学位論文要旨



No 122562
著者(漢字) 森,美賀子
著者(英字)
著者(カナ) モリ,ミカコ
標題(和) 関節リウマチを中心とした自己免疫疾患関連遺伝子多型とその人種差
標題(洋)
報告番号 122562
報告番号 甲22562
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2858号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 助教授 郭,伸
 東京大学 助教授 石川,昌
 東京大学 講師 野入,英世
 東京大学 講師 本田,善一郎
内容要旨 要旨を表示する

<目的>関節リウマチ(Rheumatoid arthritis: RA)は全世界で0.5-1%の罹患率を持つ,自己免疫性炎症性疾患である.RAの正確な病因は未だ究明されていないが,多くの遺伝的・環境的要因が絡んでいると考えられている.遺伝的要因として広く認知されているのは,第6染色体のhuman leukocyte antigen(HLA)DR遺伝子であり,RA関連遺伝子として複数集団において繰り返し関連が確認されている.非HLA領域遺伝子は,遺伝学的解析方法を用いて,RAでは主にCaucasianにおいては,Cytotoxic T lymphocyte-associated 4(CTLA4),MHC class II transactivator(MHC2TA),Programmed cell death 1(PDCD-1),Protein tyrosine phosphatase nonreceptor-type 22(PTPN22),Tumor necrosis factor α(TNFα),Tumor necrosis factor receptor 2(TNFR2),日本人においてはpeptidylarginine deiminase type 4(PADI4),solute carrier family 22 A4(SLC22A4),Fc receptor-like 3(FCRL3)といった多くの疾患感受性遺伝子・感受性多型が明らかとなった.しかし,これらは必ずしも複数集団での検討がなされていない,あるいは集団ごとに感受性の有無が異なるという結果がみられている.従って,我々が報告した日本人におけるRA関連遺伝子多型について,他集団検体にて検討を行ない,Caucasianにて報告されている感受性遺伝子多型は日本人の患者・健常人検体を用いて検討した.これによりRA感受性多型の人種・民族差を把握することが今回の研究の目的である.

<方法>対象は1013名のRA罹患者(女性 84.3%;平均年齢60.20(±12.26)歳, Rheumatoid Factor 85.2% 陽性),及び752名のRA非罹患者.Caucasian・African Americanの検体は,Human variation panels(Coriell Cell Repositories社)より各94検体を用いた.NCBIのPubMedデータベース,'rheumatoid arthritis','single nucleotide polymorphism'で検索し,このなかでケース・コントロール関連解析にてCaucasianのRA患者に有意に関連があると報告されている6遺伝子6SNPsを選出した.これに,理化学研究所遺伝子多型センター関節リウマチ関連遺伝子研究チームにより,日本人を対象として既に報告した3遺伝子を加えた.SNPsのタイピングはTaqMan アッセイ(Applied Biosystems社)により行った.

まず,日本人におけるRA関連遺伝子の,日本人,Caucasian,African Americanでの比較を行った.次にCaucasianでRAの関連遺伝子として報告されている遺伝子のSNPsについて日本人検体をタイピングしケース・コントロール解析を行った.さらに性別・HLADRによる層別化検定を行った.また,RA発症に対する性別・各SNPsのロジスティック回帰分析を行った.

今回対象とした9遺伝子について,2006年9月30日までにweb上に発表されたRAに関するケース・コントロール研究の論文を対象に,それぞれ関連の有無,著者,発表年,国,研究対象人数をまとめた.

<結果・考察>PADI4では,各SNPのアレル頻度は3集団とも有意な差はなかった.遺伝学的距離を示すFstも低値であった.SLC22A4,FCRL3は,集団間の有意差がみられ,Fstも比較的高値であった.集団間のFstの差異は,遺伝子と地理的な環境,民族特異的な環境の相互作用を示しているといえよう.日本人RA患者・コントロールの関連解析で,いずれの遺伝子・SNPsについても有意差は得られなかった.さらに,男女で分類しケース・コントロール解析をおこなったが有意差は認められなかった.非HLA-RA関連遺伝子のHLADRB血清型の分類による群間のアレル頻度の有意差は認められなかった.RA発症に対する性別・各SNPのロジスティック回帰分析は,RA発症の有無を従属変数,性別およびRA関連遺伝子・SNPsを独立変数として分析を行った.性別(女性)はOdds比2.15(1.92-2.41)とRA発症への影響を認めた.Caucasianで報告されたRA関連SNPsについては,有意な結果を得られなかった.日本人で報告された3遺伝子(PADI4,SLC22A4,FCRL3)については,従来の報告を裏付けるように有意なodds比を得た.既報のケース・コントロール解析によるRA関連遺伝子の報告のまとめでは,PDCD-1を除く8遺伝子で,RAとの関連あり・なしのいずれの報告もみられた.PADI4,FCRL3は日本人を対象としたRA関連遺伝子研究にて報告された遺伝子であるが,それぞれ第一報とは異なる日本人検体により追認されており,PADI4においては韓国人おいても関連ありとする報告がなされており,日本人・アジア人でのRA関連遺伝子として信頼が高いものと思われる.同じく日本人でRA関連遺伝子として報告されたSLC22A4は,日本人で追認されていない.複数集団民族・同一民族内で結果の乖離がみられた場合,これはすぐに疾患関連遺伝子を否定する根拠とはならない.これについては,以下の点を考慮するべきであると考える.一つは,異なる人種・民族において,RAの発症率は同程度であっても,個々の疾患関連遺伝子の寄与度が異なる可能性があるということである.二つ目は,疾患関連遺伝子の寄与度が集団間で保たれていたとしても,それを担う遺伝子多型が一致している必要はないという点である.次に統計学的な考慮も必要である.集団間で疾患感受性SNPのアレル頻度が異なり,低いアレル頻度を持つ場合は,十分な検出力を持つサンプルサイズにより検討する必要がある.このほかにも,統計学的に各種のバイアスを考慮する必要がある.また,メタアナリシスの必要性があげられる.

<まとめ>近年報告されているRA関連遺伝子につき,集団差を検討した.人種や民族により疾患関連遺伝子/多型が共通のものもあれば,異なる場合も有ると思われた.このため,今後人種・民族を考慮した疾患関連遺伝子・多型研究が重要であると考えられた.さらに疾患関連遺伝子の機能解析を合わせて行い,遺伝的要因の全貌を明らかにしていく必要がある.

審査要旨 要旨を表示する

関節リウマチ(Rheumatoid arthritis:RA)の正確な病因は未だ究明されていないが,多くの遺伝的・環境的要因が発症に絡んでいると考えられている.近年RA関連遺伝子として広く認知されているhuman leukocyte antigen(HLA)class II遺伝子に加え,多くの非HLA領域遺伝子がRA関連遺伝子として報告されるようになった.しかし,今日のRA関連遺伝子の研究は,必ずしも複数集団での検討がなされていない,あるいは集団ごとに感受性の有無が異なるという結果がみられている.本研究は,集団差を把握するために複数集団においてRA関連遺伝子を解析したものであり,下記の結果を得ている.

1.日本人においてRA関連遺伝子と報告された3遺伝子Peptidylarginine deiminase type 4(PADI4),Solute carrier family 22 A4(SLC22A4),Fc receptor-like 3(FCRL3)につき,Caucasian,African Americanの検体を用いて感受性多型のアレル頻度やFstを検討した.その結果,SLC22A4,FCRL3では,集団ごとにアレル頻度に有意差を認め,Fstも高値であった.これに対して,PADI4はアレル頻度に有意差なく,Fstも低値であった.PADI4は,人種を超えたRA関連遺伝子である可能性があることが示唆された.

2.次に,Caucasianで報告されたRA関連遺伝子Cytotoxic T lymphocyte-associated 4(CTLA4),MHC class II transactivator(MHC2TA),Programmed cell death 1(PDCD-1),Protein tyrosine phosphatase nonreceptor-type 22(PTPN22),Tumor necrosis factor α(TNFα),Tumor necrosis factor receptor 2(TNFR2)につき,日本人のRA患者,健常人の検体を用いてタイピングし,ケース・コントロール関連解析を行った.その結果これらの6遺伝子/SNPは,日本人において有意差はなく,Caucasianでの報告を追認できなかった.

また,Caucasianにおいて確実なRA関連遺伝子とされているPTPN22 のSNP(R620W)は,日本人では多型でなかった.PDCD-1についても同様に,Caucasianでの感受性多型PD-1.3Aは,日本人では多型でないという明らかな民族差を認めた.

3.2の対象を性別により層別化し,ケース・コントロール関連解析を行った.層別化解析も有意差はなかった.

4.主なRA関連遺伝子としてHLADR1,DR4が知られているため,2の日本人RA患者群についてHLADRの血清型で層別化した解析を行った.HLADR4陽性群と陰性群間での比較とHLADR4もしくはDR1陽性群と非DR4/非DR1群間での比較を行った .いずれの比較においても,HLA血清型の分類による群間のアレル頻度の有意差は認められなかった.

5.性別と各SNPについてRA発症に対するロジスティック回帰分析を行った.性別(女性)のORが2.15(1.92-2.41)であり,RA患者が女性に多いことを裏付ける結果であった.Caucasianで報告された6遺伝子では,有意な結果は得られなかった.日本人で報告された3遺伝子 については,従来の報告を裏付けるように有意なodds比を得た.

6.RA関連遺伝子の9遺伝子につき既報をまとめた.PDCD-1を除く遺伝子ついては,複数集団・同一民族内で結果の乖離がみられた.しかし,結果が乖離することは,ただちにその疾患関連遺伝子を否定する根拠となるわけではない.これについては,以下の点を考慮するべきである.個々の疾患関連遺伝子の寄与度が異なる可能性がある.あるいは,疾患関連遺伝子の寄与度が民族間で保たれていたとしても,それを担う遺伝子多型が異なる可能性があるという点がある.次に統計学的な考慮もおこない,十分な検出力を持つサンプルサイズにより検討する必要がある.ただし,サンプル数が少ない報告については,その結果を鵜呑みにはできないが,メタアナリシス解析の対象としては必要な情報になるといえる.また,各種のバイアスを考慮する必要があるのは当然であるが,遺伝子によっては疾患発症に対してではなく重症度に関連する場合があるため,疾患のstageによるバイアスを防ぐように考慮したサンプリングが重要となる.

以上,本論文は疾患関連遺伝子研究において,集団に共通する関連遺伝子があれば,集団ごとに関連遺伝子・多型が異なる可能性もあることから,人種・民族を考慮した研究の必要性を述べている.今後の疾患関連遺伝子の人種・民族差解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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