学位論文要旨



No 122575
著者(漢字) 小島,一郎
著者(英字)
著者(カナ) コジマ,イチロウ
標題(和) 腎虚血再灌流障害におけるHIF-2αの保護的作用
標題(洋) Protective role of hypoxia-inducible factor (HIF)-2α against ischemic damage and oxidative stress in the kidney
報告番号 122575
報告番号 甲22575
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2871号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 助教授 関根,孝司
 東京大学 講師 下澤,達雄
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

細胞が低酸素状態に適応するための因子としてhypoxia-inducible factor(HIF)が重要な役目を果たし,注目が集まっている.HIFはαとβのheterodimerからなり,通常酸素化ではHIF-αは分解されてしまうが,低酸素化ではHIF-αはHIF-βと結合し,核内に移行し,低酸素に適応する下流遺伝子のhypoxia responsive element(HRE)に結合し,それらの遺伝子の発現を増加させる.HIFのサブユニットであるHIF-αには-1α,-2α,-3αのサブタイプが知られており,HIF-1αは低酸素適応の中心的な役割を果たすことが分かっており精力的に研究されているが,HIF-2αについては主に内皮細胞に発現しているという以外,機能解析などについてはあまり進んでいない.現在までにHIF-2αノックアウトマウスはいくつかのグループによって報告されているが,血管形成異常,徐脈,肺形成異常などにて何れも胎性致死である.一方HIF-2αの発現量のみ低下させたHIF-2αノックダウンマウスは胎性致死を免れ,正常に成長し繁殖も可能である.一方,腎臓において,急性腎障害のみならず,慢性腎不全の進行においても低酸素は重要な役割を果たしており,HIF-1αの活性化が,各種腎不全モデルにおいて腎障害を軽減したことは数多く報告されている.本研究では,このHIF-2αノックダウンマウスに腎虚血再灌流を行い,in vivoにおけるHIF-2αの機能・役割について明らかにすることを目的とした.

【方法】

C57BL/6J背景のオス6-8週齡のwild type(WT)マウス,HIF-2αノックダウンマウスともに,腎虚血再灌流障害を加え,24時間後の腎障害を,BUN,組織学的に評価することで,HIF-2αが腎保護的に働くか,否か検討した.次にWTマウスに20%の瀉血を行い,貧血と腎虚血再灌流障害との関連について検討した.また,抗酸化酵素に注目し,腎臓でのこれらのmRNA発現量をreal-time PCRにて定量した.次に培養内皮細胞でHIF-2α特異的siRNAによりHIF-2α発現量を低下させ,これらの抗酸化酵素の発現量が変化するか検討した.WTマウスに骨髄移植実験を施行し,WTマウスまたはHIF-2αノックダウンマウスの骨髄で置換する実験を行い,炎症細胞中におけるHIF-2αの発現の違いが,腎虚血再灌流障害に影響するかを検討した.さらに,Tie1-Creトランスジェニックマウスを交配させることで,HIF-2αノックダウンマウスのHIF-2αを内皮細胞特異的にレスキューし,内皮細胞におけるHIF-2αの発現の違いが,腎虚血再灌流障害に影響するかを検討した.

【結果】

 HIF-2αノックダウンマウスでの腎臓でのHIF-2αの発現はWTマウスに比べ,約50%に低下しているがHIF-1α発現量は差がなかった.虚血にてHIF-1αおよびHIF-2αが誘導されるがタンパクレベルではやはり,HIF-1αで差がなくHIF-2αではHIF-2αノックダウンマウスで低い結果を得た.腎虚血再灌流障害24時間後のHIF-2αノックダウンマウスの腎障害はWTマウスに比し,BUNレベルでより強く,組織学的にも尿細管障害がより顕著であり,この2つの指標は,強い相関を示した.HIF-2αは内皮に主に発現するとされるが,内皮マーカーであるCD31染色による免疫染色を行うと,HIF-2αノックダウンマウスでは内皮細胞の脱落もより顕著であった.酸化修飾の程度をnitrotyrosineと4-HNEの免疫染色にて評価したところ,HIF-2αノックダウンマウスでやはり酸化修飾をより強く受けていることが分かった.

 HIF-2αがerythropoietin(EPO)をコントロールしていると言う報告がある.HIF-2αノックダウンマウスは,成長,交配能力には問題がないが,WTマウスに比しヘマトクリットにして約80%程度の貧血が認められた.貧血自身が虚血再灌流障害を悪化させたことを除外するため,WTマウスに20%の瀉血を行い,腎虚血再灌流障害を加えたが,コントロール群に比し,腎障害の増強は認められなかった.血清EPO自体が虚血再灌流障害に影響を与える可能性もあるが,WTマウスとHIF-2αノックダウンマウスでは血清EPOの有意差は認められなかった.以上の事から,本研究結果において,1.貧血の関与,2.血清EPOの関与,による影響は少ないものと考えられた.

 虚血再灌流では,酸化ストレスが増大するため,抗酸化酵素に注目し,ベースラインでの腎臓の抗酸化酵素(SOD-1,SOD-2など)のmRNA発現量をreal-time PCRにて定量を行ったところ,HIF-2αノックダウンマウスの腎ではWTに比べ抗酸化酵素の発現量が低下しており,これがHIF-2αノックダウンマウスでの腎虚血再灌流障害増強に関与したと考えられた.また,ヒト内皮細胞HUVECにて,HIF-2α特異的なsiRNAにより,HIF-2αmRNA発現量を低下させると,抗酸化酵素のmRNA発現量は低下し,HIF-2αは内皮細胞においても抗酸化酵素の発現の発現をコントロールしているものと考えられた.

 HIF-2αノックダウンの腎虚血再灌流障害の脆弱さに,どの細胞のHIF-2αの関与が重要であるかを検討した.1)炎症細胞の関与:WTマウスに,HIF-2αノックダウンマウスの骨髄を移植し,血球系のみHIF-2αノックダウンマウス由来のものに置換させると腎虚血再灌流障害の脆弱性は認められなかった.2)内皮細胞の関与:HIF-2αノックダウンマウスのHIF-2αを内皮特異的にレスキューすると,腎虚血再灌流障害の脆弱性は認められなくなった.以上の事から,本研究結果において,腎虚血再灌流障害におけるHIF-2αノックダウンマウスの脆弱さは,内皮細胞におけるHIF-2αの減少によりもたらされた,と考えられた.

【結論】

1. 生体におけるHIF-2αの役割は不明であったが,HIF-2αノックダウンマウスは,腎虚血再灌流障害に弱いことが示され,HIF-2αが腎保護的に働くことが示された.

2. HIF-2αノックダウンマウスは貧血を呈するが,貧血による腎虚血再灌流の脆弱さへの関与は認められなかった.

3. HIF-2αは,内皮細胞において抗酸化酵素の発現をコントロールしていることが示された.

4. HIF-2αノックダウンマウスにおける,虚血再灌流障害の脆弱さは,内皮細胞におけるHIF-2αの減少によりによりもたらされることが示された.

以上より,HIF-2αは抗酸化作用を有し,内皮保護的に働くことで腎保護的に作用することが示された.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,hypoxia-inducible factor (HIF)-2αと腎疾患の関係について遺伝子改変マウス,細胞培養実験などを用いて,以下の結果を得ている.

1. 腎においてHIF-2α発現が約50%に低下したHIF-2αノックダウンマウスは,腎虚血再灌流障害に弱いことが示され,HIF-2αがin vivoにおいて腎保護的に働くことが示された.また,免疫組織染色により,HIF-2αノックダウンマウスでは内皮細胞の脱落もより顕著であり,また酸化修飾をより強く受けていることが示された.

2. これまでに,HIF-2αはエリスロポエチンを制御しているという報告がある.HIF-2αノックダウンマウスは軽度の貧血を呈することを示した.しかしながらHIF-2αノックダウンマウスでは血清エリスロポエリンの減少は認められず,また瀉血を行ったマウスの実験により,軽度の貧血による腎虚血再灌流への影響は認められなかった.本研究においてHIF-2αが腎虚血再灌流において腎保護的に作用する機序に,血清エリスロポエチンと貧血による影響はないことが示された.

3. HIF-2αは,抗酸化酵素の発現をコントロールしていることが今までに報告されているが,HIF-2αノックダウンマウスの腎臓でも抗酸化酵素の発現が減少していることを示した.またヒト培養内皮細胞のHIF-2α発現を,siRNAにて減少させると内皮細胞においても抗酸化酵素の発現が減少することをin vitroで示した.

4. HIF-2αノックダウンの腎虚血再灌流障害の脆弱さに,どの細胞のHIF-2αの関与が重要であるかを検討した.1)炎症細胞の関与:WTマウスに,HIF-2αノックダウンマウスの骨髄を移植し,血球系のみHIF-2αノックダウンマウスのものに置換すると,腎虚血再灌流障害の脆弱性は認められなかった.2)内皮細胞の関与:HIF-2αノックダウンマウスのHIF-2αを内皮特異的にレスキューすると,腎虚血再灌流障害の脆弱性は認められなくなった.以上の事から,本研究結果において,腎虚血再灌流障害におけるHIF-2αノックダウンマウスの脆弱さは,内皮細胞におけるHIF-2αの減少によりもたらされた,と考えられた.

以上,本論文はHIF-2αの役割について,遺伝子改変マウス,細胞実験などを用いて,その抗酸化保護作用・内皮保護作用を介して腎保護作用を有することを明らかにした.本研究において,これまで解明の進んでいなかった腎臓におけるHIF-2αの役割について明らかにしたことは,病態生理学的,臨床医学的,生物学的にも重要な貢献をなしたと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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