No | 122569 | |
著者(漢字) | 角嶋,直美 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カクシマ,ナオミ | |
標題(和) | 内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic submucosal dissection, ESD)後胃潰瘍の治癒過程の検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 122569 | |
報告番号 | 甲22569 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2865号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景・目的 内視鏡的粘膜切除術の適応となる病変は、日本胃癌学会の「胃癌治療ガイドライン」により、原則としてリンパ節転移がほとんどなく、一括切除可能な病変とされる。近年5000例以上の外科切除例の検討から、「分化型粘膜内癌で潰瘍所見のないものでは腫瘍径に制限せず、また潰瘍所見を伴うものでは3cm以下の病変」がリンパ節転移の頻度が極めて低い条件として明らかとなり、この条件を満たす病変が適応とされる。 一方、内視鏡機器および技術の進歩により、内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic submucosal dissection,ESD)が開発された。ESDは、病変周囲の粘膜および直下の粘膜下層を直接剥離するという新しい手法であり、病変を一括で切除することを可能とするだけでなく、切除標本の詳細な病理学的評価を可能とすることから、特に胃病変に対して今日多くの施設で普及してきている。治療対象の適応拡大およびESDの普及に伴い、内視鏡治療によって生じる人工胃潰瘍は日常臨床で経験する消化性胃潰瘍と比較して大型化する傾向にあるが、治癒過程の検討の報告はなく詳細は明らかではない。そこで、我々は(1)ESD後胃潰瘍の治癒過程を経時的な内視鏡観察により明らかにする、(2)ESD後胃潰瘍の治癒過程に影響を及ぼす可能性のある因子について検討を行う、(3)ESD後胃潰瘍の病理学的特徴を明らかにするため、胃切除標本を用いた検討を行った。 方法 (1)ESD後胃潰瘍の経時的な内視鏡観察による検討。 2000年6月から2003年6月までにESDを施行された潰瘍所見のない、胃粘膜内腫瘍70症例を対象とした。抗潰瘍治療薬としてプロトンポンプ阻害薬、スクラルファートを八週間投与し、内視鏡検査を術後1、4、8、12週後に行った。ESDの切除標本サイズを最初の潰瘍サイズと仮定し、切除標本の長径により症例を三群に分け、(20-29、30-39、40mm以上)、また潰瘍の部位{胃上(U)・中(M)・下部(L)}、周在{前(A)・後壁(P)、小(L)・大弯(G)}別に検討した。潰瘍の縮小率を{(最初の潰瘍サイズ)−(観察時の潰瘍サイズ))}/(最初の潰瘍サイズ)X100(%)として、サイズ別、部位・周在別に計算し、Mann-Whitney Testにより比較検討した。また、ESD後胃潰瘍の瘢痕形態を内視鏡的に観察し、切除標本サイズ、部位、周在別に検討した。 (2)ESD後胃潰瘍の治癒に影響を及ぼす因子の検討。 術前のH.pylori感染の有無が確認され、2000年6月から2004年12月までにESDを施行された110例を対象とした。ESD対象例はあきらかな粘膜下層浸潤所見のない胃腫瘍とした。H.pylori感染診断は、血清IgG抗体検査または生検病理検査により行い、両者共に陰性の場合にH.pylori陰性と判断した。術前に血清ペプシノゲン値(Pepsinogen,PG)を測定できた症例については、PG法陽性(PGI〓70ngかつI/II〓3)/強度陽性(PGI〓30かつI/II〓2)/陰性に分けて検討を行った。内視鏡によって観察される胃粘膜萎縮の程度を、木村・竹本の分類に従い記録した。術後八週に内視鏡検査によって潰瘍の治癒状況を観察し、各条件における潰瘍治癒率をχ2検定を用いて比較検討した。 (3)切除胃を用いたESD後胃潰瘍の組織学的検討。 ESDを施行された後に病理学的評価により、粘膜下層(SM)深部浸潤または脈管侵襲陽性を診断され、追加外科手術を施行した21症例の手術標本を用い、手術時における潰瘍のサイズ、形態、再生粘膜の出現、粘膜下層の線維化の程度について、比較・検討した。 結果 (1)ESD後胃潰瘍の経時的な内視鏡観察による検討。 潰瘍サイズは最初の潰瘍径にかかわらず術後四週までに著明なサイズの縮小がみられ、八週までに治癒瘢痕化を認めた。術後一週の潰瘍縮小率は、直径30-39mm、および直径40mm以上のグループは、直径20-29mmのグループと比較して有意に大きかった(p<0.05)。部位別、周在別の検討では治癒傾向に差を認めなかった。 57例(82%)で、sagittal(胃の長軸)方向に沿った線状潰瘍瘢痕を形成し(縦走群)、残り13例(18%)では、ほぼ同心円状に潰瘍の縮小が認められ、星芒状の瘢痕が形成された(星芒群)。部位・周在別検討では、胃下部病変では胃上部よりも有意に線状瘢痕を形成し、小弯病変は、前後壁病変よりも有意に線状瘢痕を形成した(p<0.05,Fisherの直接確率計算法)。 (2)ESD後胃潰瘍の治癒に影響を及ぼす因子の検討。 ESD後八週における潰瘍治癒率はH.pylori陽性者において93%(85/91)、陰性者において100%(19/19)であり、両群間に有意差は認めなかった。 ESD治療前、内視鏡的に病変に潰瘍所見を認めた15症例では、潰瘍治癒率は60%(9/15)であり、潰瘍所見を認めなかった症例と比較して有意に治癒率が低かった。 ESD後8週におけるPG法陽性者、強陽性者、PG法陰性者の潰瘍治癒率は、それぞれ97%、94%、83%であり、有意差を認めなった。また、内視鏡的にopen typeまたはclosed typeの胃粘膜萎縮を認めた症例における潰瘍治癒率は、それぞれ96%および89%であり有意差を認めなかった。20%ブドウ糖液±ヒアルロン酸ナトリウムまたはGlyceol±ヒアルロン酸ナトリウムを局注剤として使用した症例における潰瘍治癒率はそれぞれ96%、93%であり粘膜局注剤による潰瘍治癒に有意差を認めなった。 (3)切除胃を用いたESD後胃潰瘍の組織学的検討。 21症例のESDから追加外科切除術までの期間は平均九週(1-20週)であった。 ESD後一週では、潰瘍底にフィブリン塊、壊死物が付着し、好中球主体の炎症細胞浸潤と線維組織・小血管の増生を認めた。二週後では、潰瘍部を超えて固有筋層にまで及ぶ、肉芽線維組織により著明な壁肥厚を認めた。三週後では、線維化に伴う壁肥厚は軽減したが、辺縁にはまだ再生粘膜を認めなかった。五週後より辺縁に再生粘膜が出現し、七週後の症例で、潰瘍底が全て再生上皮で覆われ、粘膜下層から固有筋層にかけて繊維化を認めた。また八週以降に手術となった12例中二例に潰瘍の残存を認め、これらは広範囲のSM深部浸潤や潰瘍所見を伴う症例であった。 考察 今回、ESD後の人工潰瘍が大きさ・部位・周在にかかわらず八週以内で治癒することが明らかとなった。特徴的な点として、潰瘍辺縁の再生上皮出現よりも早期に潰瘍が縮小し、大型の潰瘍も小型の潰瘍と同様に四週までに大幅なサイズの縮小を認めたことがあげられる。再生上皮は近接した潰瘍辺縁の既存粘膜をあたかもファスナーでつなぐように認められた。二種類の瘢痕形態は、部位によりその形状を規定されており、胃壁のその部位における伸縮度を反映していると考えられた。組織学的な検討により、潰瘍がすでに縮小し始めているESD後三週までの潰瘍標本では、潰瘍辺縁には再生上皮は認められず、ESD後五週以後の潰瘍標本では、潰瘍辺縁に再生上皮が認められ、内視鏡像による検討と同様の所見が得られた。以上より、大型ESD後胃潰瘍の早期におけるサイズ縮小は、胃壁の収縮による周囲の既存粘膜の収束が大きく影響し、その後、辺縁から発達した再生粘膜が残った粘膜欠損部を覆うことにより治癒する推定される。H.pylori感染は胃粘膜萎縮および消化性胃潰瘍発生に重要な役割を果たしており、除菌治療は潰瘍治癒を促進しまた再発率を減少させることが知られている。消化性胃潰瘍に限ると、低酸およびPGI/II低値は潰瘍治癒を遅延させる因子と報告され、除菌治療成功または抗潰瘍剤を八週間投与した場合でも潰瘍治癒に至らない症例もある。今回の検討では、H.pylori持続感染の有無および萎縮の程度によりESD後胃潰瘍の治癒率に差を認めなかった。種々の要因により防御因子と攻撃因子のアンバランスから生じる消化性胃潰瘍と異なり、ESD後胃潰瘍は機械的に形成されるものであるため、潰瘍治癒促進にH.pyloriの除菌治療は影響が少ない可能性がある。 一方、八週後も潰瘍治癒を認めなかった症例は、いずれも病変に潰瘍所見、あるいは癌の粘膜下層深部浸潤を伴う症例であった。消化性胃潰瘍における難治性潰瘍の場合、その治癒遷延の原因は超音波内視鏡などによる研究から、潰瘍を繰り返すことによる粘膜下層以深の線維化が原因であることが知られ、これらの症例においてもESD前にすでに粘膜下層に線維化が存在していたのではないかと考えられた。線維化の存在はESD後の胃壁の収縮による周囲の既存粘膜の収束を遷延させ、粘膜血流の障害を起こし、治癒遷延を来たしたのではないかと推測した。 結論 ESD後胃潰瘍は大きさや部位にかかわらず、消化性潰瘍と同様にPPI投与により術後八週以内に治癒・瘢痕化する。特徴として、術後4-5週までに瘢痕収縮により潰瘍サイズが大幅に縮小する前期、及び以後残った粘膜欠損部を再生粘膜が覆うことで治癒する後期にわけられる。大型ESD後胃潰瘍でも、治療前に粘膜下層以深に線維化がなければ前期の治癒過程が大きく寄与し、8週までに治癒するが、sm浸潤や潰瘍所見陽性例では、小型であっても治癒が遷延する可能性がある。 | |
審査要旨 | 本研究は、早期胃腫瘍に対する内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic submucosal dissection,ESD)後に形成される人工潰瘍の治癒過程を明らかにするため、内視鏡観察例および組織標本を用いた検討を行っており、下記の結果を得ている。 1.潰瘍所見のない胃粘膜内腫瘍に対するESD後胃潰瘍は、潰瘍の大きさ、部位、周在にかかわらず、プロトンポンプ阻害薬(PPI)を術後8週間投与することにより、術後8週までに治癒瘢痕化することが明らかとなった。また、術後4週までに大幅な潰瘍面積の縮小が認められ、潰瘍の縮小スピードは、大型の潰瘍ほど短期間に縮小する面積が大きいことが示された。 2.潰瘍所見のない胃粘膜内腫瘍に対するESD後胃潰瘍の瘢痕形態として、縦走線状瘢痕と星芒状瘢痕の2種類を認めた。瘢痕形態は、潰瘍の大きさよりも部位により規定されていた。 3.明らかな粘膜下層浸潤所見のない胃腫瘍と対象としたESD後胃潰瘍の、PPI 8週間内服における術後8週の治癒率は、Helicobacter pylori感染の有無、ペプシノゲン法の強陽性/陽/陰性別、胃粘膜萎縮の程度およびESDに用いる粘膜下局注剤の違いに影響されないことが示された。病変に潰瘍所見を伴っている症例では、PPI8週内服下でも術後8週における治癒率が潰瘍所見を伴っていない症例と比較して有意に低いことが示された。 4.ESD後に追加胃切除された組織標本を用いた検討により、ESD後1-3週後には粘膜下層主体に肉芽線維組織により著明な壁肥厚を認め、潰瘍辺縁には再生上皮の出現を認めなかった。ESD後5週以降の組織標本で潰瘍辺縁に再生上皮を認め、治癒瘢痕化による線維化は粘膜下層から固有筋層におよぶ症例も認められた。広範囲の腫瘍深部浸潤を認めた症例や病変に潰瘍所見を伴っている症例において、ESD後8週以降も潰瘍の残存を認める症例があることが示された。 以上、本論文はESD後胃潰瘍が大きさや部位にかかわらず、PPI術後8週間投与により8週までに治癒・瘢痕化し、治癒過程の特徴として、術後4-5週までに瘢痕収縮により潰瘍の大きさが大幅に縮小する前期、及び以後残った粘膜欠損部を再生粘膜が覆うことで治癒する後期にわけられることを明らかにした。また、ESD後胃潰瘍の8週における潰瘍治癒率に、消化性胃潰瘍に重要とされるH.pylori感染の有無および胃粘膜萎縮の程度の影響は少ないことが示され、大型ESD後胃潰瘍でも、粘膜下層以深に線維化がなければ前期の治癒過程が大きく寄与し、8週までに治癒するが、粘膜下層浸潤や潰瘍所見陽性例では、小型であっても治癒が遷延する可能性が示された。本研究はこれまで明らかにされてなった、内視鏡治療後の大型人工潰瘍の治癒過程および治癒に影響を及ぼす因子の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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