学位論文要旨



No 122563
著者(漢字) 山口,優美
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,ユミ
標題(和) IL-17ファミリーのコラーゲン誘発性関節炎に対する影響
標題(洋)
報告番号 122563
報告番号 甲22563
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2859号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 菅原,寧彦
 東京大学 講師 田中,栄
 東京大学 助教授 千葉,滋
 東京大学 講師 土肥,眞
内容要旨 要旨を表示する

【目的】

 インターロイキン17A(IL-17A)は、T細胞由来の炎症性サイトカインであり、関節リウマチ(RA)の進展に関与すると言われている。IL-17AはRA患者の滑膜および滑液中に高濃度に存在し、in vitroでRA滑膜細胞においてIL-1を介するIL-6産生を促進させる。また、in vivoではコラーゲン誘発性関節炎(CIA)マウスの全身または局所にIL-17Aを過剰発現させると関節炎が早期発症し、関節病変を悪化させることが知られており、さらに抗IL-17A抗体による治療で、関節の炎症や病理組織所見における軟骨破壊を減少させるとの報告がある。これらのことよりIL-17Aが関節炎の病態形成に深く関与していることが示唆される。

 最近の報告で、IL-17ファミリーがIL-17A、IL-17B、IL-17C、IL-17D、IL-17E、およびIL-17Fの6つの遺伝子で成り立っていることがわかった。IL-17FはIL-17Aに高い相同性を持つが、IL-17Fの関節炎に及ぼす影響に関して詳細はわかっていない。また、IL-17AおよびIL-17Fはヒトの線維芽細胞に働いてIL-6やIL-8の産生を亢進させるが、一方、IL-17BとIL-17Cはヒト単球様細胞株であるTHP-1に働いてTNF-αやIL-1βの産生を亢進させる。また、in vivoにおいてIL-17A、IL-17B、IL-17C、およびIL-17Fともに、好中球遊走作用を認め、これらのことより、IL-17ファミリーが関節炎に関与するサイトカインの産生や好中球遊走作用を亢進させ、関節炎の病態形成に深く関与していることが示唆される。

 そこで、私はレトロウイルスベクターによるTリンパ球および骨髄前駆細胞への遺伝子導入システムを用いて、IL-17ファミリーの関節炎進展に対する影響を調べた。

【方法と結果】

 RAのモデルマウスとして、CIAマウスを用いた。まず、定量的PCRにてマウスの炎症肢でのIL-17ファミリーおよびIL-17レセプター発現を測定したところ、IL-17ファミリー(IL-17A、IL-17B、IL-17C、およびIL-17F)のmRNA発現がコントロールに比し約100倍高く、IL-17レセプター(IL-17AR、IL-17Rh1)も同様に高かった。これらより、関節炎においてIL-17ファミリーがある種の正のフィードバック機構に関与することが示唆された。次に、CIAマウスの炎症肢に集積した各種細胞群でのIL-17ファミリーの発現を定量的PCRにて検討した。CD4陽性T細胞においてはIL-17AおよびIL-17Fの発現が有意に高く、IL-17BはCIAマウスの炎症軟骨組織にのみ強く発現を認め、一方で、IL-17CはCD4陽性T細胞、マクロファージおよび樹状細胞といった、幅広い細胞群において発現を認めた。これらの結果より、関節炎の炎症局所においてCD4陽性T細胞がIL-17ファミリー、特にIL-17A、IL-17C、およびIL-17Fを発現することが示唆された。

 次に、in vitroでマウス線維芽細胞株である3T3およびマウス腹腔マクロファージ(PECs)に対するIL-17ファミリーの影響を調べたところ、3T3では、IL-17AはIL-1βおよびIL-6のmRNAレベルでの発現を有意に亢進させ、IL-17B、IL-17C、およびIL-17Fもまた、IL-1βの発現を亢進させた。PECsにおいては、IL-17AはIL-1β、IL-6、およびIL-23 のmRNAレベルでの発現を有意に亢進させ、興味深いことに、IL-17BもまたIL-1β、IL-6、およびIL-23の発現を、IL-17CはIL-1βおよびIL-23の発現を有意に亢進させた。さらに、PECs上清では、IL-17AおよびIL-17Bを添加した場合にIL-6蛋白産生が有意に増加し、TNF-α蛋白産生においてはIL-17A、IL-17B、IL-17C、およびIL-17Fいずれを添加した場合でもコントロールに比し有意に高値を示した。これらの結果より、in vitroにおいてIL-17A、IL-17B、IL-17C、およびIL-17Fは線維芽細胞やマクロファージに作用して、炎症性サイトカインの産生を亢進させることが示唆された。

 また、in vivoでレトロウイルスベクターシステムを用いた遺伝子導入によりIL-17ファミリーを過剰発現させた脾臓由来のCD4陽性T細胞を、ウシII型コラーゲンで免疫したマウスに関節炎発症前に養子移入した結果、関節炎スコアおよび病理組織学所見からも明らかな症状増悪を認めた。これらのマウスの血清で抗II型コラーゲン抗体価を測定したところ、いずれもコントロールと同程度に上昇しており、IL-17ファミリーによる関節炎の増悪は、抗II型コラーゲン抗体を介さない反応であることが示唆された。

 そして、同システムを用いてIL-17ファミリー(IL-17A、IL-17B、IL-17C、およびIL-17F)を骨髄前駆細胞に遺伝子導入し、これらの細胞を放射線照射したレシピエントマウスに静脈注射することで、骨髄キメラマウスを作製した。これらのマウスにCIAを誘導し、その発症率および関節炎スコアを評価した。IL-17AおよびIL-17Fの骨髄キメラマウスにCIAを誘導したところ、コントロールに比し関節炎の早期発症と関節炎スコアの悪化を認めた。また、IL-17BおよびIL-17Cの骨髄キメラマウスにCIAを誘導したところ、興味深いことに、関節炎発症率に有意な差は見られなかったものの、関節炎の悪化を有意に認めた。このことより、IL-17BおよびIL-17Cは関節炎を発症するinduction phaseよりも、むしろ滑膜増殖、炎症細胞浸潤および骨破壊を来たすeffector phaseに働いていることが示唆された。また、免疫していないIL-17C骨髄キメラマウスの脾臓において、pMIG(空ベクター)コントロール骨髄キメラマウスに比しTNF-αのmRNA発現が増強していた。さらに、CIA誘導後においては、IL-17B骨髄キメラマウスでIL-6の有意なmRNA発現の亢進を認め、IL-17C骨髄キメラマウスでは、TNF-α、IL-6、およびIL-23の発現がコントロールに比し有意に亢進していた。さらに、これらのマウスにおける血清TNF-αおよびIL-6の蛋白産生をELISA法にて測定したところ、TNF-α産生はIL-17B、IL-17C、およびIL-17F骨髄キメラマウスにおいてコントロールに比し有意な増加を認め、IL-6産生はIL-17AおよびIL-17B骨髄キメラマウスで有意な増加を認めた。

 以上の結果より、IL-17BおよびIL-17Cは過剰発現によりマクロファージなどからのTNF-α産生を誘導することで、関節炎の悪化に対して影響を及ぼしている可能性が示唆された。

【結論】

 IL-17AをはじめとするIL-17ファミリーは、今まで炎症性サイトカイン産生能や好中球遊走作用を亢進させるため、炎症性自己免疫疾患に関与すると考えられているが、関節炎におけるIL-17ファミリーの関与は、IL-17A以外については詳しくわかっていなかった。今回、私はIL-17ファミリーの関節炎に対する影響についてCIAモデルマウスを用いて研究したところ、IL-17B、IL-17C、およびIL-17Fに関しても、IL-17Aと同様に関節炎の増悪に関与することがわかった。

 CIAマウスにおいて関節炎の炎症局所でIL-17ファミリーおよびそのレセプターの発現がコントロールに比し有意に亢進しており、in vitroにてマウス線維芽細胞やマクロファージにIL-17ファミリーを添加することによりIL-1β、IL-6、およびIL-23などの炎症性サイトカインのmRNA発現の亢進を認めた。また、レトロウイルスベクターシステムを用いてIL-17ファミリー各々を遺伝子導入したCD4陽性T細胞をCIA発症前のマウスに養子移入したところ、関節炎スコアおよび病理組織学所見においても症状増悪を認め、同システムを用いて作製した骨髄キメラマウスにおいてCIAを誘導したところ、関節炎症状の悪化を認めた。

 本研究に用いたIL-17ファミリーの骨髄キメラマウスに関して、いままではIL-17Aトランスジェニックマウスの作製は胎性致死となり成功には至らなかったが、今回私はレトロウイルスベクターシステムにより、持続的にIL-17ファミリーを強制発現させることの出来る骨髄キメラマウスを作製した。その際、発現レベルの適切なコントロールが非常に重要であり、本研究では、IL-17Aの骨髄キメラマウスにおいて、血清IL-17A濃度は約600 pg/mLに上昇しており、この血清IL-17A濃度はRAや炎症性腸疾患(inflammatory bowel diseases;IBD)、家族性地中海熱(familial Mediterranean fever)、川崎病の急性期などの炎症性疾患の患者で見られる血中濃度と同程度と考えられた。これらのことより、私が確立した骨髄キメラマウスの手法は、通常のトランスジェニックマウス作製において胎性致死を来たすフェノタイプを呈するような、炎症性サイトカインの生理学的作用を解明するのに役立つと考えられる。

 これらの結果より、IL-17Aのみでなく、その他のIL-17ファミリーであるIL-17B、IL-17C、およびIL-17Fも、炎症性関節炎の病態において重要な役割を担っていることが示唆され、関節炎に対する新たな治療のターゲットになることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、IL-17ファミリーの自己免疫性関節炎に対する影響を明らかにするため、レトロウイルスベクターシステムによる遺伝子導入法を用いてIL-17ファミリー骨髄キメラマウスを作製し、これらにコラーゲン誘発性関節炎(CIA)を誘導することで、関節炎進展効果を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.関節リウマチ(RA)のモデルマウスとして、CIAマウスを用いた。まず、定量的PCRにてマウスの炎症肢でのIL-17ファミリーおよびIL-17レセプター発現を測定したところ、IL-17ファミリー(IL-17A、IL-17B、IL-17C、およびIL-17F)のmRNA発現がコントロールに比し約100倍高く、IL-17レセプター(IL-17AR、IL-17Rh1)も同様に高かった。これらより、関節炎においてIL-17ファミリーがある種の正のフィードバック機構に関与することが示唆された。

2.CIAマウスの炎症肢に集積した各種細胞群でのIL-17ファミリーの発現を定量的PCRにて検討した。CD4陽性T細胞においてはIL-17AおよびIL-17Fの発現が有意に高く、IL-17BはCIAマウスの炎症軟骨組織にのみ強く発現を認め、一方で、IL-17CはCD4陽性T細胞、マクロファージおよび樹状細胞といった、幅広い細胞群において発現を認めた。これらの結果より、関節炎の炎症局所においてCD4陽性T細胞がIL-17ファミリー、特にIL-17A、IL-17C、およびIL-17Fを発現することが示唆された。

3.次に、in vitroでマウス線維芽細胞株(3T3)およびマウス腹腔マクロファージ(PECs)に対するIL-17ファミリーの影響を調べた。3T3では、IL-17AはIL-1βおよびIL-6のmRNAレベルでの発現を有意に亢進させ、IL-17B、IL-17C、およびIL-17Fもまた、IL-1βの発現を亢進させた。PECsにおいては、IL-17AはIL-1β、IL-6、およびIL-23のmRNAレベルでの発現を有意に亢進させ、興味深いことに、IL-17BもまたIL-1β、IL-6、およびIL-23の発現を、IL-17CはIL-1βおよびIL-23の発現を有意に亢進させた。さらに、PECs上清では、IL-17AおよびIL-17Bを添加した場合にIL-6蛋白産生が有意に増加し、TNF-α蛋白産生においてはIL-17A、IL-17B、IL-17C、およびIL-17Fいずれを添加した場合でもコントロールに比し有意に高値を示した。これらの結果より、in vitroにおいてIL-17A、IL-17B、IL-17C、およびIL-17Fは線維芽細胞やマクロファージに作用して、炎症性サイトカインの産生を亢進させることが示唆された。

4.In vivoでレトロウイルスベクターシステムを用いた遺伝子導入によりIL-17ファミリーを過剰発現させた脾臓由来のCD4陽性T細胞を、ウシII型コラーゲンで免疫したマウスに関節炎発症前に養子移入した結果、関節炎スコアおよび病理組織学所見からも明らかな症状増悪を認めた。また、これらのマウスの血清で抗II型コラーゲン抗体価を測定したところ、いずれもコントロールと同程度に上昇しており、IL-17ファミリーによる関節炎の増悪は、抗II型コラーゲン抗体を介さない反応であることが示唆された。

5.同システムを用いて、マウス骨髄前駆細胞にIL-17ファミリー(IL-17A、IL-17B、IL-17C、およびIL-17F)を遺伝子導入し、これらの細胞を放射線照射したレシピエントマウスに静脈注射することで、骨髄キメラマウスを作製した。これらのマウスにCIAを誘導し、その発症率および関節炎スコアを評価した。IL-17AおよびIL-17Fの骨髄キメラマウスにCIAを誘導したところ、コントロールに比し関節炎の早期発症と関節炎スコアの悪化を認めた。また、IL-17BおよびIL-17Cの骨髄キメラマウスにCIAを誘導したところ、興味深いことに、関節炎発症率に有意な差は見られなかったものの、関節炎の悪化を有意に認めた。このことより、IL-17BおよびIL-17Cは関節炎を発症するinduction phaseよりも、むしろ滑膜増殖、炎症細胞浸潤および骨破壊を来たすeffector phaseに働いていることが示唆された。さらに、これらのマウスにおける血清TNF-αおよびIL-6の蛋白産生をELISA法にて測定したところ、TNF-α産生はIL-17B、IL-17C、およびIL-17F骨髄キメラマウスにおいてコントロールに比し有意な増加を認め、IL-6産生はIL-17AおよびIL-17B骨髄キメラマウスで有意な増加を認めた。以上の結果より、IL-17BおよびIL-17Cは過剰発現によりマクロファージなどからのTNF-α産生を誘導することで、関節炎の悪化に対して影響を及ぼしている可能性が示唆された。

 以上、本論文は、IL-17ファミリーの自己免疫性関節炎に対する影響を明らかにした。本研究は、これまで知られていなかった、IL-17A以外のIL-17ファミリー(IL-17B、IL-17C、およびIL-17F)も関節炎の悪化に関与することを示し、今後のRA治療における抗サイトカイン療法などの分子標的治療の研究・開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク