学位論文要旨



No 122567
著者(漢字) 遠藤,陽子
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,ヨウコ
標題(和) チアゾリジン誘導体は、近位尿細管のHCO3-輸送を遺伝子転写調節作用を介さずに亢進する
標題(洋) Thiazolidinediones stimulate renal proximal transport of bicarbonate through nongenomic mechanism
報告番号 122567
報告番号 甲22567
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2863号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 助教授 要,伸也
 東京大学 助教授 関根,孝司
 東京大学 講師 野入,英世
内容要旨 要旨を表示する

 チアゾリン系薬剤(TZD)は初のインスリン抵抗性改善薬であり、2型糖尿病患者の治療に非常に有効である。しかし、臨床的には浮腫・心不全などのNa再吸収亢進に起因する副作用がしばしば問題となる。TZDは核内受容体であるPPARγを標的とし、転写活性を介して各種遺伝子発現を調節していることが判明している。マウス腎ではPPARγは主に髄質内層の集合管に強く発現し、TZDによって腎集合管上皮Naチャンネル(ENaC)の活性化が報告されている。しかし、種によっては、集合管ENaC以外の浮腫形成経路の存在も示唆されている。ラットでは、ENaC阻害剤のアミロライドによってもTZDによる体液貯留は阻害されず、ヒトにおいても、TZDが近位尿細管再吸収を亢進することを示唆する報告もある。腎近位尿細管は、糸球体でろ過されたNaClの60%を再吸収しており、体液バランスに大きな影響を与えると考えられる。

今回、我々は、TZDは腎近位尿細管でのNa再吸収量を増加させるのか、もしそうであれば、その分子学的機構を明らかとすることを目的として、実験を行った。

単離したウサギ腎近位尿細管では、ピオグリタゾンを生理的濃度で投与したところ、非常に短時間(数分のうちに)でNa-HCO3- 共輸送体(NBC1)を活性化したことを確認した。又、stop-flow法で解析したこの部位の重炭酸イオンの吸収量も上昇した。この、ピオグリタゾンによる近位尿細管の輸送の亢進作用は、MEK阻害剤であるPD98059や、PPARγ拮抗薬であるGW9662により完全に阻害された。このことから、ピオグリタゾンによるこれらの効果はPPARγを介したERKの活性化に依存していることが強く示唆された。

免疫組織学的解析では、ウサギ腎髄質集合管に強くPPARγの発現を認めたが、これに加えて、弱いながら近位尿細管にもPPARγの発現を確認した。ウエスタンブロットでも、ウサギ腎皮質・髄質においてPPARγの存在を確認した。

本来、PPARγを介した反応は、遺伝子転写調節作用によるものだが、一連のTZDの近位尿細管作用は極めて早い。PPARγが早期のERK活性を誘起するかを検討するため、マウス線維芽細胞(EF cell)を用いて実験を行った。

EF cellでは、ERKの活性化を介してNa/H交換体1(NHE1)が活性化することが知られている。野生型マウスEF cellにピオグリタゾンを投与したところ、ごく短期間にNHE1を活性化した。しかし、PPARγ-/-マウスのEF cellでは、ピオグリタゾンによるNHE1の活性化は認めなかった。次に、この細胞に、アデノウイルスによりPPARγ全長、あるいは、DNA結合領域を除いたPPARγ遺伝子を導入したところ、ピオグリタゾンによる短時間でのNHE1活性化は野生型細胞と同程度まで回復した。同様にDNA結合領域の欠損したPPARγのうち、リガンド結合領域に変異(Q286P)を持つ遺伝子を導入した場合には、NHE1の活性化は認められなかった。

これらの結果から、TZDは転写機構を介さずに、短時間でERK経路を活性化すること、このERK活性化にはリガンド結合領域へのTZDの結合が必要であること。また、TZDによる腎近位尿細管輸送亢進はこのPPARγ依存性ERK活性化経路に依存している可能性が高いことが示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究ではチアゾリジン系薬剤(TZD)による浮腫発症において、近位尿細管の果たす役割を検討するため、ウサギ近位尿細管を用いた実験を行った。また、その分子機構にperoxysome-proliferator-activated receptor γ(PPARγ)がどう関わっているか、詳細を調べるために、PPARγ-/-マウスより得られた胎児線維芽細胞を用いて実験を行い、下記の結果を得ている。

1.単離したウサギ腎近位尿細管では、ピオグリタゾンを生理的濃度で投与したところ、非常に短時間(数分のうちに)でNa-HCO3- 共輸送体(NBC1)を活性化したことを確認した。又、stop-flow法で解析したこの部位の重炭酸イオンの吸収量も上昇した。この、ピオグリタゾンによる近位尿細管の輸送の亢進作用は、MEK阻害剤であるPD98059や、PPARγ拮抗薬であるGW9662により完全に阻害された。このことから、ピオグリタゾンによるこれらの効果はPPARγを介したERKの活性化に依存していることが強く示唆された。

2.免疫組織学的解析では、ウサギ腎髄質集合管に強くPPARγの発現を認めたが、これに加えて、弱いながら近位尿細管にもPPARγの発現を確認した。ウエスタンブロットでも、ウサギ腎皮質・髄質においてPPARγの存在を確認した。

3.一連のTZDの近位尿細管作用は極めて早く、PPARγの元来の働きである転写活性を介した反応は考えにくい。PPARγが早期のERK活性を誘起するかを検討するため、マウス線維芽細胞(EF cell)を用いて実験を行った。EF cellでは、ERKの活性化を介してNa/H交換体1(NHE1)が活性化することが知られている。野生型マウスEF cellにピオグリタゾンを投与したところ、ごく短期間にNHE1を活性化した。しかし、PPARγ-/-マウスのEF cellでは、ピオグリタゾンによるNHE1の活性化は認めなかった。

4.この細胞に、アデノウイルスによりPPARγ全長、あるいは、DNA結合領域を除いたPPARγ遺伝子を導入したところ、ピオグリタゾンによる短時間でのNHE1活性化は野生型細胞と同程度まで回復した。同様にDNA結合領域の欠損したPPARγのうち、リガンド結合領域に変異(Q286P)を持つ遺伝子を導入した場合には、NHE1の活性化は認められなかった。これらの結果から、TZDは転写機構を介さずに、短時間でERK経路を活性化すること、このERK活性化にはリガンド結合領域へのTZDの結合が必要であることが確認できた。

以上、本論文ではTZDによるNa再吸収量増加機構は、PPARγやERK経路を介していること、また、この反応はリガンドがPPARγに結合する事により進むこと、そして、PPARγには、従来より確認されている転写を介した反応とは別の経路があることを初めて確認した。

本研究で解明した浮腫形成のメカニズムが、今後浮腫などの副作用のない薬剤を創る上で一助となりうる事、また、PPARγの新しい作用機序を発見したことは、更なる代謝性疾患の原因の解明や治療の進歩に大きく貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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