学位論文要旨



No 122574
著者(漢字) 城戸,牧子
著者(英字)
著者(カナ) キド,マキコ
標題(和) 食塩負荷の血管障害進展作用とカリウム補給の臓器保護効果 : 酸化ストレスの関与の検討
標題(洋)
報告番号 122574
報告番号 甲22574
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2870号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,穣二
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 助教授 林,同文
 東京大学 講師 下澤,達雄
内容要旨 要旨を表示する

 食塩感受性高血圧は臓器障害を来たしやすいことが知られている。食塩負荷は酸化ストレスの亢進を来たすことから、酸化ストレスが食塩過剰摂取時の臓器障害進展に重要であると考えられている。実際、私もDahl食塩感受性(DS)ラットにおける食塩負荷時の腎障害において、酸化ストレスが関与しているという成績を得ている。一方、カリウム補充は食塩負荷時の臓器障害の進行を防止するが、その機序は十分には明らかにされていない。近年になって、カリウムが酸化ストレスを軽減するという報告がなされ、カリウムの抗酸化作用がその臓器保護効果に重要である可能性が推測されている。これらのことから、私は食塩の臓器障害作用とカリウムの臓器保護効果はいずれも酸化ストレスへの影響を介して発揮されているという仮説をたて、DSラットにおいて大腿動脈カフ血管障害モデルを作成し、食餌由来の食塩とカリウムが血管障害ならびに局所の酸化ストレス産生能に与える影響について検討を行った。DSラットでは血圧上昇を伴うことから、血圧の影響を除外するために食塩負荷で血圧が上昇しない正常血圧ラット(Sprague-Dawley[SD]ラット)においても検討を行った。

 4週齢DSラットを正常(0.66%NaCl)食塩食と高(8%NaCl)食塩食、高食塩+高カリウム(8%KCl)食を与え、さらに高食塩食群の一部には降圧薬の塩酸ヒドララジン(40mg/L)、抗酸化薬として膜透過性superoxide dismutase(SOD)様物質の4-hydroxy-2,2,6,6-tetramethyl-piperidine-N-oxyl(tempol;1mmol/L)とNADPH oxidase阻害薬の4-hydroxy-3-methoxy-acetophenone(apocynin;1.5mmol/L)の飲水投与も施行した。これらの処置を行って1週間後に、シリコン製のカフを大腿動脈に留置し、4週間負荷食にて飼育し、カフ動脈の内膜増殖の程度やマクロファージ浸潤などを検討するとともに、カフ血管の酸化ストレスレベルをルシジェニン化学発光法にて測定し、NADPH oxidaseのコンポーネントをreal time RT-PCRで調べた。Dahl食塩抵抗性(DR)ラットにおいても高食塩食と高食塩+高カリウム食の大腿動脈カフ血管障害モデルへの影響を調べた。

 また、4週齢SDラットを同様に通常食塩食、高食塩食、高食塩+高カリウム食を与え、高食塩食群の一部にはapocynin(1.5mmol/L)の飲水投与を施行した。負荷食投与1週間後にシリコン製カフを大腿動脈に留置し4週間負荷食にて飼育し、カフ動脈の内膜増殖を組織学的に検討し、カフ血管の酸化ストレス産生をルシジェニン化学発光法にて測定した。

 DSラットにおけるカフ留置大腿動脈の新生内膜増殖は、通常食塩食と比較し食塩負荷により増強し(内膜/中膜比:0.471±0.070vs0.302±0.037,P<0.05)、カリウムの補給によって通常食塩食レベルまで抑制された(0.205±0.012,P<0.001)。また、食塩による血管障害は、カフ血管部分の活性酸素種(ROS)の産生亢進を伴っていたが、これはカリウム補給により抑制された。さらに、カフ局所のNADPH oxidaseのコンポーネント(p22phox、p47phoxおよびgp91phox)の発現をreal time RT-PCRにて定量したところ、いずれも食塩負荷にて著増し、カリウム補給により正常化した。さらに、tempolやapocyninはDSラット食塩負荷時のカフ血管のROS産生減弱に伴い内膜増殖の抑制を引き起こした。以上より、DSラットにおける食塩負荷時の内膜増殖亢進ならびにカリウム補給時の抑制には酸化ストレスが重要な役割を果たしていることが示唆された。さらに、高食塩投与群は通常食塩食群に比較して顕著な外膜へのマクロファージの浸潤が認められたが、カリウムやtempolを同時に投与することにより浸潤は抑制され、外膜に浸潤したマクロファージがこのROS産生に関与している可能性が推測された。

 DSラットでは食塩負荷は著明な血圧上昇を生じ、カリウム補給は軽度の降圧を認め、降圧も内膜増殖抑制に関与している可能性が考えられた。しかし、カフ血管ROS産生が軽度にしか抑制されなかった高食塩食+塩酸ヒドララジン群は、高食塩+高カリウム食群に比較して著明な血圧低下を認めたにも関わらず、内膜増殖の抑制は軽度であった。すなわち、カフ血管ROS産生の抑制が内膜増殖抑制に関与していることが示唆された。実際、高食塩+tempol投与群では有意な血圧低下を認めなかったにも関わらず、カフ血管局所の著明な酸化ストレス産生低下に伴い内膜増殖が抑刷された。

 さらに、食塩負荷やカリウム補給で血圧が変化しないDRラットでも、カフ血管内膜増殖に対して程度は小さいものの高食塩食では促進傾向、カリウム補給では改善傾向を認めた。したがって、血圧変化とも遺伝的食塩感受性動物における潜在的な血管の変化とも独立し、食塩とカリウムは酸化ストレス産生に影響し、血管障害の作用機序として重要である可能性が考えられた。

 この点をさらに検討するために、正常血圧動物のSDラットにおいてもカフ血管障害モデルにおける食塩負荷とカリウム補充の内膜増殖や局所酸化ストレス産生に対する影響を確認した。SDラットにおいては、食塩負荷とカリウム補充による有意な血圧の変化はないにもかかわらず、食塩負荷にて新生内膜は有意に増加し、カリウム補充で抑制されるという結果を得た。カフ障害血管部分の酸化ストレスについて検討したところ、食塩負荷においてROS産生能の増加とgp91phoxの上昇を認めたが、カリウム補充にてこれらが抑制された。

 以上の結果より、食塩感受性高血圧モデル動物であるDahl食塩感受性ラットにおいて食塩負荷によりカフ留置血管の内膜増殖は増強され、カリウム補充はこれを抑制した。このメカニズムとして血圧変化に加えてNADPH oxidaseの活性化による血管局所の酸化ストレス産生の関与が示唆された。なお、血圧上昇を認めない正常血圧動物のSDラットにおいても、その程度は小さいものの、同様に食塩負荷はカフ留置血管の内膜増殖を増強させ、カリウム補充はこれを抑制し、これらは酸化ストレスの同様の変化を伴っていた。したがって、食塩負荷やカリウム補充の局所の酸化ストレスの変化を介する影響は、少なくとも一部は血圧変化とは独立したものであると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 食塩感受性高血圧は臓器障害を来たしやすいことが知られている。食塩負荷は酸化ストレスの亢進を来たすことから、酸化ストレスが臓器障害進展に重要であると考えられている。一方、カリウムは食塩感受性高血圧に拮抗する作用があることが知られている。本研究では、食塩感受性高血圧動物であるダール食塩感受性(DS)ラットを用い、カフ血管障害モデルを作成し、血管障害進展における酸化ストレスの役割を明らかにし、カリウムの抗酸化効果について研究を行い、下記の結果を得ている。

1.血管障害について検討するため、DSラットのカフ留置大腿動脈の新生内膜増殖は、通常食塩食と比較し食塩負荷により増強し、カリウムの補給によって通常食塩食レベルまで抑制された。また、食塩による血管障害は、カフ血管部分の活性酸素種(ROS)の産生亢進を伴っていたが、これはカリウム補給により抑制されることが示された。

2.カフ局所のNADPH oxidaseのコンポーネント(p22phox、p47phoxおよびgp91phox)の発現をreal time RT-PCRにて定量したところ、いずれも食塩負荷にて著増し、カリウム補給により正常化した。NADPH oxidaseの活性も食塩負荷にて増加し、カリウムにて抑制された。これより、食塩感受性高血圧のROS産生増加にはNADPH oxidaseの発現・活性亢進が関与しており、カリウムには拮抗する作用があることが示された。

3.DSラットのカフ留置血管では、マクロファージの浸潤を認めたが、カリウム補充でこれが抑制された。食塩負荷に抗酸化薬のtempolを投与した群においてもマクロファージの浸潤が抑制されたことより、マクロファージ由来のROSがカフ留置モデルにおける血管障害に影響していることが示された。

4.食塩負荷やカリウム補充で血圧が動かないSprague-Dawley(SD)ラットにおいても、食塩はカフ留置動脈の酸化ストレス産生増加とカフ局所のgp91phox発現亢進に伴い内膜増殖を亢進させ、カリウムはこれを抑制した。このことより、血圧変化とも遺伝的食塩感受性動物における潜在的な血管の変化とも独立し、食塩とカリウムは酸化ストレス産生に影響し、酸化ストレスは血管障害の作用機序として重要である可能性が示された。

 以上、本論文は食塩感受性高血圧における血管障害進展のメカニズムとして酸化ストレスが重要な役割を果たし、カリウムは過剰な食塩による酸化ストレス亢進を抑制し、内膜増殖を改善した。食塩やカリウム補充の酸化ストレスに対する影響は、少なくとも一部は血圧とは独立したものであることが示された。食塩感受性高血圧の血管障害の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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