学位論文要旨



No 122568
著者(漢字) 小倉,彩世子
著者(英字)
著者(カナ) オグラ,サヨコ
標題(和) 低酸素における酸化LDL受容体(lectin-like oxiative LDL receptor-1)の発現変化と役割
標題(洋)
報告番号 122568
報告番号 甲22568
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2864号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 秋下,雅弘
 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 助教授 安東,克之
 東京大学 助教授 佐田,政隆
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

LOX-1(lectin-like oxidized low density lipoprotein receptor-1) は内皮細胞に特異的に存在する酸化LDLのレセプターとしてクローニングされた。LOX-1の発現は定常状態では低いが、さまざまな炎症性サイトカインや血管収縮系のペプチドなどによって発現が亢進することが報告されている。また初期の動脈硬化病変においても発現が増強しており高血圧、糖尿病、高脂血症においても発現の亢進を認めている。現在ではLOX-1と動脈硬化性疾患とのかかわりが注目されている。低酸素は血管に対してHIF-1などの発現を亢進させVEGEFなどが亢進し血管新生が行われる。一方、長期の低酸素状態は血管リモデリングを引き起こすことがしられており、この原因のひとつとして酸化ストレスの増加が考えられている。最近では睡眠時無呼吸症候群が動脈硬化のリスクを増加させることなど、低酸素と動脈硬化の関わりも注目されている。今回の研究では、低酸素における血管障害におけるLOX-1の関わりと酸化ストレスの役割について検討を行った。

【方法】

1)低酸素負荷:野生型(C57/BL6)の雄6-8週令を閉鎖されたチャンバーにて飼育した。チャンバーには低酸素ガス(O2 10%,N2 90%)を300ml/minで継続的に流し、飲水・餌は自由に摂取できるようにした。床じき・餌・水は2日に一度チャンバーをあけて10分ほどで交換をおこなった。

2)遺伝子発現量の測定:組織より総RNAをISOGEN(日本ジーン製)を用いて抽出し、cDNA合成キット(Inivitogen製)を用いてcDNAを合成した。LOX-1 はPCR 40cycle,特異的プライマーをもちいてmRNA発現量を測定した。

3)蛋白量測定:肺組織より蛋白を抽出し、SDS pageによりWestern-blottingを行った。国立循環器病センターの澤村先生よりご提供いただいたRat-anti mouse LOX-1抗体(JTX-20)を用い、ビオチン化した二次抗体をもちいてHRP標識ストレプトアビジンを加えてECL化学発光にて検出した。

4)酸化LDL取り込み:Dil(1,1'-dioctadecyl-3,3,3',3'-tetramethylindocarbocyanine perchlorate)をラベルしたoxLDL(INTRACEL製)をあらかじめチャンバースライド上で培養した肺微小血管内皮細胞に80μl/ml添加し、4時間37度でインキュベート、その後PBSでwashし4%ホルマリンで固定したのち、蛍光顕微鏡で観察した。

5)活性酸素の測定:ルシジェニン化学発光法を用いて、組織の活性酸素の測定を行った。組織はホモジナイズし、重量によって補正をおこない,器質であるNADPH を100μl/Lを負荷してNADPHの活性化を測定した。

6)抗酸化剤投与:NADPH oxidase inhibitorであるApocynin(4-hydroxy-3-methoxy-acetophenone)を飲水にて低酸素負荷マウスに投与した。

7)LOX-1トランスジェニックマウス・ノックアウトマウスを野生型マウスと同様に低酸素チャンバーにて飼育し、28日まで観察した。

8)組織化学染色 4%ホルマリンPBSで固定した切片8μmに対しヘマトキシリン・エオジン染色を行い、血管のリモデリングを%MT(media thickness x2/external diamete x100)にて測定した。また酸化ストレスのマーカーである3-Nitrotyrosinを用いて、組織切片で蛍光免疫染色をおこなった。

9)NADPHoxidase活性化の機序のひとつとして考えられている、small G蛋白Rac1の膜への移行を調べるため、免疫沈降を用いてNADPHの膜サブユニットであるp47phoxとのRac1のinteractionを検討した。

10)統計解析 統計処理はANOVAを用いた。すべての値は平均値SDで表し、p<0.05を統計学的に有意とした。

【結果】

1)低酸素によるLOX-1発現の変化

低酸素負荷により、組織でのLOX-1の蛋白レベル・mRNAレベルでの発現の増加を認めた。(P<0.05)また培養肺微小血管内皮細胞においてCOCl2の24時間負荷後、Dilでラベルした酸化LDLを加え、内皮細胞への酸化LDLのとりこみにおいては酸化LDLの濃度は一定であるにもかかわらず、COCl2後では酸化LDLの取り込みが上昇を認めた。

2)低酸素による酸化ストレス

低酸素負荷による活性酸素種は増大し、NADPHの活性化においても有意に低酸素によって増加を認めた(P<0.001)。これにより低酸素では血管におけるNADPH oxidaseの活性化が酸化ストレスを増大させるひとつの原因であると考えられた。

3)抗酸化剤投与による効果 

NADPH oxidase inhibitorであるApocyninの投与によって低酸素による活性酸素の産生は抑制された。また低酸素によって発現が亢進したLOX-1も抑制を認めた。活性酸素の除去はリモデリングの抑制およびLOX-1発現の抑制に有効であると考えられた。

4)LOX-1 トランスジェニックマウス・ノックアウトマウスでの検討

LOX-1 トランスジェニックマウス(Tg)は野生型マウス(WT)に比べ早期より死亡率の増加をみとめ(p<0.001)また組織の障害は野生型に比べて強く、肺血管のリモデリングの増強が認められた(P<0.05)。一方KOマウスでは死亡率がWTマウスとくらべ改善を認めた。低酸素による酸化ストレスはKOマウスはWTマウスと比べて低く、酸化ストレスの増大が、動脈硬化の増悪を惹き起こしていることが考えられた。

5)LOX-1とRac1,NADPH活性化のかかわり

LOX-1の発現の変化における低酸素での酸化ストレスの変化として、NADPH oxidaseの活性化の差が認められた。そこでNADPH oxidase活性化をsmall G蛋白Rac1の膜への移行をNADPHの膜サブユニットであるp47phoxとのRac1の免疫沈降を用いて検討した。低酸素後のTgマウスではRac1とp47phoxのinteractionを強く認め、一方KOマウスではこのinteractionは抑制されていた。このことから、LOX-1はRac1の膜への移行を亢進させ、NADPH oxidaseを活性化すると考えられた。

【結論】

低酸素は酸化ストレスの増大が知られているが、そのメカニズムは不明なことが多い。今回の検討から、LOX-1は低酸素状態によって発現が亢進し、低酸素における酸化ストレスの増加のひとつとしてLOX-1によるNADPH oxidase活性化の関与が示唆された。またLOX-1トランスジェニックマウス・ノックアウトマウスの検討から、低酸素においてLOX-1の発現は血管リモデリング・酸化ストレスと密接に関連しており、低酸素におけるNADPH oxidaseの活性はLOX-1のシグナルによってRac1が膜へ移行するによって惹き起こされることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、低酸素における酸化LDL受容体の発現の変化、またその役割と酸化ストレスのかかわりについて検討し、以下の結果を得た。

1.慢性低酸素における酸化LDL受容体(lectin-like oxidized LDL receptor-1:LOX-1)の発現と酸化ストレス

低酸素ガス(O2 10%,N2 90%)で充満した閉鎖されたチャンバー内で飼育した野生型(C56/BL6)マウスの肺組織の検討から、低酸素負荷により肺組織でのLOX-1の蛋白レベル・mRNAレベルでの発現の増加を認めた。また培養肺微小血管内皮細胞においてCOCl2の24時間負荷後、酸化LDLのとりこみが上昇を認めた。低酸素負荷による活性酸素種は増大しており、NADPHの活性化も増加を認めた。NADPH oxidase inhibitorであるApocyninの投与によって低酸素による活性酸素の産生は抑制され、低酸素によって発現が亢進したLOX-1も抑制を認めた。これにより低酸素では血管におけるNADPH oxidaseの活性化が酸化ストレスを増大させるひとつの原因であり、活性酸素の除去はリモデリングの抑制およびLOX-1発現の抑制に有効であることが示唆された。

2.LOX-1過剰発現マウスおよびノックアウトマウスにおける低酸素での変化

LOX-1トランスジェニックマウス(Tg)は野生型マウス(WT)に比べ、組織の障害は野生型(WT)に比べて強く、肺血管のリモデリングの増強が認められた。一方ノックアウト(KO)マウスでは組織の障害は野生型(WT)に比べて少なく、低酸素負荷による死亡率はトランスジェニックマウスが早期から死亡率の増加を認めたのに対し、ノックアウト(KO)では死亡率の抑制を認めた。また、低酸素による酸化ストレスはトランスジェニックマウス(Tg)がもっとも増加し、一方ノックアウトマウス(KO)では酸化ストレスは抑制傾向をみとめた。酸化ストレスの増大が、血管障害の増悪を惹き起こしていることが示唆された。

3.LOX-1とRac1、NADPH oxidase活性化の関わり

LOX-1の発現の変化における低酸素での酸化ストレスの変化として、NADPH oxidaseの活性化の差が認められた。そこでNADPH oxidase活性化をsmall G蛋白Rac1の膜への移行をNADPHの膜サブユニットであるp47phoxとのRac1の免疫沈降を用いて検討した。低酸素後のTgマウスではRac1とp47phoxのinteractionを強く認め、一方KOマウスではこのinteractionは抑制されていた。このことから、低酸素によってLOX-1はRac1の膜への移行を亢進させ、NADPH oxidaseを活性化することが示された。

 以上、本論文は低酸素による酸化ストレスの増大のメカニズムとしてLOX-1の発現亢進、LOX-1によるNADPH oxidaseの活性化を示した。低酸素によってLOX-1の発現が亢進することは新しい報告であり、LOX-1トランスジェニックマウス・ノックアウトマウスの検討から、LOX-1の発現は低酸素における血管障害と密接に関連しており、低酸素における酸化ストレスの発生においても重要な役割を示していることが示唆された。今後の低酸素と酸化ストレスおよび血管障害の研究に役立つものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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