学位論文要旨



No 122564
著者(漢字) 浅野,岳晴
著者(英字)
著者(カナ) アサノ,タケハル
標題(和) NASH(非アルコール性脂肪肝炎)進展におけるアディポネクチンの関与
標題(洋)
報告番号 122564
報告番号 甲22564
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2860号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 助教授 国土,典宏
 東京大学 客員助教授 山内,敏正
 東京大学 客員助教授 後藤田,貴也
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

 近年,生活習慣病関連疾患の増加に伴い,脂肪肝や,さらに進行した疾患であるNASHの病態生理への関心が一層高まっている.NASHは飲酒歴がないにも関わらずアルコール性肝障害に似た病理像を呈する疾患で,日本では成年人口の1%弱がNASHと推計されている.ヒトNASHの一般的な自然史としては,肥満,高脂血症,耐糖能異常などを背景に,脂肪肝から肝炎,線維化,肝硬変へと進展し,一部は肝癌発症に至る進行性疾患である.NASHは肝硬変や肝癌の危険群として注目されており,メタボリック症候群の一表現型として病態や疾患メカニズムの解明が求められているも,まだ不明な点が多い.

 実験的視点からNASH病態解明のために動物モデルを用いた解析が進められており,現在,糖尿病モデルマウスや,脂肪肝を発症する遺伝子改変マウス,脂肪萎縮性モデルなどを用いた研究が行われている.しかしNASH患者の疫学的背景や病状進行は特異的であり,その自然史を忠実に再現する動物モデルは,十分に確立されているとはいえない.

 NASHの背景には,肥満や生活習慣病関連疾患が存在する事が多いが,肥満者において.body mass index(BMI)と血清アディポネクチン値とが負の相関を示し,肥満を伴う2型糖尿病患者や虚血性心疾患を有する内臓脂肪蓄積者においてもアディポネクチンの低下する事が報告されている.アディポネクチンはインスリン抵抗性や高脂血症及び動脈硬化の改善作用,肝においては抗炎症・抗線維化作用が報告されている.また,肥満や低アディポネクチン血症は,多くの癌と関連性が報告されており,NASHからの肝癌の発生にも,何らかの重要な役割を果たしている可能性が考えられる.

 本研究では,食餌による,よりヒトNASHの病態に近い動物モデルを考え,長期間の高脂肪食負荷を試みた.長期間の高脂肪食負荷したアディポネクチンKOマウスを用いて,アディポネクチンがNASHで認められる炎症及び線維化の進展に対し,さらにNASHに関連した腫瘍形成に対して,防御的な役割を持つかの検討を行った.

【方法】

 アディポネクチンKOマウスの遺伝的背景はC57Bl/6×129/svであり,雄のみを用いて実験を行った.アディポネクチンKOマウスに関しては,我々を含め計4グループが作成に成功している.他の3グループのKOマウスでは普通食下の耐糖能異常は認められなかったのに対し,我々のKOマウスは普通食下でもインスリン抵抗性,耐糖能異常が認められた事を以前に報告している.

 マウスは生後8週の時点で無差別に2群へ分け,1群は高脂肪食を,もう1群は通常の飼料を投与した.高脂肪食の組成は脂肪含量32%,508kcal/100g,脂肪由来カロリー比(Fat kcal%)60%で,脂肪酸の組成としては,飽和脂肪酸22%(パルミチン酸12.6%,ステアリン酸8%),不飽和脂肪酸77%(オレイン酸64%,リノール酸10%)である.これに対し,コントロール群の通常の飼料では脂肪含量5.3%,360kcal/100g,脂肪由来カロリー比は13%を占めている.

 マウスは24週(普通食n=4,高脂肪食負荷n=4),48週(普通食n=4〜5,高脂肪食負荷n=8〜10)でそれぞれsacrificeを行い,sampleを採取した.眼窩静脈叢からの採血で血清AST,ALT,TG,TC,NEFA,FBS,血清アディポネクチンを測定し,肝組織からTG含量を測定した.肝組織RNA発現は,脂質合成・酸化や炎症,線維化,酸化ストレス,細胞周期に関係する遺伝子等をReal time RT-PCRにて定量的に評価した.肝の組織学的検査では,切片をH&E染色して中心静脈周囲を中心に炎症や線維化,腫瘍の有無を観察し,masson染色にて1匹30ヶ所の中心静脈周囲領域を観察し線維化領域の定量的評価を行った.

【結果】

 高脂肪食負荷によりマウスは肥満した.外見や体重増加に野生型(WT)とアディポネクチンKOマウスで有意な差はなかった.血清アディポネクチン値はWTマウスの高脂肪食負荷48週では,24週に比して30%程の減少傾向があった.血清AST,ALTはアディポネクチンKOマウスの高脂肪食負荷48週で普通食に比して有意な上昇を認めた.FBSは,WTマウス,アディポネクチンKOマウス共に,高脂肪食負荷では普通食に比して有意に高かった.血清TC,NEFAは,WTマウス,アディポネクチンKOマウスともに,高脂肪食負荷24週では,普通食に比して有意な上昇を認めた.

 肝組織TG含量は,アディポネクチンKOマウスにおいて普通食48週でWTマウスに比して有意に増加したが,高脂肪食になると有意な差はなくなった.

 肝組織RNAでは,より早期の24週において,高脂肪食負荷アディポネクチンKOマウスはWTマウスに比してTNF-α発現の有意な増加,procollagen α(I)発現増加を認めた.脂質合成系遺伝子の発現(SREBP1c,SCD1)は,WTマウス,アディポネクチンKOマウスともに,高脂肪食負荷で普通食に比して有意に増加していた.また細胞周期関連遺伝子cyclin D1は,アディポネクチンKOマウス高脂肪食負荷48週では,WTマウスに比して発現増加を認めた.

 組織学的には,高脂肪食負荷48週のアディポネクチンKOマウスで肝の脂肪沈着,肝細胞の風船様腫大,spotty necrosis,Mallory body,中心静脈周囲のpericellular fibrosisが見られた.線維化は24週ではみられず,高脂肪食負荷48週におけるアディポネクチンKOマウスの線維化面積は,WTに比して有意に増大していた(1.62% vs. 1.16%,p=0.033).腫瘍に関しては,24週や48週WTマウスでは全く見られなかったが,高脂肪食負荷48週のアディポネクチンKOマウスの1匹に過形成性変化や腺腫(12.5%,n=1/8)が認められた.

【考案】

 アディポネクチンKOマウスは,普通食で既に肝TG含量増加がみられ,長期の高脂肪食により,大滴性脂肪肝に加え肝の炎症,中心静脈周囲の線維化を来たし,一部に腫瘍形成した事から,ヒトNASHの自然史に近い病態を呈する動物モデルと考えられた.現在PPARγ agonistなどを含め,アディポネクチンの関わる代謝系の制御によるNASH治療の可能性が検討されており,この動物モデルを用いてNASHの病態解明及び治療研究が今後進んでいくと期待される.

 アディポネクチンKOマウスは,高脂肪食負荷のより早期(24週)から,WTマウスに比して肝TNF-α発現の有意な増加を認めており,アディポネクチンは,NASH進展のより早期において,TNF-αなど炎症系サイトカイン産生を抑え,肝の炎症を抑えている可能性が考えられた.また,アディポネクチンKOマウスは,高脂肪食負荷のより早期(24週)から,WTマウスに比してprocollagen α(I)発現の増加を認めており,48週での肝線維化面積はWTマウスに比して有意に増大していた事より,アディポネクチンが脂肪肝炎に続発する肝の線維化を抑えている可能性が示唆された.

 アディポネクチンKOマウスの一部に腺腫や過形成性変化が認められた(n=1/8).アディポネクチンKOマウスの遺伝的背景はC57Bl/6x129/svであり,C57Bl/6マウスの肝発癌率は1-2%/2年,129/svマウスも肝腫瘍の報告はなく,本来肝腫瘍が出来にくい系統のマウスに,アディポネクチン欠損と高脂肪食負荷の条件が加わった事によって,腫瘍の発生が認められた.高脂肪食負荷WTマウスでは腫瘍は認められず,またアディポネクチンKOマウスの高脂肪食負荷48週ではWTマウスに比してcyclin D1発現が増加していた事から,アディポネクチン欠損は腫瘍形成にも関与する可能性が示唆された.低アディポネクチン血症は多くの癌で危険因子とされ,特に子宮体癌,乳癌,前立腺癌,大腸癌などで強く,肝臓癌に関しても重度肥満や糖尿病患者では強い関連が報告されており,今後の臨床研究の蓄積が待たれる.

【結語】

 アディポネクチンKOマウスは普通食で既に肝TG含量増加がみられ,長期の高脂肪食負荷により,肥満や高血糖,高脂血症に加え,肝の炎症,中心静脈周囲の線維化を来たし,一部には腺腫の形成が認められた.よって,ヒトNASHの自然史に近い病態を呈する動物モデルと考えられた.この動物モデルを用いてNASHの病態解明及び治療研究が今後進んでいくと期待される.

 アディポネクチンは,炎症系サイトカイン産生抑制や,続発する線維化を抑制することにより,NASH進展過程のより早期において抑制に働く可能性が示唆された.

 アディポネクチン欠損は肝の腫瘍形成に関与している可能性が示唆された.

審査要旨 要旨を表示する

 近年,生活習慣病関連疾患の増加に伴い,NASH(非アルコール性脂肪肝炎)の病態や疾患メカニズムへの関心が高まっている.本研究は,NASHの進展過程において,重要な役割を果たしていると考えられるアディポネクチンの関与を明らかにするため,長期の高脂肪食負荷をかけたアディポネクチンknock-out(以下KO)マウスを用いて,肝に関連した生化学検査所見や病態関連遺伝子,病理組織学的変化の解析を試みたものであり,下記の結果を得ている.

1.アディポネクチンKOマウスは,野生型(WT)に比して,普通食で既に肝TG含量1.6倍と有意な増加がみられ,長期(48週)の高脂肪食負荷により,肥満や高血糖,高脂血症に加え,肝の炎症,中心静脈周囲の線維化を来たし,一部には腺腫の形成が認められた.よって,ヒトNASHの自然史に近い病態を呈する動物モデルと考えられた.

2.アディポネクチンKOマウスは,高脂肪食負荷のより早期(24週)から,WTマウスに比して肝TNF-α発現が3倍と有意な増加を認めており,アディポネクチンは,NASH進展のより早期において,TNF-αなど炎症系サイトカイン産生を抑え,肝の炎症を抑えている可能性が考えられた.

3.アディポネクチンKOマウスは,高脂肪食負荷のより早期(24週)から,WTマウスに比してprocollagen α(I)が4倍の発現増加を認めており,高脂肪食負荷48週においては,WTマウスに比して中心静脈周囲の肝線維化面積が1.4倍と有意に増大していた.よって,アディポネクチンが脂肪肝炎に続発する肝の線維化を抑えている可能性が示唆された.

4.遺伝的背景(C57Bl/6x129/sv)では肝腫瘍の出来にくい系統のマウスにアディポネクチン欠損と高脂肪食負荷の条件が加わった事により,高脂肪食負荷アディポネクチンKOマウスの一部に腫瘍形成がみられた(n=1/8).高脂肪食負荷のWTマウスでは腫瘍は認められず,またアディポネクチンKOマウスの高脂肪食負荷48週ではWTマウスに比してcyclin D1発現が1.5倍と増加傾向を示していた.以上より,アディポネクチン欠損は,腫瘍形成にも関与する可能性が示唆された.

 以上,本論文は,長期の高脂肪食負荷をかけたアディポネクチンKOマウスの解析から,アディポネクチンはNASH進展のより早期において,炎症系サイトカインの1つであるTNF-α産生抑制や脂肪肝炎に続発する線維化を抑制する可能性を示した.

 本研究はこれまで十分明らかではないNASH進展過程におけるアディポネクチンの関与の解明に,重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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