学位論文要旨



No 122577
著者(漢字) 齊藤,哲也
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,テツヤ
標題(和) PlGF/VEGFR-1の血管における発現調節および作用解析
標題(洋) Molecular mechanisms of PlGF/VEGFR-1 expression and their function in the vasculature
報告番号 122577
報告番号 甲22577
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2873号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 山崎,力
 東京大学 助教授 中島,敏明
 東京大学 助教授 佐田,政隆
 東京大学 助教授 山内,敏正
内容要旨 要旨を表示する

 血管新生は胎生期の発達や創傷治癒過程において重要である一方、動脈硬化や糖尿病性網膜症、悪性腫瘍といった疾患形成にも深く関わっている。Vascular endothelial growth factor(VEGF)は主要な血管新生因子の一つであり、その代表的なisoformであるVEGFAはVEGFR-1およびVEGFR-2の2つのチロシンキナーゼ型レセプターに結合する。Placental growth factor(PlGF)は、Persicoらによって1991年に人の胎盤から発見された糖蛋白であり、VEGFAと47%のhomologyを持つVEGFファミリーの一つである。PlGFはその後胎盤だけでなく、心臓、肺、甲状腺、骨格筋など全身の組織に発現していることが分かり、また細胞レベルでは内皮細胞、平滑筋細胞、炎症細胞、骨髄細胞、神経細胞、腫瘍細胞といったあらゆる細胞に発現することが分かってきた。またPlGFはVEGFと同様、ジスルフィド結合によりhomodimerを形成し、VEGFR-1と特異的に結合し、VEGFR-2とは結合しない(Figure 1)。これまでVEGFによる血管新生は、VEGFR-2がその主要シグナルと考えられており、VEGFR-1に関しては、そのチロシンキナーゼ活性が弱いことや、下流のシグナルが不明であることなどから、その役割は不明瞭であった。また、VEGFR-1のホモノックアウトマウスがむしろ血管のovergrowthにより胎生死となる一方、VEGFR-1のチロシンキナーゼのみを欠失させたマウスは正常に出生することから、VEGFR-1は胎生期においてはVEGFのreservoirとして働き、VEGFR-2によるシグナルを阻害するものと考えられた。実際PlGFのホモノックアウトマウスでは、胎生期の血管形成や血管新生に著明な機能異常は認めらなかった。しかしこのマウスにおいて、虚血下肢や腫瘍、網膜内の血管新生が著明に減少していることが分かり、またPlGFの投与により虚血下肢の血流が著明に改善することが認められたことから、PlGF-VEGFR-1系がそれ自体もしくはVEGF-VEGFR-2系とのcross talkにより、悪性腫瘍や創傷治癒といった成熟期におけるpathologicalな血管新生(angiogenic switch)に強く関わっていることが分かってきた。さらにVEGFR-1は、VEGFR-2と異なり、内皮細胞だけでなく平滑筋細胞、炎症細胞、腫瘍細胞、造血幹細胞など様々な細胞に発現していることから、PlGF-VEGFR-1系はこれらの細胞の遊走、活性化を促すことにより、よりmatureな血管新生に関与し、一方動脈硬化やリウマチ性関節炎といった炎症性疾患にも強く関与することが示された。さらに近年、血漿中のPlGF値が急性冠症候群における強力な予後増悪因子であることも報告された。しかしPlGFおよびVEGFR-1の血管での発現調節や血管における機能の詳細は未だ解明されていない。

 本研究において、我々は初めにヒトの培養内皮細胞におけるPlGF遺伝子の発現調節について検討した。VEGFは間葉系細胞で多く発現し、内皮細胞での発現は極めて低いのに対し、PlGFは主に血管内皮細胞において発現が多く認められた。さらにPlGFはthrombin、interleukin-1β(IL-1β)といった炎症性サイトカインや、低酸素、VEGF、basic fibroblast growth factor(bFGF)といった血管新生因子によりmRNAレベルで発現が誘導された。また低酸素により特異的に誘導される転写因子hypoxia inducible factor(HIF)の過剰発現は、VEGF遺伝子の発現を促進させる一方、PlGF遺伝子の発現にはほとんど影響を与えなかった。すなわち低酸素刺激はPlGFに対して、VEGFとは異なる経路で発現を促進させることが示唆された。以上の誘導は、蛋白合成阻害剤であるcycloheximideの投与よっても阻害されないことより、de novoの蛋白合成を介さないものであった。またRNA合成阻害剤であるactinomycin Dを用いた実験において、これらの誘導はPlGF mRNAのstabilityに影響しなかった。さらにヒトPlGF promoter(-3448〜+150)を用いたluciferaseレポーターアッセイにおいて、thrombin、低酸素はその活性を増加させたことから、これらの刺激は転写レベルでPlGFの発現を調整していることが示された。

 次に我々は、in vivoにおけるPlGF遺伝子の血管床に対する直接作用の検討を行った。皮膚での創傷モデルにおいて、アデノウィルスを用いてPlGF遺伝子を導入したところ、PlGFは壁細胞血管平滑筋のマーカーであるsmooth muscle myosin heavy chain-1(SM-1)陽性細胞の増加を伴う、成熟した血管新生を惹起し、その治癒過程の促進をもたらした。以上の結果より、PlGFは血管局所で様々な炎症および血管新生因子により発現が誘導され、血管新生の形成に関与していることが示唆された。

 最後に我々は、PlGFの特異的レセプターであるVEGFR-1遺伝子の発現調節についても検討した。全長VEGFR-1は、細胞外の7つのIg様ドメイン、膜貫通ドメイン、細胞内のチロシンキナーゼドメインから形成される。一方VEGFR-1遺伝子からはIntron 13におけるalternative splicingにより、細胞外ドメインのみで膜貫通ドメインおよび細胞内のtyrosine kinaseを持たないsoluble VEGFR-1(sVEGFR-1)も生成される(Figure 2)。sVEGFR-1はそのリガンドであるVEGFおよびPlGFを吸着することから、血管新生因子のendogenousなantagonistと考えられている。従って同じVEGFR-1遺伝子よりVEGFシグナルに促進的に働くfull-length VEGFR-1 mRNAと、抑制的に働く短いsVEGFR-1 mRNAが発現しているが、その詳細な発現調節機序は解明されていない。我々はVEGFR-1遺伝子のIntron 13周辺の数箇所でprobeを作成し、ヒト内皮細胞を用いて、full-length VEGFR-1とsVEGFR-1を区別できる詳細なNorthern blottingを行った。その結果、3'側にIntron 13のほぼ全長が結合された、長いsVEGFR-1(long form sVEGFR-1) mRNAの存在を新たに見出し、それはfull-length VEGFR-1 mRNAとほぼ同長であったこと、ヒト内皮細胞で大量に発現していることが分かった。また様々な因子でヒト培養内皮細胞を刺激した結果、sVEGFR-1はfull-length VEGFR-1とは独立した因子でその発現が誘導され、リガンドであるVEGFは、sVEGFR-1の発現のみをmRNA、蛋白両レベルにおいて増加させた。このVEGFによるsVEGFR-1の発現誘導はPKCシグナルを介していた。sVEGFR-1の発現にはVEGFR-1遺伝子のIntron 13におけるalternative polyadenylationが関わっており、luciferase geneにVEGFR-1 Intron 13を連結させたレポーターアッセイによる検討から、Intron 13には複数のpolyadenylation siteが存在することが示唆された。さらにPKCのアクチベーターである12-O-tetradecanoyl-phorbol-13-acetate(TPA)およびVEGFは、polyadenylation machineryの主要因子であるCstF-64の発現を増強させ、この因子のsVEGFR-1発現への関与が強く示唆された。

 以上の結果から、血管新生下においては、その促進因子であるPlGFが誘導される一方、抑制因子であるsVEGFR-1も同時に誘導され、これは病的血管新生時におけるホメオスタシス維持のためのnegative feed back調節機構であると考えられた。これら両者のバランスを修飾することが適切な血管新生において重要であり、新たな血管新生療法のターゲットになり得るものと思われた。

Figure 1. Shematic representation of the role of P1GF, VEGF, VEGFR-1, VEGFR-2, and sVEGFR-1

VEGF binds to mainly 2 tyrosine kinase receptors, VEGFR-1 and VEGFR-2. P1GF specifically binds to VEGFR-1, but not VEGFR-2. Recent studies showed that P1GF- and VEGFR-1-mediated signaling have a significant role in pathological angiogenesis and inflammation. sVEGFR-1 can function as an angiogenic inhibitor by capturing P1GF and VEGF.

Figure 2. VEGFR-1 protein, mRNA, and genomic structures

Alternative pre-mRNA processing gives rise to a full-length and soluble form of VEGFR-1. sVEGFR-1 protein retains the first 6 immunoglobulin-like domains of VEGFR-1, including domains that contain the major VEGF-binding determinants. The transmembrane (TM) and intracellular regions, encoded by exons 16-30, are excluded from sVEGFR-1, which instead contains a unique 31-amino acid C-terminal peptide encoded by the 5' -end of intron 13.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、VEGFファミリーの一つであるPlGF(Placental growth factor)およびその特異的レセプターであるVEGFR-1の発現調節と、血管床における作用を検討したものである。

 培養内皮細胞(HAEC)において、PlGF遺伝子は、様々な炎症惹起因子や血管新生因子によって転写レベルで発現が誘導された。またin vivoでの検討において、PlGFアデノウィルスは、マウスの創傷部における血管新生を惹起することにより、その治癒過程を促進させた。VEGFR-1遺伝子からは、血管新生に対して抑制的に働く短いsVEGFR-1mRNAが発現しているが、sVEGFR-1は全長のVEGFR-1とは独立した因子でその発現が誘導され、リガンドであるVEGFは、sVEGFR-1の発現のみをmRNA、蛋白両レベルにおいて増加させた。またsVEGFR-1の発現にはVEGFR-1遺伝子のIntron13におけるalternative polyadenylationが関わっていた。

 以上の結果から、血管新生下においては、その促進因子であるPlGFが誘導される一方、抑制因子であるsVEGFR-1も同時に誘導され、これは病的血管新生時におけるホメオスタシス維持のためのnegative feed back調節機構であると考えられた。これら両者のバランスを修飾することが適切な血管新生において重要であり、新たな血管新生療法のターゲットになり得る重要な知見であると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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