学位論文要旨



No 122573
著者(漢字) 菊地,裕絵
著者(英字)
著者(カナ) キクチ,ヒロエ
標題(和) コンピュータを用いたエコロジカルモメンタリーアセスメントによる日常生活下における緊張型頭痛の多面的評価
標題(洋) Multidimensional evaluation of tension-type headache in daily life using computerized ecological momentary assessment
報告番号 122573
報告番号 甲22573
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2869号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 山本,一彦
内容要旨 要旨を表示する

 緊張型頭痛は生涯有病率が30-78%と推定される頻度の高い疾患であり、クオリティ・オブ・ライフの低下を招くことや、職業上就業日数や作業効率の低下につながることから、個人への影響と共に社会・経済的な影響も大きいと考えられている。また、心理的ストレスなどの心理社会的因子がその発症や経過に関連することが示唆され、心身症の病態を取りうる代表的な疾患の一つと考えられてきたが、他の一次性頭痛に比べて緊張型頭痛に関する研究は少なく、緊張型頭痛の日常生活下での病態は十分に理解されているとは言いがたい。

 近年、日常生活下において、事象や自覚症状を記録する適切な方法として、エコロジカルモメンタリーアセスメント(ecological momentary assessment、EMA)が提唱されている。EMAとは、事象をそれが生じたその場かつその時点で評価記録することにより、想起によるバイアスを避け、妥当性を最大にしようとする手法である。特に疼痛症状の想起は疼痛を知覚した時点の気分やストレス、想起した時点の疼痛の強さや気分、疼痛の強さのピーク値、疼痛の強さの変動などのいくつかの因子によって影響されることが報告されてきており、日常生活下の緊張型頭痛の評価には、EMAは特に重要であると考えられる。従来「頭痛日誌」として用いられてきた、紙と鉛筆を用いた日記によるEMAは、まとめ書きなどによる「コンプライアンスの偽り」が弱点として指摘されているが、コンピュータを電子日記として用いたEMA(computerized EMA、cEMA)では、入力の日時を記録することでその弱点を克服することが可能である。そこで本研究ではcEMAを身体活動度の携帯型記録装置であるアクチグラフとともに用いて、日常生活下における緊張型頭痛の病態を主に心理社会的因子・行動因子との関係から多面的に検討することを目的とした。

 対象は国際頭痛学会の緊張型頭痛の診断基準を満たす患者とした。アクチグラフを内蔵した腕時計型コンピュータを1週間装着し、腕時計型コンピュータを電子日記として用いて、日中約6時間間隔のアラーム時、起床時、就寝時に頭痛の強さ、心理的ストレス、不安および抑うつを0-100のビジュアルアナログスケール(visual analog scale, VAS)を用いて記録した。頭痛増悪時にも同様の記録を追加した。身体活動度は腕時計型コンピュータに内蔵されたアクチグラフにより連続的に記録した。また、1週間の装着期間終了時に、過去1週間の頭痛の強さについて患者自身の想起により100mmVAS(0-100)を用いて評価した。

 研究1では40名の緊張型頭痛患者を対象に、cEMAによる頭痛の強さの記録と想起による頭痛の強さの評価の一致度を検討した。cEMAで得られた頭痛の強さから記録の全平均を含む5つの指標を各患者について計算し、それらと想起による頭痛の評価の一致度について級内相関係数(一貫性および完全一致、それぞれICC(C,1),ICC(A,1))を計算した。さらに、頭痛の強さの変動の指標として、cEMAによる1週間の頭痛の強さの標準偏差を各患者について計算し中央値で2群に分け、各群で同様の解析を行った。

 研究2から5では緊張型頭痛以外の頭痛(片頭痛など)を合併する者を除いた緊張型頭痛患者31名を対象に解析を行った。

 研究2では緊張型頭痛の日内変動のパターンを検討するため、まずcEMAにより記録された頭痛の強さを従属変数、時刻を独立変数として、時刻をブロックにわけカテゴリー変数としたモデルおよび時刻を連続変数として正弦関数で近似するモデルについて、マルチレベル解析を用いて解析を行った。さらに、頭痛の増悪の起こりやすい時刻を検討するため、各患者について計算された1時間あたりの頭痛増悪の回数を従属変数、時刻を独立変数として、マルチレベル解析を用いて解析を行った。

 研究3では、先行する心理的ストレス、不安および抑うつと頭痛の強さの関連を検討するため、cEMAにより記録された頭痛の強さを従属変数、cEMAにより記録された先行する心理的ストレス、不安および抑うつをそれぞれ独立変数として、先行する時間によって層別化(24から18時間前、18から12時間前、12から6時間前、6から0時間前、同時点は含まない)してマルチレベル解析を用いて解析を行った。

 研究4では、緊張型頭痛の頭痛の強さと身体活動度の関連を検討するため、まず、cEMAで記録された頭痛の強さを従属変数、記録前3時間、2時間、1時間の身体活動度の平均をそれぞれ独立変数として、マルチレベル解析を用いて身体活動度が頭痛の強さに与える影響を検討した。次に、cEMAで記録された頭痛の強さを独立変数、記録前後の1時間、記録後1時間、2時間、3時間の身体活動度の平均をそれぞれ従属変数としてマルチレベル解析を用いて頭痛の強さが身体活動度に与える影響を検討した。さらに、頭痛増悪による入力前後の1時間の身体活動度の平均と、アラームによる入力前後の1時間の身体活動度の平均をマルチレベル解析を用いて比較し頭痛増悪時における身体活動度の変化を検討した。

 研究5では、緊張型頭痛の頭痛の強さと睡眠の関連を検討するため、まず身体活動度のデータから睡眠覚醒の判定を行い、総睡眠時間、睡眠効率(総睡眠時間/就寝の入力から起床の入力までの時間)、睡眠潜時(就寝の入力から睡眠開始までの時間)、睡眠開始後覚醒分数、中途覚醒回数の指標を得た。次に、cEMAで記録された頭痛の強さを従属変数、前日の睡眠の各指標をそれぞれ独立変数としマルチレベル解析を用いて前日の睡眠が頭痛の強さに与える影響を検討した。次に、cEMAで記録された頭痛の強さを独立変数、頭痛の記録の同日の夜の睡眠の各指標をそれぞれ従属変数として、マルチレベル解析を用いて頭痛の強さが睡眠に与える影響を検討した。

 解析の結果、研究1ではcEMAによる頭痛の強さの記録の全平均と想起による評価の一致度について、ICC(C,1)は0.68、ICC(A,1)は0.46であり、特にICC(A,1)が低く、cEMAによる頭痛の強さの記録と想起による頭痛の強さの評価の一致度が低いことが示唆された。また、頭痛の変動の大きい群と小さい群の群別の解析では、cEMAによる頭痛の強さの記録の全平均と想起による評価の一致度について、変動の大きい群ではICC(C,1)は0.44、ICC(A,1)は0.21、変動の小さい群ではICC(C,1)は0.88、ICC(A,1)は0.75であり、特に頭痛の強さの変動が大きい群で、cEMAによる頭痛の強さの記録と想起による頭痛の強さの評価の一致度が低いことが示された。

 研究2では、時刻をカテゴリー変数として扱ったモデルでも連続変数として扱った正弦関数による近似モデルでも、頭痛の強さに対する時刻の効果は有意であり(すべてP<0.05)緊張型頭痛の強さに日内変動が認められることが示唆された。頭痛の強さは朝最も弱く夕方最も強いという変動パターンであった。さらに、1時間あたりの頭痛の増悪の回数についても時刻の効果は有意であり(P<0.05)、夜間および午前中に少なく、午後にピークを有するパターンを認めた。

 研究3では、頭痛の記録の6時間前から0時間前(同時点は含まない)までの心理的ストレス、不安、抑うつの頭痛の強さに対する効果が有意であり(それぞれP=0.0071、0.019、0.0004)、かつ係数がすべて正であったことから、頭痛の記録から6時間以内の先行する心理的ストレス、不安、抑うつが強いと頭痛も強いという関係が認められた。

 研究4では、頭痛の記録前後の1時間、記録後2時間、3時間の身体活動度の平均に対する頭痛の強さの効果が有意であり(いずれもP<0.05)、かつ係数はすべて負であったことから、頭痛が強いとその記録の周辺およびその後3時間までの身体活動度の平均が低いという結果であった。さらに頭痛増悪時の記録前後の身体活動度の平均はアラーム時の記録前後の身体活動度の平均に比較して有意に低かった。一方で、頭痛の記録前の身体活動度の平均と頭痛の強さには有意な関係は認められなかった。

 研究5では、総睡眠時間および睡眠効率の翌日の頭痛の強さに対する効果は有意であり(それぞれP=0.0035,0.014)かつ係数が正であったことから、総睡眠時間が長いと、あるいは睡眠効率が高いと、翌日の頭痛が強いという関係が認められた。一方で頭痛の強さとその同日の夜の睡眠の指標との間には有意な関係は認められなかった。

 これらの結果から、緊張型頭痛の強さの評価について、cEMAによる記録と想起による評価の一致度は低く、日常生活下での緊張型頭痛の評価においてcEMAを用いることで想起による評価とは異なる情報が得られる可能性が示唆された。また、cEMAおよびアクチグラフィを用いた多面的な評価により、日常生活下において、緊張型頭痛に日内変動のあること、緊張型頭痛に伴い身体活動度が低下すること、心理的ストレスや不安、抑うつ、総睡眠時間が長いことや睡眠効率の高いことが緊張型頭痛の増悪因子である可能性があることなどが示唆された。これらの結果は、緊張型頭痛の日常生活下での病態を把握できたことにとどまらず、患者自身が緊張型頭痛の病態を理解するための患者教育に利用できることや、誘発因子・増悪因子として推定された因子への介入が緊張型頭痛に対する介入につながる可能性が示唆されたことなどから、より有効な緊張型頭痛のマネジメントにつながるものであると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、頻度が高く社会経済的な影響も大きい疾患でありながら、十分に理解されているとはいいがたい緊張型頭痛の日常生活下での病態について、コンピュータを用いたエコロジカルモメンタリーアセスメント(computerized ecological momentary assessment、cEMA)およびアクチグラフィーを用いた多面的な評価を初めて用いることにより、主に心理社会的因子や行動因子との関連の視点から明らかにしようとするものであり、下記の結果を得ている。

1.緊張型頭痛患者を対象に、1週間のcEMAによる頭痛の強さの記録と想起による頭痛の強さの評価の一致度を検討したところ、cEMAによる頭痛の強さの記録の全平均と想起による評価の級内相関係数(完全一致、ICC(A,1))は0.46であり、cEMAによる頭痛の強さの記録と想起による頭痛の強さの評価の一致度が低いことが示唆された。また、頭痛の強さの変動の大きい群と小さい群の群別の解析から、特に頭痛の強さの変動が大きい群で、cEMAによる頭痛の強さの記録と想起による頭痛の強さの評価の一致度が低いことが示された。

2.緊張型頭痛患者を対象とした1週間のcEMAによる頭痛の強さの記録を用いてマルチレベル解析により頭痛の強さの日内変動の有無およびパターンを検討したところ、緊張型頭痛の強さには有意な日内変動が認められ、朝最も弱く夕方最も強いという変動パターンであった。さらに、マルチレベル解析により頭痛の急性増悪の頻度の日内変動を検討したところ、頭痛の急性増悪は夜間および午前中に少なく、午後に多いことが示された。

3.緊張型頭痛患者を対象とした1週間のcEMAによる頭痛の強さ、心理的ストレス、不安、抑うつの記録を用いて、マルチレベル解析により、先行する心理的因子と頭痛の強さの関連を検討したところ、6時間以内の先行する心理的ストレス、不安、抑うつと頭痛の強さには有意な正の関連が認められ、これらの心理的因子が緊張型頭痛の誘発因子・増悪因子となる可能性が示唆された。

4.緊張型頭痛患者を対象とした1週間のcEMAによる頭痛の強さの記録、アクチグラフィーによる身体活動度の記録を用いて、マルチレベル解析により、頭痛の強さと前後の平均身体活動度の関連を検討したところ、頭痛の記録前後1時間および頭痛の記録後3時間までの平均身体活動度と頭痛の強さに有意な負の関連が認められた。また頭痛の急性増悪に伴う記録前後の1時間の平均身体活動度は対照としたアラームによる記録前後の1時間の平均身体活動度よりも有意に低かった。これらは緊張型頭痛に伴い身体活動度が低下することを示唆する客観的かつ定量的な根拠となりうると考えられた。

5.緊張型頭痛患者を対象とした1週間のcEMAによる頭痛の強さの記録、アクチグラフィーによる身体活動度の記録を用いて、緊張型頭痛の頭痛の強さと睡眠の関連を検討したところ、総睡眠時間および睡眠効率と翌日の頭痛の強さには有意な正の関連が認められ、総睡眠時間の長いことや睡眠効率の高いことが頭痛の誘発因子・増悪因子となる可能性が示唆された。

 以上、本論文は、cEMAおよびアクチグラフィーを用いることにより、緊張型頭痛の日常生活下での病態について複数の点を明らかにした。これらの結果は、患者自身が緊張型頭痛の病態を理解するための患者教育に利用できることや、誘発因子・増悪因子として推定された因子への介入が緊張型頭痛に対する介入につながる可能性が示唆されたことなどから、より有効な緊張型頭痛のマネジメントにつながるものであると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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