学位論文要旨



No 122578
著者(漢字) 佐原,真
著者(英字)
著者(カナ) サハラ,マコト
標題(和) 肺高血圧時の病的に肥厚した肺動脈と、新生内膜の増殖した体血圧系の動脈硬化病変においてそれぞれ認められる血管リモデリングの過程に対する、骨髄由来細胞の関与の相違
標題(洋) Diverse Contribution of Bone Marrow-derived Cells to Vascular Remodeling Associated with Pulmonary Arterial Hypertension and Arterial Neointimal Formation
報告番号 122578
報告番号 甲22578
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2874号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 助教授 中島,敏明
 東京大学 助教授 本村,昇
 東京大学 助教授 安東,克之
 東京大学 講師 下澤,達雄
内容要旨 要旨を表示する

 肺高血圧は一般に原発性(特発性)と二次性に分類されるが、二次性肺高血圧に分類される疾患のなかには、その病理組織学的特徴や治療への反応性という面において原発性肺高血圧症とよく類似したものが多くあることが知られている。最新の世界保健機関(WHO)による肺高血圧の分類では、発症機序の相似性に基づいて、これらの疾患をまとめて肺動脈性肺高血圧症(Group I)と呼んでいる。この肺動脈性肺高血圧症には、原発性肺高血圧症の他、膠原病関連肺高血圧、先天性心内(左→右)シャントによる肺高血圧、HIV感染症由来の肺高血圧、および新生児肺高血圧症なども含まれる。肺動脈性肺高血圧症は肺血管抵抗と肺動脈圧の進行性の上昇により、右心不全から死に至らしめる治療不応性の難治疾患である。肺動脈性肺高血圧症の病因は上記のように様々であるが、病理組織学的には病初期の肺血管において、持続的な血管攣縮、中膜平滑筋細胞の増殖による構造的変化、および血栓像が高率に認められ、これらが誘因となって、広範に及ぶ肺動脈の病的肥厚や肺微小血管の閉塞が生じるものと想定されている。さらに肺動脈性肺高血圧症の最も初期においては、肺血管内皮細胞の傷害およびその機能異常が以後に続く一連の病態の引き金になっている、との有力な仮説も立てられている。

 近年の多くの報告によると、骨髄(由来)細胞が様々な組織の傷害後の修復や病的再構築(リモデリング)に関与することが示唆されており、再生医学や新たな治療ターゲットの面から組織幹細胞とともに注目を集めている。血管病に関しても主に体血圧系の動脈において、血管内皮傷害後の内膜修復や、その反対に血管リモデリングによる動脈硬化病変形成に骨髄由来細胞が深く関与する、との研究報告が多数ある。体血圧系の動脈硬化病変に対するこれらの多くの知見とは対照的に、肺高血圧時に病的リモデリングを来した肺動脈の硬化病変において骨髄由来細胞がどのように関与するか、言い換えれば肺循環系に対して骨髄由来細胞が血管内皮保護的(抗動脈効果的)に作用するか、あるいは逆に動脈硬化促進的に作用するかについてはほとんどよくわかっていない。これらを明らかにすることが、依然不明な点が多く残されている肺動脈性肺高血圧症の病態生理の解明や、新たな治療法の開発につながると考え、以下の研究を企画し、遂行した。

 骨髄由来細胞による血管リモデリングへの関与を検討するため、最初に骨髄キメララットの作成を行った。致死量(14-15Gy)の放射線を照射された野生型のSprague-Dawleyラットに、GFPトランスジェニックラット(Sprague-Dawleyラットbackground)から採取した骨髄細胞(5,000万個/匹)を静注して骨髄置換を行い、骨髄由来細胞(血球系細胞など)のみ緑色の蛍光を発するキメララットを用意した。この方法による骨髄置換率は、平均±標準偏差(以下同じ)で89.0±6.8%(range:72.9-97.7%;n=35)と高率であった。以後の骨髄キメララットを用いる実験においては、骨髄置換率が85%以上のもののみ使用した。

 これら骨髄キメララットに対して、肺血管内皮を選択的に傷害し、続いて炎症・中膜肥厚を惹起して肺高血圧を引き起こす毒性物質(ピロリジンアルカロイド)のmonocrotaline(60mg/kg)を経腹膜的に投与した(MCT群)。別の群は最初に片肺部分(右肺の前および中葉)切除術を先行して行い、その1週間後に同量のmonocrotalineを投与した(MCT+USP群)。さらに別の一群は片肺部分切除術のみ施行した(USP群)。

 このように当実験においては、肺高血圧の動物(ラット)モデルとしてmonocrotaline誘発性(および肺部分切除誘発性)肺高血圧モデルを選択した。肺高血圧の動物実験用モデルとしては、低酸素誘発性肺高血圧モデルまたはmonocrotaline誘発性肺高血圧モデルが使用されることが多い。高地居住者や慢性閉塞性肺疾患などのような、肺胞低酸素状態が慢性肺高血圧を惹起し得ることはよく知られている。しかしこの低酸素誘発性タイプの肺高血圧は、発症機序として肺血管の攣縮が第一義的であり、原発性肺高血圧症を中心とする肺動脈性肺高血圧症とは発症機序において異なる点が多い。実際に先のWHOによる分類でも、低酸素関連肺高血圧症は肺動脈性肺高血圧症とは別に分類されている。また、低酸素誘発性肺高血圧とmonocrotaline誘発性肺高血圧を比較した動物実験では、肺高血圧の進行や肺血管の病的リモデリングの程度において後者の方が著明であったとの報告もある。Monocrotalineは肝で代謝された後、近接する肺循環系に流れ込んで肺血管内皮を傷害し、病的血管リモデリングを誘発して致死的な肺高血圧を引き起こす。肺血管内皮の機能異常が、ヒトにおける肺動脈性肺高血圧症の重要な誘発因子であると考えられていることを考慮すると、病態的にmonocrotalineモデルの方が低酸素モデルよりも(ヒトの)肺動脈性肺高血圧症に近いと考えられる。従って、monocrotaline誘発性肺高血圧モデルを当実験において採用した。またこれらのモデルとは別に肺部分切除術が、残存肺における相対的血流増加由来のshear stress増加により肺血管に病的リモデリングを起こし、肺高血圧を誘発することも知られている。最近の研究で、この肺部分切除術とmonocrotalineを組み合わせたモデルにおいて、monocrotaline単独群と比較してより高度な肺高血圧と肺血管の病的リモデリングを認めたとの報告があるため、当実験においてこれらの併用も試みた(MCT+USP群)。

 Monocrotaline投与から4週間後、経静脈的に挿入したポリエチレンカテーテルにより肺動脈圧の代用となる右室収縮期圧を測定したところ、正常対照群に比しMCT群、MCT+USP群ともに著明に上昇しており(正常対照群:20.4±2.4mmHg;MCT群:50.1±5.2mmHg,p<0.01vs.正常対照群;MCT+USP群:58.8±5.4mmHg,p<0.01vs.正常対照群およびp<0.05vs.MCT群)、それと同時にMCT群、MCT+USP群ともに著明な右室肥大を伴っていた。USP(単独)群においても軽度な肺高血圧が認められた(30.0±3.9mmHg,p<0.05vs.正常対照群)。特にMCT群およびMCT+USP群の肺組織標本においては、血管周囲に多数のマクロファージ(GFP陽性)の浸潤を伴い著明に中膜の肥厚した肺細動脈が認められた。これら二群における、病的にリモデリングを来した肺細動脈の内皮細胞(CD31陽性)と中膜平滑筋細胞(α-SMアクチン陽性)のなかに骨髄由来と考えられるGFP陽性細胞(緑色)がどの程度の割合で存在するかを、蛍光二重免疫染色法で調べた。傷害肺細動脈において、CD31陽性内皮細胞中に占めるGFP/CD31二重陽性内皮細胞の割合は、MCT群とMCT+USP群を合わせて1.5±0.7%と少なかったが、α-SMアクチン陽性中膜平滑筋細胞中に占めるGFP/α-SMアクチン二重陽性平滑筋細胞の割合は二群合わせて0.11±0.12%とさらに僅かであった。以上の結果は、これらのラット肺高血圧モデルの病的肺血管床に対して、骨髄由来細胞が流血中を介して定着して、肺細動脈内皮細胞あるいは同中膜平滑筋細胞に形質転換する所見に乏しいことを示唆する。即ち、骨髄由来細胞が病的な肺循環系に対し、血管保護的あるいは動脈硬化促進的に作用する所見のいずれも乏しいと考えられた。

 一方、上述の骨髄キメララットの別の群に対して、上記肺障害(MCT+USP)に加えてその大腿動脈をワイヤーの血管内挿入により機械的に傷害するモデルを作成した。ワイヤー傷害から4週間後、傷害された大腿動脈には新生内膜の増殖による著明な肥厚病変が認められ、病変部の新生内膜や中膜はα-SMアクチン陽性平滑筋細胞で占められた。この機械的傷害大腿動脈の肥厚病変における、α-SMアクチン陽性平滑筋細胞中に占めるGFP/α-SMアクチン二重陽性平滑筋細胞の割合は15.4±10.3%と高率であった(p<0.01vs.病的肺細動脈)。即ち、骨髄由来細胞が平滑筋様細胞への形質転換を介して、体血圧系の動脈硬化病変形成に一部関与していることが強く示唆された。

 次に上記実験系における放射線照射による影響を排除するためと、老齢なものと比してより広範な可塑性を有するとされる幼若な骨髄細胞を使用する目的で、次の実験を行った。最初に6か月齢の老齢野生型ラットに対して片肺部分切除とmonocrotaline(60mg/kg)の経腹膜的投与を施行した。次にこれらのラットを4群に分け、そのうち3群にmonocrotaline投与から1,7,14,21日目に、幼若な(4-6週齢)GFPトランスジェニックラット由来の骨髄細胞を1匹および1回あたり100万、1,000万、1億個をそれぞれ静注した(計4回静注)。残りの1群は骨髄細胞の代わりに同容量のPBSを静注した。Monocrotaline投与から4週間後、これら4群のいずれにおいても、著明な右室収縮期圧の上昇、右室肥大、および肺細動脈の肥厚が同様に認められた。生存曲線解析では、monocrotaline投与から6週間後にはどの群も生存率は20%以下と不良であり、群間差は認められなかった。幼若な骨髄細胞を静注された群では、流血中や肺組織においてその静注された骨髄細胞(GFP陽性)が時々認められたが、病的にリモデリングした肺動脈に定着して、血管内皮細胞や中膜平滑筋細胞に形質転換している所見は(1億個/回、計4回輸注された群においても)皆無であった。以上の結果から、放射線非照射の老齢肺高血圧ラットに対して投与された幼若な同種骨髄細胞は、それらラットの不良な肺血行動態や生存率の改善に寄与せず、また肺血管リモデリングにも関与しないことが示された。

 上記の異なる実験系から、骨髄由来細胞が体血圧系の動脈硬化病変とは異なり、肺高血圧時の肺血管リモデリングに対して積極的に関与しないことが示唆されたため、この背後にある機序を考察した。肺組織を詳細に観察すると、monocrotaline投与により、特に径が100μm以下の肺細動脈や肺毛細血管において血栓性閉塞が時間経過とともに高頻度に認められた。小肺細動脈における血栓性閉塞は、ヒトの肺動脈性肺高血圧の肺組織像においてもしばしば認められる所見である。また肺組織切片に対しTUNEL染色を施すと、リモデリングした肺細動脈の内皮細胞の一部にアポトーシスを来している所見が、monocrotaline投与後の時間経過とともに増加して認められた。Monocrotalineによる傷害肺を電子顕微鏡で観察すると、血栓閉塞された肺毛細血管内皮細胞に、典型的なアポトーシス像(核クロマチンの濃縮、核の分断化、細胞質の圧縮等)が認められた。以上のような、アポトーシスを含む肺血管内皮傷害とそれに続く肺微小血管床における広範な血栓性閉塞は、著明な肺血管抵抗の増大を生み、血栓閉塞部より近位の肺細動脈に高度な圧負荷をかけると考えられる。中型の近位肺細動脈にはたとえ直接的な傷害がなくても、末梢からの圧負荷増大に対して中膜の肥厚で反応することが想定される。このような体血圧系の動脈硬化病変とは異なる、肺血管床における病的血管リモデリングの過程が、骨髄由来細胞の各血管リモデリングへの関与の相違を説明するかもしれない。

 この研究は次のように結論づけられる。流血中の骨髄由来細胞は、体血圧系の動脈における機械的傷害後の新生内膜増殖には自身も関与するが、monocrotalineと肺部分切除術により誘発される肺高血圧時の肺動脈リモデリングにはほとんど関与しない。このような両血管系のリモデリングに対する骨髄由来細胞の関与の相違は、それぞれの動脈硬化病変形成のプロセスの違いが影響しているようである。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、ラット肺高血圧モデルの病的肥厚した肺動脈病変に対する骨髄由来細胞の関与の有無を、体血圧系の動脈硬化病変と比較しながら検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.野生型のSprague-Dawleyラットに致死量の放射線を照射し、直後にGFPトランスジェニックラット由来の大量の骨髄細胞を輸注して、血球細胞など骨髄由来細胞のみ緑色(GFP)の蛍光を発する骨髄キメララットを作成した。これら骨髄キメララットの骨髄置換率は、平均±標準偏差(以下同じ)で89.0±6.8%と高率であった。

2.1の骨髄キメララットに対して、片肺部分切除(USP群)、monocrotalineの経腹膜的投与(MCT群)、あるいは片肺部分切除+monocrotaline投与(MCT+USP群)をそれぞれ施行して、各々肺高血圧モデルを作成した。4〜5週間後、特に後二群において著明な肺高血圧が認められ、肺組織標本においては血管周囲に多数のマクロファージ(GFP陽性)の浸潤を伴い著明に中膜の肥厚した肺細動脈が認められた。蛍光二重免疫染色法による解析では、これら病的肺細動脈におけるCD31陽性内皮細胞中に占めるGFP/CD31二重陽性内皮細胞の割合はMCT群とMCT+USP群を合わせて1.5±0.7%と少なかったが、(病的肺細動脈の)α-SMアクチン陽性中膜平滑筋細胞中に占めるGFP/α-SMアクチン二重陽性平滑筋細胞の割合は二群合わせて0.11±0.12%とさらに僅かであった。

3.一方、1の骨髄キメララットに対して、その大腿動脈をワイヤーの血管内挿入により機械的に傷害した。傷害された大腿動脈には新生内膜の増殖による著明な肥厚病変が認められ、病変部の新生内膜や中膜はα-SMアクチン陽性平滑筋細胞で占められた。この傷害大腿動脈の肥厚病変における、α-SMアクチン陽性平滑筋細胞中に占めるGFP/α-SMアクチン二重陽性平滑筋細胞の割合は15.4±10.3%と高率であった。

4.放射線非照射の老齢野生型ラットに対して、片肺部分切除とmonocrotalineの経腹膜的投与を施行後に、幼若GFPラット由来の骨髄細胞を最大で1億個(x4回)静注した。この系においても著明な肺高血圧と肺細動脈の肥厚が認められたが、幼若同種骨髄細胞の投与が、悪化した肺血行動態や生存率の改善に寄与することはなかった。また幼若骨髄細胞が、傷害された肺細動脈に定着して血管内皮細胞や中膜平滑筋細胞に形質転換している所見も皆無であった。

5.Monocrotaline投与後のラット肺微小血管床においては、血栓性閉塞が時間経過とともに高頻度に認められ、また病的に肥厚した肺細動脈の内皮細胞の一部にアポトーシスを来している所見がやはり時間経過とともに増加して認められた。アポトーシスを含む肺血管内皮傷害とそれに続く肺微小血管床における広範な血栓性閉塞は、著明な肺血管抵抗の増大を生み、閉塞部より近位の肺細動脈は末梢からの圧負荷増大に対して中膜肥厚で反応すると考えられる。このような体血圧系の動脈硬化とは異なった、(肺細動脈における)病的血管リモデリングの過程が、骨髄由来細胞の各血管リモデリングへの関与の相違と関連することが示唆された。

 以上本論文は、流血中の骨髄由来細胞が、体血圧系の動脈における機械的傷害後の動脈硬化病変形成に平滑筋様細胞への形質転換を介して関与するのに対し、monocrotalineと肺部分切除術により誘発される肺高血圧時の病的肺動脈リモデリングにはほとんど関与しないことを明らかにした。心血管病の原因となる動脈硬化病変に集積している平滑筋細胞の起源がどこにあるかという問題は、心血管病に対する新たな治療ターゲットの開拓という面からも重要である。本研究はこれまで未知に等しかった、肺高血圧時の肥厚肺動脈病変に対する骨髄由来細胞の役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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