学位論文要旨



No 122576
著者(漢字) 小林,公平
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,コウヘイ
標題(和) 足場非存在下におけるCdc6タンパクとcyclin Aの分解に関するがん抑制遺伝子p53の必要性
標題(洋) Tumor suppressor p53 is required for anchorage loss-invoked degradation of Cdc6 and cyclin A
報告番号 122576
報告番号 甲22576
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2872号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 客員教授 渡邉,すみ子
 東京大学 助教授 千葉,滋
 東京大学 講師 森屋,恭爾
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 がん抑制タンパク質p53はヒトのがんで広く変異が認められており、アポトーシス誘導機能とチェックポイント機能を通して強い腫瘍抑制機能を発揮することは知られているが、その詳細についてはいまだ明らかではない。

 腫瘍形成能を哺乳動物培養細胞で調べる方法として軟寒天培地中のコロニー形成能、いわゆる足場非依存性増殖能をみる方法が古くから用いられており、これはがん化の指標のみならず、転移・浸潤の指標にもなることが知られている。血球系細胞以外の体細胞由来の培養細胞では足場消失時にG1/S期境界に停止することは広く知られており、これはサイクリン依存性キナーゼCdk2の不活化やS期開始必須因子の発現消失や機能低下によって起こることが明らかになってきた。

 本研究ではこの足場非依存性増殖能を指標にしてp53がどのようにがん抑制機能を発揮するかについて明らかにすることを目的とする。

足場非存在下でのCdc6タンパクとcyclin Aの分解はp53に依存する

 細胞内でDNA障害が生ずるとp53が活性化され、それによりサイクリン依存性キナーゼ阻害タンパクの1つであるp21が誘導され、その結果G1期やS期に停止することは広く知られているが、p21ノックアウトマウス由来胎仔繊維芽細胞(mouse embryonic fibroblast)のp21(-/-)MEFでもストレス誘導でG1期に停止する点やp53の失活で足場非依存性増殖を起こしやすくなる点などから、p53(-/-)MEFでは足場消失時にS期開始必須因子の発現レベルに影響が出る可能性を考えた。以前NRK細胞では足場非依存下でS期開始必須因子の一つであるCdc6タンパクの分解が促進されることは神野らにより示されていることから、タンパク分解機構に焦点を絞るため、細胞周期によらず恒常的にCdc6 mRNAが発現するp53(-/-)MEFをレトロウイルスベクターを用いて作製し以後の実験を行った。コントロールの細胞としてMEFを当初用いる計画であったが、MEFの増殖速度が非常に遅い点、Cdc6の組換レトロウイルスのタイターが非常に低い点などからMEFでCdc6発現細胞を作製することが困難であった。p27とp53の直接の関連は今まで報告はなく、p27(-/-)MEFの増殖速度はp53(-/-)MEFと同程度でありコントロールとして用いても差し障りないと判断し、p27(-/-)MEFを用いることにした。対数増殖期の細胞をメチルセルロース入り培地に浮遊させ、所定の時間培養後、細胞を回収しウェスタンブロットで様々なS期開始必須タンパクの発現を調べた。その結果、p53(-/-)MEFではCdc6タンパクの発現が48時間まで持続するのに対し、コントロール細胞のp27(-/-)MEFでは速やかにCdc6タンパクの発現が低下することが確認できた。その他、内因性のcyclin Aについても同様の結果が得られた。また、サイトメトリー解析では浮遊条件下48時間後の細胞はG1期に停止しており、p53(-/-)MEFが浮遊条件下ではG1期に停止しているにも関わらずCdc6タンパクの発現が持続していることが確認できた。次に、足場消失時にp53の誘導が生じるかを確認してみると、p53はわずかに誘導されており、それに対しp21の発現は全く認められなかった。次に浮遊下でのCdc6恒常発現p53(-/-)MEFにアデノウイルスベクターを用いてp53を発現させると、Cdc6、cyclin Aの発現レベルの低下が認められた。以上から浮遊条件でのCdc6やcyclin Aの分解にp53が関与していることが示唆された。

足場消失時のCdc6タンパクとCyclin Aの分解には主にプロテアソーム系が関与している

 足場消失時のCdc6タンパク分解がどの系で行われているかを調べるために、Cdc6を恒常的に発現させたp27(-/-)MEFと各種プロテアーゼ阻害剤を用いて分解を抑制させる実験を行った。対数増殖期の細胞をメチルセルロース入り培地に24時間浮遊させた後、プロテアーゼ阻害剤を添加し、さらに12あるいは24時間培養し、細胞を回収した。その結果Cdc6タンパクの分解が抑制されたものは、AEBSFと高濃度ALLN(50μM)であった。ただし、高濃度ALLNで24時間培養すると12時間培養で出現したfull size(62kDa)のCdc6は消失し、47kDaと34kDaの断片が認められるようになった。cyclin AについてもAEBSFと高濃度ALLNの添加後12時間でfull sizeが現れ、24時間では消失した。一方、p53(-/-)MEFでのこれら阻害剤の効果はCdc6に対してはわずかであり、cyclin Aではほとんど効果が認められないことから、AEBSFや高濃度ALLNで阻害を受けかつCdc6やcyclin Aを分解しうるプロテアーゼの活性はp53(-/-)MEFでは弱いことが示唆された。

 次にその分解系をより明らかにするために以下の実験を行った。AEBSFはセリンプロテアーゼ阻害剤であり、ALLNはシステインプロテアーゼやプロテアソームの阻害剤であることから、最初、両者の酵素によって分解が起こると考えた。そこで浮遊下G1期に停止させたp27(-/-)MEFから調整した細胞抽出液にウサギ網状赤血球細胞抽出液中で合成したCdc6タンパクとプロテアーゼ阻害剤を加えてタンパク分解の抑制実験を行ったが、細胞抽出液中にはCdc6タンパクを分解するセリンプロテアーゼ活性は認められず、浮遊下NRK細胞で認められるのと同様のシステインプロテアーゼ活性のみを認めた。そこで、AEBSFはNADPH oxidaseの阻害作用があり、またoxygen radicalはユビキチン化せずにタンパクを分解するという報告もあるため、Cdc6分解へのNADPH oxidaseの関与も考慮し、oxygen radical scavengerであるTironとNADPH oxidaseの阻害剤であるapocyninを用いて、浮遊条件下のCdc6恒常発現p27(-/-)MEFへの効果を検討したがCdc6タンパクやcyclin Aの分解抑制効果はほとんど認められなかった。

 AEBSFの標的は何であるか、システインプロテアーゼとプロテアソームどちらがCdc6とcyclin Aの分解に関わっているのか、ALLNを加えて24時間後にどうしてCdc6の47kDaと34kDaの断片が生ずるのかを明らかにするために、AEBSF、ALLN、lactacystin、z-VAD-fmkを同時に加えてその効果を調べた。ALLNはシステインプロテアーゼとプロテアソームの両方に阻害作用を持つのに対し、lactacystinはプロテアソームの特異的阻害剤であることから両者の効果を比較してみた。するとp27(-/-)MEFとp53(-/-)MEFで効果の差はほとんど認められなかったことから、Cdc6分解にはシステインプロテアーゼではなくプロテアソームが主に関与していることが示唆された。次に、ALLNやlactacystinで生ずるCdc6の47kDaと34kDaの断片はカスパーゼ阻害剤のz-VAD-fmkで抑制されることから、プロテアソームを阻害した結果caspase-3が活性化しCdc6タンパクを分解し47kDaと34kDaの断片が生じたことがわかった。

 以上から浮遊条件でCdc6やcyclin Aの分解にはプロテアソーム系が関与していることが示された。現在までのところAEBSFはそのプロテアソーム系を阻害するものと考えられた。

足場消失時のカテプシンL様活性はp27(-/-)MEFの細胞質中では認められるがp53(-/-)MEFでは認められない

 NRK細胞では足場消失時のCdc6タンパク分解はカテプシンで生じ、カテプシンL様活性がその細胞質中で上昇していることがわかっている。それに対してMEFでのCdc6タンパク分解はシステインプロテアーゼであるカテプシンの関与は小さく、プロテアソーム系で主に分解されることを示したが、MEFでも足場消失時のカテプシンの活性が細胞質中で上昇しているか調べた。その結果、足場消失時のMEFやp27(-/-)MEFではNRK細胞と同様、カテプシンL様活性の上昇が認められたのに対し、p53(-/-)MEFでは認められなかった。カテプシンB様活性は足場消失時にp27(-/-)MEFでもp53(-/-)MEFでも上昇することから、カテプシンL様活性の上昇にはp53が必要であることが示唆される。

足場消失時のcdc6遺伝子の転写抑制にはp53は関与していない

 足場消失時にはcdc6とcyclin AのプロモーターがCdk4とCdk6の不活化により遮断されることがわかっているが、p53が足場消失時のcdc6とcyclin A遺伝子抑制に関与しているかmRNAレベルで調べてみると、p27(-/-)MEFとp53(-/-)MEFに差はあまりなくp53は関与していないことがわかった。

p53(R172P)は足場消失時にCdc6とcyclin Aの不安定化能をもつ

 p53(R172P)はp53の172番アルギニンがプロリンに置換された変異体で、この変異体を持ったマウス由来の細胞はアポトーシスの機能が失われているがチェックポイント機能はあり、その変異体のノックインマウスは腫瘍抑制機能を保持していることが知られている。そこで、この細胞を用いて足場消失時のCdc6タンパクとcyclin Aの発現を調べると両者タンパクは同様に速やかに分解された。これにAEBSFや高濃度ALLNを加えると分解が抑制され、細胞質中のカテプシンL様活性も上昇していた。このことから、p53(R172P)を持ったマウスがp53ノックアウトマウスとは異なり腫瘍抑制能を保持しているのは足場消失時のCdc6タンパクの分解能を有していることが原因の可能性が示唆された。

まとめ

 MEFが足場を消失した場合、Cdc6タンパクとcyclin Aが分解される。この分解系はp53に依存的であり、AEBSF感受性のユビキチン/プロテアソーム系の可能性が示唆された。p53の腫瘍抑制能はアポトーシス誘導機能によるだけでなく、足場消失時のCdc6タンパクやcyclin Aの分解作用を通しても発揮していることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は哺乳動物の発癌過程において重要な役割を演じていると考えられているがん抑制遺伝子p53の新たな機能を明らかにするために、主にマウス由来の培養細胞を用いて足場非依存性増殖機構の観点から解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.恒常的にCdc6 mRNAを発現させたp53ノックアウトマウス由来のマウス胎仔繊維芽細胞(p53(-/-)MEF)では足場消失時にCdc6タンパクの分解が抑制されていたのに対し、コントロール細胞のp27ノックアウトマウス由来のマウス胎仔繊維芽細胞(p27(-/-)MEF)ではCdc6タンパクは速やかに分解されていた。その他、内因性のcyclin Aの分解もp53(-/-)MEFでは発現が延長していた。検討した細胞は足場非存在下では増殖していないことはサイトメトリー解析でも確認できていた。p27(-/-)MEFの足場消失時にはp53の誘導はわずかに認められるのに対し、p21の発現は全く認められなかった。p53(-/-)MEFでCdc6を恒常的に発現させた細胞にp53の組換アデノウイルスでp53を発現させ足場非存在下にすると、Cdc6タンパクとcyclin Aの発現低下が認められた。以上の結果から、足場非存在下でのCdc6タンパクやcyclin Aの分解にはp53が関与していることが示された。

2.足場非存在下でのCdc6タンパクとcyclin Aの分解系を明らかにするためにさまざまなプロテアーゼ阻害剤を用いて同定することを試みた。その結果、ユビキチン/プロテアソーム系で分解されることが示され、そのユビキチン/プロテアソーム系のうちCdh1-APC系の関与が示唆された。

3.足場非存在下でのNRK細胞では細胞質中のカテプシンL様活性の上昇を認めることは既に神野らにより示されているが、p27(-/-)MEFでも同様にカテプシンL様活性の上昇を認める一方、p53(-/-)MEFでは上昇が認められなかったことから、足場非存在下でのカテプシンL様の活性化にもp53の関与が示唆された。

4.足場非存在下でのCdc6とcyclin A遺伝子の転写制御にp53の関与があるか、real time RT-PCRを用いてp53(-/-)MEFとp27(-/-)MEFで検討した結果、転写制御にはp53は関与していないことが示された。

5.腫瘍抑制機能を維持しているが、アポトーシス機能のないマウスp53の変異体(p53(R172P))を持った細胞では足場非存在下でCdc6やcyclin Aは分解されることから、p53の腫瘍抑制機能には今まで知られているアポトーシス機能の他に足場非存在下でのCdc6タンパク分解機構も関与していることが示された。

 以上、本論文はマウス由来の培養細胞において、足場非依存下でのCdc6タンパク分解におけるp53の必要性について明らかにした。本研究はp53の癌抑制機能のうちこれまで言われてきた機能とは違い新規の機能について述べたものであり、発癌のメカニズムを解明する上で今後重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと思われる。

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