転換させうるMLL/ENLsとの比較からは、KSLからCMPへの分化段階においてAML1-Evi-1が関与している可能性が示唆された。

 以上、本論文はマウス骨髄前駆細胞において、AML1-Evi-1による腫瘍化の機序にEvi-1を介した細胞増殖機構が関わっていることを示し、また形質転換の標的が造血幹細胞分画を含むKSL分画であることを明らかにした。本研究は白血病の発症機構におけるキメラ遺伝子の分子機序解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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