学位論文要旨



No 122566
著者(漢字) 浦崎,康代
著者(英字)
著者(カナ) ウラサキ,ヤスヨ
標題(和) ロキシスロマイシンのヒトT細胞機能及び関節炎モデルへの治療効果の検討
標題(洋)
報告番号 122566
報告番号 甲22566
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2862号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 講師 土肥,眞
 東京大学 客員教授 渡辺,すみ子
内容要旨 要旨を表示する

背景

 関節リウマチ(Rheumatoid Arthritis;RA)は全身の可動関節の炎症を主座とした全身性自己免疫疾患である。その発生機序は未だ明らかにされていないが、HLA-DR4のような遺伝的な要因や環境的要因が挙げられる。朝のこわばりとともに対称性の関節炎を認める。進行すると肥厚、増殖した滑膜が骨・軟骨を破壊し生活の質(QOL;Quality of life)を著しく低下させる。自己抗体としてリウマトイド因子(rheumatoid factor;RF)が代表的な自己抗体として捉えられてきたが、多くの症例に認められ注目を集めている抗CCP(Cyclic Citrullinated Peptide)抗体や抗GPI(glucose-6-phosphate isomerase)抗体、抗カルパスタチン抗体、可溶型gp130に対する抗体、II型コラーゲンに対する抗体などがRAの患者血清において同定されているが、その病態を常に反映するものではないとされている。

 RA関節炎の罹患関節では活性化したT細胞、マクロファージ、好中球、滑膜細胞、線維芽細胞などが浸潤し、それにともない産生されたサイトカインやケモカインなどの様々な分子が相互作用することによりその病態を形成している。RA初期の炎症ではT細胞が主として浸潤するだけでなく、その滑液中にもT細胞が多く集積しているため、RAではその病態形成にT細胞が大変重要な役割を果たしていると考えられる。

 T細胞を活性化するためには共刺激が必要である。抗原がMHC分子及び抗原提示細胞上のペプチドとしてT細胞レセプターに結合し、その後さまざまなサイトカインを分泌する。T細胞を十分に活性化するためには、この主刺激に加えCD3/T細胞レセプター依存性にT細胞上の表面分子により誘起される共刺激シグナルの存在が必要である。このシグナルはT細胞の増殖、活性化、サイトカインの分泌に不可欠である。共刺激シグナルは、CD28/CTLA-4からのものが代表的である。CD28及びそのリガンドであるCD80/CD86はRAの滑膜に存在しており、その相互作用を阻害する治療薬が開発された。また新しい共刺激分子として、森本らはCD4+メモリーT細胞に高発現している新しい共刺激分子であるCD26を同定した。CD26+T細胞はRAの滑膜組織に集積しており、細胞遊走やIL-2やIFN-γ産生への関与が報告されている。

 一方、抗原刺激により増殖、分化を開始したナイーブT細胞は、その抗原刺激の種類や強さ、関与するサイトカインの種類よりThサブセットに分化する。細胞性免疫に関わるTh1細胞、体液性免疫に関わるTh2細胞及び近年発見された、自己免疫による細胞障害を誘導する新しいサブセットであるTh17細胞へと分化する。これらのサブセットが産生するサイトカインにより互いの活性を制御し合いながら生体の免疫応答のバランスをとっている。炎症性サイトカインであるTNF-αや、IL-6は活性化されたT細胞やマクロファージなどから分泌され、炎症の遅延、悪化に関わっている。また、RAの特徴の一つでもある滑膜での血管新生にもサイトカインが関わっており、サイトカインを理解することがRAの病態を理解することにつながる。近年、RAの治療薬としてTNF-αやIL-6などのサイトカインを阻害する生物学的製剤が開発され、画期的な効果が示されている。しかし、その副作用には細心の注意を払う必要がある。米国ではミノマイシンやラパマイシンのような抗生物質は比較的安全性が高く、RAでの有用性が認められ使用されている。

 ロキシスロマイシン(roxithromycin;RXM)はマクロライド系抗生物質(macrolide antibiotics;ML)で、長期かつ低用量の使用により、びまん性汎細気管支炎や気管支喘息の様な慢性の炎症疾患の治療において有効性が認められている。他のMLの抗炎症作用に関する研究も活発に行われているが、MLの抗炎症活性に関する詳しいメカニズムは未だ不明である。T細胞の共刺激シグナルを介した実験及び関節炎モデルマウスを用いて関節炎へのRXMの影響を検討することはRXMの抗炎症作用のメカニズムの解明に役立つと考えた。

目的

 この研究ではRXMの免疫システムにおける効果を解明するために、in vitroで活性化した末梢血T細胞を用い、その増殖活性、各サイトカイン産生能、細胞遊走能への影響を検討した。また活性化マクロファージを用いて、炎症性サイトカイン産生へのRXMの影響を検討した。さらに、関節リウマチのモデルマウスとしてコラーゲン誘導関節炎(collagen-induced arthritis;CIA)マウスを用いてRXMの経口投与による治療効果を検討した。

方法

in vitroで末梢血T細胞の共刺激シグナルを介した実験を行った。CD3、CD26、CD28のモノクローナル抗体(monoclonal antibody;MAb)およびPMAを用い、T細胞を共刺激した。このときRXMがT細胞の増殖に影響するかを検討した。また共刺激シグナルを介して産生されるサイトカインについてはTh-1タイプ、Th-2タイプサイトカイン及び炎症性サイトカインの産生を同様の実験方法でELISA を用いて測定した。さらにマクロファージからの炎症性サイトカイン産生に対するRXMの影響を検討するために、末梢血より分離したマクロファージをLPSにより活性化し、同様に測定した。炎症の際のリンパ球の遊走へのRXMの影響は分離したT細胞とHUVECを用いて細胞遊走能試験により検討した。

 in vivoの系ではRAのモデルマウスとしてCIAマウスを用いてRXMを経口投与しその治療効果を検討した。その間の経時的な血清中の各サイトカイン濃度はELISAにて測定し、RXMのCIAマウス関節炎への影響は、マウスの足関節のヘマトキシリン-エオジン(hematoxylin and eosin;HE)染色をすることで病理組織学的に解析した。

結果

RXMは末梢血T細胞を用いたCD3, CD28, CD26MAbを用いた共刺激の実験の結果、T細胞増殖や、Th-1タイプサイトカインであるIL-2、IFN-γ、またTh-2タイプサイトカインであるIL-4、IL-5などの産生には影響しなかったが、炎症性サイトカインであるIL-6、TNF-αの産生を抑制した。さらにLPSにより活性化したマクロファージからのIL-6、TNF-αの産生も抑制した。またRXMは活性化T細胞の細胞遊走も用量依存性に抑制した。関節リウマチの動物モデルとして用いたCIAマウスに2回目の免疫後、2週間RXMを経口投与したところ、用量依存性に関節炎および血清中のIL-6産生が有意に抑制され、さらに骨、軟骨破壊まで抑制した。

考察

 この研究において、RXMが活性化したT細胞やマクロファージによるTNF-αやIL-6といった炎症性サイトカインの分泌を明らかに抑えられることを示した。また、RXMは活性化T細胞の遊走も阻害した。最も重要なことは、CIAマウスにRXMを投与することで、CIA関節炎の悪化を抑え、さらに関節炎マウスのIL-6の産生やリンパ球の浸潤、骨・軟骨破壊までも抑制したことである。In vivoの実験において、RXMがCIA関節炎の進行を抑制した要因の一つとしてT細胞の遊走と炎症性のサイトカインの産生を抑えたことによる結果であることが大いに考えられる。CIA、RAのいずれの関節炎においてもその病態形成に、TNF-αやIL-6の濃度が骨・軟骨破壊と炎症関節部位で深く関係している。また、RAの炎症局所での血管からのリンパ球、特にT細胞の浸潤はその病変の進行と深く関わっている。TNF-αはRAにおけるサイトカインカスケードの上位に位置し、さまざまな細胞を活性化し、他のサイトカイン生成にも関与する重要なサイトカインである。白血球を感染局所にリクルートして炎症を強化する作用がある。また、T細胞や破骨細胞を活性化するほか、IL-1とともにIFN-γを産生する。IL-6は活性化マクロファージから産生され、T細胞を始め、B細胞でのRF産生の誘導し、骨髄巨核球での血小の増加、肝細胞による急性期蛋白質の生成などに関与し、RAの病態を形成している。

 現在RAの治療に使用されているターゲット分子であるTNF-α、IL-6の二つのサイトカインが、RXMの用量依存的に有意に抑制されたことは、RXMがRAの治療に有効である可能性があることを示唆する。RXMの関節リウマチへの有効性を証明する事が出来れば、生物学的製剤を用いた治療で懸念される副作用の面で、より安全性の高い治療が可能となる。現在、RXMから抗菌作用を取り除いた誘導体を製作中であり、この誘導体を解析することがより安全な新しいリウマチ薬の開発につながると思われる。

結論

RXMはTh-1,Th-2サイトカイン産生は抑制せず、IL-6,TNF-αなどの炎症性サイトカイン産生を抑制し、T細胞遊走も抑制した。さらにCIAモデルの関節炎も抑制したことからRXMは関節リウマチの治療薬となり得ることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はマクロライド系抗生物質であるロキシスロマイシン(roxithromycin;RXM)の抗炎症効果のメカニズムを解明するために、in vitroで末梢血T細胞の共刺激シグナルを介した実験を行った。主刺激としてCD3モノクローナル抗体(monoclonal antibody;MAb)を用い、共刺激にはCD26MAbおよびCD28MAbを用いた。陽性コントロールとしてPMA(phorbol myristate acetate)を用い、T細胞を共刺激した。このときまず、RXMがT細胞の増殖に影響するかを検討した。また、共刺激シグナルを介して産生されるサイトカインについてはTh-1タイプ、Th-2タイプサイトカイン及び炎症性サイトカインの産生を同様の実験方法でELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)を用いて測定した。さらに末梢血より分離したマクロファージをLPS(lipopolysaccharide)により活性化しRXMを加えることで、炎症性サイトカイン産生に対する影響をELISAを用いて検討した。また炎症の際のリンパ球の遊走へのRXMの影響を分離したT細胞とHUVECを用いて細胞遊走能試験により検討した。

 In vivoの系でのRXMの作用として、RAのモデルマウスであるCIAマウスを用いて、RXMを経口投与しその治療効果を検討した。その間の経時的な血清中の各サイトカイン濃度はELISAにて測定し、RXMのCIAマウス関節炎組織への影響は、マウスの足関節のヘマトキシリン-エオジン(hematoxylin and eosin;HE)染色により組織学的に解析した。下に結果を記した。

1 主刺激として抗CD3MAbを、共刺激として抗CD26MAb, 抗CD28MAbまたはPMAを使用し、ヒトのT細胞を共刺激した系において、RXMの活性化T細胞の細胞増殖への影響を解析した結果、RXMはどの刺激による細胞増殖にも影響を与えなかった。

2 1と同様のヒト活性化T細胞を用い、RXMを加えた際のTh1(IL;interleukin-2,IFN;interferon-γ)及びTh2(IL-4,IL-5)タイプサイトカインの産生量をELISAにより測定したところ、RXMはその産生に影響を与えなかった。

3 1と同様のヒト活性化T細胞にRXMを加えた際に炎症性サイトカインであるTNF(tumor necrosis factor)-α,IL-6の産生量をELISAにより測定したところ、RXMは濃度依存的にその産生量を有意に抑制した。

4 LPSにより活性化させたヒトのマクロファージにRXMを加えた際に、炎症性サイトカインであるTNF-α,IL-6の産生量をELISAにより測定したところ、RXMは濃度依存的にその産生量を有意に抑制した。

5 PMAにより活性化させたヒトT細胞による細胞遊走能へのRXMの影響を解析した結果、RXMは濃度依存的に活性化T細胞の細胞遊走を有意に阻害した。

6 CIAマウスに2回目の免疫時からRXMを2週間経口投与した結果、用量依存的に関節炎スコアが有意に抑制され、HE染色による組織学的解析からは関節炎の悪化及び骨・軟骨破壊の進行の抑制が認められた。

7 CIAマウスの血清中IL-6の濃度は高用量のRXMを投与したマウス群で2回目の免疫時から7日後に有意に抑制された。

 以上、本論文はロキシスロマイシンの抗炎症作用の解析の結果、ロキシスロマイシンはT細胞、マクロファージからの炎症性サイトカインの産生及び活性化T細胞の細胞遊走を阻害し、関節リウマチのモデル関節炎の悪化を抑制することを初めて明らかにした。本研究は、関節リウマチの新規治療薬の開発に貢献すると考え、学位の授与に値するものと考えられる。

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