学位論文要旨



No 122571
著者(漢字) 川田,真幹
著者(英字)
著者(カナ) カワダ,ミキ
標題(和) サルエイズモデルにおけるCTL誘導型予防ワクチンの長期的効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 122571
報告番号 甲22571
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2867号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 池田,均
 東京大学 講師 森屋,泰爾
内容要旨 要旨を表示する

[要旨]

 ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)は宿主であるヒトに感染するとCCR5陽性CD4陽性メモリーTリンパ球を急性かつ大量に喪失させ、それに引き続く宿主適応免疫系の慢性過剰活性化と破壊により、最終的にヒトを後天性免疫不全症候群(エイズ)に陥れる。

 1981年に初めてのエイズ症例が報告されて以来、20年を超える歳月が経過したが、HIV-1感染者数は世界でなお増加の一途をたどっている。日本を含む先進国では1990年代後半より抗レトロウイルス薬の多剤併用療法(HAART)が行われるようになり、HIV-1感染者の予後が改善されたが、HAARTの長期的有効性や安全性については未だ不明な点が多い。また世界的規模では社会的に貧困な地域を中心に爆発的な感染拡大が続いており、予防エイズワクチンの開発は緊急かつ重要な国際的課題と言えるが、未だその実用化の見込みは立っていない。

 HIV-1感染症では、宿主適応免疫反応が誘導されるにもかかわらず慢性持続感染が成立し、エイズ発症に至る。そもそも宿主免疫系が自然経過でウイルスを排除することができない訳であるから、予防エイズワクチンの開発研究においては、HIV-1感染症が慢性化する原因(エイズ発症機構)を解明し、いかなる免疫反応を誘導すれば感染防御につながるか検討することが必要不可欠と言える。

 これまでHIV-1の複製を抑制しうる宿主適応免疫として、液性免疫の代表的エフェクターである中和抗体の有効性は明らかとされていないが、細胞性免疫の代表的エフェクターである細胞傷害性Tリンパ球(CTL)の重要性が指摘されている。しかしHIV-1の自然感染経過においては、感染後に誘導されるCTLによって体内ウイルス量の低下が認められるものの、その複製抑制は不完全で、慢性持続感染が成立する。感染後に自然経過で誘導されるCTLには機能不全が存在する可能性も指摘されており、感染前にウイルス特異的CTLを誘導することで感染後の血漿中ウイルス量を検出限界未満まで抑制し、後のエイズ発症阻止に導くことを目標としたCTL誘導型予防エイズワクチンの開発研究が精力的に進められてきた。ウイルス特異的CTLの誘導法としてはDNAワクチン、組換えウイルスベクターワクチン、および両者を組み合わせたDNAプライム・組換えウイルスベクターブースト法が有力であることが示されてきたが、サル免疫不全ウイルス(SIV)感染サルエイズモデルにおける評価で、ワクチン誘導CTLによるウイルス複製制御(血漿中ウイルス量を検出限界未満まで抑制する状態を示す)は困難であることが示唆された。しかし近年、私たちの研究室では、CTL誘導型予防エイズワクチンとしてDNAプライム・Gag発現組換えセンダイウイルスベクターブースト法を開発し、ビルマ産アカゲザルを用いた動物実験で、ワクチンによりウイルス複製抑制能の高いCTLを誘導することができれば感染初期のSIV複製制御に至ることを初めて明らかにした。しかしながら、CTL反応に基づく感染防御では、ウイルスの感染自体は成立しており、この感染初期のnon-sterileなSIV複製制御が長期的に持続しうるか、またエイズ発症阻止につながりうるかは不明のままであった。そこで私は、ワクチンによってSIV複製の初期制御に至ったサルの長期的解析を行った。

 DNAプライム・Gag発現組換えセンダイウイルスベクターブーストワクチン接種サル8頭と非接種サル4頭に対してSIVmac239を経静脈的にチャレンジしたところ、ワクチン接種サル8頭中5頭(以後"controllers"と記す)で、感染第8週の血漿中ウイルス量が検出限界未満まで抑制されたが、5頭のうち2頭では感染後約60週の時点でウイルス血症が再出現した。これら2頭は主要組織適合遺伝子複合体クラスI(MHC-I)ハプロタイプ90-120-Iaを共有し、感染第5週の時点で、このMHC-Iハプロタイプに拘束されるGag(206-216)エピトープ特異的CTL反応からのエスケープ変異をもつウイルスが急速に選択されていた。一方、ウイルス血症が再出現した時点では、血漿中SIVに、Gag(206-216)エピトープ特異的CTL反応からのエスケープ変異に加え、やはりMHC-Iハプロタイプ90-120-Iaに拘束されるGag(241-249)エピトープ特異的CTL反応およびGag(373-280)エピトープ特異的CTL反応からのエスケープ変異が、2頭で同様に蓄積されていた。

 HIV-1やSIVがCTLによる認識から逃れるための変異を獲得することはしばしば観察されており、ウイルスが宿主免疫から逃れる上で極めて重要なイベントであるが、これまで実際に、CTLエスケープ変異の出現と関連して、ウイルス量の増加を認めたケースを明示する報告はなかった。しかし今回の観察では、ワクチンによるSIV複製の初期制御後、複数のCTLエスケープ変異の蓄積と関連してウイルス血症の再出現を認め、ワクチンによるウイルス複製制御の維持に複数のエピトープ特異的CTLが関与していたことが初めて明らかとなった。この結果は、CTL誘導型予防エイズワクチンの戦略として複数のエピトープ特異的CTLを誘導することが有利である可能性を示す重要な知見である。

 Controllers5頭のうち残りの3頭では、3年以上にわたって、ウイルス複製制御が保たれ、エイズ発症も認めなかった。このうち、MHC-Iハプロタイプ90-120-Iaをもつ1頭では、感染第85週の末梢血単核球中プロウイルスDNAにGag(241-249)エピトープ特異的CTL反応およびGag(373-280)エピトープ特異的CTL反応からのエスケープ変異の蓄積を認めず、ワクチン誘導Gag特異的CTLがSIV複製制御の維持に貢献したことが示唆された。他の2頭では感染後期にGag特異的CTL反応が消退し、感染後に誘導された新たなCTL反応がSIV複製制御に中心的役割を果たしていた。このことから、ワクチンによって感染初期のSIV複製制御に至れば、ウイルス複製制御能を有する新たなCTLの誘導が可能となることが明らかとなった。一方、ウイルス血症が持続した7頭(ワクチン非接種4頭およびワクチンによりSIV複製制御に至らなかった3頭、以後"non-controllers"と記す)は、ほぼ3年以内に免疫不全を発症した。

 HIV-1感染症の自然経過では、急性期に、消化管粘膜などのエフェクター部位に存在するCCR5陽性CD4陽性エフェクターメモリーTリンパ球が大量に破壊される。近年、SIV感染サルエイズモデルで、CTL誘導型予防ワクチンによる一時的なウイルス複製抑制が、感染急性期のエフェクター部位におけるCD4陽性メモリーTリンパ球喪失、もしくはそれと関連した感染初期の血中CD4陽性セントラルメモリーTリンパ球喪失を緩和することが報告された。エイズ発症には、この急性期におけるCD4陽性メモリーTリンパ球の喪失に加えて、持続的なウイルス血症に伴う宿主免疫系の慢性過剰活性化と破壊が関与していると考えられている。そこで私は、ワクチンによる長期的なSIV複製制御が、感染慢性期においても血中CD4陽性セントラルメモリーTリンパ球の喪失阻止につながるか検討を行った。経時的な血中CD4陽性セントラルメモリーTリンパ球数をcontrollersとnon-controllersとで統計学的に比較した結果、CTL誘導型予防ワクチンによる感染防御がnon-sterileなものであっても、血漿中ウイルス量が安定して低いレベルに維持されれば、感染慢性期に至るまでCD4陽性セントラルメモリーTリンパ球が保存されることが初めて示された。

 以上の結果は、CTL誘導型予防エイズワクチンによる感染初期のnon-sterileなSIV複製制御が、CD4陽性セントラルメモリーTリンパ球の保存およびウイルス特異的CTL反応の再編と関連して、長期的なウイルス複製制御さらにはエイズ発症防御に結びつく可能性を初めて示すものである。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、CTL誘導型予防エイズワクチンによる感染初期のnon-sterileなウイルス複製制御が長期的に持続し、エイズ発症阻止につながりうるか明らかにするため、DNAプライム・Gag発現組換えセンダイウイルスベクターブースト法によるCTL誘導型ワクチン接種後、SIVmac239を経静脈的にチャレンジし、感染第8週の血漿中ウイルス量が検出限界未満まで抑制されたビルマ産アカゲザルについて、感染初期以降3年以上にわたる長期追跡を行い、以下の結果を得ている。

1. ワクチン接種サル8頭と非接種サル4頭にSIVチャレンジ実験を行い、ワクチン接種サル8頭中5頭(以後"controllers"と記す)で、感染第8週の血漿中ウイルス量が検出限界未満まで抑制されたが、5頭中2頭では感染後約1年の時点でウイルス血症が再出現した。これら2頭は主要組織適合遺伝子複合体クラスI(MHC-I)ハプロタイプ90-120-Iaを共有し、ウイルス血症が再出現した時点では、血漿中SIVに、このMHC-Iハプロタイプに拘束される3種類のGagエピトープ特異的CTL反応からのエスケープ変異が蓄積されていた。これらのCTLエスケープ変異の蓄積により、ウイルス複製能は低下することが示され、ウイルス血症の再出現に複数のCTLエスケープ変異の蓄積が必須であったと考えられた。また、ワクチンによるSIV複製制御の維持に複数のエピトープ特異的CTLが関与していたことが初めて明らかとなった。

2. Controllers 5頭のうち残りの3頭では、3年以上にわたって、ウイルス複製制御が保たれ、エイズ発症も認めなかった。このうち、MHC-Iハプロタイプ90-120-Iaをもつ1頭では、ワクチン誘導Gag特異的CTLがSIV複製制御の維持に貢献したことが示唆された。他の2頭では感染後期にGag特異的CTL反応が消退し、Gag以外のウイルス抗原を標的とするCTL反応がSIV複製制御に中心的役割を果たしていた。このことから、ワクチンにより感染初期のSIV複製制御に至れば、ウイルス特異的CTL反応の再編と関連して、SIV複製制御の長期維持につながりうることが明らかとなった。

3. ウイルス血症が持続した7頭(ワクチン非接種4頭およびワクチンによりSIV複製制御に至らなかった3頭、以後"non-controllers"と記す)は、ほぼ3年以内に免疫不全を発症した。

4. エイズ発症には、感染急性期におけるCD4陽性メモリーTリンパ球の喪失に加え、持続的なウイルス血症に伴う宿主免疫系の慢性過剰活性化と破壊が関与していると考えられている。近年、SIV感染サルエイズモデルで、CTL誘導型予防ワクチンによる一時的なウイルス複製抑制が、感染急性期のエフェクター部位におけるCD4陽性メモリーTリンパ球喪失、もしくはそれと関連した感染初期の血中CD4陽性セントラルメモリーTリンパ球喪失を緩和することが報告されたが、今回、経時的な血中CD4陽性セントラルメモリーTリンパ球数をcontrollersとnon-controllersとで比較した結果、CTL誘導型予防ワクチンによる感染防御がnon-sterileなものであっても、ウイルス量が安定して低いレベルに維持されれば、感染慢性期に至るまでCD4陽性セントラルメモリーTリンパ球が保存されることが初めて示された。

 以上、本論文は、CTL誘導型予防エイズワクチンによるウイルス複製制御に複数のエピトープ特異的CTLが関与したことを初めて明らかとし、CTL誘導型予防エイズワクチンの戦略として、複数のエピトープ特異的CTLを誘導することが有利であることを示している。またCTL誘導型予防エイズワクチンによる感染初期のnon-sterileなSIV複製制御が、ウイルス特異的CTL反応の再編およびCD4陽性セントラルメモリーTリンパ球の維持と関連して、長期的なウイルス複製制御さらにはエイズ発症防御に結びつく可能性を初めて示している。CTL誘導型予防エイズワクチンの長期的効果を明らかとする上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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